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時間ができたら顔を出す、とか確かに言ってたけど。
「来すぎじゃねぇか」
「そんなことないですよ」
ひと月に一度ぐらいかと思いきや、週に一度顔を出してくる。屯所が近いとはいえ流石に来すぎだ。こっちも週一で来られてもその時の狩りの度合いで相手できない時もある。
「そもそもちゃんと休んでんのか」
「休んでます。寧ろリクトさんに会ったほうが元気になります」
「お前大丈夫か」
主に頭のほうが、と付け加えないでおく。騎士だって身体を酷使する仕事なわけだから、休みの日ぐらいゆっくりしていたほうがいいに決まってる。だから身体を休めろと言ったところで「休まってます」と笑顔で返ってくる。そういうやり取りをしたものだから頭大丈夫かという考えが頭を過ってしまったわけだが。
まぁ、当人が大丈夫というのならば大丈夫だろう。と思うことにした。流石に自己管理を怠るような騎士ではないはずだと思うしかない。
それにしてもこいつは村に来ては特に家に帰るわけでもなく、本当に俺に対して顔を出しているだけだ。家の近くにある茂みの向こうから現れて「こんにちは」と爽やかに挨拶したかと思えば、何かをしてくるわけでもなく軽くお喋りをするだけ。邪魔しないのは本当にありがたいというか、その辺りはしっかりと弁えているんだろう。
「……楽しいのか?」
「はい楽しいです!」
間髪を入れずに返ってきた言葉にはもう、何も言うまい。好きにさせておこうと作業中はほぼ放置だ。
前は気になっていた横から突き刺さる視線も今ではもう慣れてしまった。たまたま目が合うと満面の笑みが向けられる。なんかすげぇな、と思うのと同時にこうして俺の隣にいて平然としているのは幼馴染ぐらいだから不思議な感覚ではあった。
鬱陶しいと思うこともなく、気持ち悪いという感覚もない。まぁマイナス面がないというのはこれから先大事なことになってくるんだろう。
「リクトさんの好きなものってなんですか?」
「魔獣の肉」
「美味しいですよね。すごくジューシーで。リクトさんたちが捌くお肉は特に臭みもなくて食べやすいです」
「そうだろ」
なんだかステラとアルフィー以外で喋っているんだなとしみじみしてしまう。それに気付いたのかまた隣からジッと視線が向かう。
「お前よく俺のこと好きになったな」
ふとそんな考えと共に、馬鹿正直に口にも出していた。俺の言葉に一瞬目を丸くしたセオはしばらく固まり小さく「えっ」とこぼす。
「俺は子どもの頃から父さんの手伝いをしてたからか、まぁ獣臭かったんだよ。だから同年代には遠巻きにされてた。まともに会話するのってステラとアルフィーだけだったし」
しかもセオと初めて目が合った時は逃げれるわ、それも丁度失恋した時だったから年齢的なものもあってショックを受けたもんだ。その逃げていた相手が何をどうして俺のことを好きになったのか謎すぎる。
手元に視線を向けていたが何やら目端にバタバタと動く何かが映る。なんだと思ったらセオが謎に手をバタバタ動かしていた。
「えっと、あの、気付いてなかったんですか⁈」
「何がだ」
「そ、そうですよね、みんな見ているだけだったから……あのですね、別にみんなリクトさんのことが嫌いだったわけじゃないです」
でも獣臭さはあっただろと眉間に皺を寄せるとセオは尚更焦っていつも以上に口調が早くなっていった。
「違います逆です逆! リクトさんは同年代に比べて大人びていたんです! だからみんな緊張して、話しかけたくても話しかけられない状態だったんです! 俺もその一人だったからよくわかります!」
「お前真っ先に逃げてったもんな」
「そ、それは……! あ、あの、またあとで説明します、はい……」
セオが嘘を言っているわけじゃないだろうが、素直に信じられるかと言われるとそうでもない。多少歪んだ性格になってしまったことに自覚がある。
別に話しかけてもいいだろ、同年代だし。逆に言うと俺も話しかけてよかっただろという感じではあるけれど、やっぱり獣臭さが気になったしこっちから話しかけたことはあったが揃って逃げる感じでそそくさと立ち去っていた。それを見たらまぁ、そういうことだろと思ってしまう。
「……正直、三年ぶりにリクトさんと再会して恋人がいたらどうしようと思っていたんですが……でも村のみんなが遠慮がちでよかったです」
照れつつはにかみつつそんなことを言っているが、なんだか凄いことを言ったような気がしないわけでもない。俺はステラ以降確かに誰かに惚れたことはなかったし、セオのように告白しに来た人間もいなかった。こいつはそれをよかったと言ったようなもんだ。なんかちょっと腹立つ。
あと、もしかしたらこいつ実は重かったりする……?
