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あの日のこと
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取りあえず手に付いたそれと、地面に放たれたそれを湯で洗い流す。俺のあとに父さんが使うから一応の証拠隠滅。湯船が外にあるため臭いが籠もることがないのが幸いか。
さっきまで使っていたタオルで手を拭き、まだ呆然としているそいつに投げ渡す。
「俺が使ったやつで悪いがこれで拭け」
「……あ……は、はい」
自分の膝に掛かったタオルを手に取ったそいつは諸々と拭き取ったあと、やっとブツを服の中に収めた。近付いた俺はタオルを受け取りこっちも念の為に洗い流してしっかりと絞る。これを洗ってくれるのは母さんだ、勘付かれると説明が面倒になる。
「取りあえず中に入るか」
「あ、はい」
こいつを呼ぶ声はまだこの家の近くまで来ていない。何が何やらだが一応家の中に入れてやることにした。
中に入ると母さんがパタパタと動いており、湯船から戻ってきた俺に視線を向けそしてすぐに俺の後ろに立っている人物にも向けて軽く目を見開いた。
「あらセオ、リクトと一緒にいたの?」
「えっと……」
「ついさっき丁度鉢合わせして中に入れた」
「まぁそうなのね」
諸々を省略したが、母さんはそれで納得した。多分家に入る一歩手前で会ったものだと思っているし、そう思ってくれたほうがこいつの名誉のためだ。
「そうそう、リクト。お昼にアルフィーが来たのよ。セオが帰ってきたから夜にお祝いしようって若い子たちが言ってたみたい。リクトもどうかって」
「あー……」
「とは言ってもそのお祝いのためのお肉をリクトに届けてもらおうと思っていたからあなたは行かなきゃいけないけどね。参加してきたら? そういうの滅多に参加しないでしょあなた」
「そうだな、アルフィーが言ってきたんなら一応顔出すか……」
成人しても幼馴染二人以外の村の同年代とは相変わらずの距離だ。もうこれは縮まることなと半ば諦めている。とはいえ、流石にそこそこ人間関係を築いておかないといけないため、軽く会話ぐらいはするようにはなっている。
まぁ、俺が積極的にというか向こうが気遣って話しかけてくれている、という状況だと思う。
アルフィーがわざわざ知らせに来てくれたということは、アルフィーなりの気遣いなんだろう。そもそも母さんが言っていた通り肉は届けなきゃならないようだし。
「はい、これお願いね。セオも一緒に行ったらどう? みんな探してたわよ」
「そうですね、そうします」
「二人ともいってらっしゃい」
母さんから肉を受け取り見送られて家を出た。っていうか夜でよかったかもしれない。これが昼間だったら俺は獣臭くて多分参加しなかった。
空を見上げれば随分と星がよく見えるようになってきた。あちこちに家の明かりが見えるが村の中心部にある広場の明かりは他に比べて大きい。もう集まっているんだろう。
特に喋ることもなく黙々と歩いているとあっという間に広場に辿り着いた。他の奴らがセオに気付き笑顔で手招きしており、セオもそっちに向かって走り出す。俺はというとこっちに気付いたアルフィーに軽く手を上げた。
「よかった、来てくれたんだリクト」
「アルフィーが折角知らせに来てくれたようだしな。あと、これ」
「ああ、ありがとう。みんなーお肉来たよ~!」
アルフィーの声に歳の近い男が駆け寄ってきて肉を受け取った。ついでに俺にも「ありがとな」と礼を告げて。軽く手を上げてそれに応え、そいつが向こうに駆け寄ったのを見送って視線をアルフィーに戻した。
「あいつこっちに戻ってきてたんだな」
「そうみたいだよ。どうやら無事に騎士になることができたんだって。確かに三年前に比べて逞しくなったよね」
「そうだな」
身長は俺よりも低いものの女と並び立ったらそこそこにいい身長差だ。細かった腕も騎士らしく太くなっている。昔は男か女かわからなかった容姿だったが、今は俗に言う美男子とか言うやつだろう。
あっという間に周りを囲まれたセオを眺めつつ、デカめの岩にアルフィーと腰を下ろす。どうやら祝いは先に行われていたらしく、中にはもう酒を飲んで出来上がっている奴もいた。
村一番と言っていいほどの美形が戻ってきた途端こうして盛り上がっているのだから何と言うか。本当に周りに好かれているんだろう。
「そういえばリクト、セオと一緒に来たんだね」
