騎士と狩人

みけねこ

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ちょっとした逢瀬

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「すみません、お邪魔しました」
「いいやこっちこそ悪かったね。もっとお喋りしたかっただろうに」
「いえ、俺は別に」
「ははっ、そうか」
 通信を切ってこの店の店主に軽く頭を下げる。丁度狩りから戻ってきて湯を浴びてすっきりした直後、何やら連絡が来ていると伝言が来た。特に身に覚えがなく首を傾げながら村にある食堂に向かえば、そこの店主から苦笑気味で「息子が代わってほしいって」と言われまだ疑問があったものの代わっておいた。
 そしたら首都に行ったかとか女性に声をかけられてないかとか、よくわからんことをつらつらと言われこれのためだけに連絡してきたのかと呆れのほうが勝った。こういう時って緊急性があるから連絡してくるもんじゃないのか。
 取りあえず食堂がそろそろ昼食の時間のため連絡は切った。店主と軽く会話を交わしている間に続々と客が入ってくる。
「本当にセオが突然悪いね」
「今度緊急性があったらまた人伝で教えてください」
「そうするよ」
 まったくあの子も困ったもんだ、と言っているわりには顔は心なしか嬉しそうだ。村にいる間はそれこそ「いい子」でいたんだろう。ほんの小さな我儘でも嬉しいと言わんばかりの二人の様子に、あいつは本当に愛され気質だなと食堂を出た。
 会話をしている間何やら失礼なことを言われたような気もするが、まぁ声的には元気だったから訓練はしっかりとこなしているんだろう。一度首都に戻らなければならないと言ってきた日、早くて三ヶ月で戻れますのでと言っていたがすでにその三ヶ月経っている。
 ま、そういうもんなんだろうなと正直気にしてない。三ヶ月で戻ってこれないが鍛錬しているということはあいつがちゃんと騎士になった証なんだろう。励めよ、と内心こぼし帰路に着く。俺もこのあと選別やら何やらまだ作業が残っている。
 家に戻ると俺が出ている間に父さんは肉を配りにいったのか、姿がない。なるほど、と一人納得して作業へ向かう。選別している間にそのうち帰って来るだろう。
 そう黙々と作業しているといつの間にか日が傾き、家の中から母さんが声をかけてきた。どうやら父さんが帰って来たようだ。呼んでくれた母さんに礼を言いつつ汚れた手を水桶で洗う。さて、どうなることやら。