取りあえず頬に伸ばしてみると、顔を赤くしつつそれでも受け入れるかのようにジッとしている。思い通りにさせるかと頬を抓って軽く引っ張った。当人的には「痛い」と言ってるんだろうが構いやしない。
「リクトひゃん……」
「よく伸びるな」
「ゔっ……はぁはぁ」
何に反応したかわからん突然興奮するな。こいつはそういう気質があるんだろうか。思わずパッと手を離すと赤くなっている頬を擦りつつ、若干潤んだ目で見上げてくる。なるほど、こいつを囲ってた奴らはこういうところに庇護欲を掻き立てられたのか。俺はまったくそんな感情にはならなかったが。
「リクトさん、あの」
「何やってんだテメェ!」
「は?」
「えっ」
突然聞こえてきた声に思いっきり表情を歪めた。セオのほうも声のほうに視線を向け驚いたような表情になってる。そして声の主はというと俺たちの反応お構いなしにズカズカと近寄ってくる。
「お前だろセオを誑かしてんのは!」
「……ライリー、君謹慎明けなのにこんなとこで何やってんの?」
「お前が浮足立ってどっか行ったらあとをつけたんだよ。こいつだろ、セオが好きな相手は。こいつのために騎士になったんだろ」
「突然なんだよ」
さっきまで楽しげだった声が低くなってセオの口から出ている。ああ、こいつちゃんと騎士になったんだなと変なところで確認してしまった。
ガサガサと垣根を掻き分けてやってきたこいつに何か見覚えがあるなと視線を向ける。
「ああ、槍が刺さって抜けなかった奴か」
「っ……!」
森の中であんな長物の槍を振り回すなんて、寧ろ魔獣に攻撃してくださいと言わんばかりだ。案の定振り回して木に突き刺さって抜けないところを目撃した。
「あの時槍を勝手に使って悪かったな。丁度いいところにあったもんだから」
投げて魔獣の動きを封じ込めるには丁度よかった。勝手に使ったことを詫びれば向こうは険しいまま顔を真っ赤にさせた。別にわざと恥をかかせようと思ったわけじゃないんだが。
「何が、狩人だよ……調子に乗ってんじゃねぇよ! 狩人なんかより騎士のほうがずっと強いに決まってんだろ! たまたま、状況が悪かっただけ! テメェらみたいに獣臭ぇ奴に俺が劣ってるわけがない! わかったらセオから離れろよこの野蛮人!」
ああ、なるほど新人。これは隊長が頭を下げざるを得ないなと納得した。これを指導するのは骨が折れるだろう。森のことを知らないからこそ出てくる言葉の数々に、無知ってのもある意味大変だなと小さく息を吐き出す。俺が子どもの頃そんなこと言ってたらきっと森に置き去りにされて生還できてない。
村の人間に遠巻きされていたのもある意味優しさではあったなとすら思ってしまう。遠巻きにしていても、こうして言いたい放題ということは決してなかった。まぁ魔獣を狩って分けられていた肉は美味しいだろうから、思っていただけで口に出せなかっただけかもしれないが。
「セオ、こんな人間お前に相応しくない! 目を覚ま――」
「いい加減にしろよ」
「っ⁈ セ、セオ?」
向こうは俺に指差して怒鳴っていたわけだが、セオはズンズンと相手に近付いたかと思うと伸ばされていた指を思い切り掴んだ。ミシミシという音がこっちまで聞こえてきた、ということは一切の容赦がないことだ。
「勝手な憶測で、俺の大切な人を罵倒するな!」
「セオっ、お前っ」
「あの人の視界にも入るなッ‼」
言うが早いかセオは相手の胸倉を掴んだかと思うと、その身体を地面の上に叩き伏せた。お前、少なからず自分の同僚だろうが、という言葉は小さく俺の口からこぼれた。仲間内で喧嘩するなよと。
あと、村にいた時はいつも周りから可愛がられていたから怒ったところなど一度も見たことがなかった。ちゃんと怒ることもできるんだなと感心もした。三年前だったらきっと周りに言われるがままでヘラヘラしていたかもしれない。
