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98.秒針の音②
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「ハルシオン?」
それはヴァント山脈から見える島なのだと言われ、あれがそうだったのかと何度か見たことがある島を脳裏に浮かべる。なぜ突然そんな島の話題が出てきたかというと、なぜかプロクス国がその島に攻め入ることを決定したからだ。
今はシュタール国の攻勢が弱まっているため、久しぶりに国に戻り周りの兵士たちと一緒に食事をしている時だった。突然やってきた王の側近の者からハルシオンに攻め入るという話しを聞き目が点になる。
シュタール国ならばわかる。まだ武具の生産が追いついていない今こそこちらから攻め込むという算段ならそれもそうだろうと納得した。だがなぜ突然、そんな名称も今知ったばかりの島に。
「聞いた話によると、その島の住人はすべて瞳が『赤』らしい」
ポツリとこぼしたアンビシオンの声は、静まり返ったこの場ではよく聞こえた。
戦争が続けば続くほど、やはり『赤』の瞳の者が他の者に比べて魔力量が突き抜けていることは自然と実証されていっていた。生き残る確率が高いのは『赤』なのだ。その認識は徐々に広がり、今では私と共に行動したがる兵士も増えた。傍にいれば自分も生き残れる、そう思ってのことだろう。
ただ魔術が強ければ強いほど、私は他の誰よりも前線に向かう。それについていくということは自分も激戦区に身を置くということにもなる。それがわかっている者は自然と距離を置き、長い戦いの中で精神がすり減ってしまったものはまともな判断もできずやはりついてきてしまっていた。味方を守って戦えるほど、シュタール国は弱くはない。私が前線にいるように、またシュタール国にいる『赤』の瞳の持ち主も前線にいるのだから。
それをわかっていながらも、それでも私の隣にいて生き残れているのはアンビシオンぐらいだった。
「全員が『赤』の瞳だと……?」
「……恐ろしい。そんな奴らが、一斉に国に攻め込んできたら……」
「ヴァント山脈から見えるということは、丁度我が国とシュタール国の間じゃないか……シュタール国に攻め入ったという話はないのか?」
「なかったら、奴らはこっちに攻め込んでいる準備をしているんじゃないのか……?」
「しかもそこには『女神』がいるとのことだ」
ゆっくり、じわじわと、見知らぬ恐怖が兵士の中に広がっていく中に続けざまに出された情報。その場にいたほとんどの者が息を呑んだ。
この世界には精霊がいて、各地を守護している。プロクス国もそうだ、守護の炎を作ってくれたのは大地を守護しているサラマンダーだ。同様に、他の土地も他の精霊の加護を受けている。
そんな中でも『女神』と呼ばれている精霊は全知全能と噂されていた。どの精霊よりも力が強く、またあらゆる魔術を酷使できる。滅多に人の前に現れない『女神』はより神聖化されていて、ある意味で誰もが欲し羨む存在にもなっていた。
「『女神』だと……⁈」
「おい、まさかその『女神』を独占してんのかよ⁈」
プロクス国に攻めてくるかもしれない、のみならず相手は全知全能の『女神』すら持っている。そんな相手に攻め込まれでもしたら、その恐怖でその場の空気が一変する。もしそんな国とシュタール国が同時に攻め込んだりしてきたら。
正直、守護の炎を守るどころか国を守ることすら難しい。様子を探りに斥候を送ろうにも先にシュタール国に見つかるかもしれない。万が一にでも捕われたりでもしたら下手したらこちらの情報を抜き取られてしまう。
「簡単な話だ。攻め込まれる前に先にこっちから攻め入ればいい」
ざわめいていた中でもアンビシオンの声色は決して揺らぐことなく、常に真っ直ぐだ。その力強さに惹かれる人間も少なくはない。『赤』の瞳を持っているからと私についてこようとする兵士もいれば、『赤』でなくても前線で比類なき剣術を披露している姿に信頼と安心感を抱いている兵士もいる。そして人は、その姿を頼っていた。
「そ、そうだよな。『赤』の瞳だろうとなんだろうと、こちらから攻めればいい」
「真正面からは無理でも不意を狙えば……」
「そうだ……先に殺してしまえばいい。俺たちが殺されるよりも、先に」
「そうだそうだ、そんな恐ろしい者たちを生かしておく必要はない」
「『女神』を解放する必要だってある」
「そうだ、『女神』はどこか一国だけ手にするわけにはいかない」
「やろう」
「殺ろう」