「あ~……あいつ村を散策してたみたいでたまたまうちの近く通ってたみたいなんだ。そこで鉢合わせした」
「そうだったんだ」
鉢合わせしてナニが行われたかだなんて、一応セオの名誉のためにも黙っておこう。嘘は言っていない。本当にあいつ久々村に戻ってきたから散策してたみたいだけど、タイミングが悪くてご愁傷様だったなと勝手に同情した。
主役が来たことによって広場は更に盛り上がりを見せている。こうしてたまに祭りみたいに騒ぐのも必要か。一応村に伝わる神事を執り行うために祭りは行われるものの、一応習わしがあるため羽目を外せるようなものでもない。ま、最終的には上の人たちが飲んだくれてようやく下も飲むことができるみたいな感じにはなっているものの。
だからそういう習わしを一切気にすることなく騒げるこの場は楽しくて仕方がないんだろう。まぁよかったな、と思いつつその場に参加することはしない。村はずれにいるのと今まで遠巻きにされていたことがあってどうも参加する気にもならないし、そのことで寂しさというのも一切感じない。
アルフィーと少し離れた場所で喋っていると、向こうのほうでステラが他の女と喋っているのが見えた。
「どうなんだ、ステラとは」
そう口にするとアルフィーは酒を飲んでいる最中だったのか軽く咽て、落ち着いた頃に照れたようにこっちを見てきた。
「うん、まぁ、悪くはないと思う」
「そうか」
ステラが俺たちに気付いて笑顔で手を振ってきた。俺は軽く手を上げアルフィーは振り返してやっている。うん、悪くないというか寧ろ良好のようだ。
よかったな、ステラ。といつの間にか妹のように感じ始めたステラに対し心の中でそう呟いて、俺も酒を手に取りアルフィーと乾杯した。
「えっと、リクトはどうなんだ?」
「幼馴染として俺を見てきて、いると思ってんのか?」
「いや~、確かにいないみたいだけどさぁ。でもリクトを放っておくかなぁ? って思って。そういや少し前に助手の人と仲良くしてたみたいだけど」
「仲良くしてねぇよただ世間話してただけだ」
童貞狩りをしていたアンナは二年前に年上の男と結婚した。去年子どもも産んでいる。ああいう性癖してたくせに最終的には年上を捕まえてんだから人生何が起こるかわからない。
「そもそも挨拶はするようにはなってもな」
そこから先にまったく進まないんだからそういう相手ができるわけがない。寧ろこっちは人間よりも魔獣との関係が深まっていそうだ。
まぁステラ以来に誰かに惚れることもなかったため、これからもずっとこんな感じなんだろうなぁとは思っている。そこで問題になってくるのは跡継ぎだが、別に実子でなくても弟子でも雇って育てていけばいいから問題ない。
クッと酒を喉に流し込んだと共に、何やら影がかかる。わざわざ傍に来るということはステラだろうかと見上げてみると、予想だにしていない人物だった。
「あの、隣いいですか?」
「僕は向こうに行ってくるからこっちに座るといいよ、セオ」
「ありがとうございます」
二人で話を進め、俺が口を挟む暇もなくアルフィーはさっさと去ってしまった。ただ歩いていっている方向がステラのいる場所だったため野暮なことはできない。
アルフィーが立ったことによって出来たスペースにセオは一言断りを入れ、ちょこんと座ってきた。どうやら逃走はしないらしい。
「騎士になったんだってな」
そう話しかけると一瞬だけ目を丸くし、すぐに破顔する。
「はい。実は村の近くの屯所に配属になりまして、ついでに里帰りをしようかと」
騎士は護衛が仕事だが、各地に屯所があってそこに配属になると周辺の村々の護衛が任務になるそうだ。この近くの屯所となると森で狩人をしている俺たちと鉢合わせする可能性もあり、挨拶に行こうと思っていたらしい。
「なるほどな」
「実は、ずっとリクトさんにお礼を言いたかったんです」
セオが持っているコップの中の酒が減っている様子は見えない。飲めないのか羽目を外さないように敢えて飲まずにいるのか。どっちかはわからないが俺は構うことなく自分のコップの中に入っている酒を喉に流した。
「俺が騎士になりたいと言った時、みんなに反対されたんです。両親は最後は納得してくれたけど実はかなり説得に時間がかかって。家を出るとみんなに心配されて、やめておいたほうがいいって言われて、俺はそんなに気弱に見えるのかなって実はかなりへこんでいたんです」
