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another5.絆された
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ほぼ毎日そんなやり取りをしているせいで、自分の感覚が徐々に麻痺していっているのがわかった。まず最初に麻痺したのが距離感だ。あいつはいつでもどこでも気付いたら俺の顔の隣にその綺麗な顔があるもんだから、人ってのは恐ろしいものでそれが毎日続くと慣れてしまう。
そしたら今度は奴が俺に触れる回数が増えていった。最初は手とか、腕とか。何気ない接触で気にしない程度。それがやがて俺の耳に触れて、首筋に触れる。流石に最初そこを触られた時は思いきり手を叩き落としていた。けど。
「ねぇ、テオ。自覚ある?」
「何が」
「テオって絆されやすいよ」
「うるっせーわ!」
言われなくてもその自覚はあるわ! 俺も最近ちょっと俺ってちょろすぎじゃねぇかなって思っていたところだし!
とかそんな会話をしつつ俺の耳をやわやわといじってくるな。そして俺はそれに抵抗しろ何を受け入れてんだ。自分に歯ぎしりしつつそんなこんなで日々を過ごしていて、そして俺は等々頭を抱えた。
昨晩、あれだけ死守していたキスを許してしまった。
「何やってんだ俺は」
誰か助けてくれ、ともう涙目状態。でも誰に言っても「もう手遅れです」と言われてしまいそうで恐ろしい。何がどうしてこうなった。俺が貴族としてのスキルがほぼ皆無だからこうなったのか、あいつが貴族としてのスキルが異様に優れているからこうなったのか。
「テーオ。落ち込んでいるテオもかわいいね?」
「誰のせいだと思ってるんだ誰のせいだと!」
「私のせい、でしょ?」
気付けばこいつが寝室に忍び込んでくるのも普通になっている。さて寝ようかって時にちゃっかり先にベッドで寝ていて、最初はちゃんと追い返していたのに今では気付けば俺がこいつの抱きまくらだ。何がどうしてこうなった。最初は普通にベッドから蹴り落としていたのに。
「テオ、私の婚約者になってよ」
「はぁ?」
俺がベッドに潜り込めば隙かさずスルッと俺の背後に飛び込んでくる。なんだこの素早さはと思いつつ、素っ頓狂なことを言い出した奴に思わず振り向いてしまった。
「だーかーらー、私の婚約者」
「はぁ? 何言ってんだ。本家と分家だけど俺たちは同じクレヴァー家だぞ」
「もう、テオったら忘れてる。テオったら、養子でしょ?」
「……そうだけど」
「こう言ってはなんだけど、テオはアリステア様たちと血は繋がっていない。そして私は二番目の子でお兄様が跡継ぎになる。あとは私がお母様に勘当か何かされて家を追い出されたらなーんにも問題ないわ!」
「いやお前馬鹿かよ。そんな簡単に勘当されてそういう道選ぶな」
「あら、テオはそういう手を使った人がいるっていうことをよく知っているんじゃない?」
それを言われてしまえば何も言えない。いや俺が悪いことしたわけじゃないけど、俺の父親の一人がそういう手を使ったというかそういうことになって結果いい方向に転がったから俺もこうしてここにいることができるんだけど。
ある意味で悪例を作ってしまったんじゃないのか、と今頃父様と仲良くしている父上の顔を思い浮かべて顔を顰めた。
「もちろん私だってお母様に認めてもらうなんてそう簡単なことじゃないってわかってる。きっと何かしらの課題を出されてそれをクリアしないと駄目だわ。でも安心して、私テオのために頑張るから!」
「いや、っていうか俺そもそも婚約者になるだなんて一言も言ってねぇけど。一人で何突っ走ってんだ」
「やだもうテオったら! 照れ屋なんだから」
「おいコラ俺の顔を見てみろ照れてねぇだろ!」
ズイッと顔を寄せてみたら隙かさずキスをされた。何をやってんだ俺は餌をやってどうする。頭を抱えて蹲る俺に奴は楽しげに笑いながら抱きついてきた。
「でもテオ、いい加減気付いたほうがいいよ。私は誰にもテオのこと渡したくないぐらい、テオのこと好きなんだから」
