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1.出会い
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人と精霊は共にあり、精霊の恩恵を得て人は生きている。
精霊の王は人々を愛し、時には我が子のように手を差し伸べ見守ってきていた。しかし人々は次第に精霊の恩恵を忘れ、己の欲望のまま生きるようになる。戦争を起こし、精霊が守り続けてきた大地を汚し、精霊に対する『想い』を忘れたかのように。
人の気持はやがて精霊から離れ、そして当然のように精霊の気持ちもまた、人から離れていった。
精霊で成り立っている大地、精霊の力がなければ廃れていく大地。人はその事実すら忘れてしまい大地が死にゆくことすら気付いてはいない。戦争は激化していく一方。精霊の声を聞ける者すらいなくなっていく。
やがて精霊の力すら戦争に利用しようとした人は、兵器を生み出す研究を始める。そしてそびえ立つ塔の一つから、一人の少女が空へその身を投げ捨てた。
*
幾重にもそびえ立つ塔はこの都――スピリアル島独特の光景だろう。その塔一つ一つに研究施設があり、比例するかのように研究者が集まっている。
どの国にも属していない都でこれほどの施設、研究費など一体どこから出るのか。色んな黒い噂が流れるだけで確かなものはない。けれど研究成果など戦争が好きな国にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。もしかしたら……と誰もが思ってはいるだろう。
しかし属していない、独立している島のため他所の国が口出しできるようなものでもなかった。
そんな立ち並ぶ塔を飛空艇セリカから見下ろし風を浴びていた。
「本当に甲板に出るのが好きね、カイム」
俺と同じように空賊ラファーガの一員、エミリアがドアにもたれ掛けるように腕を組んでこちらを見ている。
「相変わらずこの島の眺めは他とは違うな」
「ええ、そうね。ある意味芸術だけれど、この中で想像できないほどの研究が行われていると思うと良い気にはならないわね」
「それもそうだ」
ここでの研究が外部に漏れることはそうはない、だからこそ余計に気味の悪さが際立つ。熱心な研究者や思わず身を引きたくなるほどの変態しかここには寄り付かない。俺たちだって好きでこの都の上を飛んでいたわけじゃない、次の仕事を探すために通らざる得なかっただけだ。
これ以上ここにいてエミリアに小言言われるのも面倒だと手すりにもたれ掛けていた身体を起こし、ドアへ向かおうとした瞬間――目の端に、何かが映った。
その『何か』を確実に認識する前にドアへ向かおうとしていた身体は勝手に動く。これで勘違いだとかなり恥ずかしい思いをすることになるが、こういう時の嫌な予感はなぜか的中してしまう。
「どうしたの⁈ カイム!」
声を上げたのと同時に手すりから身を乗り出し、俺の行動を目で追っているのだろう。右手のバングルからワイヤーを伸ばし、すでに船から飛び出している俺は顔だけ後ろを振り返った。
「俺のことは気にするな! 頭にもそう言っといてくれ!」
「はぁ⁈ また何勝手なこと……もう!」
どこか呆れているような声色を背に屋根伝いにワイヤーを伸ばしていく。目の端に映ったもの――人影らしいものは、いくつもある塔の中でもかなり高いところから落ちたのか降りたのか。地面に激突するまでにそれなりの時間はありはするものの、間に合うかどうかギリギリのところだ。
距離が徐々に近付き、やがて人影がはっきりと見えるようになって思わず顔を顰めた。
どう考えても大人の大きさではないそれは、明らかに子どもだ。なぜ子どもが塔の上から落ちてきたのか。しかも着ているものは……と思案している中、咄嗟に伸ばした腕にはその重みが乗しかかった。
落とさないよう抱えながら屋根の上でもせめて平らなところをと視線を走らせ、見つけた場所に一旦着地する。
「怪我は……ねぇな」
ざっと子どもの身体を確認し次に顔へ視線を移す。怯えた表情をしている子どもは小刻みに震えており、その様子を見る限り『どっち』なのかは決められない。これは正直に聞いた方が手っ取り早いなと思いつつ、いきなり現れた人間に対してここの子どもが何の警戒心もなくベラベラと喋るとも思えない。
どうしたものかと考えているとかなり遠くの方から騒がしい声が聞こえてきた。もしかしたらこの子どもを探しているのかもしれない。視線を戻しもう一度目の前にいる子どもと向き合う。
「お前、『落ちた』のか『降りた』のか、どっちだ」
