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127.決着
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「君は迷うことなく進んでいくな」
いつだったか、移動中に突然そんなことを言われた。特に深い話しをしていたわけでもなく他愛のない会話の中から出てきた言葉だった。言った当人は何かを思ってそう言ったのかもしれないし、逆に特に思うことなくふと言葉にしただけかもしれない。その言葉以降特に言葉が続くことなくまた別の会話になったため、お互いそれ以上何かを言うことはなかった。
迷いながらでも前に進んでいるのはお前のほうだな、と名前を呼ばれ前に駆けていった後ろ姿を眺めながらそう思った。お前にとって俺がどんな風に見えているかは知らない。ただお前が思っているようなもんでもないと小さく息を吐く。
迷うことなく進んでるんじゃない、俺は前に進むしかなかった。後ろに下がればすぐそこに『人間兵器』がある。そこには戻りたくなかった。止まろうとすると、ラファーガの頭やミストラル国の王がそれを許さない。なんで進んでいるのかもわからないままただ足を動かし続け、ここまで来ていた。
*
「うぅ……」
アミィとクルエルダはまだ距離があったから衝撃はそこまでなかった。でもイグニート国王の近くにいたカイムたちは直撃して、身体が飛んでいくのが見えた気がした。
身体のあちこちが痛くて、でもこのまま横たわっているわけにもいかないから必死に身体を動かす。痛いけど、それでも動けそうなのは咄嗟にカイムとティエラ、ルーファスが急いで防御壁を張ってくれたから。アミィも同じように張れたらまだよかったのに、今のアミィだと三人みたいに咄嗟に強い防御壁を張れなかった。
どうしていつもアミィは大事なところで動けないんだろう。悔しくて、涙が出そうになる。でも泣いたところで何も変わらない。今はとにかく身体を動かして、少しでもみんなの役に立てるようにならないと。
「ハ……ハハハ……他愛もない……巨大な力を手に入れた俺の前に、敵など……ぐっ、うぅ……!」
一人だけ立っているけど、なんだか様子が変。さっきまでカイムたちとあんまり変わらない年齢だったのに、顔とか手とか見えている肌がしわくちゃになっていってるように見える。自分がそんな姿になってるって気付いているのかわかんない。でもどこか痛そうで、息苦しそう。
でも痛くて苦しいのはアミィたちも一緒。みんな酷い怪我の中必死で起き上がろうとしてる。ティエラがちょっとずつでも回復するようにって魔術を使ってるけど、でも思ったより効果が薄い。もしかして精霊さんたちの力が弱まっているからかもしれない。
「クソッ……なんだ……身体が……――そうか……足りない、のか。魔力が、足りないせいか」
あれ、って思った。あれ、なんだか、イグニート国王がすごく近くにいる気がする。
そうだ、さっきの大きな魔術で前にいてくれていたカイムたちはみんな吹き飛ばされてしまった。だから、いつの間にかアミィが一番近い距離にいる。
ユラユラ身体を動かしながらイグニート国王が歩いてくる。アミィと目が合った瞬間、しわくちゃだった顔を更に歪ませて笑ってみせた。気持ち悪くて背筋がぞわってした。
「『紫』……いいや、この際『紫』だろうと構わない……お前の魔力を奪えば、安定、するはずだ……!」
ぞわぞわが止まらない。逃げなきゃ、そう思うのに身体が痛くて思った通りに動かせない。さっきまで何も持ってないと思っていたのにいつの間にか右手に剣が握られてる。半透明で光に当てたらキラキラして綺麗なのに、人の魔力を奪うそれを綺麗だとは全然思えなかった。
剣がゆっくりと持ち上げられて、剣先がアミィに向けられる。ルーファスほどじゃないけどアミィも『紫』で、多分他の人たちよりも魔力量がある。それをイグニート国王が今奪おうとしてる。
みんなをこれ以上傷付けさせるわけにはいかないから逃げなきゃいけないのに。魔力を奪われるわけにはいかないのに――どうしてアミィの身体は動いてくれないの⁈