彼らの言葉も理解できる。見知らぬものに恐怖を抱くのは当たり前だ。けれど、わかっているのになぜか私の表情は小さく歪む――果たしてそれでいいのだろうか。
ちゃんとした情報があるわけでもない。しっかりと相手の状況がわかるわけでもない。こちらに攻めてくるという情報は真実なのだろうか。それならばなぜ今までプロクス国とシュタール国が争っている時に間に割って入ってこなかった。人数はわからないが全員が『赤』の瞳だとするならば、もしかしたらそれも容易だったのではないのか。
そんな疑問が次々と浮かんでくる。疲弊しているのはわかる、追い詰められているのもわかる。けれど真実を見誤ってはいけない。けれどそれを口にすると彼らはきっと「お前は『赤』の瞳だからそう言えるんだ」と口にする。対等であって、対等ではないのが今の私と彼らの関係性だった。
表情を歪めていた私の肩に誰かの手が置かれる。視線を向ければ食事を終えたアンビシオンが私の隣に移動してきていた。
「そう憂うことはない。この国以外の人間は、すべて敵だ」
そうではないと戦ってはいられない、と続けられたアンビシオンの言葉はある意味で事実だ。どこかでそう割り切っていないと身体が動けたとしても先に精神が参ってしまう。
「そう、だね……」
ただそれでも、曖昧に返すことしかできなかった。
ハルシオンへの攻撃はわりとすぐに実行されることになった。シュタール国の攻勢が弱まっている間にしか攻め入ることができない、というのが一番にある。きっとこの好機を逃せば下手したらハルシオンとシュタール国、二国を同時に相手にする必要になってくる。そうなるとこの国はもう耐えきれないだろう。
島への上陸は深夜だった。相手が全員『赤』の瞳となると圧倒的にこちらのほうが分が悪い。ならばとどうするかとなると、真っ先に発案されたのが奇襲だ。とにかく相手が油断しているであろう深夜に闇夜に紛れて攻め込む。
島に渡るためのいくつもの船と攻め込むための人間は、『赤』の瞳を持っている者たちが魔術を使い姿と気配を隠した。ひと気のない場所に船をつけ、物音を立てないようにゆっくりと上陸する。情報がほとんどと言ってない島だったが、やはり見張りぐらいは立っているようだ。
「ん? 何か気配がしないか?」
「ああ……確かにさっきから何かおかしい」
見張りの男二人がそう口にした途端、アンビシオンが飛び出した。それを皮切りに一斉に兵士たちが剣を引き抜き攻め込む。見張りだった男たちは他の者たちに知らせを送る前に、アンビシオンの剣によってその首が落とされた。
「一気に攻め込むぞ!」
その声に呼応し次々に兵士たちが剣を振るった。深夜に敵襲だとは思っていなかったのだろう、家の中から出てくる者たちはほとんど武装していない。奇襲が功を奏したのか向こうはろくに反撃することもできず次々に倒れていく。
だがやはり『赤』の瞳を持っているだけはある。すぐにでも強力な魔術を次から次へと放っていく。こちらも何人かいるとはいえ『赤』の瞳を持っている者は向こうよりも数が少ない。よって私たちはとにかく魔術による攻撃をしのぎ、その間に他の兵士たちが斬り捨てるという戦法を取った。
「きゃーっ!」
「や、やめろーッ!」
「助けて!」
「お母さーん!」
「ギャッ」
悲鳴があちこちで響き渡る。老若男女問わず、プロクス国の兵士たちは次から次へと斬っていく。例え相手が子どもだろうが、その子どもも『赤』の瞳なのだ、突然魔力が暴走し辺りに甚大な被害を出す可能性だってある。だからこそ、誰彼構わずだった。
「お、おねが、お願い、この子だけはっ……お願いっ……!」
ふと近くに家から逃げ出そうとしていたのだろう、子どもを抱えた母親が地面の上に横たわりながら、そう口にした。見ないようにしていたけれど、しっかりとこの目にその光景を映してしまい良心が痛む。この母親も、私たちと同じように大切なものを守ろうとしているだけ。
抱えられている子どもはまだ幼い。きっと歩くこともままならない年齢だろう。この子だけは、と必死に願ってくる母親の気持ちが痛いほどわかってしまった。よくよく見れば母親の脇腹辺りに血溜まりができている。逃げようとして剣で貫かれた痕だ。その傷さえなければ、きっと腕の中にいる子の成長を見守る穏やかな生活があったのかもしれない。
剣を下ろし、身を屈めようとした時だった。
「ア゙ッ」
母親は短く呻き、腕の中にいる子どもと一緒に剣に貫かれ絶命した。
「大丈夫でしたか⁈ ルーファスさん!」
「あ、ああ……」
「コイツらきっと変な魔術使いますよ! ルーファスさんも気を付けてください!」
