krystallos

みけねこ

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27.人間兵器②

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 カイムと勝手に船に乗った銀髪が船内に入っていくのを眺めつつ、この場に残されたあたしたちの空気ななんとも言えないほど微妙なものになっていた。
 っていうかあたしはカイムから「近くにいるなら船を寄せておけ」っていう連絡が入って、頼み事なんてめずらしい、これは恩を返すチャンスなんじゃないかってこうやって来たわけだけど。正直ここに残った人間は一度ミストラル国で会っただけで誰が誰だか詳しくは知らない。
 そんな状況で置いていくかね、と思いつつなぜか青髪になっているカイムを思い返した。するとこの微妙な空気の中で長く深い溜め息が聞こえて尚更場の空気が悪くなる。思わず眉間に皺を寄せて視線を向けてみれば、例の勝手にこの船で剣を抜いた金髪男だった。
「何さ、この船に不満でもあるっていうの?」
「……船じゃない。先程も言っただろう、アレは『人間兵器』だ。それを、拘束もせず自由にさせて」
「あたしは恩を返しただけ。『人間兵器』なんて知らないって言ったと思うけど?」
「だからそれがっ」
「ねぇ」
 面倒臭い男だと軽く睨みつけていると、すぐ近くから可愛らしい声が聞こえた。そういえば子ども連れなんて気が狂ったのかと思ったけど、あんな無愛想な男に対して大人しくついていくなんてきっといい子なんだろうなと思いつつ視線を下に向けた。あたしの服を遠慮がちに引っ張って見上げてくる顔は子どもらしくて可愛らしい。
「お姉ちゃん、カイムと仲がいいの?」
「そうだね、仲がいいっていうか、腐れ縁? なんて言えばいいのかな。まぁあたしにとっては命の恩人ってやつ」
「そうなの?」
「ああ」
 可愛らしい子の首が痛くならないよう、視線を合わせるために身を屈める。ピンクの髪に『紫』の目。可愛らしい顔してるけど魔術に関しては『黄』のあたしよりもずっと強いってことかと納得しつつ、怖がらせないように笑顔を浮かべる。
「カイムに会ったのは何年前だったかな……まぁそれくらいの付き合いがあるんだよ。初めて会った時、恥ずかしい話だけどこの船が沈みそうになっていたんだ」
「そうなの⁈」
 驚きの声に苦笑をもらしつつ「そうだよ」と返す。