「うっ、くぅっ……!」
「逃げるな小娘。お前の力、俺が有効活用してやろうと言っているんだ……大人しくしろッ‼」
剣は一度引かれて、真っ直ぐにこっちに向かってくる。避けられない。色んなことが頭の中に浮かんでは消えていく。
お父さんとお母さんと一緒に暮らしていたこと、そしてアミィが特殊だったせいで殺されてしまったこと。被検体にさせられて、色んな実験をさせられた。痛くてつらくて嫌で、逃げ出したくて塔から飛び降りようとした。
でも助けられた。初めて船に乗って海を見た。『人間兵器』だって言われてたくさん怖い思いをした。でも優しい人たちにも会った。色んなこともたくさん教わった。
痛い思い、怖い思いもたくさんしてきた。でもそれはアミィだけじゃなくて、生きている人たちはそんな思いをしながらも一生懸命生きているんだって知った。そして生きている人たちを精霊さんたちが支えてくれていた。自分たちの居場所が穢されてつらい思いをしていたのに、それでも人のためにって力を使ってくれた。
アミィは本当なら塔から飛び降りて死んでいたはずなのに、今でもこうして生きているのはカイムが助けてくれたから。色んなことを教わることができたのは知ることができたのは、ずっとカイムが守ってくれていたから。カイムがいてくれたから、アミィ悲しくてもつらくても頑張ろうって思った。
今までカイムがしてくれたように、アミィもカイムに恩返ししたかった。助けてくれてありがとうって、守ってくれてありがとうって言いたかった。
それすらも言えないなんて、アミィって悪い子なんだ。
「ッ……!」
可視化の剣がアミィのお腹を貫いた。
なんてことはなかった。目の前に見慣れた色が見えた。ずっと見上げて、隣で見て、今みたいに背中を見てきた色。
「カイムッ‼」
アミィの身体は強く押されて尻もちをついたけど、痛みなんてどうでもいい。アミィに向けられていた剣がカイムのお腹を貫いてる。苦しそうな声も聞こえてくる。アミィじゃない、カイムの魔力が奪われてる。カイムを挟んだ向こう側で何が楽しいのか笑い声が聞こえて思わず頭がカッとなる。
何が楽しいの、何が嬉しいの。ずっとそうやって色んな人の、その人たちの大切な人の魔力を奪い続けて、一体何が楽しいのッ‼
カイムのお腹から剣を引き抜こうとしても身体が動かせないから、それすらもできない。ただカイムの魔力を奪われていくのを黙って見ることしかできない。そんなこと、見てるだけなんて絶対嫌だって無理やり身体を動かしてみようとしたら、足から血が流れ出した。
助けなきゃ。アミィのこと庇ってくれたから、カイムが今魔力を奪われているんだ。だから、苦しそうにしてるカイムを助けなきゃ。
「ッ……俺から奪えるもんなら、奪ってみろよッ‼」
カイムの怒鳴り声が響いた。イグニート国王は最初は笑っていたけど、少しずつ表情が歪んでいく。カイムの魔力は確実に奪われているのに、それでもカイムは倒れないから。アミィも目をまん丸にした。元の姿のカイムの髪の色は、確かに青色だったはずなのに。
髪の先から段々と色が青から白に変わっていく。カイムの姿も、キラキラしているように見えてきた。
「なんだ……なんなんだ、一体……‼」
『人はなんと愚かなのだろうな』
「何⁈」
初めて聞いた声に、イグニート国王だけじゃなくてアミィたちもびっくりした。みんな身体が痛くて横たわっていたはずなのに、今は少しだけだけど身体を動かして起き上がっている。
アミィの目の前にはカイムの姿があって、その前にイグニート国王の姿があったはずなのに。いつの間にかカイムのすぐ後ろに誰かが佇んでいる。ふわふわと浮いて、さらさら流れている髪が綺麗だなって大変な状況なのに思ってしまった。
『なぜ何度も同じ過ちを繰り返す』
「お前……まさかッ……!」
「女神……エーテル……」
少し離れたところにいたルーファスの声がはっきりと聞こえた。女神って、アミィたちが探していた女神様? カイムがよく寝ているって言っていた女神様?
