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2.二人旅の始まり
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手すりに手を乗せて港の方に視線を向ける。子どもの服は港にあった店で適当に見繕ったものの、子どもは意外にも嬉しそうな顔をしていたため良しとしよう。
無事にスピリアル島から抜け出せたので取り合えずはと一息付く。しかしとんでもない拾い物をしてしまったことには変わりない。背が低いため手すりから顔を覗き出すこともできない子どもに視線を向け身を屈める。
「お前、首見せろ。ん」
「んっ」
自分の顎を上げれば、真似をするかのように必死に顎を上げている様子に思わず笑いそうになる。しかしそこはぐっと堪え、故意に服で隠した襟元を人差し指で下ろし視線を向ける。
そこには子どもらしく細い首に、相反して眉間に皺を寄せたくなるものが埋め込まれていた。
この世界には精霊が存在し、そしてその精霊の力を借りて人間は魔術が使えるようになる。と言っても使える魔術には個人差がありアホのように使える人間もいればほとんど使えない人間だっている。
そして、魔術はすぐに使えるというわけでもない。精霊の力をそのまま人間が使えるわけではないからだ。ならばなぜ魔術が使えるのか。それは『媒体』というもので精霊の力を変換とでも言えばいいのか、人間が使える力に変えて魔術という形で使えるようにしているからだ。
媒体も人それぞれで、自分の愛用の武器にする人間もいれば雑貨などにする人間もいる。つまりは一番使いやすいものを媒体としているのがほとんどなわけだが。
この子どもには、その媒体を直接身体に埋め込まれている。こんなことするとは正気の沙汰じゃない。身体にどれほどの負担が掛かるのかもわからない媒体は直接つけることを禁止されている。
見たところ宝石のようだが、この石自体にもそれなりの力があるようにも思える。そんなものをわざわざこんな子どもに埋め込んだということは――
「俺はカイム。お前、名前は」
「なまえ……? ――アミィ」
「アミィ、な。それは自分でつけたのか?」
首の物を指差せばアミィは考え込んだあと緩く頭を左右に振った。
「ううん、気付いたらついてた。……ついてたらダメなものなの?」
「苦しかったり、どっか痛かったりしねぇか?」
「しない」
どうやら今のところ媒体による作用はないらしい。だが小さい身体に今後も影響が出てこないとは限らない。何かしら起こる可能性もあるわけだが、困ったことにそう言ったものに俺は詳しくはなかった。
そこも追々考えるとして、これから多少なりとも苦労しそうだとアミィの見えないところで息を吐く。
見たところアミィの年齢は十二前後か、そのくらいになると多少なりとも自我がしっかりしてくるものかと思うが……それにしてもアミィの言葉遣いがどうもたどたどしい。もしかしたら研究のせいで精神の方に何か影響が出たのかもしれない。警戒しなければいけない他人に警戒はしない、年齢に対して無知な部分がある。放置していいような問題でもない。
視線を向ければ必死に海を見ようとしているが如何せん身長が足りない。俺は仕方なしにその身体を抱えた。
「わぁ……! あおい! 向こうまであおいよ!」
「お前海見んの初めてか」
「うん! 風もつよいね!」
「あー、そうだな……」
これから子守りか、と思わず遠い目で海を眺めてしまった。
スピリアル島から出港した船はアルディナ大陸にあるムーロという街に辿り着いた。船で移動したため研究者たちも早々に追いつくことはないだろう。船から降りればさっきまでの目の輝きはどこへやら、他人で溢れかえっているとわかった途端アミィは俺の足にしがみついてきた。
「誰もお前を取って食わねぇよ」
「ほんとう……?」
「俺がいんだから大丈夫だっての」
「……うん!」
拾ったからには面倒を見なければいけないものだろう。やや投げやりに言った言葉にアミィは嬉しそうに頷き更に足にしがみつく。歩きにくくなるからあんまりしがみつくなとは思ったもののそれを言って泣き出された方が面倒だ。せめて手を握れと言えば大人しく従い俺たちは街の中を歩き出した。
空賊であちこちに行ってる俺からしたら見慣れた光景であって別に目新しいものは何一つない。だが恐らくずっと研究所にいたであろうアミィはおずおずとしながらも色んなものに興味を向けていた。
「ね、ね! あれなに?」
「あれは果物だろ。この辺りの有名なな」
「へ~……」
「……わぁーったよ、買ってやる」
返答自体はあまり興味ありませんよという響きに聞こえるが目は口ほど物を言う。歩き出そうとしていた俺の腕をやや強めに引っ張り、視線はその果物から逸そうとはしない。「欲しいならそう言え」と告げれば嬉しそうに頷き、その様子に内心溜め息を吐きつつ金を店主に渡した。
「よかったなーお嬢ちゃん、優しい兄ちゃんでよ!」
釣りを渡しつつアミィにそう投げかけた店主にアミィは首を傾げた。何かを言う前に俺は素早く果物をアミィに渡す。