それは兵士に成り立てのまだ若い青年だった。この戦いが初めてで、他の誰よりも意欲的でやる気に満ちていたのを覚えている。そのやる気が空回りしなければいいなと心のどこかで少し心配していた。
その青年は、母親と子どもを殺したことに自信がついたのか大きく剣を振り回し、次から次へと斬りつけていく。あの母親は、あの子どもは、私たちに攻撃できる状態ではなかったというのに。
まるで苦虫を噛んでいるように、苦味が口の中に広がっていく。剣を振るえば振るうほど、魔術を使えば使うほど、自分の中で何かが消えていくような感覚を覚えた。でも、彼らをここで倒しておかないと自分の国が守れない。国にいる力の弱い者たちを守れない。
ただただ自分にそう言い聞かせ、ひたすらに剣を振るった。あれだけ大きかった悲鳴が徐々に少なく、小さくなっていく。倒しながら進んでいたため自分がどこにいるかわからなかったが、気が付けばこの島の中心部に移動していたようだった。周りは随分と整地されており、見たことのない石像が立っている。女性に象られているその石像になぜか神々しさを感じた。
その石像を見上げている間に、悲鳴は一つも聞こえなくなっていた。終わったかと、一息つこうとしたその時。目が眩むほどの輝きが目の前で発生する。
『……さない……許さないッ……私が愛していた者たちをッ、お前たちはッ……‼』
今までに感じたことのない魔力量に自然と身体が後ずさる。突如として目の前に現れたのは明らかに人間ではない。女性の容姿をしているが、人では絶対に有り得ない魔力量に底知れない存在感。まさか、彼女が。
『許さない許さない許さないッ! 愚かな人間共めッ‼ 愚かなお前たちも加護してやろうとしていた私が馬鹿だったッ‼』
「ぐあっ⁈」
気付いた時には身体が跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられていた。一体何をされたのか、それを理解する前に更に身体が彼女の発する魔力で押し潰される。
ただ、遠くからでも聞こえてきた呻き声に、このような状況になっているのは私だけではなく離れている仲間たちもそうなのだと知った。
『お前も、私と同じ思いをするがいいッ‼』
息ができないほどの威圧感、彼女の……『女神』のその言葉の直後に私の意識はプツンと途切れた。
それはヴァント山脈から見える島なのだと言われ、あれがそうだったのかと何度か見たことがある島を脳裏に浮かべる。なぜ突然そんな島の話題が出てきたかというと、なぜかプロクス国がその島に攻め入ることを決定したからだ。
今はシュタール国の攻勢が弱まっているため、久しぶりに国に戻り周りの兵士たちと一緒に食事をしている時だった。突然やってきた王の側近の者からハルシオンに攻め入るという話しを聞き目が点になる。
シュタール国ならばわかる。まだ武具の生産が追いついていない今こそこちらから攻め込むという算段ならそれもそうだろうと納得した。だがなぜ突然、そんな名称も今知ったばかりの島に。
「聞いた話によると、その島の住人はすべて瞳が『赤』らしい」
ポツリとこぼしたアンビシオンの声は、静まり返ったこの場ではよく聞こえた。
戦争が続けば続くほど、やはり『赤』の瞳の者が他の者に比べて魔力量が突き抜けていることは自然と実証されていっていた。生き残る確率が高いのは『赤』なのだ。その認識は徐々に広がり、今では私と共に行動したがる兵士も増えた。傍にいれば自分も生き残れる、そう思ってのことだろう。
ただ魔術が強ければ強いほど、私は他の誰よりも前線に向かう。それについていくということは自分も激戦区に身を置くということにもなる。それがわかっている者は自然と距離を置き、長い戦いの中で精神がすり減ってしまったものはまともな判断もできずやはりついてきてしまっていた。味方を守って戦えるほど、シュタール国は弱くはない。私が前線にいるように、またシュタール国にいる『赤』の瞳の持ち主も前線にいるのだから。
それをわかっていながらも、それでも私の隣にいて生き残れているのはアンビシオンぐらいだった。
「全員が『赤』の瞳だと……?」
「……恐ろしい。そんな奴らが、一斉に国に攻め込んできたら……」
「ヴァント山脈から見えるということは、丁度我が国とシュタール国の間じゃないか……シュタール国に攻め入ったという話はないのか?」
「なかったら、奴らはこっちに攻め込んでいる準備をしているんじゃないのか……?」
「しかもそこには『女神』がいるとのことだ」
