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ほんの一コマ
砂の記憶
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順調に、父から王座を譲り受けた。もしこれが我が国でなかったらこのままスムーズに事は進まなかっただろう。弟はいつでも兄の足元をすくおう画策し、兄はその弟と始末しようと画策し血生臭い骨肉の争いが始まる。
だが我が国は代々そのことを見越し、余計な争いを生むことがないよう徹底されてきた。それは常に国が危険に晒されていることも要因の一つだろう。いつ敵国から攻め込まれるかわからない状態で、内側で争っている場合かと。皮肉なことに、外に敵がいるからこそ我が国は強く団結していると言っても過言ではなかった。
そうして、確実にこの国を守っていく。そしてこの国の王族として生まれたことによって、歴史的にこの国が一体何をしたのか学ばないという選択肢もない。たった百五十年前、この国は今攻め込もうとしている敵国と同じようなことをしてきた。それによって逆に攻め込まれ、窮地に立たされた。まさに因果応報だろう。このことについては百五十年前の王が愚かだったと言う他ない。
けれど、百五十年は経ったのだ。その間にこの国の王とそして民たちの考えは大きく変わった。二度とあのように他国を蹂躙しようとは思わないだろう。自分たちの暮らしを守ることだけに尽力するだろう。
しかし攻め込んでくる敵国は、イグニート国は。まるで百五十年前の恨みと言わんばかりに我がバプティスタ国に攻め込んでくる。百五十年も経てば王も代替わりしている。だというのになぜ同じことを繰り返そうとするのか。恨みが次の代まで脈々と受け継がれているとでも言いたいのか。
だが今生きている者たちがイグニート国に一体何をしたと言い放ちたい。今生きている者たちは誰一人としてイグニート国を無闇に傷つけようとしていない。奪うこともしない。今生きている者たちに、一体何の罪があると言うのか。
だからこそ攻め込んでくる敵国に容赦などしない。奴らこそ今の世での侵略者だ。他者を踏みにじり、他者の大切なものを奪っていく。そんな者たちに対して百五十年前のことで負い目に感じることなどあろうものか。
そう思っているのは王族だけではない、王族を支える貴族だけではない、足元で暮らしている民たちだけでもない。このバプティスタ国という国にいる者はすべて同様な考えだ。少しでも温情を見せれば奪われるのだ。それを他の国の誰よりも知っている。
そんな国の王座に座るというのだから生半可な覚悟ではいられない。多くを守るために多少の犠牲には歯を食いしばり目を伏せるしかない。
そうして王として使命を全うしている最中、様々なことが移り変わる。イグニート国が攻め込んでくることは変わりはしない。ただこちらからあらゆる物を奪ったからか国内は随分と潤ってきたようだ。バプティスタ国から奪うだけでは飽き足らず、他の大陸にも攻め込むようになった。
あらゆる国がイグニート国に対する対策に迫られる。場所によっては力で脅され、また別の場所は国の内部がかなり腐ってしまったのか民を見捨てる方針であるという知らせを受けた。イグニート国の兵力が周囲に散らばったことは正直こちらとしてありがたい。そうやって別の国でもじわじわとイグニート国の兵力を削ればこちらの損害もずっと抑えられる。
だが我がバプティスタ国でも僅かに変化があるように、どこも不変というわけではない。
一つの国では蔑ろにされていた王子が上に立つ者たちの足元をすくった。一つの国では決断力のない王の代わりになる者が現れた。この変化がバプティスタ国にとって良い兆しかどうかはわからない。
それらを判断する前に国は唐突に窮地に立たされる。『人間兵器』とやらの出現だ。今までの魔術を扱う者とは違う、また使い捨てのような扱いをされている兵士とも違う。この世界で数える程度しかいないとされている『赤』が、容赦なくその力を振るう。
今まで通りの戦略など通じる相手ではなかった。如何せん規模が違う。一人でも多くの騎士を生かす方針でしか物事を進められない。騎士を失えば民を守る者たちがいなくなってしまう。騎士の中にはどのような状況に陥ろうとも状況を打破できるように、剣術はもちろん魔術に長けている者、治癒に長けている者とあらゆる分野で優秀な者たちが在籍している。その者たちを一気に失ってしまうのはあまりにも痛手だった。
あらゆる分野の者たちが一同に集い、あらゆる作戦を立てていく。とにかくこれ以上向こうの前線を上げさせてはならない。『人間兵器』が出現する前に各地に散らばっていたイグニート国の兵士はそこで撃破され、退却を余儀なくされた。兵力も削れたようだがそれも今となっては焼け石に水であった。
「他の国に応援を呼ぶというのはどうでしょうか。最近ではべーチェル国のガジェットが随分と進化しているようです」
「ミストラル国は盗賊たちを義賊という立ち位置にさせ、兵力を補っているようです」
「……悪手、というわけではないが」