アミィの目の前にいる人は綺麗な白くて長い髪が見えてる。ウンディーネみたいな声にも聞こえるけど、でも優しいというよりもどこか王様っていう人たちに近い感じがする。他の精霊さんたちもそうだったけど、それ以上にキラキラと綺麗に輝いていた。
『世界など、どうにでもなるが良いと思っていたが。なぜこうも人の輝きはとても強く眩しいのだろうな』
「今更隠れていた女神が一体何の用だ……いいや、今お前をここで殺せば、俺が世界を統べる存在になることができる……!」
『……だから愚かだと言うのだ』
女神様がふわって動いてカイムの肩に手を添えた。
『奪えるものなら、奪ってみるがいい』
「ふん、お前の魔力も同時に奪い取って……――ッ⁈ ぐ、あぁッ⁈」
どんどんカイムから魔力を奪っていたはずなのに、イグニート国王は若返るどころかものすごく苦しみ始めた。一体何が起こっているのかわからなくてびっくりして眺めることしかできない。苦しんでいるはずなのにイグニート国王は剣から手を離そうとはしないし、カイムの身体が女神様と同じようにキラキラし始めた。
『人間が世界を統べるだと? 不可能な話だ。人の身体は過度な力を受け取れる作りではない』
「ア、アァッ‼ 女神ッ……貴様、一体何をしたッ⁈」
『人間が精霊と同等の存在になるなど、それに至るまでどれほど人のことを愛し献身的な行いをするかだ。そしてその行いが周りに認められるかどうか。お前はそのような行いをやったことがあるのか? しかもお前の中には穢れが溜まっている。その状態で私の力を受け取るなど到底無理な話だ』
「うぅっ……! お前、がっ、お前がッ! ハルシオンの民だけを愛するせいだッ! お前がすべての人間を愛していれば、俺の姉はあんな目にッ――」
カイムの身体から剣が引き抜かれた。同時にイグニート国王に流れ込んでいた魔力も止まる。過度な力を受け取らずに済むことができてイグニート国王は少しだけ、ほっとしたような気がした。でもそれも短い間だった。
「もういい、アンビシオン」
魔力を奪っていただけの可視化の剣は、普通の剣になってルーファスの手に握られていた。貫かれたお腹からは血が流れ出している。自分のお腹に剣が刺さっていることにようやく気付いたのか、イグニート国王は唖然とした表情で自分の目の前にいるルーファスに視線を向けた。
「もういいアンビシオン。私たちはもうとっくに昔の人間なんだよ。今生きている人たちの中で、百五十年前の私たちと共に過ごした人間なんて誰一人としていない。私たちは、長く生き過ぎたんだ」
「ルーファ、ス……お前ッ……!」
「もう終わらせよう。プロクス国はもうない。新しく生まれた国々は互いに力を合わせようとしている。昔とは違うんだよ。だから……もう、君もこれ以上苦しむ必要もないじゃないか」
「……なんの、ために……」
剣を抜こうとしていた手がだらんと下に落ちた。身体がゆっくり前に倒れようとしていて、それをルーファスが支える。
「……姉、さ……」
「君の気持ちは、私がよくわかっているから」
「……お前が、そばに、いた、ら……」
イグニート国王がアミィが最初に見た姿に戻っていく。しわくちゃのおじいちゃんの姿。髪は白髪になっていて、身体は細くなってる。ルーファスに抱き締められたまま目の光は消えていった。
いつだったか、移動中に突然そんなことを言われた。特に深い話しをしていたわけでもなく他愛のない会話の中から出てきた言葉だった。言った当人は何かを思ってそう言ったのかもしれないし、逆に特に思うことなくふと言葉にしただけかもしれない。その言葉以降特に言葉が続くことなくまた別の会話になったため、お互いそれ以上何かを言うことはなかった。
迷いながらでも前に進んでいるのはお前のほうだな、と名前を呼ばれ前に駆けていった後ろ姿を眺めながらそう思った。お前にとって俺がどんな風に見えているかは知らない。ただお前が思っているようなもんでもないと小さく息を吐く。
迷うことなく進んでるんじゃない、俺は前に進むしかなかった。後ろに下がればすぐそこに『人間兵器』がある。そこには戻りたくなかった。止まろうとすると、ラファーガの頭やミストラル国の王がそれを許さない。なんで進んでいるのかもわからないままただ足を動かし続け、ここまで来ていた。
*
「うぅ……」
アミィとクルエルダはまだ距離があったから衝撃はそこまでなかった。でもイグニート国王の近くにいたカイムたちは直撃して、身体が飛んでいくのが見えた気がした。
身体のあちこちが痛くて、でもこのまま横たわっているわけにもいかないから必死に身体を動かす。痛いけど、それでも動けそうなのは咄嗟にカイムとティエラ、ルーファスが急いで防御壁を張ってくれたから。アミィも同じように張れたらまだよかったのに、今のアミィだと三人みたいに咄嗟に強い防御壁を張れなかった。
どうしていつもアミィは大事なところで動けないんだろう。悔しくて、涙が出そうになる。でも泣いたところで何も変わらない。今はとにかく身体を動かして、少しでもみんなの役に立てるようにならないと。
「ハ……ハハハ……他愛もない……巨大な力を手に入れた俺の前に、敵など……ぐっ、うぅ……!」
一人だけ立っているけど、なんだか様子が変。さっきまでカイムたちとあんまり変わらない年齢だったのに、顔とか手とか見えている肌がしわくちゃになっていってるように見える。自分がそんな姿になってるって気付いているのかわかんない。でもどこか痛そうで、息苦しそう。