まぁあの見た目であの細さだったから仕方がない。俺みたいに小さい頃から訓練をしていたわけでもないし、同年代はそんな俺を見ていたからそんな経験をしたことがないセオが尚更心配だったんだろう。
「でも、リクトさんだけは違いました」
コップに落ちていたセオの視線が俺に向かう。顔も整っていて、まつげすらも金色なのかと妙に関心してしまった。
「あなただけが俺の背中を押してくれた。だからどんなに厳しい訓練でも耐えれてこうして騎士になることができたんです。あの時に言ってくれた言葉を忘れたことなんて一日もなかった」
「大袈裟だな」
「そんなことないです。俺にとって、大切な言葉なんです」
確かにあの時周りはゴチャゴチャ言っていて、俺はそっとしといてやれと言ったような気がする。
俺自身が忘れた言葉をそうして大事に覚えているなんざ、律儀というか何と言うか。もう一度大袈裟さだと小さく笑ってコップに口をつけた。
「っ……あの、リクトさん。俺、無事に騎士になったらあなたに伝えようと思っていたことがあって」
「なんだ?」
「……俺、実は――」
一気に騒がしい音が聞こえてセオと同時にその方向に視線を向けた。どうやらいつの間にか力自慢対決をしていたようだ。腕相撲をしている野郎二人に周りが盛り上がって賑やかになっている。
「あいつら楽しそうだな」
「でも村の若者で一番力が強いのって、リクトさんじゃないんですか?」
「どうだろうな」
実際に対決をしたことがないからわからないが、確かに村の若者で一番腕が太いのは俺かもしれない。毎日魔獣を相手にしていれば腕も太くなるし体力もつく。周りもそれをわかっていて敢えて勝負をしてこないのかもしれない。
「あ、あの、リクトさん、それでですね」
さっきの話の続きをしたかったのか、そう切り出したセオに今度は声がかかる。どうやらさっきの二人の対決は終わって今度は騎士になったセオとの勝負をしたいらしい。
俺を見て、そして呼んでいる奴らのほうを見てもう一度俺を見る。まるで小動物のような動きに内心苦笑してしまう。
「行ってこい。次また会う時があるだろ」
「そう、ですね……それじゃ、行ってきます」
「ああ」
どこか肩を落としている様子にもしかしたら静かな場所に来たかったのかもしれない、と思ったが送り出してしまった以上ご愁傷様と見送るしかない。
ただ少し離れた場所でステラとアルフィーがこっちを見て苦笑をしているのが見え、なんなんだと首を傾げるしかなかった。
さっきまで使っていたタオルで手を拭き、まだ呆然としているそいつに投げ渡す。
「俺が使ったやつで悪いがこれで拭け」
「……あ……は、はい」
自分の膝に掛かったタオルを手に取ったそいつは諸々と拭き取ったあと、やっとブツを服の中に収めた。近付いた俺はタオルを受け取りこっちも念の為に洗い流してしっかりと絞る。これを洗ってくれるのは母さんだ、勘付かれると説明が面倒になる。
「取りあえず中に入るか」
「あ、はい」
こいつを呼ぶ声はまだこの家の近くまで来ていない。何が何やらだが一応家の中に入れてやることにした。
中に入ると母さんがパタパタと動いており、湯船から戻ってきた俺に視線を向けそしてすぐに俺の後ろに立っている人物にも向けて軽く目を見開いた。
「あらセオ、リクトと一緒にいたの?」
「えっと……」
「ついさっき丁度鉢合わせして中に入れた」
「まぁそうなのね」
諸々を省略したが、母さんはそれで納得した。多分家に入る一歩手前で会ったものだと思っているし、そう思ってくれたほうがこいつの名誉のためだ。
「そうそう、リクト。お昼にアルフィーが来たのよ。セオが帰ってきたから夜にお祝いしようって若い子たちが言ってたみたい。リクトもどうかって」
「あー……」
「とは言ってもそのお祝いのためのお肉をリクトに届けてもらおうと思っていたからあなたは行かなきゃいけないけどね。参加してきたら? そういうの滅多に参加しないでしょあなた」
「そうだな、アルフィーが言ってきたんなら一応顔出すか……」
成人しても幼馴染二人以外の村の同年代とは相変わらずの距離だ。もうこれは縮まることなと半ば諦めている。とはいえ、流石にそこそこ人間関係を築いておかないといけないため、軽く会話ぐらいはするようにはなっている。
まぁ、俺が積極的にというか向こうが気遣って話しかけてくれている、という状況だと思う。
アルフィーがわざわざ知らせに来てくれたということは、アルフィーなりの気遣いなんだろう。そもそも母さんが言っていた通り肉は届けなきゃならないようだし。