 あれはあたしがまだ父の跡を継いで海賊団フエンテの頭になったばかりの頃だった。小さい頃から父についてこの船に乗っていたものの、自分が頭となってこの船を動かすとなったらまた話は変わってくる。色んなものに目を配らなきゃならないし、子分同士でまったくいざこざが起こらないっていうわけでもない。とにかく慣れるまでが大変で、慣れる前に事件が起きてしまった。
 子分同士のいざこざは起こすな、やったとしても船内で派手にケンカをするな。そう言っていたのに魔術が使える者同士で派手に暴れてくれやがった。そのせいで船内に穴が空いて修復にてんやわんやだ。父なら、きっと手早く指示を飛ばして穴を塞ぐことができたんだと思う。
 ただあたしはその時まだこの船、ネレウスの細かい部分まで把握できていなくて、何よりガジェットならまだしも魔術のほうには苦手意識があったから媒体のほうをしっかり学べていなかった。そのせいでどこをどう直せばいいのかわからず、見かねた子分が自分の得意分野のところから修繕していってくれていたけれどその時点で船はだいぶ傾いていた。
 あたしのせいでネレウスが沈んでしまう。父が残した子分たちを死なせてしまう。そう思うと怖くて身体が震えていた。それでも、必死で自分を奮い立たせて少しでも船の傾きを直そうとしていた時だった。
 影が差したと思って上を見上げてみれば、そこにあるのは一隻の空を飛ぶどデカい船。噂には聞いたことはあったけれど実際見るのは初めてだった。圧倒的な存在感に子分たちも呆けたままマヌケ面で見上げていて、そんな中一人の男がすとんと落ちてきた。
「船だいぶ傾いてるぞ」
 その男が落ちてきてからというものの、上から何人もの人間が落ちてきた。どうやら船が傾いているのを見かけて様子を見ていたものの、中々立て直さないものだから見かねてやってきたらしい。
 飛空艇の船員たちはそれは手早かった。まず空けられた穴はあっという間に修繕されて、問題が発生したガジェットや媒体も素早く手を加えられて直されていく。中に入ってしまった水は飛空艇の船員に魔術が得意なヤツがいたのか、そいつが瞬く間に外に掃き出してくれた。
 傾きつつあった船は飛空艇から伸ばされたロープで固定されてそれ以上傾くことはなく、修理が終わったあともメンテナンスのためにと近くの港まで引っ張ってくれた。
「だいぶ賑やかなことになってたな、お嬢ちゃん」
「あ……ありがとう。アンタたちが助けてくれなかったら今頃この船は沈んでいた」
 飛空艇の船員に礼を言っている時にのっそりと現れたのは、飛空艇の頭だった。中肉中背で立派なヒゲを蓄えていて、一見普通の人の良さそうな男だ。年齢はあたしの父よりも上かな、と思っているとニコッと笑顔を向けられて、自分がジロジロと見ていたことに気付いて気まずくなる。
「そうか、ネレウスを引き継いだのは娘だったか。こりゃアイツもさぞ喜んでるだろうな」
「……! 親父のこと知ってるのかい⁈」
「そうだなぁ、同じ義賊だ。何度か顔を合わせたことはあるよ。今回のことは若さ故の経験値のなさから来たもんだろう? 今後は経験を積んでしっかりやんな」
「あ、ああ……本当に、見つけてくれてありがとう。この恩は絶対に忘れない。いつかきっと恩を返すから」
「それなら立派な頭となりな。それが俺に対する恩返しだ。それでも気が済まねぇって言うんなら、ほらあそこの黒髪の若ぇの。アイツに礼を言うといい」
 そう言って飛空艇の頭が指差したヤツは最初にこの船に降りてきたヤツだった。他の人間と一緒にこの船と飛空艇を繋いで固定させるためにロープを繋いでいたり、他にも色々と手伝っていてくれていた。
「目がいいヤツでな、最初に船が傾いているのを見つけたのはアイツだった」
「そうなんだ……それなら、しっかりとお礼を言っておかなきゃね」
「ああ、そうするといい」

