婚約者に断罪イベント?!

みけねこ

文字の大きさ
上 下
11 / 65
閑話

秀才だった従兄弟

しおりを挟む
 相変わらず本家の屋敷は広い。あちこち歩いて場所を把握するのにどれほど時間がかかるんだろう、とつい小さく息を吐きだしながら案内してくれている執事さんの後ろを歩く。
 立派な屋敷からわりと離れた場所に小さな別棟があって、「こちらです」と頭を下げた執事さんに同じようにペコリと頭を下げ扉を開ける。少し埃っぽいのは少し前まで物置として使われていたからなのかもしれない。部屋を見渡していた視線を中心部に戻せば、一箇所にだけ差し込まれている陽の光の下で探していた姿がそこにあった。
「ハイロ」
「……ああ、ハロルド。来たのか」
「うん」
 様々な本が置かれているものの、この部屋全体に魔法がかかっているため魔法を使った実験はまったくできない状態だ。知識だけは蓄えられる部屋、だけれど彼は一体何度同じ本を読み返したのだろう。
 カナット学園で何があったのかは聞いた。最初こそはあのハイロが、って疑ったけどそれだけ魅了の魔法が厄介だったんだろう。ハイロすらもかかってしまうなんて。魔法を使った人物の魔力が高かったのか、またはハイロがかかりやすい状況に陥っていたのかは僕にはわからない。
 でも色々とやってしまったハイロがノレッジ家を追い出されることなくこうして離れに閉じ込められている理由は、彼は真っ先に自分の行いを悔いたからだ。何をしでかしてしまったのか理解した彼は自らノレッジ家から籍を外し罰せられようとしていた。
「ハイロは他の二人と比べていち早く気付いたようだからね。ほんの少しだけ慈悲を与えようかな」
 そんなことを王子に言われたらしい。それから学園を追放された彼は魔力を封じられ尚且魔法の使えない部屋に閉じ込められ、ただただ何度も読み返した本を読んでいる日々を過ごしている。
「そんなにすごい魔力だった?」
「いいや、彼女の魔力自体はきっとそうでもなかった。けれど……慣れないことをするべきじゃなかったな」
「……欲しい言葉でもかけられた?」
「……そう、かもしれないな」
 それはどんな言葉だったんだろうか。頼り甲斐がある? その知恵にとても助けられている? ノレッジ家はそうであるのが当たり前だから、ハイロほどの知識量があっても普通とされていて周りに褒められることなんてまずない。そこを浸け込まれたのかもしれない。
「情けないな。王子も認めてくださっていたというのに」
「……君は、勉強一筋で女性に対しての免疫があんまりなかったからね」
「はは……痛いところを突く」
 知識があっても対処する方法を知っていても、弱点を突かれてしまえばどうしようもない。その対処を更に知っておけば問題なかったんだろうけれど、ハイロはそれを知らなかった。
 ほんの少しの強かさが彼には足りなかった。
 少し埃っぽい部屋の中に足を踏み入れ、空いている場所に腰を下ろす。小さい頃よくここでハイロと一緒に色んな本を読んだものだ。そのときはまだ魔法が使える部屋だったから、ハイロが色々と見せてくれた。
 お互い兄弟がいなくて、ほんの少し歳の離れたハイロは僕にとっては兄のような存在だった。物知りで、色んなことを教えてくれて。
「……本家の養子になることが決まったんだ」
「……そうか。ハロルドが跡継ぎになるんだな」
「そうだね。でも……ほんのちょっとだけ、僕でいいのかなって思っちゃうよ」
 自分の指を絡ませて、視線を落とす。だって、僕。
「魔力がないんだもん」
 色んな魔術師や研究者を輩出しているノレッジ家だ。そんな家の当主に魔力ゼロだった者なんて未だかつていない。
 この国は魔力ゼロの人が少なくて、あまり周りからいい目を向けられない。魔法が使えて当たり前、みんな口々にそう言うけれどその人たちの当たり前は僕らにとっての当たり前じゃない。それを言ったところでなかなか理解をしてもらえない。それもそうだ、当たり前のように息ができるのに僕らは「息ができない」と言っているようなものなんだから。
 僕が跡継ぎになって、ノレッジ家は周りに何か言われないだろうか。厳しい眼差しを向けられないだろうか。今までは僕一人耐えればいい話だったけれど、ノレッジ家の人たちや使用人の人たちにまでそんな視線を向けられてしまう。それをわからないハイロの父親じゃないだろうに。
「そんな心配はするな。王子がお前のバックアップをしてくれるんだろう?」