でも痛くて苦しいのはアミィたちも一緒。みんな酷い怪我の中必死で起き上がろうとしてる。ティエラがちょっとずつでも回復するようにって魔術を使ってるけど、でも思ったより効果が薄い。もしかして精霊さんたちの力が弱まっているからかもしれない。
「クソッ……なんだ……身体が……――そうか……足りない、のか。魔力が、足りないせいか」
あれ、って思った。あれ、なんだか、イグニート国王がすごく近くにいる気がする。
そうだ、さっきの大きな魔術で前にいてくれていたカイムたちはみんな吹き飛ばされてしまった。だから、いつの間にかアミィが一番近い距離にいる。
ユラユラ身体を動かしながらイグニート国王が歩いてくる。アミィと目が合った瞬間、しわくちゃだった顔を更に歪ませて笑ってみせた。気持ち悪くて背筋がぞわってした。
「『紫』……いいや、この際『紫』だろうと構わない……お前の魔力を奪えば、安定、するはずだ……!」
ぞわぞわが止まらない。逃げなきゃ、そう思うのに身体が痛くて思った通りに動かせない。さっきまで何も持ってないと思っていたのにいつの間にか右手に剣が握られてる。半透明で光に当てたらキラキラして綺麗なのに、人の魔力を奪うそれを綺麗だとは全然思えなかった。
剣がゆっくりと持ち上げられて、剣先がアミィに向けられる。ルーファスほどじゃないけどアミィも『紫』で、多分他の人たちよりも魔力量がある。それをイグニート国王が今奪おうとしてる。
みんなをこれ以上傷付けさせるわけにはいかないから逃げなきゃいけないのに。魔力を奪われるわけにはいかないのに――どうしてアミィの身体は動いてくれないの⁈
「うっ、くぅっ……!」
「逃げるな小娘。お前の力、俺が有効活用してやろうと言っているんだ……大人しくしろッ‼」
剣は一度引かれて、真っ直ぐにこっちに向かってくる。避けられない。色んなことが頭の中に浮かんでは消えていく。
お父さんとお母さんと一緒に暮らしていたこと、そしてアミィが特殊だったせいで殺されてしまったこと。被検体にさせられて、色んな実験をさせられた。痛くてつらくて嫌で、逃げ出したくて塔から飛び降りようとした。
でも助けられた。初めて船に乗って海を見た。『人間兵器』だって言われてたくさん怖い思いをした。でも優しい人たちにも会った。色んなこともたくさん教わった。
痛い思い、怖い思いもたくさんしてきた。でもそれはアミィだけじゃなくて、生きている人たちはそんな思いをしながらも一生懸命生きているんだって知った。そして生きている人たちを精霊さんたちが支えてくれていた。自分たちの居場所が穢されてつらい思いをしていたのに、それでも人のためにって力を使ってくれた。
アミィは本当なら塔から飛び降りて死んでいたはずなのに、今でもこうして生きているのはカイムが助けてくれたから。色んなことを教わることができたのは知ることができたのは、ずっとカイムが守ってくれていたから。カイムがいてくれたから、アミィ悲しくてもつらくても頑張ろうって思った。
今までカイムがしてくれたように、アミィもカイムに恩返ししたかった。助けてくれてありがとうって、守ってくれてありがとうって言いたかった。
それすらも言えないなんて、アミィって悪い子なんだ。
「ッ……!」
可視化の剣がアミィのお腹を貫いた。
なんてことはなかった。目の前に見慣れた色が見えた。ずっと見上げて、隣で見て、今みたいに背中を見てきた色。
「カイムッ‼」
アミィの身体は強く押されて尻もちをついたけど、痛みなんてどうでもいい。アミィに向けられていた剣がカイムのお腹を貫いてる。苦しそうな声も聞こえてくる。アミィじゃない、カイムの魔力が奪われてる。カイムを挟んだ向こう側で何が楽しいのか笑い声が聞こえて思わず頭がカッとなる。
何が楽しいの、何が嬉しいの。ずっとそうやって色んな人の、その人たちの大切な人の魔力を奪い続けて、一体何が楽しいのッ‼
カイムのお腹から剣を引き抜こうとしても身体が動かせないから、それすらもできない。ただカイムの魔力を奪われていくのを黙って見ることしかできない。そんなこと、見てるだけなんて絶対嫌だって無理やり身体を動かしてみようとしたら、足から血が流れ出した。
助けなきゃ。アミィのこと庇ってくれたから、カイムが今魔力を奪われているんだ。だから、苦しそうにしてるカイムを助けなきゃ。
「ッ……俺から奪えるもんなら、奪ってみろよッ‼」
カイムの怒鳴り声が響いた。イグニート国王は最初は笑っていたけど、少しずつ表情が歪んでいく。カイムの魔力は確実に奪われているのに、それでもカイムは倒れないから。アミィも目をまん丸にした。元の姿のカイムの髪の色は、確かに青色だったはずなのに。
髪の先から段々と色が青から白に変わっていく。カイムの姿も、キラキラしているように見えてきた。
「なんだ……なんなんだ、一体……‼」
『人はなんと愚かなのだろうな』
「何⁈」
初めて聞いた声に、イグニート国王だけじゃなくてアミィたちもびっくりした。みんな身体が痛くて横たわっていたはずなのに、今は少しだけだけど身体を動かして起き上がっている。
アミィの目の前にはカイムの姿があって、その前にイグニート国王の姿があったはずなのに。いつの間にかカイムのすぐ後ろに誰かが佇んでいる。ふわふわと浮いて、さらさら流れている髪が綺麗だなって大変な状況なのに思ってしまった。
『なぜ何度も同じ過ちを繰り返す』
「お前……まさかッ……!」
「女神……エーテル……」
少し離れたところにいたルーファスの声がはっきりと聞こえた。女神って、アミィたちが探していた女神様? カイムがよく寝ているって言っていた女神様?
