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128.別れ
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動かない身体を抱きしめている丸まった背中が、どこか悲しそうで寂しそう。アミィたちは「イグニート国王」って言っていたけど、ルーファスだけがずっと「アンビシオン」って呼んでた。
酷い王だったと思う。子どもだったカイムを勝手に連れて行って勝手に『人間兵器』に仕立て上げて、自分は安全な場所にいた酷い人。でもそのことをわかっていても、ルーファスにとってはきっとそれだけじゃなかったんだ。
今までずっと剣を握らないでいたのに、それでも最後は拾い上げて自分がとどめを差したのはルーファスなりの決着の付け方だったのかな。
「ぐ、ぅっ……」
「あっ……カイム!」
すぐ傍で苦しそうな声が聞こえてきて急いで駆け寄る。カイムは立ち上がることができずにずっとうずくまってる。少しでも楽になってほしくて背中を擦ってみても、それでもカイムは苦しそうにしているだけだった。
カイムの髪の色は女神様と同じ色から元の青色に戻ってない。女神様と同じように今も全体的にキラキラしてる。
「カイム、大丈夫……? どうやったらつらくなくなるの? アミィ、どうしたらいい……?」
『言ったであろう。人間の身体は過度な力を受け取れる作りではないと。例外などない』
ふわふわ浮かんでいる綺麗なお姉さんの姿をしている女神様が、淡々とそんなことを言ってくる。過度な、って、さっきのイグニート国王みたいに? 女神様の力を受け取りすぎてあんなにも苦しそうにしていたことと同じことが、カイムにも起こっているってこと?
急いで女神様からカイムに視線を映したら、びっしょり汗を掻いてて息をするのもつらそう。
「ねぇ……ねぇ、やだ……やだよ……女神様、カイムのこと助けて……! 女神様は、なんでもできるんだよね⁈」
だって女神様は万能な存在だってみんな言ってた。女神様がいるからこの世界はあって、アミィたちも魔術が使える。万能って、なんでもできるってことで。だから、こんなにも苦しそうにしてるカイムを助けることだってできるはず。
でも、それなのに女神様は大丈夫ともなんとも言わない。笑ってくれるわけでもなくて、ただ無表情のまま浮いている。
『……その身体はすでに限界を迎えている』
「それでも女神様ならっ」
『ハルシオンの民の末裔は他の人間より一層私の力の影響を受けやすい。それでも、あの男を止めるために私の力を受け入れた。こうなることをわかっていながら』
みんなが身体を引きずりながらもアミィたちのところに来ようとしてるけど、アミィは気付くことができなくてずっとカイムと女神様を交互に見てる。
女神様の言葉は、カイムはイグニート国王に過度な力を与えるために女神様の力を受け入れたってことになる。でも人の身体は過度な力を受け取ることはできなくて。だからイグニート国王はああいうことになったわけで。でも、そしたら。
同じように力を受け取ってたカイムの身体はどうなっちゃうの。
「で、でも、でも、人間だって、精霊さんになることはできるんだよねっ……?」
アミィのふるさとのクロウカシスで、フラウが生まれたように。まだ精霊さんたちみたいに力が強いってわけじゃないけど、それでも近い存在だってウンディーネたちは言ってた。だから、カイムだって。
そう思ってたのに、女神様は初めて表情を変えた。眉間に皺を寄せて目を閉じて、ゆっくり頭を振る。
『膨大な力があるだけならあの男も、そしてこの者もなることはできるだろう。だが精霊に必要なのは慈悲の心と献身的な行いだ。己の中に穢れを抱えていたあの男は無論私どころか精霊になる資格すらない。そして――』
女神様の視線がカイムに向かう。
『この者も、その手を血で汚しすぎた』
「っ!」
「……ハッ」
歪んだ表情で短く笑ったカイムの首に抱きつく。そんなこと、そんなことって。
「カイムだけが悪いわけじゃないじゃん! そういうことをさせた大人が悪いんでしょ⁈ 人を傷付けるのは悪いことだって、小さいカイムに教えなかった大人が悪いんじゃん! なんで、なんでカイムだけが悪いみたいなことになるの⁈ ねぇっ‼」
