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みけねこ

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15.タキオンの森

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 船から降りたアミィは航海中はしゃいでよく食ってよく寝ていたおかげか誰よりも元気だ。一方少し足をふらつかせティエラに支えられながら降りてきているのはウィルだ。どうやら慣れない船旅で酔ったらしい。
「すまない……まさかこんな情けない姿をさらけ出すことになるとは……」
「き、気にしないでくださいウィルさん。わたしもちょっと酔っちゃいましたし……」
「みんなー! 早く早くー!」
「……あの子はあんなにも元気なのに」
 ぐったりと落ち込んでいるウィルに、まぁ船が小さい分揺れも大きかったから仕方がないと肩を軽く上げる。無事リヴィエール大陸に着いたことだし少しはゆっくりしてもいいだろうと二人の酔いが醒めるまで港町で休むことにした。
「ねぇねぇカイム、ここから目的地まですぐなの?」
「いいや、途中タキオンっていう森に囲まれてる村を通らなきゃならねぇ。まずはそこに向かって一泊してから目的地だな」
「ミストラル国の近くに港はないのかい?」
 顔色はまだ青かったが水を飲みながらそう問いかけてきたウィルに「ねぇな」と短く返す。
「まったくねぇってわけじゃねぇけど、そっちは他で使ってるからな。一般人は普段使えねぇんだ」
「他で使う、とはなんでしょうか?」
「まぁ、色々と。そっちの港はフェルド大陸に近いんだ。それに波もこっちに比べて荒いしな」
「……こっちの港でよかったと僕は思う」
「そうだろ」
 そもそも他の大陸からこっちの大陸に渡れるのはこのリアント港だけだ。他の大陸と陸続きで繋がっていないため多少の不便さはあるが、だが逆に攻めづらくなっているという利点もある。
「ま、のんびり行っても大丈夫だろ」
「そうか……すまない、もう少し休憩させてもらってもいいだろうか」
「ねぇカイム~、アミィちょっとヒマ~」
 顔を真っ青にしているウィルを見てよく言えたなアミィ、と内心こぼす。子どもにじっとしていろっていうほうが無理なんだろうが。ただアミィがそう言ったものだから必死に立ち上がろうとしたウィルを視線で制した。
「その辺で遊んでこいよ」
「そしたらアミィちゃん、わたしとここの港町を見て回りますか?」
「うん!」
「カイムさん、わたしがアミィちゃんを見ているのでカイムさんはウィルさんをお願いします」
「……あ?」
「それでは行きましょうか、アミィちゃん!」
「うん! カイム行ってくるね!」
「おいちょっと待――」
 俺の静止の声を聞くことなく女子はさっさと休んでいた食堂から出ていってしまった。その場に残された俺たち二人の間には妙な沈黙が流れる。
「女性二人は危険ではないだろうか……」
「ここはそこまで物騒じゃねぇから大丈夫だろ」
「……その、すまない」
「慣れねぇもんはしょうがねぇだろ」
 なんだこの空気。っていうかなんで俺はコイツのフォローをしてやってんだろうかと思いつつ、なんとも言えない空気は二人が戻ってくるまで続いた。

 ようやく船酔いが治ったウィルが「すまなかった」と頭を下げたのを合図に俺たちはまずはタキオンに向かった。タキオンは森に囲まれているため主に狩猟で生計を立てている。そのため森に入ればあちこちから色んな音が聞こえてくるが、ここでのルールは村人以外は舗装されている道を必ず歩くこと、だ。道から外れてしまえば村人たちからは狩猟の対象となってしまう。
「すごーい! あちこちから色んな音が聞こえてくるよ?」
「ここは彼らの仕事場ということか」
「森と言っていましたけど結構川が多いですね。ウィンドシア大陸の森とはまた違います」
 取りあえず舗装されている道から離れるな、と忠告していたため三人は大人しく俺の後をついてくる。最初こそ好奇心旺盛のお子様があっちこっち行くかと思ったが、しっかりと俺の服を掴んでいた。ただやっぱり好奇心には勝てないのか視線があちこちに行っている。
「ここはミストラル国の通り道だから村に行ってもすんなり泊めてくれるはずだ」
 っていうか村とは言っているものの、ここ最近じゃ規模も大きくなっていて寧ろもう街じゃねぇのかと思っているが。ただそこの住人たちが頑なに「村だ!」と言うもんだから未だに村扱いだ。一体なんのこだわりだと首を傾げるばかりだ。
「あっ」
「あ? どうした」
 大人しくついてきていると思っていたらだ、すぐ傍からそんな声が聞こえつい顔を顰めて視線を向けた。一方声を上げたアミィはというと、何やら一点をただジッと見ている。
「なんなんだ」
「ねぇカイム」
「だからなんだって――」
「あのおっきな動物ってなーに?」
 そう言ってアミィが指を差した方向にいたのは、まぁ随分と立派なワイルドボーだ。この森に生息していて狩猟の対象だ。あの毛皮は防寒具に使えるし、あの立派な牙や角は加工してナイフや鏃に使われている。肉は少し固いが熟成させれば味に深みが増す。
「ワイルドボーだな」
「わいるどぼー?」
「君たち何をのんびりと会話をしているんだ! こっちに来ているぞ⁈」
「まぁ、向こうは舗装された道を歩いていようが森の中を駆けていようがどっちも同じ人間だからな」
「しゅ、守護の魔術を使いましょうか⁈」
 ウィルは剣を引き抜きティエラは杖を取り出した。それぞれそこに媒体が着けられている。なるほど、自分の戦いに適した場所に着いているんだなと思いつつアミィを背に庇い、ナイフを取り出した。
 ワイルドボーは俺たちを敵と見なしたらしく、迷うことなく真っ直ぐにこっちに突進してくる。まずは、これ以上距離を縮められることがないようその額目掛けてナイフを投げる。ブレることなく一直線に額に飛んでいったナイフにワイルドボーが怯んだ。そしてそれと同時に茂みから人間が現れ、弓矢を構えたそいつらは瞬く間に目の前の獲物を仕留めた。
「悪い、人の気配がしたものだからそっちに向かわせないようにしていたんだが」
「いい腕だな。怯ませてくれてありがとよ。村に着いたらこいつでご馳走するよ」
「それはどーも」
 手早くワイルドボーを木の棒に括り付けると狩人二人は森の中へ消えていった。
「あれはここの奴らの手取りだからな。余計なことはしないほうがいいぜ」
 無駄に手を出せば獲物を横取りされたと向こうは思ってしまうだろうし、そう思わなかったにしても剣で真っ二つにしたり魔術で焦がしたりしたら折角の素材が駄目にされたといい顔はしないだろう。
「そ、そうなのか……勉強になる」
「そうですね……」
「カイムかっこいー!」
「普通だろ」
 船と時と同じように、まるでアミィが三人になった気分だと小さく息を吐き出した。まぁ、バプティスタ国もあの教会も今は安定しているようだったからわざわざ外に出る必要もなかったんだろう。
 取りあえず例え何が出ようともここの狩人たちが片っ端から狩っていく説明も加えて、俺たちはあちこちから色んな音が聞こえる森の中をただ歩き続けた。
 村に着いたら着いたで先に戻ってきたあの二人が俺たちに気付き、しっかりと調理されたワイルドボーの肉を貰ったりしてまた三人は目を輝かせていたが。それに気を良くした村人たちがあれよあれよと色んな食い物を持ってきて流石に食えねぇだろ宴か、とひとりごちた俺はちゃっかり酒を頂いた。
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