krystallos

みけねこ

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78.暗雲②

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 フレイの部下が腰を抜かしたのはヒラヒラと動いている白い布が幽霊にでも見えたからなのか。もしくは、『赤』や『紫』を普段見ることがないせいで人間が「浮く」という発想にいたらない、初めて見たということもあるかもしれない。
 そんな腰を抜かした男を見たそいつは驚くことなく、寧ろ眼鏡の奥の目を弧に描いてコロコロと楽しげに喉を鳴らした。
「すまないね、驚かせるつもりはなかったんだ。ただなぜ船がここにと思ってね――おや?」
 そいつの目が奥にいたエルダを捉えた。
「クルエルダ・ハーシーじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「……これはこれは、アストゥさん。海の上に浮いてどうしたんです?」
 そいつはスピリアル島でエルダと喋っていた女だった。研究者らしく白衣を着た女は魔術を使って宙に浮いている。『赤』だからそれくらいのことどうってことないんだろう。
 女はエルダに向けていた視線を船の上に移す。誰が乗っているか、ではなく何人いるかを確かめているようだった。確認を終えたのか、女は更に笑みを深めた。
「予期せぬところで大渦潮ができたと聞いて来てみれば、いつの間にか渦は小さくなっていて見知らぬ船がいたとはね。予想外だ。アルディナ大陸の砂漠のように何かしらのデータが取れると楽しみにやってきたのだがねぇ」
「それは残念でしたねぇ。もうこの場には貴女の食指に触れるものはありませんよ」
「そうでもないよ。君は忘れていないか? ――私は研究者だ」
 女がそう口にした途端、ぞわりとその場の空気が重くなった。ウィルは咄嗟に剣を引き抜き身構え、戦闘能力のないフレイの部下たちは急いで船の中へ身を隠す。腕に覚えのあるヤツは同じように身構えたが冷や汗が流れているのが見えた。
 コロコロと笑う女の声が嫌に耳に届く。海の上に浮いていただけかと思いきや、女の足元から這い出てくる『何か』。パッと見人間の姿をしているそれに、血が通っているような気配はなかった。
「研究とは、やはり実験がついてくるものだろう? 丁度良かった、君たち、少し私の研究の実験台になってくれないか?」
 のっそりとそれが甲板の上に立つ。息を呑んだのは――フレイだった。
「……相変わらず貴女の研究は悪趣味ですねぇ」
「そうかい? でも気にならないか、人はなぜ血を流すのか、死を迎えるのか。精霊は私たちの予想を遥かに凌ぐ月日を生きているというのになぜ人間にはそれができないのか。身体の仕組みが違うというのなら、なぜ同じように生み出さなかったのだろうね? 気になって仕方がない。だから私はそれを解明したかったのさ」
「だからといって、実際人間の身体を使うのは貴女だけですよ」
 めずらしく直接的な表現を避けたエルダだが、それでも目の前に立っている人間が、屍からできたものだとわかった。
 死んだ人間の身体を使った実験。エルダの言う通り確かに趣味の悪い研究だ。しかもそれに対し悪気なんか一切ない。気になったのだから研究した、手を出した、それが当然と言わんばかりの言動だ。
 生気のない、焦点も合わない光の宿っていないどす黒い目の奥には何も映っていない。それに対し女は自分の実験が誇らしいのか、楽しげにそれに視線を向ける。
「残念ながら生前の記憶は残せなかったんだ。けれどようやく自立して動くことができた。あとは意思疎通ができればいいんだけれど、それはまだまだだね」
「……で……に、を」
「ん? なんだい? そこの赤髪の女性。ああ、私と似たような色だね。親近感が湧くよ」
 気さくに雑談をしようとしている女に対し、凄まじい殺意を放っていたのはフレイだ。
「人の父親の身体を、何好き勝手に使ってんだッ‼」
 ティエラたちが息を呑み視線をフレイに向ける。そんな中俺はそういうことだったかと一人で納得した。
 フレイが船であちこちに行っている理由は、確かに宝探しもあるが本命は自分の父親探しなのだと前に当人から聞いていた。まだ海賊フエンテの頭がフレイの父親だった頃。突然の嵐に見舞われ船員の一人が荒波の立っている海に投げ出されそうになったところ、フレイの父親が身を挺して守ったらしい。
 ただその代わりフレイの父親が海に放り出され、姿が見えなくなりそれから行方知れずとなった。そんな父親を探すためにフレイを始めフエンテの連中は航海を続けていた。