「アミィちゃん……」
「アミィ……」
「カイムはアミィのこと助けてくれたもん! 守ってくれたもん! 色んな人のことだって助けてた! いっぱい助けてたよ! それなのにダメなの⁈」
いつもと同じようにぎゅうぎゅうにカイムに抱きついているのに、いつもはポカポカする身体がすごく冷たかった。いつも呆れながら、それでもアミィのことを抱き締め返してくれる腕が今は全然動いていなかった。
どうすればいいのかわからなくて涙があふれてくる。でもいくら抱き締めたところでカイムがつらそうにしていることは変わらない。女神様も、何かをしてくれるわけじゃない。
カイムがこうなったのもアミィを庇ったからだ。アミィが頑張って身体動かして逃げていれば、アミィの代わりに魔力を奪われることもなかった。女神様の力をいっぱい身体に受け入れることもなかった。アミィが、助けられてばかりだから。
涙が止まらない。カイムを力いっぱい抱きしめてもあたたかくならない。滲んだ視界で、カイムの頬がぽろぽろと崩れてきているのが見えた。
「やだ……やだぁっ……!」
イグニート国王もきっとルーファスが剣で刺さなくてもあのまま消えていた。でもそれだとカイムも同じように消えちゃうってことになる。黙って見てることしかできなくて、わがままだってわかってるけどそれでもカイムに消えてほしくなかった。
だってアミィのことを助けてくれたように、守ってくれたように。アミィもこれからカイムのこと助けたいと思っていたのに。守りたいと思っていたのに。大きく成長して、絶対カイムのこと抱っこしてあげるって決めてたのに。このままだとその中のどれもできなくなってしまう。
『……最後の穢れも祓われた。ならば』
「な、なにっ?」
独り言みたいに喋った女神様を見上げる。そういえば地面から出ていた穢れは多分イザナギが祓ってくれた。そしてイグニート国王の中にあった黒いモヤも今はなくなってる。
でも、それがなんだって言うんだろう。女神が何を言いたいのかわからなくて、こんな時になに他のこと言ってるんだろうってなんだかムカムカして表情がぐしゃぐしゃになる。そんなアミィにルーファスたちのほうを見ていた女神様が視線を戻した。
『人間の信仰心がなくなったこと。そして私が人間に失望してしまったことによって今精霊界と人間界、二つの世界が大きく切り離れようとしている』
それを留めていたのが精霊たちだが、と続けた女神様の言葉の意味がわからなくて首を傾げる。いつの間にか傍に来ていたフレイがアミィの肩に手を置いて、他のみんなも同じように女神様を見上げていた。
『私が目覚めたことによって完璧に切り離され世界が崩れることはなくなった。だが、元に戻ることも容易ではない。弱まった精霊たちの力もすぐには戻らない。このままではまた何かの拍子で切り離されてしまう』
「貴女を力を以てしても、ですか。女神」
『世界の形を留めることはできる。だがお前たちも知っているように、私たちの力の源は人間の信仰心だ。それがなくなれば精霊も滅びの一手を歩むのみ――だが』
クルエルダの言葉に返した女神様がふわり動く。苦しそうにうずくまっているカイムの目の前に降りてきて、アミィも邪魔しないように無意識に抱きついている腕を放した。
『精霊たちが力を取り戻すための時間稼ぎはできるだろう。離れようとしている二つの世界を繋ぎ止める『楔』を打ち付ければいい』
「『楔』……?」
『そうだ。私たちの力を受け入れる器であり、そして人間の身体を持っている者ならば適任だ』
身体に抱きつくことはやめたけど、それでもカイムのぼろぼろになってきてる腕にしがみつく。
『お前の道は二つだ。このまま朽ち果てるか、もしくは『楔』としての役目を担うか』
「ね、ねぇ女神様! 『楔』になったら、カイムは生きることができるの⁈」
『生きる、ということにはなるだろう。ただ二つの世界の『楔』になるのだ、どちらの世界にも属し、属さない身体になる。精霊であって精霊ではない、人間であって人間ではない存在になる』
「それって……」
戦い終わったばかりで、カイムがこんな状態で色んなことを一気に言われてもすぐに理解することができない。ただこの世界のためにカイムが『楔』になれば、このまま死ぬことはないっていうことはわかる。でも女神様の言い方は、まるでカイムのことを『道具』みたいに扱ってるみたいで。