「俺のこと追い詰めるのが好きなだけだろ!」
「え~? ふふ」
嫌な予感がして急いで起き上がろうとしたらシーツを引っ張られて足元を掬われた。そのままベッドの上に倒れ込んだけど、もうどこから落ちても構わないとすぐにベッドから降りようとしたらそのまま腰を抱き寄せられた。
「今日は私の勝ち」
「クッソ!」
「中々諦めないテオも私は好きだけどね」
そのまま抱きまくらになって寝ることも多くなってきたけど、大体がこうして組み敷かれるか逃げるかのバトルに発展する。俺の勝率はそこまで悪くはないけど、今日は向こうのほうに軍配が上がった。
パッと見動きにくそうなネグリジェでなんでここまで動けるんだとか、このバトルが勃発する瞬間なんで瞳孔が開くとか、何をそこまでお前を掻き立てるんだとか。色々と言いたいことがあるけど。俺の腹の上に跨ったそいつは舌舐めずりして見下ろしてくる。
「ほんっと……いつも思うけど、絶景」
「お前の両目潰してやろうか」
「やだ。テオのいい顔が見れなくなるじゃん」
奴が身を屈めるとさらりと髪が落ちてくる。相変わらず手入れがきちんとされた無駄に綺麗な髪だ。
「テオ」
「ん、ぅ……」
ちゃっかり腕の動きも封じられているものだから抵抗できないと言えばできないけど、やろうと思えばできる。例えば目の前に顔が来た瞬間に頭を振り上げて頭突きをするみたいな。
っていうのに、奴の言葉に何も言い返せない。ああもうなんで俺はここまで絆されてしまったんだか。
一度許してしまえば奴が止める理由なんてないに等しくて。一度されれば、二度、三度。角度を変えて何度も。しつこいなと睨んだところでご満悦な顔がそこにあるだけだ。
距離が僅かに生まれ、俺の口の端からこぼれたやつを奴は指で拭った。
「……なんで綺麗な顔をしてるお前がそっちなんだよ」
「私も別にこだわりなんてなかったんだけどね。なんならテオ側でもいいと思ったんだけど」
「ならチェンジで」
「テオは私みたいに襲いかかってこないでしょ。どうせ放置するんでしょ。そんなプレイ望んでないから」
考えが読まれていて堂々とチッと舌打ちをこぼした。立ち位置が逆になればそのままこいつベッドに寝かしつけて俺は部屋から出ていくっていうのに。
「でもねぇ、テオのことを見てると……私のことを感じてほしくてたまらないんだよ」
捕食者の顔やめろ、と言おうとした喉を食われる。そのまま首筋に顔を埋めた奴はあちこちを強く吸い付いくわ、たまに歯を立てたるわ。ふと子どもの時にドアの隙間から見てしまったあの光景を思い出す。
するりと布の間から手が滑り込んできて腹の筋肉の溝を撫でる。こいつさては筋肉好きだな、と思いつつくすぐったさに笑い声が出そうになって息が引き攣った。
俺の腹の上に座っていたはずなのにいつの間にかそこから降りて、足の間に割って張っている。身体が密着していて、無駄にバクバク音を立てているのは俺の心臓じゃなかった。意外な一面が見えてしまって思わず頭の中がフリーズする。
「……テオ。私はありのままの私を受け入れたテオのことが、本当に好きなんだよ」
ああもうやめろ。やめてくれ。こんなところでお前の言うキュンとかいうやつを知りたくなかったと毒吐く。ふざけんなよこういう状況でギャップを見せるな。
お前は俺のこと健全そのものとか言っていたけど、俺だって男だし子どもの頃はあの衝撃的な現場を目にしたことだってある。一応年頃っていうのもあってそういう知識や興味がないわけでもない。
手が自由になったことをいいことに、奴の頭の後ろに手を回した。頭突きでもされるとでも思ったんだろう、身構えた身体にニッと口角を上げる。
そしてそのまま強く引き寄せて俺のほうからその口に齧り付いてやった。間近で綺麗な顔が目を丸くしていてざまぁみろと笑ってみせる。それと同時に、頭の片隅で頭を抱えた俺もいた――あーあ、等々やっちまった。折角逃げていたのに。抗っていたのに。
僅かに起こしていた身体をぼふんとベッドの上に戻して、両腕もパタンと落とした。