「っ……!」
「わぁった質問を変える。『戻りたい』か『戻りたくない』かどっちだ」
怯えていて話どころじゃない。まともな会話は無理かと今もっとも大事なことだけを口にしてみれば、小さい手は震えながらも俺の服をぎゅっと掴んだ。縋り付くように、ただただ必死に。
「もどりたくないっ……!」
その一言がすべての答えだった。
目には涙をこれでもかというほど溜め必死に首を左右に振る。もしかしたら俺があの塔へ連れて行くのかと思っているのかもしれない。首に手を当てそっと溜め息を吐く。
あそこで何の研究があったのかは知らないがこんな小さな子どもがここまで怯えているんだ、吐き捨てたくなるようなことが行われていたのかもしれない。
そして俺は、怯えきっている子どもに無理強いするようなタチの悪い性格になった覚えはない。
「腕出せ、腕」
顎で右の腕を指すと未だに震えが止まらない子どもはおずおずと差し出してくる。その小さな腕を手に取り左手は腰に下げているダガーへと伸ばす。一瞬その身体は硬直したものの手早く右腕に付いていた物――被験者のナンバーが書いてあるタグを切り落とした。
「取り合えずこの都から出るぞ」
「……!」
「あー、その前に……服を何とかしねぇとな」
子どもが着ているものは被験者用の服だろう、一枚布でこのままだと素性を周りにバラしながら逃げるというマヌケなことになってしまう。こんな子どもが好む服なんぞよくはわからないが適当に見繕って着替えた方が良さそうだ。
身を屈め、子どもと視線に合わせる。
「俺に付いてくるか?」
これで「嫌」と言われてしまえばしょうがない、もうこの子どもはここに置いていくしかないだろう。だからと言って子どもは頼れる人間がいなさそうだからそのまま大人しく捕まり、また本人の望まぬまま被験者となるのだろうが。
確認のためにそう告げると子どもは視線を俺から少し下に外し小さく頷いた。
「……うん」
「よし。なら俺にしっかり掴まってろ」
「うん」
子どもを左腕で抱えるとしっかりと俺の首に抱きついてきた。逃げたいという意志はしっかりとしているようだ。
ワイヤーを伸ばし早速その場から移動する。一箇所に長々といるのは見つかる確率が高くなってしまうし、何よりさっさと服を買いに行ったほうがいい。そのままだともしかしたら船すら乗れないかもしれない。
落ちていたものを拾ってしまったのだから、その面倒は最後まで見なければいけないだろう。
精霊の王は人々を愛し、時には我が子のように手を差し伸べ見守ってきていた。しかし人々は次第に精霊の恩恵を忘れ、己の欲望のまま生きるようになる。戦争を起こし、精霊が守り続けてきた大地を汚し、精霊に対する『想い』を忘れたかのように。
人の気持はやがて精霊から離れ、そして当然のように精霊の気持ちもまた、人から離れていった。
精霊で成り立っている大地、精霊の力がなければ廃れていく大地。人はその事実すら忘れてしまい大地が死にゆくことすら気付いてはいない。戦争は激化していく一方。精霊の声を聞ける者すらいなくなっていく。
やがて精霊の力すら戦争に利用しようとした人は、兵器を生み出す研究を始める。そしてそびえ立つ塔の一つから、一人の少女が空へその身を投げ捨てた。
*
幾重にもそびえ立つ塔はこの都――スピリアル島独特の光景だろう。その塔一つ一つに研究施設があり、比例するかのように研究者が集まっている。
どの国にも属していない都でこれほどの施設、研究費など一体どこから出るのか。色んな黒い噂が流れるだけで確かなものはない。けれど研究成果など戦争が好きな国にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。もしかしたら……と誰もが思ってはいるだろう。
しかし属していない、独立している島のため他所の国が口出しできるようなものでもなかった。
そんな立ち並ぶ塔を飛空艇セリカから見下ろし風を浴びていた。
「本当に甲板に出るのが好きね、カイム」
俺と同じように空賊ラファーガの一員、エミリアがドアにもたれ掛けるように腕を組んでこちらを見ている。
「相変わらずこの島の眺めは他とは違うな」
「ええ、そうね。ある意味芸術だけれど、この中で想像できないほどの研究が行われていると思うと良い気にはならないわね」
「それもそうだ」
ここでの研究が外部に漏れることはそうはない、だからこそ余計に気味の悪さが際立つ。熱心な研究者や思わず身を引きたくなるほどの変態しかここには寄り付かない。俺たちだって好きでこの都の上を飛んでいたわけじゃない、次の仕事を探すために通らざる得なかっただけだ。