「はい、これお願いね。セオも一緒に行ったらどう? みんな探してたわよ」
「そうですね、そうします」
「二人ともいってらっしゃい」
母さんから肉を受け取り見送られて家を出た。っていうか夜でよかったかもしれない。これが昼間だったら俺は獣臭くて多分参加しなかった。
空を見上げれば随分と星がよく見えるようになってきた。あちこちに家の明かりが見えるが村の中心部にある広場の明かりは他に比べて大きい。もう集まっているんだろう。
特に喋ることもなく黙々と歩いているとあっという間に広場に辿り着いた。他の奴らがセオに気付き笑顔で手招きしており、セオもそっちに向かって走り出す。俺はというとこっちに気付いたアルフィーに軽く手を上げた。
「よかった、来てくれたんだリクト」
「アルフィーが折角知らせに来てくれたようだしな。あと、これ」
「ああ、ありがとう。みんなーお肉来たよ~!」
アルフィーの声に歳の近い男が駆け寄ってきて肉を受け取った。ついでに俺にも「ありがとな」と礼を告げて。軽く手を上げてそれに応え、そいつが向こうに駆け寄ったのを見送って視線をアルフィーに戻した。
「あいつこっちに戻ってきてたんだな」
「そうみたいだよ。どうやら無事に騎士になることができたんだって。確かに三年前に比べて逞しくなったよね」
「そうだな」
身長は俺よりも低いものの女と並び立ったらそこそこにいい身長差だ。細かった腕も騎士らしく太くなっている。昔は男か女かわからなかった容姿だったが、今は俗に言う美男子とか言うやつだろう。
あっという間に周りを囲まれたセオを眺めつつ、デカめの岩にアルフィーと腰を下ろす。どうやら祝いは先に行われていたらしく、中にはもう酒を飲んで出来上がっている奴もいた。
村一番と言っていいほどの美形が戻ってきた途端こうして盛り上がっているのだから何と言うか。本当に周りに好かれているんだろう。
「そういえばリクト、セオと一緒に来たんだね」
「あ~……あいつ村を散策してたみたいでたまたまうちの近く通ってたみたいなんだ。そこで鉢合わせした」
「そうだったんだ」
鉢合わせしてナニが行われたかだなんて、一応セオの名誉のためにも黙っておこう。嘘は言っていない。本当にあいつ久々村に戻ってきたから散策してたみたいだけど、タイミングが悪くてご愁傷様だったなと勝手に同情した。
主役が来たことによって広場は更に盛り上がりを見せている。こうしてたまに祭りみたいに騒ぐのも必要か。一応村に伝わる神事を執り行うために祭りは行われるものの、一応習わしがあるため羽目を外せるようなものでもない。ま、最終的には上の人たちが飲んだくれてようやく下も飲むことができるみたいな感じにはなっているものの。
だからそういう習わしを一切気にすることなく騒げるこの場は楽しくて仕方がないんだろう。まぁよかったな、と思いつつその場に参加することはしない。村はずれにいるのと今まで遠巻きにされていたことがあってどうも参加する気にもならないし、そのことで寂しさというのも一切感じない。
アルフィーと少し離れた場所で喋っていると、向こうのほうでステラが他の女と喋っているのが見えた。
「どうなんだ、ステラとは」
そう口にするとアルフィーは酒を飲んでいる最中だったのか軽く咽て、落ち着いた頃に照れたようにこっちを見てきた。
「うん、まぁ、悪くはないと思う」
「そうか」
ステラが俺たちに気付いて笑顔で手を振ってきた。俺は軽く手を上げアルフィーは振り返してやっている。うん、悪くないというか寧ろ良好のようだ。
よかったな、ステラ。といつの間にか妹のように感じ始めたステラに対し心の中でそう呟いて、俺も酒を手に取りアルフィーと乾杯した。
「えっと、リクトはどうなんだ?」
「幼馴染として俺を見てきて、いると思ってんのか?」
「いや~、確かにいないみたいだけどさぁ。でもリクトを放っておくかなぁ? って思って。そういや少し前に助手の人と仲良くしてたみたいだけど」
「仲良くしてねぇよただ世間話してただけだ」
童貞狩りをしていたアンナは二年前に年上の男と結婚した。去年子どもも産んでいる。ああいう性癖してたくせに最終的には年上を捕まえてんだから人生何が起こるかわからない。
「そもそも挨拶はするようにはなってもな」
そこから先にまったく進まないんだからそういう相手ができるわけがない。寧ろこっちは人間よりも魔獣との関係が深まっていそうだ。