「お前の勝ちだよ、セーレ」
「……テオ!」
「いってぇっ?!」
馬鹿力に思いきり身体を抱きしめられたら痛いに決まってる。あちこちから変な音が聞こえてきたぞと剥がそうとしたけど、これがまた中々剥がれない。なんだこの馬鹿力はとドン引きする。
「嬉しい! テオ!」
「いででででッ! ふっざけんな絞め殺すつもりか! 離せッ!」
「あっはっ、だって嬉しいんだもん」
ようやく離れたかと思えば、ガッと肩をベッドの上に押し付けられる。髪と顔は綺麗なんだがなぁ、と現実逃避したくなるほど目の前の目がギラギラと光っていて、一方でその顔はうっとりとしているもんだからなんとも言えないミスマッチ感がえぐい。
「これでやぁっと、テオを食べられる」
あ、俺早まったかもしれない。
チュンチュンと、無駄に爽やかな鳥の鳴き声が聞こえてくる。朝日が差し込んできて眩しくて目を細めた。
身体のあちこちが悲鳴を上げていて動く度にギギッという音が聞こえてきそうだ。億劫になりつつも身体を起こして腕を持ち上げてみて、そこに視線を落とす。
「いやえげつないわ」
いつぞやかは青痣だらけだったっていうのに、色が青じゃなくて赤に変わっただけだ。腕だけでこれなら全身はどうなっているんだと想像するだけでもゾッとする。一応隠せる場所ではあるけど、これはしばらく大浴場には行けそうにない。
「ああもう、この筋肉たまんない」
寝ているかと思いきやどうやら起きていたようで、俺の腰に抱きついてきてグリグリと頭を押し付けてくる。その頭かち割ってやろうかと思っていても、残念ながら今の俺は思うように身体を動かせない。命拾いしたなとひとりごちた。
「お前本当に俺の筋肉が、好きなのな」
「うーうん、筋肉も、好きなの。だって庶民って剣術を学ぶ場であまりないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
そもそも貴族と比べて何かを学ぶ場が極端に少ないから、知り合いで嗜んでいる人間がいない限り誰から学ぶということがあまりない。だからこの村に来る前の俺は本当に普通の何の取り柄もない子どもだったし、色んなことを教えてくれる今の環境に感謝している。
ここに来ることがなかったら、きっとここまで身体を鍛えようともしなかっただろうな。と考えてる傍で足の付け根を這っている怪しい手があったものだからベシッと叩き落とした。
「だってこの肉体、テオがアリステア様とライラック様への恩返しのためにって鍛えた身体でしょ? その健気さで出来上がった筋肉がたまらなく愛しいの」
「……へぇ」
「ちょっと引いたでしょ」
「ちょっとじゃない、かなり引いた」
「ひどーい」
「酷いのはどっちだコラ」
まだまだグリグリと押し付けてくる頭がいい加減鬱陶しくなって手で押さえる。
「あちこちバキバキに痛いし腰とか特にすっげぇ痛いんだけど? 誰だよ『優しくする』って言ったの」
「幸せの痛みだね」
「はっ倒すぞ」
脇腹を思いきり叩けばパシーンッ! という小気味のいい音が響いた。大して痛くもないくせに「痛い痛い」言う奴に腹が立って髪を引き千切ってやろうかと手を伸ばせばするると躱される。逆にその手を取られて手の甲にチュッとキスを落とされた。ゾゾッと悪い意味での悪寒が走る。
「ちゃんと、私のものにするからな」
恐ろしい宣言をされたような気がして急いで手を離そうとしたけど、セーレが俺をベッドの上に押し倒すほうが早かった。
いやマジで早まったかもしれない。父様父上、そして俺を産んでくれた母ちゃんに父ちゃん。なんか色々とすまん。
そしたら今度は奴が俺に触れる回数が増えていった。最初は手とか、腕とか。何気ない接触で気にしない程度。それがやがて俺の耳に触れて、首筋に触れる。流石に最初そこを触られた時は思いきり手を叩き落としていた。けど。
「ねぇ、テオ。自覚ある?」
「何が」
「テオって絆されやすいよ」
「うるっせーわ!」
言われなくてもその自覚はあるわ! 俺も最近ちょっと俺ってちょろすぎじゃねぇかなって思っていたところだし!
