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ほんの一コマ
湖の記憶①
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騒がしい廊下を構うことなく大股で足を進める。すれ違う人間で俺に気付かない者もいれば、気付いた者は訝しげに表情を歪めた。
「どういうおつもりですか、父上」
無駄にバカでかい扉を開けた先、王座にふんぞり返っている人間が今この国の王だ。俺がこの場に現れたことが面白くないんだろう、短く鼻で笑い視線を外す。
「お前こそ、どういうつもりでこの場に現れた。呼んではおらんぞ」
「ええそうでしょう。貴方が俺を呼ぶことなんてまずない。だからこうしてわざわざ、この場に足を運んだんですが? 父上」
「ふん、減らず口が」
「俺の先程の問いに答えてもらっても? どういうおつもりですか、父上。まさかこのまま民が襲われる様を黙って見てろとでも言うのでしょうか」
城内が慌ただしいのは今に始まったことじゃない。ここ数年ずっとこの有様だ。それもこれも、一方的に宣戦布告し我が国に攻め込んでくる賊のような輩がいるからだ。
すでにもう僻地にある村は襲われている。報告を聞いた時はすでに遅く、救援に駆けつけることもできず村の者たちに避難を呼びかけることすら叶わなかった。
そうして向こうは勢いをつけたのか、じわじわと国に迫りつつあった。迫りつつあるということは、周辺にあった村や街なども襲われているということ。今はなんとか食い止めているもののそれも時間の問題だ。
国はそんな街などに救援を向かわせるのかと、思いきや。実際王はこうして目の前でただ偉そうに座っているだけ。こうしている間にも傷付いていく者たちがいるというのに、一体どういうつもりだと俺は押し入ってきた。
「この王都にはまだ手は届いておらん。何をそう急く必要がある」
「本気でそう仰っているので? すでにもう我が領土の民たちは多く傷付いています」
「愚かなことを。民草がいくら傷付いておろうと、この王都が無事ならばそれでいい」
「ッ……! このッ」
「お前こそ自分の立場を弁えよ。許可なくこの場に立ち入るでない。追い出せ」
「はっ」
「ッ、オイ!」
「浅ましい奴よ」
息子の言葉に耳も傾けないつもりか。周辺にいた騎士たちに両脇を掴まれ、そのままズルズルと引き摺られ扉の向こうに追い出されてしまった。そういう行動をした騎士たちの視線も冷めている。
「ふざけんなよ、この野郎ッ!」
分厚い扉に守られてばかりの小心者が。この言葉が扉に遮られて届かなくてもいいし、届いても構わなかった。ただこの怒りを表に出さずにはいられなかった。
いつもそうだ。一応あのクソ野郎の息子だっていうのに今まで俺の言葉に耳を傾けられたことなど一度もない。それもそうか、俺は六人いる兄弟の中で四番目、しかも奴が気にも留めない立場だ。何を言われたところで虫が鳴いているだけだと思っているに違いない。
盛大に舌打ちをし階段を降りる。周りの視線が冷ややかなのもいつものことだ。それにいちいち気にすることもない。
「お前も無駄なことをする」
眉間に皺を寄せたまま歩いている俺にそう声をかけてきたのは、廊下に佇んでいた長兄だった。言葉と共にその視線に温かみなど一つもない。
「今は守りを広げるより王都に固めておいたほうがいい。お前が何を言おうと無駄だ」
「実際この王都を守っているのは周辺にある村や街などでは? 彼らが持ち堪えているからこそこうして王都の者たちは普通に暮らしている。そうでしょう」
「当然だ。民草は代わりが利く。だが王族や貴族の代わりなどいない」
「随分と傲慢な考えなことで」
その王族や貴族が食しているものも民たちがその手を土で汚して必死で育ててきたものだ。それを無駄に消費し、無駄に残したかと思ったら簡単に捨てる。