 それからその場で礼を言ったものの、どうもその黒髪の男は素直じゃないっていうかぶっきらぼうっていうか。素直に礼を受け取ってくれないものだからあたしも躍起になって、いつか絶対恩を返す、それまで付き合ってもらうよと宣言してから今に至る、ということになるんだけど。
 それを小さいお嬢ちゃんに説明すると、その子は目をキラキラと輝かせて嬉しそうな顔をしている。一体どうしたんだと首を傾げてるとその子はパッと両腕を上に広げた。
「アミィもだよ! アミィもカイムに助けてもらったの!」
「そうなのかい? そしたらあたしとおそろいだね」
「おそろい? おそろいって何?」
「なんだ知らないのかい? 同じっていうか、一緒、っていう意味だよ」
「そうなんだ! アミィとお姉ちゃんは『おそろい』なんだね!」
「あたしのことは『フレイ』でいいよ。アミィ、で合ってんのかな?」
「うん!」
 随分と純粋な子を連れてるなと思ったらそういう意味だったかと納得する。きっと今も昔もこうして放っておくことができずに拾い物でもしてしまったタチなんだろう。あたしと出会った時と変わらないな、とつい笑みをこぼした。
 はしゃぐアミィに和んでいると、一方で重い空気が漂ってくる。変わらずそのままの空気かいとチラッと視線を向けてみれば向こうもこっちを見ていたのか、サッと視線が逸らされた。人間兵器が、そんな言葉が聞こえたような気がした。
「ねぇ。あたしだって別に『人間兵器』がどんなもんなのかって知らないわけじゃないよ。あの頃は本当に大変だったって大人のみんなは言っていた」
「……だったら、なぜ」
「思ったんだけどさ、あたしもアンタも……アンタ名前なんて言うの? 隣の彼女も」
「僕はウィル・ペネトレイトだ」
「わ、わたしはティエラ・フェリシタルです。ご挨拶が遅れてしまってすみません」
「いやいいんだよ。ウィルにティエラね。パッと見あたしと歳が近いような気がするんだけどさ、十年前今この場にいる人間はほとんど子どもだったってわけだよね?」
 まぁ小さく見えるアミィは生まれているのかどうか知らないけど。そう思いながら視線を向けたらなぜかアミィは胸を張って「アミィは十四歳だよ!」と教えてくれた。アミィには悪いけどつい目を見張ってしまう。正直十二歳前後だと思っていたから。
 とはいえアミィも四歳で世の中の出来事なんてほぼ知らない、もしくはわからなかったに違いない。だってあたしたちだってわかるのは怖いってことととんでもないことが起きているっていうことで、本当のところ詳細のことなんてほぼ知っちゃいない。
 大人たちから教えてもらわなきゃ何が起こっているのかわからなかった、あたしたちでそういう状態だったっていうことなんだから。
「当時カイムだって子どもだったってことだよね。子どもって自分の考えであんな残虐なことするわけ?」
「……!」
 顔を俯けていたウィルがハッと息を呑んで視線を上げた。そう、アミィが十四歳だって言うんなら当時のカイムは多分今のアミィよりもまだ幼かった。
「昔あちこちに戦争を仕掛けていたのはイグニート国だよね? 子どもだったカイムはそれに利用されていた、っていうことにはならない?」
「そ、れは……」
「元から残虐を繰り返していた性格だっていうんなら、なんで十年間大人しくしてた? なんであたしとかアミィを助けたり、そもそも義賊に属していたのかってことになると思うんだけど?」
「確かに、そうですよね。短い間でしたがカイムさんはしっかりとアミィちゃんを守っていました。とても元から残虐な性格だとわたしも思えません」
「そうだよね。当人じゃないから何とも言えないけど、十年前にカイムにも何かあったんじゃないのかい?」
 そう口にした途端、なぜかゾワッと背筋に悪寒が走った。つい辺りを見渡してみたけれど何かが起こったわけじゃない。でも何かを感じたのはあたしだけじゃなかったらしく、ウィルやティエラも目を見張って辺りを見渡していた。
 でもそれも一瞬で収まる。一体なんだったんだと生唾を飲み込むあたしの隣で、アミィは不思議そうな顔をして見上げてくる。
「アミィ、アンタは大丈夫だったのかい?」
「何が? なんかあったかいものが流れてきたと思ったけど」
「あったかい……?」
 寧ろあたしは背筋に悪寒が走るほど冷たいものに感じたけど。多分あたしと同じ反応をした向こう二人もそうだろう。でもアミィには、そうじゃなかった? どういうことだろうと頭を傾げる。
「ねぇねぇフレイ。聞きたいことがあるの」
「あ……なんだい? アミィ」
 まるで内緒話のように小声でそう言ってきたアミィにつられるように、あたしを身を屈めて耳を傾ける。
「フレイとカイムって、恋人なの?」
「……はッ⁈」
 ところが、可愛らしいお口から出てきた言葉は突拍子もないものだった。思わず大声を出して仰け反ってしまったところ、あたしの反応になんだなんだとウィルとティエラの視線が突き刺さる。
 気を取り直すように軽く咳払いをして、なんだか疑わしげな視線を向けてみるアミィに笑顔を向ける。若干、頬が引き攣ったような気もしたけれど。
「こ、恋人じゃないよ? さっきも言ったろ? 腐れ縁っていうか、恩人って」
「……本当に?」
「本当だってば」
「カイムのこと好きじゃない?」
「好っ……⁈」
 純粋な子だと思ったけど。そういう話は知っているらしい。それもそうか、だって十四歳。年頃だ。
 だからといって正直に話すのもどうか。いや好きか嫌いかと言ったら、べ、別に嫌いじゃないしだからって好きだって正直に言えるようなものでも。どう答えるのが正解なのか、わからずに思わずゴニョゴニョと口ごもることしかできない。
 そんなあたしにとどめを刺すかの如く、「顔赤くなってるよ?」というアミィの言葉にあたしはそれから何も言えなくなった。
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