とかそんな会話をしつつ俺の耳をやわやわといじってくるな。そして俺はそれに抵抗しろ何を受け入れてんだ。自分に歯ぎしりしつつそんなこんなで日々を過ごしていて、そして俺は等々頭を抱えた。
昨晩、あれだけ死守していたキスを許してしまった。
「何やってんだ俺は」
誰か助けてくれ、ともう涙目状態。でも誰に言っても「もう手遅れです」と言われてしまいそうで恐ろしい。何がどうしてこうなった。俺が貴族としてのスキルがほぼ皆無だからこうなったのか、あいつが貴族としてのスキルが異様に優れているからこうなったのか。
「テーオ。落ち込んでいるテオもかわいいね?」
「誰のせいだと思ってるんだ誰のせいだと!」
「私のせい、でしょ?」
気付けばこいつが寝室に忍び込んでくるのも普通になっている。さて寝ようかって時にちゃっかり先にベッドで寝ていて、最初はちゃんと追い返していたのに今では気付けば俺がこいつの抱きまくらだ。何がどうしてこうなった。最初は普通にベッドから蹴り落としていたのに。
「テオ、私の婚約者になってよ」
「はぁ?」
俺がベッドに潜り込めば隙かさずスルッと俺の背後に飛び込んでくる。なんだこの素早さはと思いつつ、素っ頓狂なことを言い出した奴に思わず振り向いてしまった。
「だーかーらー、私の婚約者」
「はぁ? 何言ってんだ。本家と分家だけど俺たちは同じクレヴァー家だぞ」
「もう、テオったら忘れてる。テオったら、養子でしょ?」
「……そうだけど」
「こう言ってはなんだけど、テオはアリステア様たちと血は繋がっていない。そして私は二番目の子でお兄様が跡継ぎになる。あとは私がお母様に勘当か何かされて家を追い出されたらなーんにも問題ないわ!」
「いやお前馬鹿かよ。そんな簡単に勘当されてそういう道選ぶな」
「あら、テオはそういう手を使った人がいるっていうことをよく知っているんじゃない?」
それを言われてしまえば何も言えない。いや俺が悪いことしたわけじゃないけど、俺の父親の一人がそういう手を使ったというかそういうことになって結果いい方向に転がったから俺もこうしてここにいることができるんだけど。
ある意味で悪例を作ってしまったんじゃないのか、と今頃父様と仲良くしている父上の顔を思い浮かべて顔を顰めた。
「もちろん私だってお母様に認めてもらうなんてそう簡単なことじゃないってわかってる。きっと何かしらの課題を出されてそれをクリアしないと駄目だわ。でも安心して、私テオのために頑張るから!」
「いや、っていうか俺そもそも婚約者になるだなんて一言も言ってねぇけど。一人で何突っ走ってんだ」
「やだもうテオったら! 照れ屋なんだから」
「おいコラ俺の顔を見てみろ照れてねぇだろ!」
ズイッと顔を寄せてみたら隙かさずキスをされた。何をやってんだ俺は餌をやってどうする。頭を抱えて蹲る俺に奴は楽しげに笑いながら抱きついてきた。
「でもテオ、いい加減気付いたほうがいいよ。私は誰にもテオのこと渡したくないぐらい、テオのこと好きなんだから」
「俺のこと追い詰めるのが好きなだけだろ!」
「え~? ふふ」
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「今日は私の勝ち」
「クッソ!」
「中々諦めないテオも私は好きだけどね」
そのまま抱きまくらになって寝ることも多くなってきたけど、大体がこうして組み敷かれるか逃げるかのバトルに発展する。俺の勝率はそこまで悪くはないけど、今日は向こうのほうに軍配が上がった。