前に『人間兵器』はただの道具だって、カイムは確かに言ってた。自分が道具扱いされてるって気付いてたんだ。カイムはそれが嫌でイグニート国から逃げ出したんじゃないの? それなのに、またそんな扱い。
「やめてよ……カイムは道具なんかじゃないっ」
『決めるのはお前ではなく、その者だ』
「っ……」
ぎゅって腕にしがみついて、カイムのつらそうな横顔を見つめる。髪が邪魔してカイムの表情がよく見えない。聞こえてくるのは苦しそうな呼吸で、見えるのは少しずつ少しずつカイムの身体が崩れ落ちようとしているところ。
少しだけ、カイムの背中が動いたような気がした。急いで背中を支える。アミィの小さい手じゃしっかり支えることはできなくて、添える程度にしかならないけど。
「……今、まで……なんのために生きてんのか、わからなかったが……」
苦しそうに息している最中に、カイムは必死に言葉を続けていた。
「こんな俺でも、少しはその意味が……あったみてぇだな……」
「っ……カイム……」
カイムが自分のことをアミィに教えてくれたことはほとんどない。ただ自分が『人間兵器』であったことと、自分が望んでそれを選んだということ。正しい人間じゃないから自分を信じるなということも言っていた。でもそれだけだった。 だから今までカイムはどんな思いで生きてきたのか、アミィにはわからない。どんな気持ちでアミィのこと助けてくれたのかも。守ってくれていたのかも。でもアミィのことは言わなくても、それがカイムの優しさだと信じてた。
そうやってカイムは色んな人を助けてきたけど、自分のことを助けたことは今まで一度もなかったんだって、この時初めて気付いた。
「……女神様、これからカイムに、会えるよね……?」
『どれほど時間がかかるかわからない。数年後かもしれないし、もっと先……それこそ百年は経つ可能性もある。ただその間この者の器である身体が朽ちることはない』
カイムが決めたことなら、アミィがこれ以上ごちゃごちゃ言うことなんてできない。いつもアミィがこうしたいってことを優先的にカイムがやらせてくれたように、アミィも、カイムが自分がやりたいことをやってほしいから。
カイムの正面に回って、もう一度ぎゅっと抱きつく。いつものように抱き締め返してくれなかったけど、そのことがすごく悲しいけど。
「カイム……アミィ、待ってるから。カイムのこと、ずっと待ってるからね……!」
何年かかろうとカイムがここで死ななかったらそれでいい。精霊でも人間でもない存在だったとしても、カイムがカイムであるならそれでいい。帰ってきて誰もいなかったら寂しいから、だからアミィだけでもいつまでもカイムの帰りを待ってるの。「おかえり」って言ってあげるの。
「……馬鹿だなぁ、お前も」
そう言ってカイムは腕を動かして、いつものように頭をくしゃって撫でてくれた。
酷い王だったと思う。子どもだったカイムを勝手に連れて行って勝手に『人間兵器』に仕立て上げて、自分は安全な場所にいた酷い人。でもそのことをわかっていても、ルーファスにとってはきっとそれだけじゃなかったんだ。
今までずっと剣を握らないでいたのに、それでも最後は拾い上げて自分がとどめを差したのはルーファスなりの決着の付け方だったのかな。
「ぐ、ぅっ……」
「あっ……カイム!」
すぐ傍で苦しそうな声が聞こえてきて急いで駆け寄る。カイムは立ち上がることができずにずっとうずくまってる。少しでも楽になってほしくて背中を擦ってみても、それでもカイムは苦しそうにしているだけだった。
カイムの髪の色は女神様と同じ色から元の青色に戻ってない。女神様と同じように今も全体的にキラキラしてる。
「カイム、大丈夫……? どうやったらつらくなくなるの? アミィ、どうしたらいい……?」
『言ったであろう。人間の身体は過度な力を受け取れる作りではないと。例外などない』
ふわふわ浮かんでいる綺麗なお姉さんの姿をしている女神様が、淡々とそんなことを言ってくる。過度な、って、さっきのイグニート国王みたいに? 女神様の力を受け取りすぎてあんなにも苦しそうにしていたことと同じことが、カイムにも起こっているってこと?