「田舎育ちでよ、妹は街に行ったことがあんまねぇんだ」
「おーそうだったのかい。ならお嬢ちゃん、兄ちゃんにいっぱい奢ってもらわねぇとな! こいつはおまけだ!」
「ありがとな。ほら」
おまけで貰ったものを手渡せば嬉しそうな顔をして、早速口に入れると美味しそうに食べていた。店主もその顔で気を良くしたのか「また来てくれよ」と一言付け加えてアミィの頭を撫でながら俺たちを見送った。
少し歩いてさっきの店が見えなくなった頃、まだ果物を食べているアミィが首を傾げ俺を見上げてくる。
「アミィたちきょうだいじゃないよ?」
「あの場合そう言った方がスムーズに事が進んでいいんだよ」
「……うそ言っちゃだめだよ」
「いいんだよ、生きるためにはな」
何も知らない子どもにこんな言い草はないだろうとは思うが綺麗事だけで生きていける世の中ではないし、訳ありなら尚更真っ直ぐ生きるだなんて痛い目を見るだけだ。
それに逃げ続けるのならば遅かれ早かれ綺麗とも言えない世界を知る羽目になる。そういうのも教えなくてはいけないのかとガシガシ頭を掻きつつ、取りあえずは宿屋へと足を進める。船で渡ってきただけだが俺は常に周りを警戒していたし、被検体になっていた子どもをそう連れ回すわけにもいかない。
そして宿屋へ辿り着き空きのある二人部屋を選ぶ。その方が安いというのもあるが、一人部屋にして目を離した隙にいなくなられる方が面倒だったからだ。
「へへ……ベッドふかふかだぁ。あったかーいやわらかーい」
「……あそこはそうじゃなかったのか」
「うん、ベッドなかったもん。ゆかも固かった」
そう言いながらベッドの上をゴロゴロと転がり始めたアミィとは対照的に俺は眉間に皺を寄せる。決していい環境にいたというわけではないし、逃げ出したくなるぐらいの実験もあったというわけか。
こんな子どもに、一体何の為に。そこまで考えて胸糞悪くなった。そんなもの、首に埋め込まれていた石を見ていればわかるようなものだ。
「今日はゆっくり休めよ」
道具の整理と金の確認を終えた俺はそのままベッドの上にごろりと寝転がり寝る体勢に入る。隣からは返事と共にまだ寝そうにない気配があった。
「アミィね、カイムにたすけてもらってよかった。カイムやさしい。顔はこわいけど」
「一言余計だぞテメェ」
「へへへっ」
閉じていた目を開け隣を見れば、楽しそうにこちらを見てくる目とかち合った。最初こそは怯えていたものの徐々に子どもらしい反応を見せてくるようになってきている。
ランプの明かりを消し「いいから早く寝ろよ」と告げ、寝息が聞こえるようになってから俺もようやく目を閉じた。
無事にスピリアル島から抜け出せたので取り合えずはと一息付く。しかしとんでもない拾い物をしてしまったことには変わりない。背が低いため手すりから顔を覗き出すこともできない子どもに視線を向け身を屈める。
「お前、首見せろ。ん」
「んっ」
自分の顎を上げれば、真似をするかのように必死に顎を上げている様子に思わず笑いそうになる。しかしそこはぐっと堪え、故意に服で隠した襟元を人差し指で下ろし視線を向ける。
そこには子どもらしく細い首に、相反して眉間に皺を寄せたくなるものが埋め込まれていた。
この世界には精霊が存在し、そしてその精霊の力を借りて人間は魔術が使えるようになる。と言っても使える魔術には個人差がありアホのように使える人間もいればほとんど使えない人間だっている。
そして、魔術はすぐに使えるというわけでもない。精霊の力をそのまま人間が使えるわけではないからだ。ならばなぜ魔術が使えるのか。それは『媒体』というもので精霊の力を変換とでも言えばいいのか、人間が使える力に変えて魔術という形で使えるようにしているからだ。
媒体も人それぞれで、自分の愛用の武器にする人間もいれば雑貨などにする人間もいる。つまりは一番使いやすいものを媒体としているのがほとんどなわけだが。
この子どもには、その媒体を直接身体に埋め込まれている。こんなことするとは正気の沙汰じゃない。身体にどれほどの負担が掛かるのかもわからない媒体は直接つけることを禁止されている。
見たところ宝石のようだが、この石自体にもそれなりの力があるようにも思える。そんなものをわざわざこんな子どもに埋め込んだということは――
「俺はカイム。お前、名前は」
「なまえ……? ――アミィ」
「アミィ、な。それは自分でつけたのか?」
首の物を指差せばアミィは考え込んだあと緩く頭を左右に振った。
「ううん、気付いたらついてた。……ついてたらダメなものなの?」
「苦しかったり、どっか痛かったりしねぇか?」
「しない」
どうやら今のところ媒体による作用はないらしい。だが小さい身体に今後も影響が出てこないとは限らない。何かしら起こる可能性もあるわけだが、困ったことにそう言ったものに俺は詳しくはなかった。
そこも追々考えるとして、これから多少なりとも苦労しそうだとアミィの見えないところで息を吐く。