確かに国政は王族や貴族で回っている。けれどそれを下で支えている者たちがいることを忘れてはならない。ただ今の私腹を肥やしている王族貴族たちはそんな考えもできないほど落ちぶれてしまった。そして自分たちの今の浅ましさに気付きもしない。
長兄は俺に視線を向けると表情を歪め確かに舌打ちをした。
「これだから下賤の妾の子は。同じ血が半分流れていると思うだけでも虫唾が走る」
それだけ言い捨てると大股でこの場を立ち去った。俺が兄弟の中でも冷遇されている理由はそれだ。他の兄弟は側室の子でありながら、俺は王が外で作った子だった。
だがそれも王が調査だのなんだの適当な理由をつけて城下に繰り出し、その時に気に入った娘を手駒に取っただけだ。後に娘が亡くなったという知らせを受け存在を知らなかった我が子を世間体を気にして受け入れただけ。
俺も俺なりに、王族となったのだから何でもできるようになろうとそれなりに努力してきた。だがこの城内でその努力が認められることもなければ、芽吹くこともない。何か進言する度に握り潰される。今回もそれだったというわけだ。
今までなら今回もまたかと気にはしなかった。だが今回ばかりはそうは言ってられない。こうしている間にも村や街は焼かれ領土内の民たちは苦しめられている。
一応話は通しておくべきかとやってきたわけだが、向こうは聞く耳すら持たない。ならばもうお伺いを立てる必要もない。向こうが俺に無関心だというのならこっちはこっちで好きにさせてもらおう。
そうと決まればこんな場所に用はないと早速城から飛び出す。向かう場所は王都の近くにある街。今はまだ攻撃の手が届いてはいないが時間の問題の場所だ。馬を一頭拝借し早速移動する。
道中休憩することもなく馬を走らせ続け辿り着いた街は、やはり緊張感が走っている。たまに息抜きでやってきてはいたがあの時ののどかで朗らかな雰囲気はどこにもない。女、子どもはどこか怯えており男たちの表情は険しい。
「……! なんだ」
物音が聞こえ視線を走らせる。細い裏道は昼間だというのに薄暗く、ゆっくりと足を向けてみると怒鳴り声も聞こえてきた。
「お前たち、何をしている」
構うことなく声をかければ複数の目が一斉に俺に振り返る。明らかに盗賊だろう。屈強な身体に鋭い目つきは構うことなく俺に刃物を向けてきた。
「なんだテメェは」
「どうやら人を襲った、というわけではなさそうだが。だがお前たちが持っているものはそこの家主の物だろう。置いていけ」
「素直に言うことを聞くとでも思ってんのか? アァ?」
「見るからにいいとこの坊っちゃんだな。少しは痛い目見たほうがいいんじゃねぇのかぁ?」
どうやら奴らも聞く耳持たないと来た。どうやら俺の言葉は誰にも伝わらないらしい。これで第四王子だというのだから笑わせる。腰に下げている剣を引き抜けば向こうは一斉に笑い声を上げた。
「オメェみてぇな奴が剣が扱えるかよ!」
「黙ってオレらに殴られとけって、なぁッ!」
有言実行か、と小さく呟きながら目の前に繰り出された拳を避ける。どうやらそこそこに盗みを働いていたようだ。身体の動きは悪くない。そう思いながら相手の動きをじっくり見ている俺に反して避けられるとは思わなかったのだろう、相手が瞠目しているのが見えた。
そんな男に剣を振り下げることなく持ち手を変え、柄を深々とその腹にめり込ませた。腹を抱え蹲ろうとしているところで今度は顎に向かって振り上げる。白目を向いて倒れた仲間に驚いたのか、舐めてかかろうとしていたさっきとは打って変わって男たちの顔つきが変わる。
「よせ。ひと目で相手の力量を測れなかった時点でお前たちの負けだ」
「テメェッ……!」
「その荷物を置け。今ここで裁きはしない。ただ俺についてこい」
じりじりと俺との距離を測っていたが、一番奥にいた男が息を吐き武器を下げた。恐らくその男がこの中でリーダー格なのだろう。その男の動きに習うように他の男たちも武器を下げる。
