騎士と狩人

みけねこ

文字の大きさ
上 下
1 / 27

少年時代①

しおりを挟む
「軸を振らせるな。踏み込んだ力をしっかりと細部にまで伝えるんだ」
 言われたことに気を付けつつ持っている短剣を突きつければ、それを安易にいなした父親に「よし」との言葉を貰った。

 ここは首都のように栄えているわけでもなく便利なわけでもなく、また人が多いわけでもない。自然に囲まれてそれぞれが農業や畜産などで生計を立てている、ありふれた村の一つだ。
 村とはいえあらゆる職業がある中、父さんは狩人を生業としていた。自然豊かなため深い森もすぐ側にあり、そこを狩り場としている。
 この世界には『魔獣』と呼ばれている生物がいる。野生の動物とはまた違う、気性が荒く人に対して害を成す。その魔獣というのはどうやら空気中に漂っている『瘴気』を浴びて生み出されるとか。
 その瘴気をどうにかすれば魔獣も数を減らすんじゃないかと言われているけれど、未だにその瘴気の対処法は見つかっていない。頭のいい偉い学者が長年かけて研究しているようだけれど、正直田舎住まいのただの子どもの俺にとっては難しい話でどうしようもないため「へー」ということしか言えない。
 そしてそんな俺はというと、森に入ってくるその魔獣とやらを狩るために子どもながら特訓中だ。
 我がカサドル家は代々魔獣を狩ることを生業としていて、今まで俺と同じように父さんもまた子どもの頃から特訓していたのだとか。それに対して嫌だという気持ちは一切ない。物心つく頃には俺は父さんの跡を継ぐのだと思っていたし。
 ただ、こうやって父さんが付きっきりでみっちりとしごいてくるものだから、他の子たちと遊ぶ時間があまりない。俺には幼馴染が二人いて、その二人と一緒に遊んだり喋ったりする時間もない。
 まぁ、俺が魔獣に襲われて死なないようにこうして特訓しているんだろうけど。ちゃんと理由がわかっているから大した文句もあまりないし、幼馴染二人も納得している。
「そこで突け!」
「フン!」
「センスはあるな、リクト。これならすぐに森に連れてってよさそうだ」
「よかった」
 取りあえず短剣と弓を中心に、他にも色々と習う。父さんから見てどうやらその二つが俺にとって適しているらしい。まだ子どもだからバカでかい斧が使えない、というのもあるだろうけど。
「今日はここまでだ。俺は婆さんのとこに肉を持っていくから、あとは自由にしていいぞ」
「わかった。それじゃ二人に会ってくる」
 父さんが狩った魔獣はしっかりと解体、処理され、皮や肉は村の人たちに分けている。そのうち魔獣の解体の仕方も習うんだろう。
 父さんが家の中に入っていくのを見て俺も短剣を収めてグローブを外し、一息つく。これから自由時間ということは多少遊んでいいってことだ。
 そうと決まれば限られた時間の中会いに行こうと、村の中心に向かって歩き出した。うちは狩人だから家も村の外れの森の近くにある。他の村の人たちも余程の用がない限り近くを通りかからない。
 まだ太陽は傾く前だから、二人とも広場にいるだろうと足を進める。確かにここは村だけど、もしかしたら他所の村よりも人が多いのかもしれない。同年代の子どももそこそこにいるし、村を出て首都に行く人も少ない。
 そう思いながら畑仕事している人を横目に歩いていると呼ぶ声が聞こえて顔を上げた。
「リクトー! こっちこっち!」
「今日はもう特訓終わった?」
「うん、終わった」
 幼馴染二人は俺の姿が見えて嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。一人はステラ、俺より一つ下の女の子だ。もう一人はアルフィー、三つ年上の男の子。俺は九歳ぐらいで、だから三つ年上のアルフィーは随分と大人びて見える。
「今日はもう自由にしていいってさ」
「そうなんだ! そしたら何して遊ぶ?」
「遊ぶのはいいけどリクト疲れてないかい? 遊ぶよりもゆっくりしてたほうがいいんじゃないかな」
「いいよ、まだ疲れてないし遊ぶ」
「そう? 無理しないようにね」
 ステラは元気いっぱいで、アルフィーはこうして俺を気遣ってくれる。そんな二人が幼馴染でよかったとしみじみ思ってしまう。たまに他の子たちが仲間外れしたのどうのって喧嘩している声が聞こえてくる時があったから。
 手を引っ張ってくれる二人についていって、夕飯の時間になるまで一緒に遊ぶことにした。

