騎士と狩人

みけねこ

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少年時代②

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 十四歳のある日、とあることが起こった。
「……」
 朝起きてまず静止。状況がわからなくて色々考えてみたものの、やっぱりわからない。
 謎すぎて固まったけどそのままじゃ気持ち悪いから取りあえず着替えて、そして俺よりも先に起きていた父さんと顔を合わせてさっき起こったことを伝えた。
「一歩大人に近付いたんだな」
 先に顔を合わせたのが俺でよかったなと笑った父さんはくしゃりと俺の頭を撫で、そしてどうしてそうなったのかをきちんと教えてくれた。最後にこればかりは生理現象だからしょうがないと言って。
 つまりそういうことだ。十四ともなれば俗に言う「思春期」とかに入るらしく、こうなったのもめずらしいことでもないと。寧ろなぜか安心されてしまった。
「お前からそういう話聞かないからなぁ。まぁ言う性格でもないか。それに未だ反抗期でもないし」
 どうやら十四ともなれば親に反抗したくなるとか。そんなことしてしまえば俺は狩りの最中に死ぬぞ。大事な場面で父親に反抗して判断を誤るとか、そんなの笑い話にもならない。
 とまぁ、この歳になると色々とあるらしい。汚れた服は母さんに見つかる前にこっそりと洗った。そして何食わぬ顔で親子三人で朝食を取って、その後父さんと一緒に森に行く。
 魔獣の気配を確かめつつ森の中を歩いていると、父さんにそれとなく聞かれた。夢で誰が出てきたのかとか、最近誰と仲が良いんだとか。そんなこと、バカ正直に言うには少し恥ずかしかった。
 そもそも俺は村の子たちから遠巻きにされているし、それに……夢に出てきたのはステラだったからだ。
 今までそういったことまったく気にしたことなかったというか、特に興味もなかったから自分でも気付かなかったんだ。その日初めて、俺はステラのことが好きなんだと知った。

 狩りも無事に終わって魔獣を解体しつつ、肉を分けている最中にステラに会えるかどうか考えてしまった。こういうのって、やっぱり伝えたほうがいいのかもしれない。今まででかい傷を負ったことはないけれど今後も決してないとは言えない。
 だから、何か起こったからじゃ遅いから言える時に言ってしまおう。
 父親だから何か察することでもあったのか、狩りを終えて村の人たちへのお裾分けに俺を向かわせてくれた。もちろん父さんに頼まれた人たちの元へしっかりと肉を届ける。
 ただちょっと、俺って獣臭いかもしれないと。今までそれが当然で特に気にしたこともなかったのに、ちょっと気になり始めつつ歩いているとだ。明るい髪がふわっと舞ったのが見えた。
 幼馴染で、小さい頃からずっと一緒に遊んでいたってこともあると思う。ステラは明るく穏やかで、そして優しい。その優しさに俺がどれだけ救われたことか。
 俺に気付かずどこかを見つめているステラに、トクトクと動く胸を押さえつつ近付こうとした時だった。森で培われた目敏さがこういうところで発揮してしまう自分をこの時初めて呪った。
 ステラの視線の先にいたのはアルフィーだ。アルフィーは家の手伝いをしていてステラに気付いていない。そんなアルフィーに声を掛けることなく、ステラはただ見つめている。俺が見たこともない表情で。
「あ……」
 一度口を開いて、再び閉じる。そして無言のまま歩み寄るとステラは俺に気付き、表情をパッと明るくさせた。
「リクト! お疲れ様!」
「ステラ、もしかしてアルフィーのこと」
「……えっ⁈」
 その続きは言わせてもらえなかった。ステラは顔を真っ赤にさせてシーッと必死に俺を黙らせようとしていた。あまりの慌てっぷりに思わず苦笑いをしてしまいたくなるほどだ。
「えっと、あの、あのね、リクト」
「アルフィーには伝えたのか?」
「う、ううん、だって……今はまだ、アルフィーにとって私は妹のようなものだもん……言えないよ……」
「……そうか」
「アルフィーには言わないで、リクト……」
「わかってるよ」
 今日の分の肉を渡して、二人で近くにあった柵に凭れかけ羊の毛刈りに集中しているアルフィーのほうに視線を向ける。
「どこか好きなのか、聞いてもいいか?」
「うん……えっとね、アルフィーって優しいでしょ? 朗らかだけど、でもしっかりもしてるし、よく相談にも乗ってくれる」
「……確かに」
 この村には他にも俺たちよりも年上の人はたくさんいるのに、アルフィーには他の人とは違って相談事がしやすかった。
 アルフィーは相手の考えを否定しない。上から物を言うこともない。悩みを聞いて、うんうんと頷いたあとこうしたらいいんじゃないか、こういう考え方もあるんじゃないかと親身になってアドバイスしてくれる。だからステラの言葉が痛いほどわかった。
「頑張れよ、ステラ」
「うん。ありがとう、リクト」
 軽く頭をポンと叩くとステラははにかんで、そしてアルフィーに声をかけることなく家に帰っていった。その後ろ姿を眺めて、そして次に結局俺たちに気付かなかったアルフィーに視線を向け俺も帰路に着く。
 その日の夜はあんまり食欲が湧かなくて、でも身体が資本だから食べないわけにもいかない。この時はなぜか母さんのほうが何かを察したらしく「食べることだけはちゃんとしてね」と言って俺の皿に具をこれでもかっていうほど盛った。