見たところアミィの年齢は十二前後か、そのくらいになると多少なりとも自我がしっかりしてくるものかと思うが……それにしてもアミィの言葉遣いがどうもたどたどしい。もしかしたら研究のせいで精神の方に何か影響が出たのかもしれない。警戒しなければいけない他人に警戒はしない、年齢に対して無知な部分がある。放置していいような問題でもない。
視線を向ければ必死に海を見ようとしているが如何せん身長が足りない。俺は仕方なしにその身体を抱えた。
「わぁ……! あおい! 向こうまであおいよ!」
「お前海見んの初めてか」
「うん! 風もつよいね!」
「あー、そうだな……」
これから子守りか、と思わず遠い目で海を眺めてしまった。
スピリアル島から出港した船はアルディナ大陸にあるムーロという街に辿り着いた。船で移動したため研究者たちも早々に追いつくことはないだろう。船から降りればさっきまでの目の輝きはどこへやら、他人で溢れかえっているとわかった途端アミィは俺の足にしがみついてきた。
「誰もお前を取って食わねぇよ」
「ほんとう……?」
「俺がいんだから大丈夫だっての」
「……うん!」
拾ったからには面倒を見なければいけないものだろう。やや投げやりに言った言葉にアミィは嬉しそうに頷き更に足にしがみつく。歩きにくくなるからあんまりしがみつくなとは思ったもののそれを言って泣き出された方が面倒だ。せめて手を握れと言えば大人しく従い俺たちは街の中を歩き出した。
空賊であちこちに行ってる俺からしたら見慣れた光景であって別に目新しいものは何一つない。だが恐らくずっと研究所にいたであろうアミィはおずおずとしながらも色んなものに興味を向けていた。
「ね、ね! あれなに?」
「あれは果物だろ。この辺りの有名なな」
「へ~……」
「……わぁーったよ、買ってやる」
返答自体はあまり興味ありませんよという響きに聞こえるが目は口ほど物を言う。歩き出そうとしていた俺の腕をやや強めに引っ張り、視線はその果物から逸そうとはしない。「欲しいならそう言え」と告げれば嬉しそうに頷き、その様子に内心溜め息を吐きつつ金を店主に渡した。
「よかったなーお嬢ちゃん、優しい兄ちゃんでよ!」
釣りを渡しつつアミィにそう投げかけた店主にアミィは首を傾げた。何かを言う前に俺は素早く果物をアミィに渡す。
「田舎育ちでよ、妹は街に行ったことがあんまねぇんだ」
「おーそうだったのかい。ならお嬢ちゃん、兄ちゃんにいっぱい奢ってもらわねぇとな! こいつはおまけだ!」
「ありがとな。ほら」
おまけで貰ったものを手渡せば嬉しそうな顔をして、早速口に入れると美味しそうに食べていた。店主もその顔で気を良くしたのか「また来てくれよ」と一言付け加えてアミィの頭を撫でながら俺たちを見送った。
少し歩いてさっきの店が見えなくなった頃、まだ果物を食べているアミィが首を傾げ俺を見上げてくる。
「アミィたちきょうだいじゃないよ?」
「あの場合そう言った方がスムーズに事が進んでいいんだよ」
「……うそ言っちゃだめだよ」
「いいんだよ、生きるためにはな」
何も知らない子どもにこんな言い草はないだろうとは思うが綺麗事だけで生きていける世の中ではないし、訳ありなら尚更真っ直ぐ生きるだなんて痛い目を見るだけだ。
それに逃げ続けるのならば遅かれ早かれ綺麗とも言えない世界を知る羽目になる。そういうのも教えなくてはいけないのかとガシガシ頭を掻きつつ、取りあえずは宿屋へと足を進める。船で渡ってきただけだが俺は常に周りを警戒していたし、被検体になっていた子どもをそう連れ回すわけにもいかない。
そして宿屋へ辿り着き空きのある二人部屋を選ぶ。その方が安いというのもあるが、一人部屋にして目を離した隙にいなくなられる方が面倒だったからだ。
「へへ……ベッドふかふかだぁ。あったかーいやわらかーい」
「……あそこはそうじゃなかったのか」
「うん、ベッドなかったもん。ゆかも固かった」
そう言いながらベッドの上をゴロゴロと転がり始めたアミィとは対照的に俺は眉間に皺を寄せる。決していい環境にいたというわけではないし、逃げ出したくなるぐらいの実験もあったというわけか。
こんな子どもに、一体何の為に。そこまで考えて胸糞悪くなった。そんなもの、首に埋め込まれていた石を見ていればわかるようなものだ。
「今日はゆっくり休めよ」
道具の整理と金の確認を終えた俺はそのままベッドの上にごろりと寝転がり寝る体勢に入る。隣からは返事と共にまだ寝そうにない気配があった。
「アミィね、カイムにたすけてもらってよかった。カイムやさしい。顔はこわいけど」
「一言余計だぞテメェ」
「へへへっ」
閉じていた目を開け隣を見れば、楽しそうにこちらを見てくる目とかち合った。最初こそは怯えていたものの徐々に子どもらしい反応を見せてくるようになってきている。
ランプの明かりを消し「いいから早く寝ろよ」と告げ、寝息が聞こえるようになってから俺もようやく目を閉じた。
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