とか思っている間にセオは相手に跨り握り拳を作って今にでも振り下ろそうとしている。向こうも向こうでまさかセオがそんな行動を取ってくるとは思っていなかったのか、騎士だっていうのに唖然としてされるがままだ。流石に騎士同士のいざこざはやめろと大股でセオに近寄る。
「調子に乗っているのはお前のほうだろ! 昨日も何度も隊長は呼び止めたのに一切命令を聞かなかった! お前の身勝手さで下手したら隊は全滅していた! それを助けてくれたのは狩人であるリクトさんたちなのに、その言い分は何だ!」
「セ、セオ……」
「リクトさんに謝れッ!」
「落ち着けって」
怒れるんだな、と感心したものの何も人の予想を遥かに上回れとまでは言ってない。同僚を殴ろうと振り下ろされそうになっていた手を止めれば、物凄い勢いで振り向かれた。怒っていた顔が途端にくしゃりと歪む。
「手を緩めろ。そいつ窒息するぞ」
「でも……」
「いいから。隊長に怒られるのはお前だぞ」
「……はい」
半泣きで渋々胸倉を掴んでいた手の力を緩め、ゆっくりと相手の上から立ち退く。
「気にすんなよ」
「気にします。好きな人をあんなに悪く言われたら、誰だって怒ります。俺だって……」
「そいつはな、お前が俺のこと好きなのが気に入らねぇだけだ。そいつがお前に惚れてるから」
「っ、お前勝手にッ」
指摘してやれば咽ながら立ち上がろうとしていたそいつが顔を真っ赤にして反論してくる。反してセオはキョトンとした顔で相手の顔を見て、そして俺に視線を戻してきた。
「周りに大切にされてきたからその手には疎いな」
「リ、リクトさんだって、疎いじゃないですか……」
「お前ほどでも」
流石に俺はあの思春期にしっかりとステラに惚れていることに自分で気付いたし、そのステラが誰に惚れていたかもすぐに察した。こいつが告白してきた時だってそういう意味でだってことにも気付いた。だから疎いというわけでもない。
俺の裾を引っ張ってきたセオは伏せ目がちに視線を向けてきたが、別に叱りはしないと軽く背中を叩いてやる。目の前から歯軋りが聞こえてきたけど気付かなかったフリをしてやろう。
「……ライリー、今日のところは屯所に戻って。後日ちゃんとリクトさんに謝罪して。そうでなければ俺は隊長に報告する」
「っ、セオ、俺は……!」
「ごめん、今は話したくない」
拒絶されたのが堪えたのか、向こうも向こうで若干涙目になりつつ掻き分けてきた垣根から戻っていく。正直それについては二人で話し合ってもらいたい。人のいざこざもとい恋愛事には巻き込まれたくない。
「……すみませんでした、不快な思いをさせてしまって」
「いや腹立つ前にお前のほうがすっげぇ怒ってたし」
「だって、カッとして」
再会して、随分立派になったとは思っていたが。こういうところはやっぱり年下なんだなと思ってしまった。恐らくさっきの騎士もセオとそう大して歳は変わらないんだろう。だからといって感情のまま突っ走るのはどうかと思うが。
まだちょっと子どもっぽい、と小さく笑えば今度は唇を尖らせて不貞腐れた。そういうところがまだ子どもっぽいなとまた笑ってしまった。
「来すぎじゃねぇか」
「そんなことないですよ」
ひと月に一度ぐらいかと思いきや、週に一度顔を出してくる。屯所が近いとはいえ流石に来すぎだ。こっちも週一で来られてもその時の狩りの度合いで相手できない時もある。
「そもそもちゃんと休んでんのか」
「休んでます。寧ろリクトさんに会ったほうが元気になります」
「お前大丈夫か」
主に頭のほうが、と付け加えないでおく。騎士だって身体を酷使する仕事なわけだから、休みの日ぐらいゆっくりしていたほうがいいに決まってる。だから身体を休めろと言ったところで「休まってます」と笑顔で返ってくる。そういうやり取りをしたものだから頭大丈夫かという考えが頭を過ってしまったわけだが。