ゆっくり、じわじわと、見知らぬ恐怖が兵士の中に広がっていく中に続けざまに出された情報。その場にいたほとんどの者が息を呑んだ。
この世界には精霊がいて、各地を守護している。プロクス国もそうだ、守護の炎を作ってくれたのは大地を守護しているサラマンダーだ。同様に、他の土地も他の精霊の加護を受けている。
そんな中でも『女神』と呼ばれている精霊は全知全能と噂されていた。どの精霊よりも力が強く、またあらゆる魔術を酷使できる。滅多に人の前に現れない『女神』はより神聖化されていて、ある意味で誰もが欲し羨む存在にもなっていた。
「『女神』だと……⁈」
「おい、まさかその『女神』を独占してんのかよ⁈」
プロクス国に攻めてくるかもしれない、のみならず相手は全知全能の『女神』すら持っている。そんな相手に攻め込まれでもしたら、その恐怖でその場の空気が一変する。もしそんな国とシュタール国が同時に攻め込んだりしてきたら。
正直、守護の炎を守るどころか国を守ることすら難しい。様子を探りに斥候を送ろうにも先にシュタール国に見つかるかもしれない。万が一にでも捕われたりでもしたら下手したらこちらの情報を抜き取られてしまう。
「簡単な話だ。攻め込まれる前に先にこっちから攻め入ればいい」
ざわめいていた中でもアンビシオンの声色は決して揺らぐことなく、常に真っ直ぐだ。その力強さに惹かれる人間も少なくはない。『赤』の瞳を持っているからと私についてこようとする兵士もいれば、『赤』でなくても前線で比類なき剣術を披露している姿に信頼と安心感を抱いている兵士もいる。そして人は、その姿を頼っていた。
「そ、そうだよな。『赤』の瞳だろうとなんだろうと、こちらから攻めればいい」
「真正面からは無理でも不意を狙えば……」
「そうだ……先に殺してしまえばいい。俺たちが殺されるよりも、先に」
「そうだそうだ、そんな恐ろしい者たちを生かしておく必要はない」
「『女神』を解放する必要だってある」
「そうだ、『女神』はどこか一国だけ手にするわけにはいかない」
「やろう」
「殺ろう」
彼らの言葉も理解できる。見知らぬものに恐怖を抱くのは当たり前だ。けれど、わかっているのになぜか私の表情は小さく歪む――果たしてそれでいいのだろうか。
ちゃんとした情報があるわけでもない。しっかりと相手の状況がわかるわけでもない。こちらに攻めてくるという情報は真実なのだろうか。それならばなぜ今までプロクス国とシュタール国が争っている時に間に割って入ってこなかった。人数はわからないが全員が『赤』の瞳だとするならば、もしかしたらそれも容易だったのではないのか。
そんな疑問が次々と浮かんでくる。疲弊しているのはわかる、追い詰められているのもわかる。けれど真実を見誤ってはいけない。けれどそれを口にすると彼らはきっと「お前は『赤』の瞳だからそう言えるんだ」と口にする。対等であって、対等ではないのが今の私と彼らの関係性だった。
表情を歪めていた私の肩に誰かの手が置かれる。視線を向ければ食事を終えたアンビシオンが私の隣に移動してきていた。
「そう憂うことはない。この国以外の人間は、すべて敵だ」
そうではないと戦ってはいられない、と続けられたアンビシオンの言葉はある意味で事実だ。どこかでそう割り切っていないと身体が動けたとしても先に精神が参ってしまう。
「そう、だね……」
ただそれでも、曖昧に返すことしかできなかった。
ハルシオンへの攻撃はわりとすぐに実行されることになった。シュタール国の攻勢が弱まっている間にしか攻め入ることができない、というのが一番にある。きっとこの好機を逃せば下手したらハルシオンとシュタール国、二国を同時に相手にする必要になってくる。そうなるとこの国はもう耐えきれないだろう。
島への上陸は深夜だった。相手が全員『赤』の瞳となると圧倒的にこちらのほうが分が悪い。ならばとどうするかとなると、真っ先に発案されたのが奇襲だ。とにかく相手が油断しているであろう深夜に闇夜に紛れて攻め込む。
島に渡るためのいくつもの船と攻め込むための人間は、『赤』の瞳を持っている者たちが魔術を使い姿と気配を隠した。ひと気のない場所に船をつけ、物音を立てないようにゆっくりと上陸する。情報がほとんどと言ってない島だったが、やはり見張りぐらいは立っているようだ。
「ん? 何か気配がしないか?」
「ああ……確かにさっきから何かおかしい」
見張りの男二人がそう口にした途端、アンビシオンが飛び出した。それを皮切りに一斉に兵士たちが剣を引き抜き攻め込む。見張りだった男たちは他の者たちに知らせを送る前に、アンビシオンの剣によってその首が落とされた。