以前の知っている国王ならばそれなりの対応ができただろう。それぞれの性格や趣向を知っていたため、どう出れば奴らが出し惜しむことなく援軍を差し向けるのかわかっていた。例えばべーチェル国は情に訴えればよかったし、ミストラル国は金に目がなかった。言ってしまえば、双方とも扱いが簡単だったのだ。
だが変わった王はそうはいくまい。腐敗を嫌い成り上がった男の思考を読むのは難しいだろう。それはすべての責を背負うつもりで王になった女もそうだ。今までの王とは違い、二人の扱いはそう簡単なものではないはずだ。
どちらも私のように王になるべく幼い頃より帝王学を叩き込まれたわけでもない。よって物事の考えが私とは違うのだ。理想主義者でもない、甘い言葉に騙されるようなものでもない。奴らは甘い言葉の本質が毒なのだということを知っている。
もしここで応援を呼ぶにしても、足元を見られる。己の国が有利になるような交渉を必ずしてくるはずだ。正直『人間兵器』を前にして悠長に交渉している時間などバプティスタ国にはない。
「……我らで対処する」
「はっ!」
ならば、己の力でこの状況を打破するしかないのだ。
あれほどこちらに甚大な被害を被らせた『人間兵器』は、ある日突如にその姿を消した。それまでにイグニート国の兵士たちの中で格差が起こりその問題が徐々に浮き彫りになっていたようだ。そこからもしかしたら中のほうで騒動が起こったのかもしれない。
『人間兵器』は破棄されたのか、破壊されたのか。こちらの密偵を潜らせてみたものの、その姿を見つけ出すことは叶わなかった。
だが『人間兵器』が姿を消したおかげでイグニート国の兵士の進軍は随分と弱まった。兵力もずっと下がったようで士気も低い。このままヴァント山脈まで押し返すことが可能だという好機を見逃すことはしない。
これで少しは穏やかに過ごせる日々が来るだろう。相も変わらず弱った兵力のままイグニート国はこちらに攻め込もうとしているものの、山脈を越えてくることはない。『人間兵器』のせいでこちらも痛手を被ったものの、向こうよりもまだ余力は残していた。
そしてこれを好機と見なし、各国がこちらに交渉を持ちかけてきた。簡単に言うとイグニート国で手を焼いていたのだから、ここは互いに手を組まないか、そういったところだ。真っ先に声をかけてきたのは抜け目のないミストラル国王だ。その話にべーチェル国王も乗った。こちらもこれを機にガジェットを売り込む算段だろう。
今のところ断る必要はない。互いに互いの領地に手出しをしないという条件ならば話に乗らない理由もない。むしろイグニート国に対抗するための囲いを作るのならば今のうちだろう。
そうして画面越しではあったが初めて対面したミストラル国王とベーチェル国王は、予想よりも若かった。ミストラル国王のほうは恐らくそこまでの若造というわけでないが、内側から漲る活力が外見に表れている。
べーチェル国王もそうだ。見目は美しい女であったが芯の強さが瞳によく出ていた。これは、『人間兵器』に攻め込まれた時安易に双方に応援を呼ばなくて正解だったなとひとりごちる。
双方を眺め時代の流れを感じながら、恐らくしばらく長い付き合いになることを予想する。この二人が簡単に他者に足元をすくわれる想像はまったくできない。無論、私も簡単にこの座を奪われるようなことはしないが。言葉を交わし、男はからりと笑い女は小さく口角を上げる。だがそれぞれ腹の探り合い、純粋に表情に出すことなどするわけがない。
これは面白いことになりそうだと、王ではないレオパルド・バプティスタという一人の男は確かに笑った。
だが我が国は代々そのことを見越し、余計な争いを生むことがないよう徹底されてきた。それは常に国が危険に晒されていることも要因の一つだろう。いつ敵国から攻め込まれるかわからない状態で、内側で争っている場合かと。皮肉なことに、外に敵がいるからこそ我が国は強く団結していると言っても過言ではなかった。
そうして、確実にこの国を守っていく。そしてこの国の王族として生まれたことによって、歴史的にこの国が一体何をしたのか学ばないという選択肢もない。たった百五十年前、この国は今攻め込もうとしている敵国と同じようなことをしてきた。それによって逆に攻め込まれ、窮地に立たされた。まさに因果応報だろう。このことについては百五十年前の王が愚かだったと言う他ない。
けれど、百五十年は経ったのだ。その間にこの国の王とそして民たちの考えは大きく変わった。二度とあのように他国を蹂躙しようとは思わないだろう。自分たちの暮らしを守ることだけに尽力するだろう。
しかし攻め込んでくる敵国は、イグニート国は。まるで百五十年前の恨みと言わんばかりに我がバプティスタ国に攻め込んでくる。百五十年も経てば王も代替わりしている。だというのになぜ同じことを繰り返そうとするのか。恨みが次の代まで脈々と受け継がれているとでも言いたいのか。
だが今生きている者たちがイグニート国に一体何をしたと言い放ちたい。今生きている者たちは誰一人としてイグニート国を無闇に傷つけようとしていない。奪うこともしない。今生きている者たちに、一体何の罪があると言うのか。
だからこそ攻め込んでくる敵国に容赦などしない。奴らこそ今の世での侵略者だ。他者を踏みにじり、他者の大切なものを奪っていく。そんな者たちに対して百五十年前のことで負い目に感じることなどあろうものか。