まぁ、当人が大丈夫というのならば大丈夫だろう。と思うことにした。流石に自己管理を怠るような騎士ではないはずだと思うしかない。
それにしてもこいつは村に来ては特に家に帰るわけでもなく、本当に俺に対して顔を出しているだけだ。家の近くにある茂みの向こうから現れて「こんにちは」と爽やかに挨拶したかと思えば、何かをしてくるわけでもなく軽くお喋りをするだけ。邪魔しないのは本当にありがたいというか、その辺りはしっかりと弁えているんだろう。
「……楽しいのか?」
「はい楽しいです!」
間髪を入れずに返ってきた言葉にはもう、何も言うまい。好きにさせておこうと作業中はほぼ放置だ。
前は気になっていた横から突き刺さる視線も今ではもう慣れてしまった。たまたま目が合うと満面の笑みが向けられる。なんかすげぇな、と思うのと同時にこうして俺の隣にいて平然としているのは幼馴染ぐらいだから不思議な感覚ではあった。
鬱陶しいと思うこともなく、気持ち悪いという感覚もない。まぁマイナス面がないというのはこれから先大事なことになってくるんだろう。
「リクトさんの好きなものってなんですか?」
「魔獣の肉」
「美味しいですよね。すごくジューシーで。リクトさんたちが捌くお肉は特に臭みもなくて食べやすいです」
「そうだろ」
なんだかステラとアルフィー以外で喋っているんだなとしみじみしてしまう。それに気付いたのかまた隣からジッと視線が向かう。
「お前よく俺のこと好きになったな」
ふとそんな考えと共に、馬鹿正直に口にも出していた。俺の言葉に一瞬目を丸くしたセオはしばらく固まり小さく「えっ」とこぼす。
「俺は子どもの頃から父さんの手伝いをしてたからか、まぁ獣臭かったんだよ。だから同年代には遠巻きにされてた。まともに会話するのってステラとアルフィーだけだったし」
しかもセオと初めて目が合った時は逃げれるわ、それも丁度失恋した時だったから年齢的なものもあってショックを受けたもんだ。その逃げていた相手が何をどうして俺のことを好きになったのか謎すぎる。
手元に視線を向けていたが何やら目端にバタバタと動く何かが映る。なんだと思ったらセオが謎に手をバタバタ動かしていた。
「えっと、あの、気付いてなかったんですか⁈」
「何がだ」
「そ、そうですよね、みんな見ているだけだったから……あのですね、別にみんなリクトさんのことが嫌いだったわけじゃないです」
でも獣臭さはあっただろと眉間に皺を寄せるとセオは尚更焦っていつも以上に口調が早くなっていった。
「違います逆です逆! リクトさんは同年代に比べて大人びていたんです! だからみんな緊張して、話しかけたくても話しかけられない状態だったんです! 俺もその一人だったからよくわかります!」
「お前真っ先に逃げてったもんな」
「そ、それは……! あ、あの、またあとで説明します、はい……」
セオが嘘を言っているわけじゃないだろうが、素直に信じられるかと言われるとそうでもない。多少歪んだ性格になってしまったことに自覚がある。
別に話しかけてもいいだろ、同年代だし。逆に言うと俺も話しかけてよかっただろという感じではあるけれど、やっぱり獣臭さが気になったしこっちから話しかけたことはあったが揃って逃げる感じでそそくさと立ち去っていた。それを見たらまぁ、そういうことだろと思ってしまう。
「……正直、三年ぶりにリクトさんと再会して恋人がいたらどうしようと思っていたんですが……でも村のみんなが遠慮がちでよかったです」
照れつつはにかみつつそんなことを言っているが、なんだか凄いことを言ったような気がしないわけでもない。俺はステラ以降確かに誰かに惚れたことはなかったし、セオのように告白しに来た人間もいなかった。こいつはそれをよかったと言ったようなもんだ。なんかちょっと腹立つ。
あと、もしかしたらこいつ実は重かったりする……?