「話のわかる者がいて助かった」
「……何モンだ、テメェ」
「それについてはあとだ。取りあえず落ち着いて話せる場所に移動したい。いいところはあるか?」
「……近くに酒場がある」
「ならそこにしよう。おい、荷物を置けと言っただろう」
「あっ……」
「荷物を置け」
「……ヘイ」
リーダーと思われる男にも言われ、黙ってくすねようとしていた男が渋々荷物を置いた。これで盗もうとしていた物はすべて男たちの手から離れた。
近くに酒場があるということでリーダーの男が先頭に立って歩き出す。その男に続き俺も歩き出すと、他の男たちはきょろきょろとしながらも黙って後ろをついてきた。
酒場、というのなら普段酒を飲んで賑わっているのだろうが、今こんな情勢のせいか案内された酒場はどこか静かだった。酒を飲んでいる者も少ない。いたとしたら何やら文句を言いながらよくない飲み方をしている人間だけだ。
端にあるテーブルの席に着き一先ず水を注文する。俺と男たちの風貌が明らかに違うせいか、注文を聞きに来たお嬢ちゃんがどこか戸惑っていたがチップを弾めば慌ただしく厨房のほうへ駆けていった。
「さて、まずはお前たちに聞きたいことがある。なぜあんなことをしていた?」
金を出し惜しまなかった俺に怪訝な表情を浮かべたリーダー格は一先ず置いておいて、先に聞きたいことを口にする。その言葉に男たちはこぞって顔を見合わせ息を吐き肩を竦めた。
「なんでって、生きていけねぇからよ」
「ちょっと前ならこんなことしようとは思わなかったぜ。ただ最近随分ときな臭ぇじゃねぇか。それに王都からまったく支援もねぇ。野菜も育ちにくくなった上にいつ襲われるかわかったもんじゃねぇ。そんな中でどうやって生きていけっつーんだよ」
「オレも嫁さんと子どもだけでも安全な場所に移動させようと思ってさ。でも金がかかる、その金を稼げる場所が今はねぇ。オレは普通の村で育って普通に野菜育てていたから戦い方もわかんねぇ。犬死には嫌だし、何より怖ぇよ」
他にも同様な言葉を男たちは口にした。そして言葉に黙って耳を傾けつつ「やっぱりな」と腹の中で小さく呟いた。やっぱりだ、王都が周辺にある村や街の支援を出し渋っていたせいでその弊害が出てきている。だが考えればこうなることはわかっていたはずだ。
血が流れると穢れが発生する。それは大地を汚し人を立ち入らせない。畑があった場所はもう二度と野菜などが育たなくなる。今他所の国に攻め込まれている現状に、なんの対策も取らないでいるとそういう場所はもっと増えていく。
それを考えるのは簡単なことだというのに、ただ自分の私腹を肥やしたい、自分だけが無事でいればいいと思っている奴らはなんの対策もしない。このままではいずれ王都も攻め込まれ下手したら滅ぼされかねないというのに。
リーダー格の男がじっと俺に視線を向けているのがわかる。俺の品定めをしているのだろう。それならばいくらでもしてくれと臆することなく、黙ったまま聞いていた俺は口を開いた。
「お前たちの働き口は俺がなんとかしよう。金も出す」
「それでお前にはなんの得がある」
隙かさず口にしたリーダー格の男は随分と頭の回転も早いんだろう。これはいい出会いだったかもしれないなと小さく口角を上げる。
「恐らくだがこれからお前たちのような男はもっと増える。体力筋力ともにあるというのに宝の持ち腐れにして悪事に手を染める。それだと悪循環だ。それを打破したい」
「俺たちがその取っ掛かりになるって言うのか」
「そうだ。だが規則などに縛るつもりはない。ただ困った人がいれば助ける、それに重きを置いてくれればいい」
「……お前は一体何モンだ」
金が貰えるとわかって表情を明るくしていた男たちだが、リーダー格の男のその言葉にまた薄暗い雰囲気になる。
「そ、そうだ、お前一体なんなんだよ……金もあの嬢ちゃんにポンッてやっちまってよ……」
「いいところの坊っちゃんっぽいけどよ……」