これ以上ここにいてエミリアに小言言われるのも面倒だと手すりにもたれ掛けていた身体を起こし、ドアへ向かおうとした瞬間――目の端に、何かが映った。
その『何か』を確実に認識する前にドアへ向かおうとしていた身体は勝手に動く。これで勘違いだとかなり恥ずかしい思いをすることになるが、こういう時の嫌な予感はなぜか的中してしまう。
「どうしたの⁈ カイム!」
声を上げたのと同時に手すりから身を乗り出し、俺の行動を目で追っているのだろう。右手のバングルからワイヤーを伸ばし、すでに船から飛び出している俺は顔だけ後ろを振り返った。
「俺のことは気にするな! 頭にもそう言っといてくれ!」
「はぁ⁈ また何勝手なこと……もう!」
どこか呆れているような声色を背に屋根伝いにワイヤーを伸ばしていく。目の端に映ったもの――人影らしいものは、いくつもある塔の中でもかなり高いところから落ちたのか降りたのか。地面に激突するまでにそれなりの時間はありはするものの、間に合うかどうかギリギリのところだ。
距離が徐々に近付き、やがて人影がはっきりと見えるようになって思わず顔を顰めた。
どう考えても大人の大きさではないそれは、明らかに子どもだ。なぜ子どもが塔の上から落ちてきたのか。しかも着ているものは……と思案している中、咄嗟に伸ばした腕にはその重みが乗しかかった。
落とさないよう抱えながら屋根の上でもせめて平らなところをと視線を走らせ、見つけた場所に一旦着地する。
「怪我は……ねぇな」
ざっと子どもの身体を確認し次に顔へ視線を移す。怯えた表情をしている子どもは小刻みに震えており、その様子を見る限り『どっち』なのかは決められない。これは正直に聞いた方が手っ取り早いなと思いつつ、いきなり現れた人間に対してここの子どもが何の警戒心もなくベラベラと喋るとも思えない。
どうしたものかと考えているとかなり遠くの方から騒がしい声が聞こえてきた。もしかしたらこの子どもを探しているのかもしれない。視線を戻しもう一度目の前にいる子どもと向き合う。
「お前、『落ちた』のか『降りた』のか、どっちだ」
「っ……!」
「わぁった質問を変える。『戻りたい』か『戻りたくない』かどっちだ」
怯えていて話どころじゃない。まともな会話は無理かと今もっとも大事なことだけを口にしてみれば、小さい手は震えながらも俺の服をぎゅっと掴んだ。縋り付くように、ただただ必死に。
「もどりたくないっ……!」
その一言がすべての答えだった。
目には涙をこれでもかというほど溜め必死に首を左右に振る。もしかしたら俺があの塔へ連れて行くのかと思っているのかもしれない。首に手を当てそっと溜め息を吐く。
あそこで何の研究があったのかは知らないがこんな小さな子どもがここまで怯えているんだ、吐き捨てたくなるようなことが行われていたのかもしれない。
そして俺は、怯えきっている子どもに無理強いするようなタチの悪い性格になった覚えはない。
「腕出せ、腕」
顎で右の腕を指すと未だに震えが止まらない子どもはおずおずと差し出してくる。その小さな腕を手に取り左手は腰に下げているダガーへと伸ばす。一瞬その身体は硬直したものの手早く右腕に付いていた物――被験者のナンバーが書いてあるタグを切り落とした。
「取り合えずこの都から出るぞ」
「……!」
「あー、その前に……服を何とかしねぇとな」
子どもが着ているものは被験者用の服だろう、一枚布でこのままだと素性を周りにバラしながら逃げるというマヌケなことになってしまう。こんな子どもが好む服なんぞよくはわからないが適当に見繕って着替えた方が良さそうだ。
身を屈め、子どもと視線に合わせる。
「俺に付いてくるか?」
これで「嫌」と言われてしまえばしょうがない、もうこの子どもはここに置いていくしかないだろう。だからと言って子どもは頼れる人間がいなさそうだからそのまま大人しく捕まり、また本人の望まぬまま被験者となるのだろうが。
確認のためにそう告げると子どもは視線を俺から少し下に外し小さく頷いた。
「……うん」
「よし。なら俺にしっかり掴まってろ」
「うん」
子どもを左腕で抱えるとしっかりと俺の首に抱きついてきた。逃げたいという意志はしっかりとしているようだ。
ワイヤーを伸ばし早速その場から移動する。一箇所に長々といるのは見つかる確率が高くなってしまうし、何よりさっさと服を買いに行ったほうがいい。そのままだともしかしたら船すら乗れないかもしれない。
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