 一日にして恋を自覚して失恋することなんてあるんだろうか。
 これもそういう年頃だっていうだからっていう話で済むものなのか。その日は色々とモヤモヤとして寝付けない……とか思っていたのにいつも間にかぐっすりと寝ていたし、翌日はすっきりとした目覚めだった。俺の身体は感情に左右されないのか。
 ただやっぱりどこか気まずさを覚えるようにはなっていた。そんな初恋がすぐに吹っ切れるわけでもないし、でもステラのことは応援したい。どういう顔で二人に会えばいいんだと悩む時もあったけれど、そもそも父さんの手伝いをしていて二人と顔を合わせる時間もそう多くはなかったことを思い出した。
 思えば、ステラには自覚がなかっただけで多分小さい頃からアルフィーのことが好きだったんだろう。だから、大きくなったらアルフィーの家の羊毛で服を作りたいという夢があった。そして今その夢のために頑張ってる。
 なんだか二人が眩しく見えて、一方で俺は獣臭で他の子たちと会話もあまりない。日陰者に思えて流石に落ち込む。
「はぁ~……」
 狩りが終わって家に帰って、父さんの次に湯船に浸かった。うちには湯船が二つある。一つは母さんが使うようにちゃんと家の中にある湯船。もう一つは俺たちが狩り終えたあとに汚れを落とすようにと家の外に置かれている湯船。
 小さい頃から外で湯船に浸かる父さんを見てきたものだから今でも特に違和感を覚えない。外で素っ裸になるけど、村はずれに家があるから誰かに見られることもない。
 汚れをしっかりと落として少しぬるくなった湯船に浸かって、息を吐き出す。なんかこう、肉体疲労より精神的疲労がすごい。身体はちゃんと飯を食ってしっかり眠って至って健康体だけど、この状態だと身体によくない。
「……もっと、別のことに打ち込むかぁ」
 こうなったら別のことを考えて徐々に消えていくのを待つしかない。少し腕を動かして湯船から自分の腕を確認する。他の同年代に比べて筋肉はついているほうらしいが、それでもやっぱり父さんと比べたらまだ細いほうだ。
 身体、鍛えるか。と一度パシャンと顔に水を当てて、息を吐きながら空を見上げた。外だからある意味こういう風に湯船に浸かれるのは贅沢と言えば贅沢なのかもしれない。
 まだしっかりと日が暮れたわけではなく、傾きつつある太陽は村を橙色にさせていた。遠くのほうで俺よりも小さい子どもたちの遊び声が聞こえる。そろそろ家に帰る頃だろう。
 首都には色々と物で溢れているんだろうけど、俺はこういうのんびりと時間が過ぎていくほうが好きだ。そう思っているところで近くでガサッという音が聞こえて無意識に音にしたほうへ視線を向けた。
 魔獣、ではないはず。こんな村の中までには入ってこない。だからといってこんな村はずれに誰かが来ることもそうそうない。なんだ、と気配を探っているとガサガサという音が徐々に近付いてきた。
 そして、ポッと出てきた。出てきた人影に「なんだ」と小さくこぼす。
 確かこの茂みの奥には薬味になりそうな草が生えていた。家の手伝いでそれを取りに行っていたんだろう。たまにこの村で食堂を営んでいる人が近くを通っていくのを見たことがあった。
 子どもでも草を採りに行くだけならと手伝わせたのかもしれない。その子どもは例の常に周囲を他の子どもたちに囲まれている奴で、親がそれを知っていて一人になれる時間を作ってやったのかもしれない。
 そいつは俺と目が合った瞬間目を丸くして、なぜか固まってる。まぁ、家の手伝いで草採りに行った帰り道、外で男が湯船に浸かっていたらびっくりするか。
「お疲れ」
 このままじゃあれかと思って、軽く手を上げて声をかけてみた……んだが。
「っ……!」
 そいつは物凄い勢いで顔を背けたと思ったら、一言も発することなく逃げるようにこの場を去って行くじゃないか。
「……はぁ?」
 確かに村の子たちからは遠巻きにされてる。まともに会話もしたことない。だからいって、特に何かをしたわけでもないのにあんな風に逃げられる覚えもない。
「……はぁ」
 折角モヤモヤしたままじゃ駄目だと思って気分を上向きにさせようと思ったのに、肩を落としたのと同時に気分も落ち込んだ。
 どうやら俺は同年代どころか、年下からも嫌われているみたいだ。
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