「ああ、名乗るのが遅くなったな」
腕を組み、ニッと笑みを浮かべる。
「俺はカタラクト・ミストラル。ミストラル国の第四王子だ」
「どういうおつもりですか、父上」
無駄にバカでかい扉を開けた先、王座にふんぞり返っている人間が今この国の王だ。俺がこの場に現れたことが面白くないんだろう、短く鼻で笑い視線を外す。
「お前こそ、どういうつもりでこの場に現れた。呼んではおらんぞ」
「ええそうでしょう。貴方が俺を呼ぶことなんてまずない。だからこうしてわざわざ、この場に足を運んだんですが? 父上」
「ふん、減らず口が」
「俺の先程の問いに答えてもらっても? どういうおつもりですか、父上。まさかこのまま民が襲われる様を黙って見てろとでも言うのでしょうか」
城内が慌ただしいのは今に始まったことじゃない。ここ数年ずっとこの有様だ。それもこれも、一方的に宣戦布告し我が国に攻め込んでくる賊のような輩がいるからだ。
すでにもう僻地にある村は襲われている。報告を聞いた時はすでに遅く、救援に駆けつけることもできず村の者たちに避難を呼びかけることすら叶わなかった。
そうして向こうは勢いをつけたのか、じわじわと国に迫りつつあった。迫りつつあるということは、周辺にあった村や街なども襲われているということ。今はなんとか食い止めているもののそれも時間の問題だ。
国はそんな街などに救援を向かわせるのかと、思いきや。実際王はこうして目の前でただ偉そうに座っているだけ。こうしている間にも傷付いていく者たちがいるというのに、一体どういうつもりだと俺は押し入ってきた。
「この王都にはまだ手は届いておらん。何をそう急く必要がある」
「本気でそう仰っているので? すでにもう我が領土の民たちは多く傷付いています」
「愚かなことを。民草がいくら傷付いておろうと、この王都が無事ならばそれでいい」
「ッ……! このッ」
「お前こそ自分の立場を弁えよ。許可なくこの場に立ち入るでない。追い出せ」
「はっ」
「ッ、オイ!」
「浅ましい奴よ」
息子の言葉に耳も傾けないつもりか。周辺にいた騎士たちに両脇を掴まれ、そのままズルズルと引き摺られ扉の向こうに追い出されてしまった。そういう行動をした騎士たちの視線も冷めている。
「ふざけんなよ、この野郎ッ!」
分厚い扉に守られてばかりの小心者が。この言葉が扉に遮られて届かなくてもいいし、届いても構わなかった。ただこの怒りを表に出さずにはいられなかった。
いつもそうだ。一応あのクソ野郎の息子だっていうのに今まで俺の言葉に耳を傾けられたことなど一度もない。それもそうか、俺は六人いる兄弟の中で四番目、しかも奴が気にも留めない立場だ。何を言われたところで虫が鳴いているだけだと思っているに違いない。
盛大に舌打ちをし階段を降りる。周りの視線が冷ややかなのもいつものことだ。それにいちいち気にすることもない。
「お前も無駄なことをする」
眉間に皺を寄せたまま歩いている俺にそう声をかけてきたのは、廊下に佇んでいた長兄だった。言葉と共にその視線に温かみなど一つもない。
「今は守りを広げるより王都に固めておいたほうがいい。お前が何を言おうと無駄だ」
「実際この王都を守っているのは周辺にある村や街などでは? 彼らが持ち堪えているからこそこうして王都の者たちは普通に暮らしている。そうでしょう」
「当然だ。民草は代わりが利く。だが王族や貴族の代わりなどいない」
「随分と傲慢な考えなことで」
その王族や貴族が食しているものも民たちがその手を土で汚して必死で育ててきたものだ。それを無駄に消費し、無駄に残したかと思ったら簡単に捨てる。
確かに国政は王族や貴族で回っている。けれどそれを下で支えている者たちがいることを忘れてはならない。ただ今の私腹を肥やしている王族貴族たちはそんな考えもできないほど落ちぶれてしまった。そして自分たちの今の浅ましさに気付きもしない。
