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深窓の双子
王と王妃
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王には二人の子どもがいる。双子だ。顔もよく似ており、髪と瞳の色の違いがなければ区別するのは難しい。
双子は祭事の際などには表に出るが、その殆どは屋敷から姿を現さない。時折郊外の街などで類似している子どもの姿を見たことがあるという話を聞いたことがあるが、まことしやかな話だ。それほどにお目にかかることが少ない。
だが姿を現さないのにも理由がある。王族、王の実子となればその身を狙われることもあるからだ。まさに王と王妃がそうだった。二人は子どもの頃より拉致監禁暗殺など何度もその身を狙われ続けた。そのようなことがあったためか、我が子だけでもという親心から来るものがあったのかもしれない。なるべく危機に遭遇する頻度を下げるため双子は人前に現れない。そして民衆たちはそれを理解していた。
双子だけれど、一方は男児で一方は女児だ。だが面白いことに第一王位継承権はそのどちらとも持っていた。どちらともだ。双子だからかと思うだろうが、しかし何度も言うが一方は女児だ。本来ならどこか由緒正し家に、もしくは政治利用のために嫁がせるものだろうが彼女にも王位継承権は与えられた。これは流石に驚くべきことだった。
王の政策のおかげで魔力ゼロの者たちへの認識が大きく変わり、彼らが蔑まれることがなくなったように。また魔力のある者でも歳を取るにつれて徐々に減少していき、元から魔力の少なかった者は魔法が使えなくなるということがわかったように。そんな者たちのために魔道具の代わりに新たに開発された道具を扱えるようになったりと、今の王になってあらゆるものが変わったとはいえ、それについては流石に我々も驚いた。
本当に、今の王にはあらゆる面で驚かされる。けれどどれも刺激的で我々は飽きることを知らない。
話は戻るがどちらとも王位継承権があるということは、男児だからといって確実に王になれる保証はどこにもないこととなった。一方女児とはいえ、腕の磨きようで彼女は女王になれる可能性を手に入れたことになる。
恐らく王はこうして互いに競わせることによって、より強く優しい王を生み出そうとしているのだろう。恐れ入る。そこは自身が次男であり第二王位継承者だった経験を活かしているのかもしれない。
双子はある年齢に達するとカナット学園に入学することが決まっている。そこで初めて彼らと顔を合わせ他愛もない会話をすることができるようになる。恐らくどの貴族でもどの庶民でもその家の子たちは双子と言葉を交わしたいと思うだろう。期待を膨らませるほど様々な噂が流れているのだからそう思うのも必然だ。果たして、噂通りに可愛らしい双子なのか。果たして、噂通り猟奇的な性格なのか。
しばらくの間この双子の話題が絶えることはないだろう。
「お茶をお持ちしましたわ、レオンハルト様」
「ああ、ありがとう。アイビー」
「いつもならが凄まじい量でございますわね」
「そうだね。でも不思議なことに回復薬のお世話になってはいないんだよ。実際この椅子に座ってみてどうなるかと思ったけれど……ふふっ、見ての通りどうにかなってる」
「いいことなのか悪いことなのか……」
「どっちだろうね?」
お互いクスクスと笑みをこぼし、早速アイビーが淹れてくれたお茶に口をつける。すっきりとする好みの味に肩の力が抜けたような気がした。ティーカップをソーサーに戻し、目の前に積まれている書類に目を向ける。学生の時もかなりの量だと思ったけれど、目の前にあるそれはその数倍はある。それを回復薬なしで捌いていると当時の僕が知ったら「手を抜いてるのかな?」と言っても不思議じゃない。
「そういえば、今日出版された本に面白いことが書かれていましたわ」
「ああ、僕も読んだよ。世間はあの子たちが気になって仕方がないみたいだねぇ」
「貴方様が出し惜しみをした甲斐がありましたわね」