 自然豊かな村だから、何かが起こるということは滅多にない。父さんに特訓を受けつつ一緒に森の中に入って魔獣を狩り取る。そして習った解体を自分一人でする。皮や肉などは村の人たちに分ける。そういう毎日を過ごして一つずつ歳を取っていった。
「あっ、リクト! お疲れ様!」
「ステラ。これ持ってっていいってさ」
「ありがとう~! 最初魔獣のお肉ってどうなんだろうって思ったけど、リクトとリクトのお父さんがしっかりと処理してくれているから美味しく食べられるよ!」
「お疲れ様、リクト」
「アルフィーも」
 解体した肉をそれぞれの家に分けているとステラとアルフィーと出会い、その場で立ち止まった。
 俺は今十三歳、アルフィーは十六歳になる。村の人たちがそろそろ年頃の子どもたちの将来について色々と噂する時期になってきた。アルフィーの年頃だと首都に行く子どもがたまに出てくるらしい。
 そんな会話をしているとアルフィーは「ああ」と朗らかに相槌を打った。
「僕はそのまま家を手伝うよ。羊の毛を狩るには人手いるしねぇ」
「わたしね、最近家のお手伝いするようになったの! わたしも早くアルフィーの家の羊毛でお洋服作りたいなぁ」
 どうやら二人とも家を継ぐ気でいるみたいだ。俺もそうだから、三人一緒でよかったと思わずホッとしてしまった。
 このまま幼馴染二人とこの村でのんびりと過ごすんだろうな、と漠然とそんなことを思っていると何やらどこからか騒がしい声が。一体なんだと思わずその騒がしいほうへ視線を向ける。
「あ、今日もすごいねぇ」
「……なんだあれ」
「まぁ、見ての通り?」
 視線の先に同年齢の子どもたちが数人、何かを囲うかのように立ってはしゃいでいる。そしてその中心部にいる人物に目を向けた。
「セオは日に日に綺麗になっていくねぇ。もう村で大人気だよ」
「村一番の美人を親に持ってるからね」
「……ふふ、リクトはあんまりピンと来てなさそう」
「あんまり他の子どもと関わってないからな」
 そういや年下にものすっごく顔がいい子どもがいるとかなんとか聞いたことがある。あの真ん中に立っていて困ったような顔をしている男子がそうなのかと首を傾げる。
 確かに顔は整っているし、一見男か女かもわからない。ただこう、妙にキラキラしているというか。髪ってあんなにサラサラするもんなのかと驚いた。
 そういう見た目だからああして囲まれているんだろう。ステラの言う通り人気者のようだ。
 一方で、どうやら俺は村の同年代に遠巻きにされているようだ。多分魔獣を解体するようになってからだ。獣臭とか、血生臭さが身体に染み付いているんだろう。確かに近寄りたくないよな、と自分でも思ってしまう一方でちょっと寂しいような気がしないわけでもない。
 視線をもう一度向けてみると塊がぞろぞろと動いていく。どこに行くにもあれだと大変そうだ。
 幼馴染二人に会うのも一苦労の俺とは真逆な子どもなんだろうな、とステラとアルフィーにはまた明日と告げ、家に向かって歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

廻る魔女

みけねこ
恋愛
とある村の森の奥深くにひっそりと佇む一つの家。『魔女』が住むと言われるその家に一人の少年が向かう。 そんな魔女と少年をめぐる物語。

白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら
BL
 白碧玉(はく・へきぎょく)はうめいていた。  一週間ほど前に、前世の記憶がよみがえり、自分が『白天祐の凱旋』という小説の悪役だと思い出したせいだった。  その書物では碧玉は、腹違いの弟・天祐(てんゆう)からうらまれ、生きたまま邪霊の餌にされて魂ごと消滅させられる。  最悪の事態を回避するため、厳格な兄に方向転換をこころみる。  いまさら優しくなどできないから、冷たい兄のまま、威厳と正しさを武器にしようと思ったのだが……。  兄弟仲が破滅するのを回避すればいいだけなのに、なぜか天祐は碧玉になつきはじめ……? ※弟→兄ものです。(カップリング固定〜) ※なんちゃって中華風ファンタジー小説です。 ※自分できづいた時に修正するので、誤字脱字の報告は不要です。 ◆2022年5月に、アンダルシュのほうで書籍化しました。  本編5万字+番外編5万字の、約10万字加筆しておりますので、既読の方もお楽しみいただけるかと思います。  ※書籍verでは、規約により兄弟の恋愛がNGのため、天祐が叔父の子――従兄弟であり、養子になったという設定に変わっています。

獣狂いの王子様【完】

おはぎ
BL
獣人の国、ジーン国に嫁ぐことになったリューン国の第4王子、ニアノール。極度の獣好きが、それを隠し、極上の毛質を前に触れず悶え苦しみながらものんびりマイペースに暮らします。 美形狼獣人陛下×獣狂い王子

目撃者、モブ

みけねこ
BL
平凡で生きてきた一般人主人公、ところがある日学園の催し物で事件が起き……⁈

ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。 苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。 ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい

夜乃すてら
BL
 一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。  しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。  病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。  二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?  ※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。  ※主人公が受けです。   元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。  ※猫獣人がひどい目にもあいません。 (※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)  ※試し置きなので、急に消したらすみません。

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...