パッと見動きにくそうなネグリジェでなんでここまで動けるんだとか、このバトルが勃発する瞬間なんで瞳孔が開くとか、何をそこまでお前を掻き立てるんだとか。色々と言いたいことがあるけど。俺の腹の上に跨ったそいつは舌舐めずりして見下ろしてくる。
「ほんっと……いつも思うけど、絶景」
「お前の両目潰してやろうか」
「やだ。テオのいい顔が見れなくなるじゃん」
奴が身を屈めるとさらりと髪が落ちてくる。相変わらず手入れがきちんとされた無駄に綺麗な髪だ。
「テオ」
「ん、ぅ……」
ちゃっかり腕の動きも封じられているものだから抵抗できないと言えばできないけど、やろうと思えばできる。例えば目の前に顔が来た瞬間に頭を振り上げて頭突きをするみたいな。
っていうのに、奴の言葉に何も言い返せない。ああもうなんで俺はここまで絆されてしまったんだか。
一度許してしまえば奴が止める理由なんてないに等しくて。一度されれば、二度、三度。角度を変えて何度も。しつこいなと睨んだところでご満悦な顔がそこにあるだけだ。
距離が僅かに生まれ、俺の口の端からこぼれたやつを奴は指で拭った。
「……なんで綺麗な顔をしてるお前がそっちなんだよ」
「私も別にこだわりなんてなかったんだけどね。なんならテオ側でもいいと思ったんだけど」
「ならチェンジで」
「テオは私みたいに襲いかかってこないでしょ。どうせ放置するんでしょ。そんなプレイ望んでないから」
考えが読まれていて堂々とチッと舌打ちをこぼした。立ち位置が逆になればそのままこいつベッドに寝かしつけて俺は部屋から出ていくっていうのに。
「でもねぇ、テオのことを見てると……私のことを感じてほしくてたまらないんだよ」
捕食者の顔やめろ、と言おうとした喉を食われる。そのまま首筋に顔を埋めた奴はあちこちを強く吸い付いくわ、たまに歯を立てたるわ。ふと子どもの時にドアの隙間から見てしまったあの光景を思い出す。
するりと布の間から手が滑り込んできて腹の筋肉の溝を撫でる。こいつさては筋肉好きだな、と思いつつくすぐったさに笑い声が出そうになって息が引き攣った。
俺の腹の上に座っていたはずなのにいつの間にかそこから降りて、足の間に割って張っている。身体が密着していて、無駄にバクバク音を立てているのは俺の心臓じゃなかった。意外な一面が見えてしまって思わず頭の中がフリーズする。
「……テオ。私はありのままの私を受け入れたテオのことが、本当に好きなんだよ」
ああもうやめろ。やめてくれ。こんなところでお前の言うキュンとかいうやつを知りたくなかったと毒吐く。ふざけんなよこういう状況でギャップを見せるな。
お前は俺のこと健全そのものとか言っていたけど、俺だって男だし子どもの頃はあの衝撃的な現場を目にしたことだってある。一応年頃っていうのもあってそういう知識や興味がないわけでもない。
手が自由になったことをいいことに、奴の頭の後ろに手を回した。頭突きでもされるとでも思ったんだろう、身構えた身体にニッと口角を上げる。
そしてそのまま強く引き寄せて俺のほうからその口に齧り付いてやった。間近で綺麗な顔が目を丸くしていてざまぁみろと笑ってみせる。それと同時に、頭の片隅で頭を抱えた俺もいた――あーあ、等々やっちまった。折角逃げていたのに。抗っていたのに。
僅かに起こしていた身体をぼふんとベッドの上に戻して、両腕もパタンと落とした。
「お前の勝ちだよ、セーレ」
「……テオ!」
「いってぇっ?!」