今日出版された本はもちろん僕も目を通した。王家について主観ではあるけれど著者の独自の解釈は中々に面白かった。そして何よりも、双子の今後のことが一番に気になるのだろう。それもそうだ、どちらとも第一王位継承者なのだから貴族どころか民たちも気になっているに違いない。
あらゆる思惑や期待がある中、あの子たちがどう応えてくるか。それはまるで兄上の暗殺計画でのことで僕たちがどう動くかを傍観していた父上のようだと小さく笑みをこぼす。
「我が子の成長を見守るのは楽しいね」
「そうですわね」
僕もあまり口出しされることなく、時と場合によっては手のひらで踊らされたこともあったけれどそれが父上の教育のやり方だった。僕が父になった時にどうなるかと自分で想像したことがあったけれど、今のところ父に似てしまっている。まぁ、おかげであの子たちはのびのびと過ごしているようだけれど。
「この間叔父上様のところにフィナが戦術を学びに行ったそうですわ」
「叔父上が若返っていると思ったらそういうことか。ひ孫が遊びに来て楽しいんだろうね」
「あの子はそちらの面の才能がありそうですわ。剣を振るうことは難しくとも別の武器を与えればきっと使えこなせますわ」
「それはいいね。与えてみよう」
ゆっくりと休憩するために資料が積まれているデスクから立ち上がり、ソファのほうへと移動する。アイビーもすでに向かい側に座っており、いつものようにティーカップに口を付けていた。
僕が移動したタイミングでノックが鳴りマリアンヌが菓子を持ってくる。相変わらずマリアンヌは僕たちの子どもの頃から見た目が変わらない。前にしれっと歳を聞いてみたけれど「乙女の秘密です」と言われてしまえば、今後僕がマリアンヌの年齢を知ることはなさそうだと笑みをこぼした。
「フィナが僕に似ていて、セラはアイビーに似てるね」
フィナは意外にも負けず嫌いで、そして貪欲だ。双子とはいえフィナは妹にあたるからそうなのかもしれない。一方セラは真面目だ。王子としての立場を理解し強かに動く面がある。そして兄にあたるからか、少し妹のフィナに対して過保護なところもある。
そこはよくわかるけどね。フィナはアイビーに似て美しく愛らしい子だ、変な虫がついてもらっては困る。父親である僕もそう思っているのだからセラがそう思うのもなんらおかしくはない。
「セラに婚約者を宛てがう時期は過ぎてしまいましたわね」
アイビーの言葉に苦笑をもらす。僕たちは六歳の時に親が勝手に決めてお互い婚約者となったけれど、今のセラの年齢はすでにそれを超えている。けれども未だに婚約者はおらず、年配の貴族にネチネチと言われている最中だ。
「誰と結ばれようとも、あの子たちの自由にすればいいよ」
例えば、もしセラが街の娘を見初めて結ばれることになれば王家から席を外してもいい。例えば、フィナが自分に相応しい男を見つけてその者が婿入りするのもいい。選択肢をより多くとってあげたいと告げればアイビーは笑みを返してきた。
跡継ぎも優秀な人間がそこに収まればいい。一応今の所二人が第一王位継承者だけれど、二人がそれを拒めば優秀な人間を置く算段もとってある。王家の血筋に拘って国を衰退させるよりも、血に拘らず優秀な人間が国に尽くすのであればずっとそのほうがいい。
「本当に、レオンハルト様と共にいると退屈は致しませんわ」
「ふふっ、僕たちの周辺では小さい頃から何かと起こっているからね。拉致監禁暗殺毒殺……学園に通うことになれば落ち着くかと思ったけど学園は学園で騒動もあったねぇ」
「懐かしいですわねぇ。わたくし何度断罪されそうになったことやら」
「最初の断罪なんて意味わからなくて僕思わずポカーンとしちゃったよ」
「あの時のレオンハルト様のお顔は可愛らしかったですわ」
「アイビーは美しかったね」
お互い当時のことを思い出して笑みをこぼす。学園祭の準備が大変で回復薬に手伝ってもらいながらもせっせと仕事をこなして、噂の対応をできなかったところを突かれて。結局向こうのおざなりな計画は簡単に看破できたからよかったものの、もし悪どい貴族のように綿密な計画だったのならば僕は多少暴れていたに違いない。