取りあえず頬に伸ばしてみると、顔を赤くしつつそれでも受け入れるかのようにジッとしている。思い通りにさせるかと頬を抓って軽く引っ張った。当人的には「痛い」と言ってるんだろうが構いやしない。
「リクトひゃん……」
「よく伸びるな」
「ゔっ……はぁはぁ」
何に反応したかわからん突然興奮するな。こいつはそういう気質があるんだろうか。思わずパッと手を離すと赤くなっている頬を擦りつつ、若干潤んだ目で見上げてくる。なるほど、こいつを囲ってた奴らはこういうところに庇護欲を掻き立てられたのか。俺はまったくそんな感情にはならなかったが。
「リクトさん、あの」
「何やってんだテメェ!」
「は?」
「えっ」
突然聞こえてきた声に思いっきり表情を歪めた。セオのほうも声のほうに視線を向け驚いたような表情になってる。そして声の主はというと俺たちの反応お構いなしにズカズカと近寄ってくる。
「お前だろセオを誑かしてんのは!」
「……ライリー、君謹慎明けなのにこんなとこで何やってんの?」
「お前が浮足立ってどっか行ったらあとをつけたんだよ。こいつだろ、セオが好きな相手は。こいつのために騎士になったんだろ」
「突然なんだよ」
さっきまで楽しげだった声が低くなってセオの口から出ている。ああ、こいつちゃんと騎士になったんだなと変なところで確認してしまった。
ガサガサと垣根を掻き分けてやってきたこいつに何か見覚えがあるなと視線を向ける。
「ああ、槍が刺さって抜けなかった奴か」
「っ……!」
森の中であんな長物の槍を振り回すなんて、寧ろ魔獣に攻撃してくださいと言わんばかりだ。案の定振り回して木に突き刺さって抜けないところを目撃した。
「あの時槍を勝手に使って悪かったな。丁度いいところにあったもんだから」
投げて魔獣の動きを封じ込めるには丁度よかった。勝手に使ったことを詫びれば向こうは険しいまま顔を真っ赤にさせた。別にわざと恥をかかせようと思ったわけじゃないんだが。
「何が、狩人だよ……調子に乗ってんじゃねぇよ! 狩人なんかより騎士のほうがずっと強いに決まってんだろ! たまたま、状況が悪かっただけ! テメェらみたいに獣臭ぇ奴に俺が劣ってるわけがない! わかったらセオから離れろよこの野蛮人!」
ああ、なるほど新人。これは隊長が頭を下げざるを得ないなと納得した。これを指導するのは骨が折れるだろう。森のことを知らないからこそ出てくる言葉の数々に、無知ってのもある意味大変だなと小さく息を吐き出す。俺が子どもの頃そんなこと言ってたらきっと森に置き去りにされて生還できてない。
村の人間に遠巻きされていたのもある意味優しさではあったなとすら思ってしまう。遠巻きにしていても、こうして言いたい放題ということは決してなかった。まぁ魔獣を狩って分けられていた肉は美味しいだろうから、思っていただけで口に出せなかっただけかもしれないが。
「セオ、こんな人間お前に相応しくない! 目を覚ま――」
「いい加減にしろよ」
「っ⁈ セ、セオ?」
向こうは俺に指差して怒鳴っていたわけだが、セオはズンズンと相手に近付いたかと思うと伸ばされていた指を思い切り掴んだ。ミシミシという音がこっちまで聞こえてきた、ということは一切の容赦がないことだ。
「勝手な憶測で、俺の大切な人を罵倒するな!」
「セオっ、お前っ」
「あの人の視界にも入るなッ‼」
言うが早いかセオは相手の胸倉を掴んだかと思うと、その身体を地面の上に叩き伏せた。お前、少なからず自分の同僚だろうが、という言葉は小さく俺の口からこぼれた。仲間内で喧嘩するなよと。