馬鹿力に思いきり身体を抱きしめられたら痛いに決まってる。あちこちから変な音が聞こえてきたぞと剥がそうとしたけど、これがまた中々剥がれない。なんだこの馬鹿力はとドン引きする。
「嬉しい! テオ!」
「いででででッ! ふっざけんな絞め殺すつもりか! 離せッ!」
「あっはっ、だって嬉しいんだもん」
ようやく離れたかと思えば、ガッと肩をベッドの上に押し付けられる。髪と顔は綺麗なんだがなぁ、と現実逃避したくなるほど目の前の目がギラギラと光っていて、一方でその顔はうっとりとしているもんだからなんとも言えないミスマッチ感がえぐい。
「これでやぁっと、テオを食べられる」
あ、俺早まったかもしれない。
チュンチュンと、無駄に爽やかな鳥の鳴き声が聞こえてくる。朝日が差し込んできて眩しくて目を細めた。
身体のあちこちが悲鳴を上げていて動く度にギギッという音が聞こえてきそうだ。億劫になりつつも身体を起こして腕を持ち上げてみて、そこに視線を落とす。
「いやえげつないわ」
いつぞやかは青痣だらけだったっていうのに、色が青じゃなくて赤に変わっただけだ。腕だけでこれなら全身はどうなっているんだと想像するだけでもゾッとする。一応隠せる場所ではあるけど、これはしばらく大浴場には行けそうにない。
「ああもう、この筋肉たまんない」
寝ているかと思いきやどうやら起きていたようで、俺の腰に抱きついてきてグリグリと頭を押し付けてくる。その頭かち割ってやろうかと思っていても、残念ながら今の俺は思うように身体を動かせない。命拾いしたなとひとりごちた。
「お前本当に俺の筋肉が、好きなのな」
「うーうん、筋肉も、好きなの。だって庶民って剣術を学ぶ場であまりないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
そもそも貴族と比べて何かを学ぶ場が極端に少ないから、知り合いで嗜んでいる人間がいない限り誰から学ぶということがあまりない。だからこの村に来る前の俺は本当に普通の何の取り柄もない子どもだったし、色んなことを教えてくれる今の環境に感謝している。
ここに来ることがなかったら、きっとここまで身体を鍛えようともしなかっただろうな。と考えてる傍で足の付け根を這っている怪しい手があったものだからベシッと叩き落とした。
「だってこの肉体、テオがアリステア様とライラック様への恩返しのためにって鍛えた身体でしょ? その健気さで出来上がった筋肉がたまらなく愛しいの」
「……へぇ」
「ちょっと引いたでしょ」
「ちょっとじゃない、かなり引いた」
「ひどーい」
「酷いのはどっちだコラ」
まだまだグリグリと押し付けてくる頭がいい加減鬱陶しくなって手で押さえる。
「あちこちバキバキに痛いし腰とか特にすっげぇ痛いんだけど? 誰だよ『優しくする』って言ったの」
「幸せの痛みだね」
「はっ倒すぞ」
脇腹を思いきり叩けばパシーンッ! という小気味のいい音が響いた。大して痛くもないくせに「痛い痛い」言う奴に腹が立って髪を引き千切ってやろうかと手を伸ばせばするると躱される。逆にその手を取られて手の甲にチュッとキスを落とされた。ゾゾッと悪い意味での悪寒が走る。
「ちゃんと、私のものにするからな」
恐ろしい宣言をされたような気がして急いで手を離そうとしたけど、セーレが俺をベッドの上に押し倒すほうが早かった。
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