けれどあれは悪いことばかりではなく、寧ろ僕にとっては都合がよかった。結局今後を見込めない二人を切り捨てることができたし、何よりも毅然と立ち振る舞う美しいアイビーの姿を見ることができたのだから。あの時魔道具で映像を記録していなかったのはもったいなかった。かなり惜しいことをした。
それからもまぁ、異世界からの転生者の証言によりアイビーがどれだけ「断罪イベント」とやらに巻き込まれるのか知って。一体アイビーになんの恨みがあって、と青筋を立てたこと数知れず。まぁ、どれもこれも僕たちの『趣味』に移すことができたからよかったけれど。
「でも何が起ころうとも、僕がアイビーを守るけどね?」
「まぁ……レオンハルト様ったら。逆もまた然り、ですわ」
「ふふっ、それに今は心強い味方が二人も増えたからね」
「あの子たちも殺る気……コホン、やる気満々でございましたからね」
一応訂正したけれど、アイビーの言葉はあながち間違ってはいない。僕たちの子どもはそれはもう可愛らしいけれど、びっくりするほど趣向もそのまま僕たちに似てしまった。こっちは教えた覚えもないのに、人間がどのようにいたぶればいいのか学んでしまっている。アイビー曰く「どちらに似てもそうなりましたわ」とのことで、僕もそうだなと納得してしまったけれど。
そして小さい頃の僕たちと同じように、こっそり『それ専用』の部屋を作ったのも知っている。夜な夜なそこから僅かな悲鳴が聞こえてくるのだ。魔法で音を漏れないようにはしているようだけれど、それはまだ完璧じゃない。それに僕の前ではその魔法も無意味だ。
「この間あの子たちアイビーに頼んでアレに会いに行っただろう?」
「ええ。とても清々しい顔で『お勉強できました!』と言っていたので、よい成果が出たのでしょうね」
まさか彼らも未だに処刑されることなく一生あの部屋でいたぶられ続けるとは思いもしなかっただろう。しかも僕たちだけじゃなく、その子どもまで。片方はプライドが高い故に今頃ベキベキにへし折られたところだろう。
一方はアイビーにいたぶられることに悦びを感じ取るようになったけれど、今ではアイビーではなく子どもたちが相手にしている。いたぶられるプロとなってしまった彼は子どもたちでは満足できないらしい。これからずっと不満を抱いていればいいさと口角を上げた。
僕は立ち上がりアイビーの座っているほうへと回り込む。隣に腰を下ろし髪に口づけを落とし、次に頬に落とした。肩を抱き寄せれば素直に身体を預けてくる様子は大変可愛らしい。するりと頬を擦り寄せてきたアイビーの頭をゆっくりと撫でて日頃の彼女を労る。
「これからもアイビーに何があろうとも僕が必ず助けるから」
「わたくしもですわ、レオンハルト様。貴方様に何か起こった場合一番に助けに行くのはわたくしですの」
「頼もしいね」
周囲の人間によく言われる言葉がある――君たちは相変わらずだな、と。僕が側室を持たない理由をよく知っている彼らはよく僕たちの惚気話に付き合ってもらっている。これはある意味民たちへの救済処置だ。
そうでければ僕たちは堂々と民たちの前で惚気けるからな、と言ったからだ。もちろん僕だけではなくアイビーもだ。彼らはその言葉に「それだけはやめてくれ」と困り顔だ。王族としての矜持もあるんだぞと。まぁぶっちゃけ知ったことじゃないって感じだったんだけれど。それほど僕たちはお互い惚れているのだから仕方がない。
「ふふっ」
「楽しそうだね、アイビー」
「もちろんですわ」
手を取り合ってにぎにぎと握る。楽しそうに笑うアイビーはそれはもう可愛らしい。我が子には悪いけれど正直可愛らしさに関してはアイビーが世界一だと思っているから。
クスクスと笑みをこぼしていると元気よく扉が開かれた。僕が休憩しているのだとファルクに聞いたのかもしれない。あの子たちはそのつもりはまったくなくとも、ファルクは邪魔をする気満々だったのだろう。元気いっぱいに飛び込んできた双子に僕たちはそれぞれ未だ小さな身体を抱きしめた。
「あ、そうですわ。言い忘れておりました。子ができましたの」