 フレイと顔を合わせる度に軽い報告はしてくれていたが、その度に弱々しく笑って「なかなか見つかんないね」と言っていた。だが、いくら探しても見つからないのも当然だ。まさか、知らない人間に勝手に奪われていたとは。
 だがフレイに殺意を向けられても、女は反応を変えなかった。
「ああ、君の父親だったのかい? 海に沈んでいたから一体なんだと思って拾い上げたんだ。でも拾ったのは私なのだから、どう使おうと私の勝手ではないかな?」
「なッ……‼」
「残念ながら今のところ一度死んだ人間は二度と元には戻らない。よってこれは見た目が君の父親なだけの私の実験体だよ。まぁ今後私の研究の成果で元に戻るかもしれないけれど。まだ確証がないから君に大丈夫だよとは言えないかな?」
「な、にを……勝手なァッ‼」
 フレイが女に真っ先に鎖鎌で斬りかかろうとしたところ、フレイの父親がふらりと動いてまるで守るかのように女の前に立つ。唖然とした空気がこっちまで伝わってきたが、女なフレイの父親の後ろで楽しげに目と口元を弧に描いただけだった。
 勢いよく振り下ろされた鎖鎌はフレイの力では止まらない。そのまま目の前にある身体を斬り裂くか、と思ったがその身体は難なくフレイの攻撃を剣で受け止めた。激しい衝突が起こったあと、フレイは振り払われた勢いのまま後ろに後退した。
「フレイさん!」
「アミィ、フレイに防御壁を張ってやってくれ!」
「うん!」
 交代するかのようにウィルが前に出て俺もそれに続く。ウィルの剣との衝撃音が聞こえたが、本当に屍かと思うほどその腕は力強い。あのウィルでさえ激しい鍔迫り合いをしている。
 横槍を入れてやろうと俺もダガーで応戦しようとしたが、死角から狙ったというのに手のひらから出された炎の魔術を繰り出された。もちろん当たることなく避けはしたものの、フレイの父親の目を見ると『黄』。そこまで強い魔術を繰り出せるはずはないというのに威力は確かにあった。これもあの女のせいかと舌打ちをこぼす。
「親父の身体を返せッ!」
「待ってフレイ! 危ないよ!」
「フレイさん!」
 完璧に頭に血が登ったのか、俺たちがフレイの父親の相手をしている間にフレイは女のほうに突っ込んでいく。ただ相手は『赤』だ。フレイが突っ込んで来るとわかると口角を上げ、右手をかざした。
「嫌いではないよ、感情のままに動く人間はね。人間だからこそできる行動だ」
 目の前に飛んできた無数の風の刃にフレイはまったく怯むことなく、女目掛けて真っ直ぐに駆けていく。フレイの後方で急いでアミィが防御壁を作ってやりティエラが治癒の魔術を使っている。女の眼前で振り下ろされようとしていた鎖鎌だが、女が手をかざすと呆気なく弾かれた。
「私は『赤』だ。残念ながら君の攻撃が私に届くことはないよ」
「んなこと……わかってんだよこっちはァッ‼」
「おっと」
 弾かれたが勢いのまま、今度は鎖を大きく横に振り払われる。もう少しで女の首に巻き付けることができたところだが、寸で魔術で弾かれ女は後ろに飛び退いた。
「鎖鎌だったね、鎖のことを忘れてたよ。ふむ……君のその腕力、脚力、興味深い。どうして人間の仕組みってこんなにも魅力的なんだろう」
「こっちはアンタの実験のために生きてんじゃないッ!」
 向こうに一瞬気を取られていると剣が眼前で横切り身体を仰け反らせる。剣術も長け魔術も使える。フレイの父親だから弱いわけじゃないが、こうなると厄介な相手だ。しかも何度かウィルが攻撃を入れているがまったくと言っていいほど痛がっている様子がない。痛覚があるかどうかも微妙なところだ。
 そういう人間はまず怯まない、構うことなく突っ込んでくる。そもそも屍で自分の意思もない。ただあの女が設定した通りに動く、言葉は悪くなるが生身のガジェットみたいなもんだ。
「取りあえずコイツの動きを止める」
「そう、だな!」
 剣を弾き返したあと俺が懐に飛び込み足に目掛けてダガーを振り下ろす。痛みがなくとも足さえ削れば動きも止まる。構わず右足に深々と突き立て、その間俺に振り下ろされる剣はウィルが弾いた。
「フレイさんッ!」
 悲鳴じみた声が聞こえて自然と視線が向かう。宙に浮いている女が複数の炎の槍を出現させ、フレイに向かって一斉に降り注ぐ。『赤』の魔術の威力に対してアミィの今のコントロールじゃすべて防ぐのは無理だ。ティエラの魔術で守るのも間に合わない。
 アミィが急いでフレイの元に駆け寄るのが見えた。アイツの体質ならもしかしたら、あの魔術も反射できるかもしれない。
 ただその小さい身体が間に合うとは思えなかった。
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