急いで女神様からカイムに視線を映したら、びっしょり汗を掻いてて息をするのもつらそう。
「ねぇ……ねぇ、やだ……やだよ……女神様、カイムのこと助けて……! 女神様は、なんでもできるんだよね⁈」
だって女神様は万能な存在だってみんな言ってた。女神様がいるからこの世界はあって、アミィたちも魔術が使える。万能って、なんでもできるってことで。だから、こんなにも苦しそうにしてるカイムを助けることだってできるはず。
でも、それなのに女神様は大丈夫ともなんとも言わない。笑ってくれるわけでもなくて、ただ無表情のまま浮いている。
『……その身体はすでに限界を迎えている』
「それでも女神様ならっ」
『ハルシオンの民の末裔は他の人間より一層私の力の影響を受けやすい。それでも、あの男を止めるために私の力を受け入れた。こうなることをわかっていながら』
みんなが身体を引きずりながらもアミィたちのところに来ようとしてるけど、アミィは気付くことができなくてずっとカイムと女神様を交互に見てる。
女神様の言葉は、カイムはイグニート国王に過度な力を与えるために女神様の力を受け入れたってことになる。でも人の身体は過度な力を受け取ることはできなくて。だからイグニート国王はああいうことになったわけで。でも、そしたら。
同じように力を受け取ってたカイムの身体はどうなっちゃうの。
「で、でも、でも、人間だって、精霊さんになることはできるんだよねっ……?」
アミィのふるさとのクロウカシスで、フラウが生まれたように。まだ精霊さんたちみたいに力が強いってわけじゃないけど、それでも近い存在だってウンディーネたちは言ってた。だから、カイムだって。
そう思ってたのに、女神様は初めて表情を変えた。眉間に皺を寄せて目を閉じて、ゆっくり頭を振る。
『膨大な力があるだけならあの男も、そしてこの者もなることはできるだろう。だが精霊に必要なのは慈悲の心と献身的な行いだ。己の中に穢れを抱えていたあの男は無論私どころか精霊になる資格すらない。そして――』
女神様の視線がカイムに向かう。
『この者も、その手を血で汚しすぎた』
「っ!」
「……ハッ」
歪んだ表情で短く笑ったカイムの首に抱きつく。そんなこと、そんなことって。
「カイムだけが悪いわけじゃないじゃん! そういうことをさせた大人が悪いんでしょ⁈ 人を傷付けるのは悪いことだって、小さいカイムに教えなかった大人が悪いんじゃん! なんで、なんでカイムだけが悪いみたいなことになるの⁈ ねぇっ‼」
「アミィちゃん……」
「アミィ……」
「カイムはアミィのこと助けてくれたもん! 守ってくれたもん! 色んな人のことだって助けてた! いっぱい助けてたよ! それなのにダメなの⁈」
いつもと同じようにぎゅうぎゅうにカイムに抱きついているのに、いつもはポカポカする身体がすごく冷たかった。いつも呆れながら、それでもアミィのことを抱き締め返してくれる腕が今は全然動いていなかった。
どうすればいいのかわからなくて涙があふれてくる。でもいくら抱き締めたところでカイムがつらそうにしていることは変わらない。女神様も、何かをしてくれるわけじゃない。
カイムがこうなったのもアミィを庇ったからだ。アミィが頑張って身体動かして逃げていれば、アミィの代わりに魔力を奪われることもなかった。女神様の力をいっぱい身体に受け入れることもなかった。アミィが、助けられてばかりだから。
涙が止まらない。カイムを力いっぱい抱きしめてもあたたかくならない。滲んだ視界で、カイムの頬がぽろぽろと崩れてきているのが見えた。
「やだ……やだぁっ……!」
イグニート国王もきっとルーファスが剣で刺さなくてもあのまま消えていた。でもそれだとカイムも同じように消えちゃうってことになる。黙って見てることしかできなくて、わがままだってわかってるけどそれでもカイムに消えてほしくなかった。
だってアミィのことを助けてくれたように、守ってくれたように。アミィもこれからカイムのこと助けたいと思っていたのに。守りたいと思っていたのに。大きく成長して、絶対カイムのこと抱っこしてあげるって決めてたのに。このままだとその中のどれもできなくなってしまう。
『……最後の穢れも祓われた。ならば』
「な、なにっ?」
独り言みたいに喋った女神様を見上げる。そういえば地面から出ていた穢れは多分イザナギが祓ってくれた。そしてイグニート国王の中にあった黒いモヤも今はなくなってる。
でも、それがなんだって言うんだろう。女神が何を言いたいのかわからなくて、こんな時になに他のこと言ってるんだろうってなんだかムカムカして表情がぐしゃぐしゃになる。そんなアミィにルーファスたちのほうを見ていた女神様が視線を戻した。
『人間の信仰心がなくなったこと。そして私が人間に失望してしまったことによって今精霊界と人間界、二つの世界が大きく切り離れようとしている』
