krystallos

みけねこ

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ほんの一コマ

愛着

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 ふと視線を感じて下を見てみると、まん丸な目がジッと僕を見上げていた。一体どうしたんだろうと小さく笑みを浮かべて小首を傾げる。するとますます真っ直ぐな目を向けられただけだった。
 アミィに何かしたかな、とあらゆる可能性を頭の中に巡らせてみるものの、特にこれといった心当たりがない。それに見上げてみる目の色はとても純粋なもので、何かを恨んでいるといった感じでもない。
 これはもう直接聞いたほうが早いな、と野営の準備をしていた手を止めアミィと目の高さを合わせた。
「どうしたんだい? アミィ」
「……ウィルって、アミィと最初に会った時に」
「え? あ、うん……」
 正直アミィとの初対面はあまり思い出してもいい気分にはならない。あの時は任務遂行と、そして何より『人間兵器』をどうにかしなければということで頭がいっぱいだった。
 小さな女の子に対する対応ではなかった。騎士として間違ってはいなかったかもしれないけれど、当時のことを思い出して羞恥心を抱くということは僕が未熟だった証拠だ。
 あの時のことをアミィ本人から改めて何かを言われたことはない。もしかして、彼女なりに恨みを抱いていたのかもしれない。酷いことをされたと、怖い思いをしたと言ってくるのだろうかと無意識に喉を上下に動かす。
 けれど、何を言われようとも反論する権利は僕にはない。甘んじて受け入れようと続きの言葉を待つ。
「すごく重そうな格好してたよね」
「……ん?」
 どんな罵倒だろうとも、と身構えていたところ予想にもしていなかった言葉に思わず首を傾げる。えっと、アミィはさっきなんと言っただろうか。すごく重そうな、格好をしていた?
 少し時間を要したが、ああ、とようやく納得した。
「騎士団の甲冑か」
「うん!」
 確かの初対面の時は甲冑で身を包んでいた。それもそうだ、あの時は騎士として動いていたのだから。しかし彼らと共に逃亡するようになり、あの格好は目立つからだとラピス教会で脱いだままだった。教会の人たちは快く引き取ってくれたけれど、いい加減取りに戻らなければ流石に邪魔だろうとようやくその存在を思い出す。
「騎士の人たちって、あんなに重そうなの着てつらくないの?」
 純粋な疑問なのだろう。その証拠に目をクリクリとさせて、好奇心に駆られている。あらゆることに興味を示すことはいいことだなと微笑ましくなり、そうだなと話を続ける。
「僕たちはあれが普通だから特に重いとか思うことはないんだ」
「そうなのっ? でも、あんなに重そうな必要ってあるの?」
「バプティスタ国は常に戦いを強いられていたからね。あそこまで厳重じゃないと自分の身を守れない。だからああいうしっかりとした作りになっていたんだよ」
「へぇ~!」
 騎士について教えるということは戦いに関わることも教えなければならないのだけれど、果たして子どもに教えていいものかどうか。でも悲しいことに、今に至るまでにアミィ自身も戦ったことがある。
 中途半端な優しさはアミィのためにはならないか、とすっかり感心してしまっているアミィに視線を向ける。
「強いの着たらその分安全だもんね!」
「ああ、そうだね」
「……あれっ? でもカイムとか……特にフレイとかそんなに重いの着てないよ? 二人とも危なくない?」
 思わず赤面しそうになるところを気合いで止める。確かに騎士ならば甲冑を着ることが王道だが、しかしアミィが上げた二人は騎士というわけではない。寧ろ義賊というのだから、頑丈さよりも身軽さ重視のはずだ。だから二人とも身体にまとわりつかない、動きやすい服を着ている。
 ま、まぁ。それにしてもフレイは少し身軽すぎだというか。もう少し布の表面積があったほうがいいとは思うけれど。取りあえず僕の小言は抜きにしてアミィにそう説明すると、納得したように声を上げた。
「ティエラの服は教会の服だよね?」
「彼女は司祭見習いだからね。教会も立場などで指定の制服も違うようだけれど。その辺りは僕も詳しくはわからないからティエラに聞いてみるといいよ」
「うん!」
「ところで」
 アミィが服について色々と聞いてきたものだから、これを機に僕も聞いてみようとアミィの服に目を向ける。
「出会った頃からアミィもその服着てるね?」
 当人に直接確認するのは憚れるけれど、遠巻きに聞けば大丈夫かなと内心少し心配していた。