「うん、そうだけど……」
「胸を張るといい。それだけの発明をしたのだから。アイビー様のこともあるし王子は全面的にお前を支援してくれるはずだ」
 有名な話だ。王子の婚約者である人も魔力がないということは。周りから色んな声があるものの彼女はそれを実力でねじ伏せてきた。そして王子はそんな婚約者を溺愛している、とかなんとか。それは噂話で聞いた程度で本当かどうかなんて、僕はそこまで親しくないからわからないけれど。
「……ハイロ、実は君にお願いがあって会いにきたんだ」
 今までのように魔力がなくても使える道具を作るために籠もっているだけ、なんてことがきっとできなくなる。他にもやりたいこと学びたいことあるけれどそれ以外もきっとやらんきゃいけない。
「君の知恵を貸してほしいんだ」
 でもハイロほどの知恵があったら。もしかしたらこれは『甘え』なのかもしれないけれど、僕は全知全能というわけでもない。得意なこともあれば不得意なこともある。それをカバーしてくれる人材がほしかった。もちろん、王子にはこれでもかというほど頭を下げるつもりだ。
「……それによってハロルドの立場が悪くならないか」
「いいよどうせ元から立場がいいってわけじゃないし! 王子には何度も頭を下げてお願いするつもりだから!」
 顎に手を当てて考えてる素振りを見せるハイロに、ドキドキしながら返答を待つ。しばらくすると、ハイロは小さく笑みを浮かべながら「俺も何度も頭を下げよう」と言ってくれた。
「ハロルド、気になることがあるんだろう?」
「そうなんだ……魔力についてなんだけど」
 魔力ゼロの人間が魔力を持つことができるかどうかの研究をずっとやってきたけれど、それが実になることはなかった。元から持っていない者は何をどうやってもこれから持つことができない。
 ただその研究の中で気になるデータが出てきた。
「魔力は歳を取るに連れて、枯渇していく」
「まさかとは思ったが……」
「あの膨大な魔力を持っている今の王だって、全盛期に比べて徐々に魔力が減っていっているみたいなんだ。元から魔力が多い人はいいよ? でもゼロでなくても少ない人だっている。その人たちが将来年老いたときに……」
 魔法が使えるんだろうか? 当たり前のようにあったものが突然なくなったとき、戸惑わない人がいるんだろうか。突然魔力ゼロみたいなことを突きつけられて、周りにどんな目で見られるか。
「やっぱり魔力を使わない道具はこれからもっと必要になってくるんだよ」
 そんな人たちが悲しい思いをしないように、もっと多くな色んなものを発明して開発していく必要がある。そのためにはハイロの知識だっているし、色んな人たちの助けだっている。
 ハイロの視線を受けてハッとして、グッと握っていた手を下ろした。ついつい熱弁してしまって恥ずかしい。ちょっと縮こまっている僕にハイロは小さく微笑んだ。
「ハロルドのそういうところが王子は気に入ったんだろうな」
「え……?」
「謀略や策略など汚いものは俺に任せるといい。俺は慣れているし、何より二度も同じ術を喰らわない。ハロルドはただただ人々のために色んなものを開発してくれ」
 ぽかん、と思わず口を開いてしまってそんな僕に「どうした?」とハイロは首を傾げてくる。
「いや……ちょっとびっくりしちゃって。王子もハイロとまったく同じことを言っていたんだ。『謀略や策略は僕に任せておけばいい』って」
「……! ……そうか」
 少し俯いて小さく笑ったハイロの顔が、なんだかちょっと切なく見えた。
 あんなことがなければきっと今頃ハイロはそのまま王子の傍で色んなものを学んで、そして王子を支えられる人物になっていたはずだったんだ。たった一人の魅了でハイロは人生を狂わされた。
 僕は魅了の魔法を使った人間が憎くないのかと言われれば、そうではないとは言い切れないけれど。それでもやっぱり最終的に自分で決めたのはハイロだ。ハイロの詰めの甘さが最も重大な場面で出てしまったということだけだ。
「……頑張って一緒に王子に頭下げようね」
「そうだな……」
 これは決してハイロのためじゃなく、将来の僕の開発のためのことだけれど。でもほんの少しだけハイロの助けにもなればいいなとお互い目を合わせて小さく頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

処理中です...