あと、村にいた時はいつも周りから可愛がられていたから怒ったところなど一度も見たことがなかった。ちゃんと怒ることもできるんだなと感心もした。三年前だったらきっと周りに言われるがままでヘラヘラしていたかもしれない。
とか思っている間にセオは相手に跨り握り拳を作って今にでも振り下ろそうとしている。向こうも向こうでまさかセオがそんな行動を取ってくるとは思っていなかったのか、騎士だっていうのに唖然としてされるがままだ。流石に騎士同士のいざこざはやめろと大股でセオに近寄る。
「調子に乗っているのはお前のほうだろ! 昨日も何度も隊長は呼び止めたのに一切命令を聞かなかった! お前の身勝手さで下手したら隊は全滅していた! それを助けてくれたのは狩人であるリクトさんたちなのに、その言い分は何だ!」
「セ、セオ……」
「リクトさんに謝れッ!」
「落ち着けって」
怒れるんだな、と感心したものの何も人の予想を遥かに上回れとまでは言ってない。同僚を殴ろうと振り下ろされそうになっていた手を止めれば、物凄い勢いで振り向かれた。怒っていた顔が途端にくしゃりと歪む。
「手を緩めろ。そいつ窒息するぞ」
「でも……」
「いいから。隊長に怒られるのはお前だぞ」
「……はい」
半泣きで渋々胸倉を掴んでいた手の力を緩め、ゆっくりと相手の上から立ち退く。
「気にすんなよ」
「気にします。好きな人をあんなに悪く言われたら、誰だって怒ります。俺だって……」
「そいつはな、お前が俺のこと好きなのが気に入らねぇだけだ。そいつがお前に惚れてるから」
「っ、お前勝手にッ」
指摘してやれば咽ながら立ち上がろうとしていたそいつが顔を真っ赤にして反論してくる。反してセオはキョトンとした顔で相手の顔を見て、そして俺に視線を戻してきた。
「周りに大切にされてきたからその手には疎いな」
「リ、リクトさんだって、疎いじゃないですか……」
「お前ほどでも」
流石に俺はあの思春期にしっかりとステラに惚れていることに自分で気付いたし、そのステラが誰に惚れていたかもすぐに察した。こいつが告白してきた時だってそういう意味でだってことにも気付いた。だから疎いというわけでもない。
俺の裾を引っ張ってきたセオは伏せ目がちに視線を向けてきたが、別に叱りはしないと軽く背中を叩いてやる。目の前から歯軋りが聞こえてきたけど気付かなかったフリをしてやろう。
「……ライリー、今日のところは屯所に戻って。後日ちゃんとリクトさんに謝罪して。そうでなければ俺は隊長に報告する」
「っ、セオ、俺は……!」
「ごめん、今は話したくない」
拒絶されたのが堪えたのか、向こうも向こうで若干涙目になりつつ掻き分けてきた垣根から戻っていく。正直それについては二人で話し合ってもらいたい。人のいざこざもとい恋愛事には巻き込まれたくない。
「……すみませんでした、不快な思いをさせてしまって」
「いや腹立つ前にお前のほうがすっげぇ怒ってたし」
「だって、カッとして」
再会して、随分立派になったとは思っていたが。こういうところはやっぱり年下なんだなと思ってしまった。恐らくさっきの騎士もセオとそう大して歳は変わらないんだろう。だからといって感情のまま突っ走るのはどうかと思うが。
まだちょっと子どもっぽい、と小さく笑えば今度は唇を尖らせて不貞腐れた。そういうところがまだ子どもっぽいなとまた笑ってしまった。
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