「……そうなのか?!」
「弟ですか?!」
「妹ですか?!」
「ふふっ、それはですわね――」
双子は祭事の際などには表に出るが、その殆どは屋敷から姿を現さない。時折郊外の街などで類似している子どもの姿を見たことがあるという話を聞いたことがあるが、まことしやかな話だ。それほどにお目にかかることが少ない。
だが姿を現さないのにも理由がある。王族、王の実子となればその身を狙われることもあるからだ。まさに王と王妃がそうだった。二人は子どもの頃より拉致監禁暗殺など何度もその身を狙われ続けた。そのようなことがあったためか、我が子だけでもという親心から来るものがあったのかもしれない。なるべく危機に遭遇する頻度を下げるため双子は人前に現れない。そして民衆たちはそれを理解していた。
双子だけれど、一方は男児で一方は女児だ。だが面白いことに第一王位継承権はそのどちらとも持っていた。どちらともだ。双子だからかと思うだろうが、しかし何度も言うが一方は女児だ。本来ならどこか由緒正し家に、もしくは政治利用のために嫁がせるものだろうが彼女にも王位継承権は与えられた。これは流石に驚くべきことだった。
王の政策のおかげで魔力ゼロの者たちへの認識が大きく変わり、彼らが蔑まれることがなくなったように。また魔力のある者でも歳を取るにつれて徐々に減少していき、元から魔力の少なかった者は魔法が使えなくなるということがわかったように。そんな者たちのために魔道具の代わりに新たに開発された道具を扱えるようになったりと、今の王になってあらゆるものが変わったとはいえ、それについては流石に我々も驚いた。
本当に、今の王にはあらゆる面で驚かされる。けれどどれも刺激的で我々は飽きることを知らない。
話は戻るがどちらとも王位継承権があるということは、男児だからといって確実に王になれる保証はどこにもないこととなった。一方女児とはいえ、腕の磨きようで彼女は女王になれる可能性を手に入れたことになる。
恐らく王はこうして互いに競わせることによって、より強く優しい王を生み出そうとしているのだろう。恐れ入る。そこは自身が次男であり第二王位継承者だった経験を活かしているのかもしれない。
双子はある年齢に達するとカナット学園に入学することが決まっている。そこで初めて彼らと顔を合わせ他愛もない会話をすることができるようになる。恐らくどの貴族でもどの庶民でもその家の子たちは双子と言葉を交わしたいと思うだろう。期待を膨らませるほど様々な噂が流れているのだからそう思うのも必然だ。果たして、噂通りに可愛らしい双子なのか。果たして、噂通り猟奇的な性格なのか。
しばらくの間この双子の話題が絶えることはないだろう。
「お茶をお持ちしましたわ、レオンハルト様」
「ああ、ありがとう。アイビー」
「いつもならが凄まじい量でございますわね」
「そうだね。でも不思議なことに回復薬のお世話になってはいないんだよ。実際この椅子に座ってみてどうなるかと思ったけれど……ふふっ、見ての通りどうにかなってる」
「いいことなのか悪いことなのか……」
「どっちだろうね?」
お互いクスクスと笑みをこぼし、早速アイビーが淹れてくれたお茶に口をつける。すっきりとする好みの味に肩の力が抜けたような気がした。ティーカップをソーサーに戻し、目の前に積まれている書類に目を向ける。学生の時もかなりの量だと思ったけれど、目の前にあるそれはその数倍はある。それを回復薬なしで捌いていると当時の僕が知ったら「手を抜いてるのかな?」と言っても不思議じゃない。
「そういえば、今日出版された本に面白いことが書かれていましたわ」
「ああ、僕も読んだよ。世間はあの子たちが気になって仕方がないみたいだねぇ」
「貴方様が出し惜しみをした甲斐がありましたわね」
今日出版された本はもちろん僕も目を通した。王家について主観ではあるけれど著者の独自の解釈は中々に面白かった。そして何よりも、双子の今後のことが一番に気になるのだろう。それもそうだ、どちらとも第一王位継承者なのだから貴族どころか民たちも気になっているに違いない。