「一気に攻め込むぞ!」
その声に呼応し次々に兵士たちが剣を振るった。深夜に敵襲だとは思っていなかったのだろう、家の中から出てくる者たちはほとんど武装していない。奇襲が功を奏したのか向こうはろくに反撃することもできず次々に倒れていく。
だがやはり『赤』の瞳を持っているだけはある。すぐにでも強力な魔術を次から次へと放っていく。こちらも何人かいるとはいえ『赤』の瞳を持っている者は向こうよりも数が少ない。よって私たちはとにかく魔術による攻撃をしのぎ、その間に他の兵士たちが斬り捨てるという戦法を取った。
「きゃーっ!」
「や、やめろーッ!」
「助けて!」
「お母さーん!」
「ギャッ」
悲鳴があちこちで響き渡る。老若男女問わず、プロクス国の兵士たちは次から次へと斬っていく。例え相手が子どもだろうが、その子どもも『赤』の瞳なのだ、突然魔力が暴走し辺りに甚大な被害を出す可能性だってある。だからこそ、誰彼構わずだった。
「お、おねが、お願い、この子だけはっ……お願いっ……!」
ふと近くに家から逃げ出そうとしていたのだろう、子どもを抱えた母親が地面の上に横たわりながら、そう口にした。見ないようにしていたけれど、しっかりとこの目にその光景を映してしまい良心が痛む。この母親も、私たちと同じように大切なものを守ろうとしているだけ。
抱えられている子どもはまだ幼い。きっと歩くこともままならない年齢だろう。この子だけは、と必死に願ってくる母親の気持ちが痛いほどわかってしまった。よくよく見れば母親の脇腹辺りに血溜まりができている。逃げようとして剣で貫かれた痕だ。その傷さえなければ、きっと腕の中にいる子の成長を見守る穏やかな生活があったのかもしれない。
剣を下ろし、身を屈めようとした時だった。
「ア゙ッ」
母親は短く呻き、腕の中にいる子どもと一緒に剣に貫かれ絶命した。
「大丈夫でしたか⁈ ルーファスさん!」
「あ、ああ……」
「コイツらきっと変な魔術使いますよ! ルーファスさんも気を付けてください!」
それは兵士に成り立てのまだ若い青年だった。この戦いが初めてで、他の誰よりも意欲的でやる気に満ちていたのを覚えている。そのやる気が空回りしなければいいなと心のどこかで少し心配していた。
その青年は、母親と子どもを殺したことに自信がついたのか大きく剣を振り回し、次から次へと斬りつけていく。あの母親は、あの子どもは、私たちに攻撃できる状態ではなかったというのに。
まるで苦虫を噛んでいるように、苦味が口の中に広がっていく。剣を振るえば振るうほど、魔術を使えば使うほど、自分の中で何かが消えていくような感覚を覚えた。でも、彼らをここで倒しておかないと自分の国が守れない。国にいる力の弱い者たちを守れない。
ただただ自分にそう言い聞かせ、ひたすらに剣を振るった。あれだけ大きかった悲鳴が徐々に少なく、小さくなっていく。倒しながら進んでいたため自分がどこにいるかわからなかったが、気が付けばこの島の中心部に移動していたようだった。周りは随分と整地されており、見たことのない石像が立っている。女性に象られているその石像になぜか神々しさを感じた。
その石像を見上げている間に、悲鳴は一つも聞こえなくなっていた。終わったかと、一息つこうとしたその時。目が眩むほどの輝きが目の前で発生する。
『……さない……許さないッ……私が愛していた者たちをッ、お前たちはッ……‼』
今までに感じたことのない魔力量に自然と身体が後ずさる。突如として目の前に現れたのは明らかに人間ではない。女性の容姿をしているが、人では絶対に有り得ない魔力量に底知れない存在感。まさか、彼女が。
『許さない許さない許さないッ! 愚かな人間共めッ‼ 愚かなお前たちも加護してやろうとしていた私が馬鹿だったッ‼』
「ぐあっ⁈」
気付いた時には身体が跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられていた。一体何をされたのか、それを理解する前に更に身体が彼女の発する魔力で押し潰される。
ただ、遠くからでも聞こえてきた呻き声に、このような状況になっているのは私だけではなく離れている仲間たちもそうなのだと知った。
『お前も、私と同じ思いをするがいいッ‼』
息ができないほどの威圧感、彼女の……『女神』のその言葉の直後に私の意識はプツンと途切れた。
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