長兄は俺に視線を向けると表情を歪め確かに舌打ちをした。
「これだから下賤の妾の子は。同じ血が半分流れていると思うだけでも虫唾が走る」
それだけ言い捨てると大股でこの場を立ち去った。俺が兄弟の中でも冷遇されている理由はそれだ。他の兄弟は側室の子でありながら、俺は王が外で作った子だった。
だがそれも王が調査だのなんだの適当な理由をつけて城下に繰り出し、その時に気に入った娘を手駒に取っただけだ。後に娘が亡くなったという知らせを受け存在を知らなかった我が子を世間体を気にして受け入れただけ。
俺も俺なりに、王族となったのだから何でもできるようになろうとそれなりに努力してきた。だがこの城内でその努力が認められることもなければ、芽吹くこともない。何か進言する度に握り潰される。今回もそれだったというわけだ。
今までなら今回もまたかと気にはしなかった。だが今回ばかりはそうは言ってられない。こうしている間にも村や街は焼かれ領土内の民たちは苦しめられている。
一応話は通しておくべきかとやってきたわけだが、向こうは聞く耳すら持たない。ならばもうお伺いを立てる必要もない。向こうが俺に無関心だというのならこっちはこっちで好きにさせてもらおう。
そうと決まればこんな場所に用はないと早速城から飛び出す。向かう場所は王都の近くにある街。今はまだ攻撃の手が届いてはいないが時間の問題の場所だ。馬を一頭拝借し早速移動する。
道中休憩することもなく馬を走らせ続け辿り着いた街は、やはり緊張感が走っている。たまに息抜きでやってきてはいたがあの時ののどかで朗らかな雰囲気はどこにもない。女、子どもはどこか怯えており男たちの表情は険しい。
「……! なんだ」
物音が聞こえ視線を走らせる。細い裏道は昼間だというのに薄暗く、ゆっくりと足を向けてみると怒鳴り声も聞こえてきた。
「お前たち、何をしている」
構うことなく声をかければ複数の目が一斉に俺に振り返る。明らかに盗賊だろう。屈強な身体に鋭い目つきは構うことなく俺に刃物を向けてきた。
「なんだテメェは」
「どうやら人を襲った、というわけではなさそうだが。だがお前たちが持っているものはそこの家主の物だろう。置いていけ」
「素直に言うことを聞くとでも思ってんのか? アァ?」
「見るからにいいとこの坊っちゃんだな。少しは痛い目見たほうがいいんじゃねぇのかぁ?」
どうやら奴らも聞く耳持たないと来た。どうやら俺の言葉は誰にも伝わらないらしい。これで第四王子だというのだから笑わせる。腰に下げている剣を引き抜けば向こうは一斉に笑い声を上げた。
「オメェみてぇな奴が剣が扱えるかよ!」
「黙ってオレらに殴られとけって、なぁッ!」
有言実行か、と小さく呟きながら目の前に繰り出された拳を避ける。どうやらそこそこに盗みを働いていたようだ。身体の動きは悪くない。そう思いながら相手の動きをじっくり見ている俺に反して避けられるとは思わなかったのだろう、相手が瞠目しているのが見えた。
そんな男に剣を振り下げることなく持ち手を変え、柄を深々とその腹にめり込ませた。腹を抱え蹲ろうとしているところで今度は顎に向かって振り上げる。白目を向いて倒れた仲間に驚いたのか、舐めてかかろうとしていたさっきとは打って変わって男たちの顔つきが変わる。
「よせ。ひと目で相手の力量を測れなかった時点でお前たちの負けだ」
「テメェッ……!」
「その荷物を置け。今ここで裁きはしない。ただ俺についてこい」
じりじりと俺との距離を測っていたが、一番奥にいた男が息を吐き武器を下げた。恐らくその男がこの中でリーダー格なのだろう。その男の動きに習うように他の男たちも武器を下げる。
「話のわかる者がいて助かった」
「……何モンだ、テメェ」
「それについてはあとだ。取りあえず落ち着いて話せる場所に移動したい。いいところはあるか?」
「……近くに酒場がある」
「ならそこにしよう。おい、荷物を置けと言っただろう」