あらゆる思惑や期待がある中、あの子たちがどう応えてくるか。それはまるで兄上の暗殺計画でのことで僕たちがどう動くかを傍観していた父上のようだと小さく笑みをこぼす。
「我が子の成長を見守るのは楽しいね」
「そうですわね」
僕もあまり口出しされることなく、時と場合によっては手のひらで踊らされたこともあったけれどそれが父上の教育のやり方だった。僕が父になった時にどうなるかと自分で想像したことがあったけれど、今のところ父に似てしまっている。まぁ、おかげであの子たちはのびのびと過ごしているようだけれど。
「この間叔父上様のところにフィナが戦術を学びに行ったそうですわ」
「叔父上が若返っていると思ったらそういうことか。ひ孫が遊びに来て楽しいんだろうね」
「あの子はそちらの面の才能がありそうですわ。剣を振るうことは難しくとも別の武器を与えればきっと使えこなせますわ」
「それはいいね。与えてみよう」
ゆっくりと休憩するために資料が積まれているデスクから立ち上がり、ソファのほうへと移動する。アイビーもすでに向かい側に座っており、いつものようにティーカップに口を付けていた。
僕が移動したタイミングでノックが鳴りマリアンヌが菓子を持ってくる。相変わらずマリアンヌは僕たちの子どもの頃から見た目が変わらない。前にしれっと歳を聞いてみたけれど「乙女の秘密です」と言われてしまえば、今後僕がマリアンヌの年齢を知ることはなさそうだと笑みをこぼした。
「フィナが僕に似ていて、セラはアイビーに似てるね」
フィナは意外にも負けず嫌いで、そして貪欲だ。双子とはいえフィナは妹にあたるからそうなのかもしれない。一方セラは真面目だ。王子としての立場を理解し強かに動く面がある。そして兄にあたるからか、少し妹のフィナに対して過保護なところもある。
そこはよくわかるけどね。フィナはアイビーに似て美しく愛らしい子だ、変な虫がついてもらっては困る。父親である僕もそう思っているのだからセラがそう思うのもなんらおかしくはない。
「セラに婚約者を宛てがう時期は過ぎてしまいましたわね」
アイビーの言葉に苦笑をもらす。僕たちは六歳の時に親が勝手に決めてお互い婚約者となったけれど、今のセラの年齢はすでにそれを超えている。けれども未だに婚約者はおらず、年配の貴族にネチネチと言われている最中だ。
「誰と結ばれようとも、あの子たちの自由にすればいいよ」
例えば、もしセラが街の娘を見初めて結ばれることになれば王家から席を外してもいい。例えば、フィナが自分に相応しい男を見つけてその者が婿入りするのもいい。選択肢をより多くとってあげたいと告げればアイビーは笑みを返してきた。
跡継ぎも優秀な人間がそこに収まればいい。一応今の所二人が第一王位継承者だけれど、二人がそれを拒めば優秀な人間を置く算段もとってある。王家の血筋に拘って国を衰退させるよりも、血に拘らず優秀な人間が国に尽くすのであればずっとそのほうがいい。
「本当に、レオンハルト様と共にいると退屈は致しませんわ」
「ふふっ、僕たちの周辺では小さい頃から何かと起こっているからね。拉致監禁暗殺毒殺……学園に通うことになれば落ち着くかと思ったけど学園は学園で騒動もあったねぇ」
「懐かしいですわねぇ。わたくし何度断罪されそうになったことやら」
「最初の断罪なんて意味わからなくて僕思わずポカーンとしちゃったよ」
「あの時のレオンハルト様のお顔は可愛らしかったですわ」
「アイビーは美しかったね」
お互い当時のことを思い出して笑みをこぼす。学園祭の準備が大変で回復薬に手伝ってもらいながらもせっせと仕事をこなして、噂の対応をできなかったところを突かれて。結局向こうのおざなりな計画は簡単に看破できたからよかったものの、もし悪どい貴族のように綿密な計画だったのならば僕は多少暴れていたに違いない。
けれどあれは悪いことばかりではなく、寧ろ僕にとっては都合がよかった。結局今後を見込めない二人を切り捨てることができたし、何よりも毅然と立ち振る舞う美しいアイビーの姿を見ることができたのだから。あの時魔道具で映像を記録していなかったのはもったいなかった。かなり惜しいことをした。