 アミィがスピリアル島から逃げ出した直後に僕たちはすぐに捜索を始めた。本来であれば見つけた当初のアミィの格好は被検体が着るような服だったはずだ。しかし僕たちがムーロで見つけた時はすでに今の服だった。
 つまりだ、スピリアル島からムーロに辿り着くまでに、アミィを保護した誰かが彼女の服を選んで着させたということになる。そこまで考えればすぐに答えに辿り着くけれど、僕は敢えてアミィに聞いてみることにした。
 僕の言葉にアミィの表情がパッと明るくなる。出会った頃は暗い表情かもしくは無表情が多かったというのに、あの頃に比べてアミィの表情は明るく豊かになった。
 よかった、と兄でもなんでもないというのにそんな心持ちになる。微笑ましくなりながらも僕の話を聞いていた時よりもずっと嬉しそうなアミィは、両手を上げてぴょんぴょんと小さく跳ねた。
「あのねあのね! この服カイムが選んでくれたの!」
「ふふっ、そうなんだ?」
「うん! かわいいでしょ?」
「ああ、アミィにとても似合ってるよ。ピンクは好きなのかい?」
「前はそこまでじゃなかったんだけど」
 そうなんだ、と意外に思いながらもどこかモジモジと恥ずかしそうにし始めたアミィに「おや?」と首を傾げる。
「……でも、カイムが選んでくれたから今は好き。アミィの髪もピンクだもん」
「そうか、よかったね」
「えっへへ」
 はにかんでいるアミィのピンクの頭を優しく撫でる。本当に年相応の反応をするようになってよかった。楽しいだけじゃなく、寧ろ厳しくつらいことが多い旅だけれど。それでもアミィの中で前向きになれるような時間になっているのであれば、きっとそれはそれでいいんだろう。
 褒められたのが嬉しかったのか、アミィは嬉々として枝を集めていたカイムのところへ駆け寄っていく。明るい表情で話しかけているアミィに対し足を止め、そして呆れ顔ながらも黙って耳を傾けている姿は、話が終わると片手でそのピンクの頭をくしゃりと撫でる。
「アミィちゃん、とても嬉しそうですね」
 食事の支度をしようとしていたティエラから声をかけられ、そうだねと返す。あんなにも細い身体だったけれど、今ではしっかりとした食事でちゃんと肉がつくようになった。暗かった表情も明るくなった。
 好きな色で身を包んでいるあの子をあんなにも明るい表情にさせたのは、真っ先にあの子を助けてくれた彼のおかげだろう。そして僕も、出会った当初あれだけ重く感じていた身体が今では随分と身軽に感じる。それはただ単に、甲冑を脱いだだけという理由じゃないはずだ。
「甲冑を着るのは、もう少しあとかもしれない」
「それでいいと思います。ウィルさんが着たいと思う時に身に着けるのが、一番です」
「……そうかな」
 ティエラの言葉に小さく背中を押されたような感覚になり、その余韻に浸りたい……と、思っていたのだけれど。
「ぎゃーっ⁈」
「くっせぇ! なんだこの異臭は⁈」
「やだー! クルエルダからの服からだ! ばっちぃ! ヘンな色になってるーっ!」
 フレイたちが急に騒ぎ始めたかと思うと、一つの服からバッと飛び退いているじゃないか。一体どうしたんだと慌てて視線を向け、そしてすぐに表情を歪める。
「な、なんだあれは……!」
「クルエルダさんの服が……⁈ あ、あれはなんでしょう……み、緑? 紫……え、青……?」
「ははははは、みなさんそんな大袈裟な」
「歩くな脱げ!」
「またまた貴女は過激なことを言いますねぇ」
「フレイの言う通りだお前それ脱げ! そのまま歩くんじゃねぇよこっち寄ってくんな!」
「やだやだくさーい!」
 近くにいる三人が絶叫するのもわかる。僕も正直これ以上近寄りたくはない。そう思ってしまうほど、クルエルダが着ている白衣のような服が言い表せることができないほど変色しており、異臭を放っていた。
「いやぁははは、ちょっと実験で作ろうとしていた薬品を零してしまいましてね。それが服に付いてしまっただけです。大騒ぎするほどでもありませんよ」
「大騒ぎするよ! アンタ臭いの発生源なのに臭くないのかい⁈」
「臭いですか? もう当の前に分からなくなっているに決まってるじゃないですか。ははははははは」
「最っ悪だね‼」
 しかもクルエルダは何を思ったのか、脱げ脱げと言われているにも関わらずその服を着たままあちこちうろうろと歩いている。服が風に揺れる度にふわりと異臭が舞って鼻に痛みが来るほどだった。
「わ、わたしがみなさんのお鼻を守ります!」
 勇ましいことを言ってくれたのはティエラだった。恐らく水の魔術の応用で綺麗にしてくれるつもりなのだろう。
 さっきまで感慨深い思いをしていたのに、そんな時間を与えてくれないんだなぁと笑うしかなかった。
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