そう思っているのは王族だけではない、王族を支える貴族だけではない、足元で暮らしている民たちだけでもない。このバプティスタ国という国にいる者はすべて同様な考えだ。少しでも温情を見せれば奪われるのだ。それを他の国の誰よりも知っている。
そんな国の王座に座るというのだから生半可な覚悟ではいられない。多くを守るために多少の犠牲には歯を食いしばり目を伏せるしかない。
そうして王として使命を全うしている最中、様々なことが移り変わる。イグニート国が攻め込んでくることは変わりはしない。ただこちらからあらゆる物を奪ったからか国内は随分と潤ってきたようだ。バプティスタ国から奪うだけでは飽き足らず、他の大陸にも攻め込むようになった。
あらゆる国がイグニート国に対する対策に迫られる。場所によっては力で脅され、また別の場所は国の内部がかなり腐ってしまったのか民を見捨てる方針であるという知らせを受けた。イグニート国の兵力が周囲に散らばったことは正直こちらとしてありがたい。そうやって別の国でもじわじわとイグニート国の兵力を削ればこちらの損害もずっと抑えられる。
だが我がバプティスタ国でも僅かに変化があるように、どこも不変というわけではない。
一つの国では蔑ろにされていた王子が上に立つ者たちの足元をすくった。一つの国では決断力のない王の代わりになる者が現れた。この変化がバプティスタ国にとって良い兆しかどうかはわからない。
それらを判断する前に国は唐突に窮地に立たされる。『人間兵器』とやらの出現だ。今までの魔術を扱う者とは違う、また使い捨てのような扱いをされている兵士とも違う。この世界で数える程度しかいないとされている『赤』が、容赦なくその力を振るう。
今まで通りの戦略など通じる相手ではなかった。如何せん規模が違う。一人でも多くの騎士を生かす方針でしか物事を進められない。騎士を失えば民を守る者たちがいなくなってしまう。騎士の中にはどのような状況に陥ろうとも状況を打破できるように、剣術はもちろん魔術に長けている者、治癒に長けている者とあらゆる分野で優秀な者たちが在籍している。その者たちを一気に失ってしまうのはあまりにも痛手だった。
あらゆる分野の者たちが一同に集い、あらゆる作戦を立てていく。とにかくこれ以上向こうの前線を上げさせてはならない。『人間兵器』が出現する前に各地に散らばっていたイグニート国の兵士はそこで撃破され、退却を余儀なくされた。兵力も削れたようだがそれも今となっては焼け石に水であった。
「他の国に応援を呼ぶというのはどうでしょうか。最近ではべーチェル国のガジェットが随分と進化しているようです」
「ミストラル国は盗賊たちを義賊という立ち位置にさせ、兵力を補っているようです」
「……悪手、というわけではないが」
以前の知っている国王ならばそれなりの対応ができただろう。それぞれの性格や趣向を知っていたため、どう出れば奴らが出し惜しむことなく援軍を差し向けるのかわかっていた。例えばべーチェル国は情に訴えればよかったし、ミストラル国は金に目がなかった。言ってしまえば、双方とも扱いが簡単だったのだ。
だが変わった王はそうはいくまい。腐敗を嫌い成り上がった男の思考を読むのは難しいだろう。それはすべての責を背負うつもりで王になった女もそうだ。今までの王とは違い、二人の扱いはそう簡単なものではないはずだ。
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もしここで応援を呼ぶにしても、足元を見られる。己の国が有利になるような交渉を必ずしてくるはずだ。正直『人間兵器』を前にして悠長に交渉している時間などバプティスタ国にはない。
「……我らで対処する」
「はっ!」
ならば、己の力でこの状況を打破するしかないのだ。
あれほどこちらに甚大な被害を被らせた『人間兵器』は、ある日突如にその姿を消した。それまでにイグニート国の兵士たちの中で格差が起こりその問題が徐々に浮き彫りになっていたようだ。そこからもしかしたら中のほうで騒動が起こったのかもしれない。
『人間兵器』は破棄されたのか、破壊されたのか。こちらの密偵を潜らせてみたものの、その姿を見つけ出すことは叶わなかった。
だが『人間兵器』が姿を消したおかげでイグニート国の兵士の進軍は随分と弱まった。兵力もずっと下がったようで士気も低い。このままヴァント山脈まで押し返すことが可能だという好機を見逃すことはしない。
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べーチェル国王もそうだ。見目は美しい女であったが芯の強さが瞳によく出ていた。これは、『人間兵器』に攻め込まれた時安易に双方に応援を呼ばなくて正解だったなとひとりごちる。
双方を眺め時代の流れを感じながら、恐らくしばらく長い付き合いになることを予想する。この二人が簡単に他者に足元をすくわれる想像はまったくできない。無論、私も簡単にこの座を奪われるようなことはしないが。言葉を交わし、男はからりと笑い女は小さく口角を上げる。だがそれぞれ腹の探り合い、純粋に表情に出すことなどするわけがない。
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