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6.勇者のお手伝い

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 勇者と魔王は長年戦い続けている。魔王は容赦なく人間を蹂躙し、勇者はそんな魔王から命懸けで人々を守ってきた。けれど中々倒すことができない魔王。長い時の中を生き続ける魔王に対し人間の命はあまりにも短い。だからこそ勇者は次の勇者へと希望を託す。そうして勇者は生き続ける。
 っていうのをお婆から聞いた話だったんだけど。その実争いはとうの昔に終わっているし勇者と魔王はお互い自由気ままにのんびりと過ごしている。あたしが初めて会った勇者なんてあれからしょっちゅう魔王城に遊びに行っているみたいで、しかも魔王が作ってくれるお菓子を食べてのんびりしているとか。
「そこだけ聞いたらアンタだたのグータラ人間じゃない! 勇者らしいこと一つもしないで今日もダラダラするってなんなの?!」
 街に戻ってきてるみたいだったから勇者の家に行ってみたら、ベッドの上にうつ伏せになって雑誌を読みながら薄くスライスして揚げたポテトをポリポリ食べている。これが勇者?! 今までの勇者がこの姿見たらものすっごく悲しむんじゃないの?!
 ってこのあたしが! 折角注意してあげてるっていうのに勇者は気にすることなくまた雑誌に視線を戻して、しかも足をプラプラしてまったく悪びれる様子を見せない。勇者以前に人間としてどうなの。
「勇者らしいことって。勇者なんて活躍しないのが一番いいんだよ」
「だからってお菓子食べてダラダラするのがアンタのすることなの?! 少しは討伐なりなんなりしなさいよ!」
「何を討伐するの? 魔物は悪いことしないのに」
「うぐっ! そ、それは……」
「それになぁーんにもしないわけじゃないし」
 チラッと置かれている時計に視線を向けたかと思うと読んでいた雑誌をパタンと閉じて、勇者は身体を起こしてベッドから降りた。さっきまで上下とも布切れ一枚みたいな格好だったくせに、色々と準備をし始めてすっかり初めて会ったときと同じ格好になった。ただしマントなし。
「え、な、何よ、出かけるの?」
「そう。お願いされてたから。そろそろ時間かなって」
 とか言ってるけどもしかしておつかいってやつじゃないの? っと勇者に対して疑いの目を向ける。正直この溢れ出そうなマナが見えなかったら本っ当に! 勇者に見えない。なんの特徴もない村人その一。
 そんな勇者が階段を降りて自分の母親に「行ってくるね」と一言だけ告げて家から出た。もしかしたら母親のおつかいかと思ったけどどうやらそうじゃないみたい。街の外に向かっていってるみたいだけど魔物を討伐するっていう感じでもない。一応腰には剣を差していたけど抜く素振りも見せないし。
 そしてしばらくついていってみればそこそこ大きな森の前にたどり着いて、そこにはちょっと厳つい人間となぜか魔物も一緒にいた。あの魔物はゴーレムだ。耐久度があって力も強い。
「おお勇者、悪いな来てもらって。早速頼んでいいか?」
「もちろん」
「な、何するのよ」
「ん? お手伝い」
 勇者が森に向かって手を掲げると周りにいた人たちが一斉に左右に捌ける。今から何が起ころうとしているのか、想像できるようでできないようで。
「『ビエント・フィロ』」
 そう、勇者がたった一言。たった一言言っただけで目の前にあった木があっという間に切り倒された。勇者が使ったのは風魔法。しかも誰でも習得できるような初期中の初期。
 っていうのに、あれだけ木しかなかったのに目の前に広がっているのは大地と見通しのいい風景だ。初心者でも使える魔法なのにこの威力って、明らかにおかしい。
「助かったぞ勇者。よーし者共運べ運べー!」
「おーっす!」
 一斉に捌けていた人たちが動き出して切り倒された木をまた運びやすいように切って、えっさほっさと運び出した。もしかして木材調達だったわけ? ってこのときになってようやく気付く。ちなみに一緒にいたゴーレムたちは人間に頼まれてたみたいで一緒に木を運んでいる。
「えっ……と、勇者」
「前まではみんなで頑張って伐採してたみたいなんだけどね、私が魔法使ったほうが早いから」
 便利でいいでしょ、って続けた勇者に確かに便利だけど。そうしたほうがこの人たちも仕事が早くすんでいいんだろうけど。でも、そんな、魔王討伐とか魔王に対抗できる勇者にこんな便利屋的なことをさせる? 普通なら「こんなこと勇者にさせるな」って勇者だって怒ってもおかしくないのに。
 っていうその勇者は他の人たちと一緒にえっさほいさと木材運んでいるし。しかも持っている量が明らかにおかしい。そのへんの屈強な身体つきのおじさんよりも持っているってどういうことなの。明らかに質量がおかしい。勇者って名前がなかったら腕の細いただの小娘って感じなのに、なんでそんな両腕に丸太をこんもりと持ってんのよ。
「ゆ、勇者。流石に無茶してない? そんなに持って重いでしょ……」
「え? 強化魔法使ったらもっと持てるけど、魔法使ったほうがいい?」
「強化魔法使ってなかったんかい!」
 あたしてっきり周りの人のために強化魔法で強化して持っているものだと思っていたのに! なに、天然でこの怪力なの? なんなの? 勇者と会ってからちょこちょこ思っていたことだけど、頭まで筋肉でできてんの?