まぁステラ以来に誰かに惚れることもなかったため、これからもずっとこんな感じなんだろうなぁとは思っている。そこで問題になってくるのは跡継ぎだが、別に実子でなくても弟子でも雇って育てていけばいいから問題ない。
クッと酒を喉に流し込んだと共に、何やら影がかかる。わざわざ傍に来るということはステラだろうかと見上げてみると、予想だにしていない人物だった。
「あの、隣いいですか?」
「僕は向こうに行ってくるからこっちに座るといいよ、セオ」
「ありがとうございます」
二人で話を進め、俺が口を挟む暇もなくアルフィーはさっさと去ってしまった。ただ歩いていっている方向がステラのいる場所だったため野暮なことはできない。
アルフィーが立ったことによって出来たスペースにセオは一言断りを入れ、ちょこんと座ってきた。どうやら逃走はしないらしい。
「騎士になったんだってな」
そう話しかけると一瞬だけ目を丸くし、すぐに破顔する。
「はい。実は村の近くの屯所に配属になりまして、ついでに里帰りをしようかと」
騎士は護衛が仕事だが、各地に屯所があってそこに配属になると周辺の村々の護衛が任務になるそうだ。この近くの屯所となると森で狩人をしている俺たちと鉢合わせする可能性もあり、挨拶に行こうと思っていたらしい。
「なるほどな」
「実は、ずっとリクトさんにお礼を言いたかったんです」
セオが持っているコップの中の酒が減っている様子は見えない。飲めないのか羽目を外さないように敢えて飲まずにいるのか。どっちかはわからないが俺は構うことなく自分のコップの中に入っている酒を喉に流した。
「俺が騎士になりたいと言った時、みんなに反対されたんです。両親は最後は納得してくれたけど実はかなり説得に時間がかかって。家を出るとみんなに心配されて、やめておいたほうがいいって言われて、俺はそんなに気弱に見えるのかなって実はかなりへこんでいたんです」
まぁあの見た目であの細さだったから仕方がない。俺みたいに小さい頃から訓練をしていたわけでもないし、同年代はそんな俺を見ていたからそんな経験をしたことがないセオが尚更心配だったんだろう。
「でも、リクトさんだけは違いました」
コップに落ちていたセオの視線が俺に向かう。顔も整っていて、まつげすらも金色なのかと妙に関心してしまった。
「あなただけが俺の背中を押してくれた。だからどんなに厳しい訓練でも耐えれてこうして騎士になることができたんです。あの時に言ってくれた言葉を忘れたことなんて一日もなかった」
「大袈裟だな」
「そんなことないです。俺にとって、大切な言葉なんです」
確かにあの時周りはゴチャゴチャ言っていて、俺はそっとしといてやれと言ったような気がする。
俺自身が忘れた言葉をそうして大事に覚えているなんざ、律儀というか何と言うか。もう一度大袈裟さだと小さく笑ってコップに口をつけた。
「っ……あの、リクトさん。俺、無事に騎士になったらあなたに伝えようと思っていたことがあって」
「なんだ?」
「……俺、実は――」
一気に騒がしい音が聞こえてセオと同時にその方向に視線を向けた。どうやらいつの間にか力自慢対決をしていたようだ。腕相撲をしている野郎二人に周りが盛り上がって賑やかになっている。
「あいつら楽しそうだな」
「でも村の若者で一番力が強いのって、リクトさんじゃないんですか?」
「どうだろうな」
実際に対決をしたことがないからわからないが、確かに村の若者で一番腕が太いのは俺かもしれない。毎日魔獣を相手にしていれば腕も太くなるし体力もつく。周りもそれをわかっていて敢えて勝負をしてこないのかもしれない。
「あ、あの、リクトさん、それでですね」
さっきの話の続きをしたかったのか、そう切り出したセオに今度は声がかかる。どうやらさっきの二人の対決は終わって今度は騎士になったセオとの勝負をしたいらしい。
俺を見て、そして呼んでいる奴らのほうを見てもう一度俺を見る。まるで小動物のような動きに内心苦笑してしまう。
「行ってこい。次また会う時があるだろ」
「そう、ですね……それじゃ、行ってきます」
「ああ」
どこか肩を落としている様子にもしかしたら静かな場所に来たかったのかもしれない、と思ったが送り出してしまった以上ご愁傷様と見送るしかない。
ただ少し離れた場所でステラとアルフィーがこっちを見て苦笑をしているのが見え、なんなんだと首を傾げるしかなかった。
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