 今まで首都には何度か足を運んでいる。それこそ成人する前は父さんと一緒に商品を卸しに来ていた。恐らくその後一人で来れるようにと経験させていたんだろう。特に難しいことはなく一人で卸しに来るのはわりと早かった。
 そういうのをセオは丸っと知らなかったため、あの連絡だったんだろう。なんというか、村を出てから随分と元気になったなという印象だ。少し気弱な性格が騎士になって前に出れるようになった、と言えばいいのか。まぁ悪い変化ではない……と思う。よくわからんが。
 荷物を持ってドアを開けると同時に呼び鈴が鳴り、店主の顔がパッと上がる。そして俺の姿を確認した途端表情も明るくなった。
「今日はリクトが来たのか」
「ああ、これを頼む」
「いつもおたくの商品は質がいいから助かるよ」
 持っていた荷物をカウンターに置くと店主のニヤケ顔が収まらなくなる。さっき言っていた通り俺たちが持ってくる材料のおかげで相当稼げているんだろう。こっちもどんどん売値を上げてもらっているから助かってはいる。
「しかしおたくの父親もそうだが、リクトとなるとその辺りの女性陣が黙っちゃいねぇだろう」
「生憎俺は村でも遠巻きにされてる」
「ははは! 初心なお嬢ちゃんたちは色男にそう声をかけらんねぇか! ただ首都の嬢ちゃんたちはある意味で獲物を狙ってる獣だからな。精々気を付けな」
 とはいってもおたくが力負けするとは思えないがねぇ! と愉快に笑っている店主に密かに表情を歪める。村と首都じゃ確かに女の性格にも違いが出るだろうが――村の女たちはどこかおっとりしている――わざわざ獣臭そうな人間に声をかける身綺麗な女がいるか。
 店主から売上を受け取り店を出る。正直今回のメインはこれじゃない。これからが少し面倒だなと息を吐きつつ、目当ての場所に足を向ける。
 今まで用がなかったから近寄りもしなかったため、どういうものかのかまったくわからない。だが用がある人間に対しての受付はあるようだ。そこにいる人間とやり取りをし待っていてくれとの言葉に大人しく従う。
 流石に無断で中に入れないようにはしているよな、と思いつつ入口で待っているとしばらくして奥のほうからバタバタと騒がしい音が聞こえてきた。姿は見えないがなんとなくこいつだろうなと思いつつ視線を向ける。
 次第に足音と共に息遣いも聞こえてきた。普段森にいるおかげか視力もかなり鍛えられている。この距離になれば相手の顔もはっきり見えてきた。向こうも向こうで俺ほどまでとは言わないが流石に見えたようで、視線が合った瞬間目が見開かれる。
「えっ⁈ ほ、本当に⁈」
 咄嗟に出た言葉だったのか、随分とでかく出た声に急いで手で口を塞いでいた。こっちはそんなに驚くほどかと内心呆れつつ、相手が目の前に来るのを待つ。
「本当にリクトさん⁈」
「お前には別の誰かに見えるのかよ」
「い、いいえ! そ、そんな、まさか首都で会えるとは思ってなくて。あ、あのもしかして、会いに来てくれたんですか……?」
「ついでにな」
 首都に行ったと言った時、明らかに不貞腐れていた声色だった。多分首都に来たのなら顔でも見せに来いよとでも思ったのかもしれない。
 だから次は父さんの番だっていうのに順番を代わってもらって、こうして俺が来て顔を見せに来たというわけだ。軽く肩を竦めれば目を丸めていた顔が少しずつ赤くなり、表情がふにゃりと破顔する。その顔を他人が見たら悲鳴上げて倒れそうだな、とふと受付の人間を見てみると顔が若干赤くなっており急いでサッと視線を逸らしていた。相変わらず顔面が強い奴だと感心してしまう。
「リクトさん、まだ時間ありますか?」
「ああ」
「そ、それでしたら、俺の部屋に来ます? とはいっても二人部屋ですけど」
 ふと視線を外すとセオの後ろにこの間やらかした新人がやってきていた。目が合うと「ども」と声と共に軽く会釈される。あのあと隊長にこっ酷く叱られたのか、あの時の威勢が嘘のように静かになっている。
 いや、隊長よりもガチギレしたセオに何か言われたのかもしれない。惚れてる人間にキレられたら流石に大人しくなるか。
「セオ、俺ちょっと買い出しに行ってくるわ。ついでにお前のも買ってくるよ」
「え? そ、そう? ならお願いしようかな」
 そうして二人で必要なものをあれやこれやと言い、セオのお使いもしっかりと覚えたやらかし新人……確かライリーだったか。ライリーはもう一度俺に会釈して騎士の寮を出ていった。
「こっちです、リクトさん」
「立ち入っていいのか?」
「はい、所属している騎士同伴なら問題ありません」
 そういうもんなのか、と一度軽く受付に視線を走らせてみたが特に気にしている様子もなかった――とはいえ流石に「セオの客人」としては気にしているようだったが――ため、気にすることなくセオのあとに続いた。
 騎士の人数なんて性格に把握していない。だが各地に屯所があり首都を守っている騎士もいるため、それなりのものだろう。あの森を俺と父さん二人で管理しているがもしかして人手不足か? と思わないわけでもないが、二人でも十分事足りているため特に問題もない。
 いくつもある階数と部屋の数に視線を向けることなくただセオの後ろをついていく。しばらく歩いているとセオが立ち止まり「ここです」とドアを示した。
「必要最低限の物しか揃ってないのでそこまで部屋が広いってわけじゃないですけど……」
「村のものと比べると立派だけどな」
「ま、まぁそうですね」
 資材に差があるため部屋の作りにも差が出てしまってもしょうがない。セオは広くはないと言っていたが二人部屋にしても十分の広さだった。それぞれ家具が二つ、テーブルは中央に一つに椅子が左右に一つずつ。騎士の寮にも関わらず清潔感があり流石は首都だと促されるがまま椅子に座る。
「リクトさんに会えるなんて嬉しいです」
「三ヶ月で戻って来るって豪語してたけどな」
「くっ……そこは俺も悔しいところです」
 どうやら当人的には本当に三ヶ月で戻って来る予定だったようだ。ま、うまくいかない時もあるさとセオが淹れたお茶に口をつける。
 それからセオはこの四ヶ月の間何があったかを知らせてきた。大体いつも騎士の訓練で特に遊びに行くこともないらしい。ストレスが溜まらないかと思ったが村に帰れないのがストレスなのだとはっきり口にした。それでいいのか騎士様は。
 俺のほうというと特に変化はない。いつも通り父さんと一緒に森で狩りをしているだけ。特に魔獣の異変とかもなし、村が盗賊に襲われたとかそういう話もなし。平和はもんだと告げればセオはホッと息を吐き出した。
 しかしこいつの淹れる茶は美味い。流石は食堂の息子。淹れてくれたお茶にそんな感想を覚えつつ飲んでいると、何やらセオがひっそりと隣にやってきた。ひっそりやってきたところで森で感覚を鍛えられている俺が気付かないわけがないんだが。
 なんだとカップをテーブルに置き視線を向けると、何やらまたモジモジとしている。ああ、また何か言いたいんだなとこっちから特に言い出すことなく向こうから言い出すのを待ってみる。やがて意を決したのか、セオが口を開いた。
「……リクトさん」
「なんだ」
「……キス、してもいいですか?」
 前はただ手を触るだけだったが、どうやらそこに踏み込むらしい。
「もちろんリクトさんが嫌だと言ったらしません。無理強いはしたくないから」
「いいと言ったら?」
「……したいです」
「んじゃしてみるか?」
 少し首を傾げるとセオの息を呑む音が聞こえた。そんな年頃の男子でもあるまいし。そこまで緊張するなよと言いたくなったが、向こうはあからさまに緊張した面持ちで悪いが少しだけ笑ってしまった。
 少し待っているとセオがそっとまぶたを閉じた。綺麗な顔だがまつ毛も長いんだなと感心しているとゆっくりと顔が迫ってき、ふわっとした触感が唇に当たる。
 セオが距離を置き、視線を向けてみると顔が真っ赤に染まっている。そんな、あんなお子様がやるようなキスでそこまで真っ赤になるか。再会した時はそれ以上に恥ずかしいことをしたわけだが。こいつの標準がいまいちわからんと内心首を傾げつつも。
 真っ赤になっているところ悪いが、初心すぎるセオの反応に大丈夫かと苦笑をもらしつつ。テーブルに置かれている手の甲を指で撫でてみるとまた更に赤く染まるものだから、楽しんでしまって悪いと内心詫びつつしばらく楽しんでいた。
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