「妖精さん、危ないから避けたほうがいいよ」
「きゃあ?! ちょっと! 丸太ぶん回さないでよ!」
「お。なんだちみっこいのがいるなと思ったら虫じゃなくて妖精か。悪い悪いしっかりと並べて置こうと思ってな」
「よっ、妖精であるあたしを虫ぃ?!」
 こんなか弱くて可憐で儚げでで幻想的な妖精を虫⁉ 虫と見間違うなんてことある?!
「そんくらいの大きさの虫っているからね」
「だからって虫って何よ虫って! もっとあたしに敬意を払いなさいよ!」
「手で払われそうだから黙ってたほうがいいよ」
「どういう忠告よ?!」
「か弱くて可憐で儚げな人ってそんなに喋んないと思って」
「くっ……!」
 勇者のくせに痛いところを突いてくる。あたしは確かに人間よりは年上だけど、妖精の中ではまだまだ若い部類に入る。周りの妖精からからかわれたり生暖かい目で見られるなんてことよくあるし。
 それが嫌で嫌で勇者を見に行く、っていう野次馬じみたことしてその実ちょっとした家出みたいなことをした。なんてこの勇者には言えないし言いたくない。わりと真顔で正論を返してきそうなんだもの。しかも悪意なく真っ直ぐな瞳をして。
 ともあれ、丸太に潰されるなんてことは余計だし勇者から少し離れて様子を眺める。ゴーレムたちも人を襲うことなくせっせと丸太を運んでいた。ゴーレムは少し知能が低いから人間の言葉を喋るなんてことはできないんだけど、それでも単語単語で一生懸命自分の考えを伝えようとしている。そして人間も、言いたいことを汲み取ってゴーレムとしっかり意思疎通をしていた。
 きっとずっとずっと前の勇者だったら、信じられない光景が広がっているんだなとしみじみ思ってしまった。今までの歴代の勇者はこれを望んでいたんだろうか、それとも肩を落としてるんだろうか。
「妖精さん」
「……あのね。最初に言ったでしょ。あたしにはちゃんとミウィっていう可愛い名前があるって」
「ミウィちゃん」
 ……初めて名前を読んだかと思ったら、ちゃん付け。普通妖精にちゃんなんて付ける?
 本当、この勇者には世界の常識っていうか、そういうものが伝わらないと渋々勇者の近くに飛んでいく。勇者の前でずっと羽を動かすのも面倒になってその肩の上に腰を下ろした。
「何よ、勇者」
「これ、食べてみる?」
 食べてみる? って聞いてきたくせに容赦なく口に押し込むなんてなんなのこの脳筋バカ。別に見たときはちゃんとしたマナが含まれていたから身体に悪いものじゃなさそうって。
 そう思ったあたしがバカだった。
「うぐぅっ?! ゴッ、ゴホゴホッ! ちょっと何よこの謎の物体! まっず! ほんっとまずい!」
 マナはちゃんとあったのに味がもう、味がもうおかしい。苦いやら渋いやら辛いやらなんかちょっと甘いやら場所によってはしょっぱいやら。あの小さな一粒でこんな味するなんておかしくない?! って口の中にある変なものをペッペッと吐き出して勇者に抗議しみれば、なぜか勇者はしょんぼりと肩を落として落ち込んでる。
 な、なんなのよ。まるであたしが悪いみたいに。ハッと気付いて周りを見渡してみたら、さっきまでせっせと動いていた人間もあたしにジトッとした視線を向けてくる。
「まずかったんだ……ごめんね。練習してるんだけどうまく作れなくて……」
「……! も、もしかして、勇者が作ったの……?」
「魔王に教えてもらいながら作ってるんだけど……まずかったんだ……」
 どおりでマナは十分にあったんだ、とかそんなこと思える余裕がない。だってもう明らかに勇者がどん底みたいな落ち込み方をするんだもの。もしかして周りの人たちも食べてみた? このまずいものを? でも彼らは別にまずそうな顔をしていない、っていうことは妖精の口には合わなかったってこと? でもだって、あんな色んな味するものなんて食べれるわけな……
「まずかったんだ……」
「っ、ああ、もう! まずかった! 色んな味がするほど一体何を入れたのよ! 味見した?! 味見せずに周りに配ったんじゃないでしょうね?!」
「……魔王が食べて、『悪くない』って」
「それは魔王が気を遣ったのよッ! 魔王に言っときなさい! ちゃんと言ったほうがその人のためだって‼」
「……ミウィちゃん……」
「そっ……そんな目で見つめてこないで!」
 そんな捨てられたラビットみたいなうるうるした目であたしを見つめてきてどうすんの! 勇者はデフォかどうかわからないけど人を惹きつける能力があるんだから、そんなものをここで発揮しない!
 本当、無自覚が一番たちが悪い! って思ってるのにうるうる勇者に気圧されてまずいまずい言っていたあたしも段々と言葉が詰まってくる。
「わっ……わかったわよー! あたしも一緒に魔王城に行って、料理を教えてあげる! あたしはアンタに気を遣ったりせずにはっきり言ってあげるんだからね?!」
「ミウィちゃん……! ありがとう!」
 勇者があたしの手をぎゅっと握ってきて、嬉しそうな顔をする。同時に周りからはワッと歓声が上がった。
 もう、一体何なのよ。あたしはただどっと疲れが押し寄せてきただけだった。
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