それを留めていたのが精霊たちだが、と続けた女神様の言葉の意味がわからなくて首を傾げる。いつの間にか傍に来ていたフレイがアミィの肩に手を置いて、他のみんなも同じように女神様を見上げていた。
『私が目覚めたことによって完璧に切り離され世界が崩れることはなくなった。だが、元に戻ることも容易ではない。弱まった精霊たちの力もすぐには戻らない。このままではまた何かの拍子で切り離されてしまう』
「貴女を力を以てしても、ですか。女神」
『世界の形を留めることはできる。だがお前たちも知っているように、私たちの力の源は人間の信仰心だ。それがなくなれば精霊も滅びの一手を歩むのみ――だが』
クルエルダの言葉に返した女神様がふわり動く。苦しそうにうずくまっているカイムの目の前に降りてきて、アミィも邪魔しないように無意識に抱きついている腕を放した。
『精霊たちが力を取り戻すための時間稼ぎはできるだろう。離れようとしている二つの世界を繋ぎ止める『楔』を打ち付ければいい』
「『楔』……?」
『そうだ。私たちの力を受け入れる器であり、そして人間の身体を持っている者ならば適任だ』
身体に抱きつくことはやめたけど、それでもカイムのぼろぼろになってきてる腕にしがみつく。
『お前の道は二つだ。このまま朽ち果てるか、もしくは『楔』としての役目を担うか』
「ね、ねぇ女神様! 『楔』になったら、カイムは生きることができるの⁈」
『生きる、ということにはなるだろう。ただ二つの世界の『楔』になるのだ、どちらの世界にも属し、属さない身体になる。精霊であって精霊ではない、人間であって人間ではない存在になる』
「それって……」
戦い終わったばかりで、カイムがこんな状態で色んなことを一気に言われてもすぐに理解することができない。ただこの世界のためにカイムが『楔』になれば、このまま死ぬことはないっていうことはわかる。でも女神様の言い方は、まるでカイムのことを『道具』みたいに扱ってるみたいで。
前に『人間兵器』はただの道具だって、カイムは確かに言ってた。自分が道具扱いされてるって気付いてたんだ。カイムはそれが嫌でイグニート国から逃げ出したんじゃないの? それなのに、またそんな扱い。
「やめてよ……カイムは道具なんかじゃないっ」
『決めるのはお前ではなく、その者だ』
「っ……」
ぎゅって腕にしがみついて、カイムのつらそうな横顔を見つめる。髪が邪魔してカイムの表情がよく見えない。聞こえてくるのは苦しそうな呼吸で、見えるのは少しずつ少しずつカイムの身体が崩れ落ちようとしているところ。
少しだけ、カイムの背中が動いたような気がした。急いで背中を支える。アミィの小さい手じゃしっかり支えることはできなくて、添える程度にしかならないけど。
「……今、まで……なんのために生きてんのか、わからなかったが……」
苦しそうに息している最中に、カイムは必死に言葉を続けていた。
「こんな俺でも、少しはその意味が……あったみてぇだな……」
「っ……カイム……」
カイムが自分のことをアミィに教えてくれたことはほとんどない。ただ自分が『人間兵器』であったことと、自分が望んでそれを選んだということ。正しい人間じゃないから自分を信じるなということも言っていた。でもそれだけだった。 だから今までカイムはどんな思いで生きてきたのか、アミィにはわからない。どんな気持ちでアミィのこと助けてくれたのかも。守ってくれていたのかも。でもアミィのことは言わなくても、それがカイムの優しさだと信じてた。
そうやってカイムは色んな人を助けてきたけど、自分のことを助けたことは今まで一度もなかったんだって、この時初めて気付いた。
「……女神様、これからカイムに、会えるよね……?」
『どれほど時間がかかるかわからない。数年後かもしれないし、もっと先……それこそ百年は経つ可能性もある。ただその間この者の器である身体が朽ちることはない』
カイムが決めたことなら、アミィがこれ以上ごちゃごちゃ言うことなんてできない。いつもアミィがこうしたいってことを優先的にカイムがやらせてくれたように、アミィも、カイムが自分がやりたいことをやってほしいから。
カイムの正面に回って、もう一度ぎゅっと抱きつく。いつものように抱き締め返してくれなかったけど、そのことがすごく悲しいけど。
「カイム……アミィ、待ってるから。カイムのこと、ずっと待ってるからね……!」
何年かかろうとカイムがここで死ななかったらそれでいい。精霊でも人間でもない存在だったとしても、カイムがカイムであるならそれでいい。帰ってきて誰もいなかったら寂しいから、だからアミィだけでもいつまでもカイムの帰りを待ってるの。「おかえり」って言ってあげるの。
「……馬鹿だなぁ、お前も」
そう言ってカイムは腕を動かして、いつものように頭をくしゃって撫でてくれた。
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