「あっ……」
「荷物を置け」
「……ヘイ」
リーダーと思われる男にも言われ、黙ってくすねようとしていた男が渋々荷物を置いた。これで盗もうとしていた物はすべて男たちの手から離れた。
近くに酒場があるということでリーダーの男が先頭に立って歩き出す。その男に続き俺も歩き出すと、他の男たちはきょろきょろとしながらも黙って後ろをついてきた。
酒場、というのなら普段酒を飲んで賑わっているのだろうが、今こんな情勢のせいか案内された酒場はどこか静かだった。酒を飲んでいる者も少ない。いたとしたら何やら文句を言いながらよくない飲み方をしている人間だけだ。
端にあるテーブルの席に着き一先ず水を注文する。俺と男たちの風貌が明らかに違うせいか、注文を聞きに来たお嬢ちゃんがどこか戸惑っていたがチップを弾めば慌ただしく厨房のほうへ駆けていった。
「さて、まずはお前たちに聞きたいことがある。なぜあんなことをしていた?」
金を出し惜しまなかった俺に怪訝な表情を浮かべたリーダー格は一先ず置いておいて、先に聞きたいことを口にする。その言葉に男たちはこぞって顔を見合わせ息を吐き肩を竦めた。
「なんでって、生きていけねぇからよ」
「ちょっと前ならこんなことしようとは思わなかったぜ。ただ最近随分ときな臭ぇじゃねぇか。それに王都からまったく支援もねぇ。野菜も育ちにくくなった上にいつ襲われるかわかったもんじゃねぇ。そんな中でどうやって生きていけっつーんだよ」
「オレも嫁さんと子どもだけでも安全な場所に移動させようと思ってさ。でも金がかかる、その金を稼げる場所が今はねぇ。オレは普通の村で育って普通に野菜育てていたから戦い方もわかんねぇ。犬死には嫌だし、何より怖ぇよ」
他にも同様な言葉を男たちは口にした。そして言葉に黙って耳を傾けつつ「やっぱりな」と腹の中で小さく呟いた。やっぱりだ、王都が周辺にある村や街の支援を出し渋っていたせいでその弊害が出てきている。だが考えればこうなることはわかっていたはずだ。
血が流れると穢れが発生する。それは大地を汚し人を立ち入らせない。畑があった場所はもう二度と野菜などが育たなくなる。今他所の国に攻め込まれている現状に、なんの対策も取らないでいるとそういう場所はもっと増えていく。
それを考えるのは簡単なことだというのに、ただ自分の私腹を肥やしたい、自分だけが無事でいればいいと思っている奴らはなんの対策もしない。このままではいずれ王都も攻め込まれ下手したら滅ぼされかねないというのに。
リーダー格の男がじっと俺に視線を向けているのがわかる。俺の品定めをしているのだろう。それならばいくらでもしてくれと臆することなく、黙ったまま聞いていた俺は口を開いた。
「お前たちの働き口は俺がなんとかしよう。金も出す」
「それでお前にはなんの得がある」
隙かさず口にしたリーダー格の男は随分と頭の回転も早いんだろう。これはいい出会いだったかもしれないなと小さく口角を上げる。
「恐らくだがこれからお前たちのような男はもっと増える。体力筋力ともにあるというのに宝の持ち腐れにして悪事に手を染める。それだと悪循環だ。それを打破したい」
「俺たちがその取っ掛かりになるって言うのか」
「そうだ。だが規則などに縛るつもりはない。ただ困った人がいれば助ける、それに重きを置いてくれればいい」
「……お前は一体何モンだ」
金が貰えるとわかって表情を明るくしていた男たちだが、リーダー格の男のその言葉にまた薄暗い雰囲気になる。
「そ、そうだ、お前一体なんなんだよ……金もあの嬢ちゃんにポンッてやっちまってよ……」
「いいところの坊っちゃんっぽいけどよ……」
「ああ、名乗るのが遅くなったな」
腕を組み、ニッと笑みを浮かべる。
「俺はカタラクト・ミストラル。ミストラル国の第四王子だ」
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