それからもまぁ、異世界からの転生者の証言によりアイビーがどれだけ「断罪イベント」とやらに巻き込まれるのか知って。一体アイビーになんの恨みがあって、と青筋を立てたこと数知れず。まぁ、どれもこれも僕たちの『趣味』に移すことができたからよかったけれど。
「でも何が起ころうとも、僕がアイビーを守るけどね?」
「まぁ……レオンハルト様ったら。逆もまた然り、ですわ」
「ふふっ、それに今は心強い味方が二人も増えたからね」
「あの子たちも殺る気……コホン、やる気満々でございましたからね」
一応訂正したけれど、アイビーの言葉はあながち間違ってはいない。僕たちの子どもはそれはもう可愛らしいけれど、びっくりするほど趣向もそのまま僕たちに似てしまった。こっちは教えた覚えもないのに、人間がどのようにいたぶればいいのか学んでしまっている。アイビー曰く「どちらに似てもそうなりましたわ」とのことで、僕もそうだなと納得してしまったけれど。
そして小さい頃の僕たちと同じように、こっそり『それ専用』の部屋を作ったのも知っている。夜な夜なそこから僅かな悲鳴が聞こえてくるのだ。魔法で音を漏れないようにはしているようだけれど、それはまだ完璧じゃない。それに僕の前ではその魔法も無意味だ。
「この間あの子たちアイビーに頼んでアレに会いに行っただろう?」
「ええ。とても清々しい顔で『お勉強できました!』と言っていたので、よい成果が出たのでしょうね」
まさか彼らも未だに処刑されることなく一生あの部屋でいたぶられ続けるとは思いもしなかっただろう。しかも僕たちだけじゃなく、その子どもまで。片方はプライドが高い故に今頃ベキベキにへし折られたところだろう。
一方はアイビーにいたぶられることに悦びを感じ取るようになったけれど、今ではアイビーではなく子どもたちが相手にしている。いたぶられるプロとなってしまった彼は子どもたちでは満足できないらしい。これからずっと不満を抱いていればいいさと口角を上げた。
僕は立ち上がりアイビーの座っているほうへと回り込む。隣に腰を下ろし髪に口づけを落とし、次に頬に落とした。肩を抱き寄せれば素直に身体を預けてくる様子は大変可愛らしい。するりと頬を擦り寄せてきたアイビーの頭をゆっくりと撫でて日頃の彼女を労る。
「これからもアイビーに何があろうとも僕が必ず助けるから」
「わたくしもですわ、レオンハルト様。貴方様に何か起こった場合一番に助けに行くのはわたくしですの」
「頼もしいね」
周囲の人間によく言われる言葉がある――君たちは相変わらずだな、と。僕が側室を持たない理由をよく知っている彼らはよく僕たちの惚気話に付き合ってもらっている。これはある意味民たちへの救済処置だ。
そうでければ僕たちは堂々と民たちの前で惚気けるからな、と言ったからだ。もちろん僕だけではなくアイビーもだ。彼らはその言葉に「それだけはやめてくれ」と困り顔だ。王族としての矜持もあるんだぞと。まぁぶっちゃけ知ったことじゃないって感じだったんだけれど。それほど僕たちはお互い惚れているのだから仕方がない。
「ふふっ」
「楽しそうだね、アイビー」
「もちろんですわ」
手を取り合ってにぎにぎと握る。楽しそうに笑うアイビーはそれはもう可愛らしい。我が子には悪いけれど正直可愛らしさに関してはアイビーが世界一だと思っているから。
クスクスと笑みをこぼしていると元気よく扉が開かれた。僕が休憩しているのだとファルクに聞いたのかもしれない。あの子たちはそのつもりはまったくなくとも、ファルクは邪魔をする気満々だったのだろう。元気いっぱいに飛び込んできた双子に僕たちはそれぞれ未だ小さな身体を抱きしめた。
「あ、そうですわ。言い忘れておりました。子ができましたの」
「……そうなのか?!」
「弟ですか?!」
「妹ですか?!」
「ふふっ、それはですわね――」
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