アミィの目の前にいる人は綺麗な白くて長い髪が見えてる。ウンディーネみたいな声にも聞こえるけど、でも優しいというよりもどこか王様っていう人たちに近い感じがする。他の精霊さんたちもそうだったけど、それ以上にキラキラと綺麗に輝いていた。
『世界など、どうにでもなるが良いと思っていたが。なぜこうも人の輝きはとても強く眩しいのだろうな』
「今更隠れていた女神が一体何の用だ……いいや、今お前をここで殺せば、俺が世界を統べる存在になることができる……!」
『……だから愚かだと言うのだ』
女神様がふわって動いてカイムの肩に手を添えた。
『奪えるものなら、奪ってみるがいい』
「ふん、お前の魔力も同時に奪い取って……――ッ⁈ ぐ、あぁッ⁈」
どんどんカイムから魔力を奪っていたはずなのに、イグニート国王は若返るどころかものすごく苦しみ始めた。一体何が起こっているのかわからなくてびっくりして眺めることしかできない。苦しんでいるはずなのにイグニート国王は剣から手を離そうとはしないし、カイムの身体が女神様と同じようにキラキラし始めた。
『人間が世界を統べるだと? 不可能な話だ。人の身体は過度な力を受け取れる作りではない』
「ア、アァッ‼ 女神ッ……貴様、一体何をしたッ⁈」
『人間が精霊と同等の存在になるなど、それに至るまでどれほど人のことを愛し献身的な行いをするかだ。そしてその行いが周りに認められるかどうか。お前はそのような行いをやったことがあるのか? しかもお前の中には穢れが溜まっている。その状態で私の力を受け取るなど到底無理な話だ』
「うぅっ……! お前、がっ、お前がッ! ハルシオンの民だけを愛するせいだッ! お前がすべての人間を愛していれば、俺の姉はあんな目にッ――」
カイムの身体から剣が引き抜かれた。同時にイグニート国王に流れ込んでいた魔力も止まる。過度な力を受け取らずに済むことができてイグニート国王は少しだけ、ほっとしたような気がした。でもそれも短い間だった。
「もういい、アンビシオン」
魔力を奪っていただけの可視化の剣は、普通の剣になってルーファスの手に握られていた。貫かれたお腹からは血が流れ出している。自分のお腹に剣が刺さっていることにようやく気付いたのか、イグニート国王は唖然とした表情で自分の目の前にいるルーファスに視線を向けた。
「もういいアンビシオン。私たちはもうとっくに昔の人間なんだよ。今生きている人たちの中で、百五十年前の私たちと共に過ごした人間なんて誰一人としていない。私たちは、長く生き過ぎたんだ」
「ルーファ、ス……お前ッ……!」
「もう終わらせよう。プロクス国はもうない。新しく生まれた国々は互いに力を合わせようとしている。昔とは違うんだよ。だから……もう、君もこれ以上苦しむ必要もないじゃないか」
「……なんの、ために……」
剣を抜こうとしていた手がだらんと下に落ちた。身体がゆっくり前に倒れようとしていて、それをルーファスが支える。
「……姉、さ……」
「君の気持ちは、私がよくわかっているから」
「……お前が、そばに、いた、ら……」
イグニート国王がアミィが最初に見た姿に戻っていく。しわくちゃのおじいちゃんの姿。髪は白髪になっていて、身体は細くなってる。ルーファスに抱き締められたまま目の光は消えていった。
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