鬼にかすみ草

梅酒ソーダ

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鬼にかすみ草

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 むかしむかし、『鬼鳴山』という鬼が住む山がありました。鬼たちは人間を喰う為に時々山へ降り村を襲うのです。人々は鬼たちを恐れ、山へ近づかないようにしていました。
 鬼たちは今日も、人間たちを襲うための金棒を熱心に研ぎます。焚き火の近くで談笑しながら、どんな風に襲ってやろうか話しているのです。それを遠くで聞いている一匹の黄色い鬼がいました。名を夜丸(よまる)と言い、鬼たちの中では変わり者扱いされています。まず、鬼はみんな赤色です。黄色い鬼なんていません。そして何よりも変なところは、夜丸は人間を襲いたいなんて思った事なんて一度もないのです。夜丸は言います。
『人間を食べなくても、野山に生える野草やキノコを食べればいい。人間は俺たちとおなじ知性を持っている。一緒に仲良くしていればいいじゃないか』
 他の鬼たちはわかりません。人間は襲うもの、そう昔から教わってきたのです。夜丸は人間の村に奇襲をかけた時、少しも人間を喰おうとはしません。戦う意思がないから戦闘部隊から外され、今は雑用をさせられています。普通、戦闘部隊は花形で、誰からもうらやまれる地位です。それに対し雑用はいちばん低い地位なのです。それでも夜丸は嫌な顔ひとつせず、掃除や洗濯、力仕事など全部やるのです。
 
 ある日、夜丸は鬼たちに疎ましく思われ、鬼の集落を追放させられました。途方に暮れた夜丸は心を落ち着かせようと秘密の花畑へ向かいました。夜丸だけが知る、お気に入りの場所です。そこには一面のかすみ草が咲き誇っています。ほかの花よりも派手では無いですが、夜丸は小さくて可愛らしいかすみ草に囲まれると、なんだか温かい気持ちになるのです。
 花畑の真ん中で、夜丸は寝転がり空を見上げました。青々とした大地の匂いと、風の音、蜂の羽音に包まれながら、どこまでも続く空に夢を描きました。
 
 いつか、人と鬼が共存する平和な世界が訪れますように。
 
 夢見心地でそんな未来を描いていると、足音が聞こえて来ます。集落の鬼たちが探しに来たのかもしれないと思い、夜丸は身体を起こしました。
 
 そこには少女がいました。歳は十六、十七くらいでしょうか、大人になりきれていない幼さのある顔つきをしています。少女は驚いた顔をしましたが、すぐにキラキラとした目をして夜丸に近づきました。
 
「貴方は鬼様ですの?」
 今度は夜丸が驚きました。鬼は人間を喰うということを知らないのか、臆することなく話しかけてきます。
 夜丸は教えてあげました。すると少女はクスリと笑いながら、
「存じております。でも貴方は襲ってきませんので、悪い鬼には思えません」
 少女は戸惑う夜丸の横に座ります。夜丸は初めて自分に普通に接してくれる人間に出会い、心がこそばゆくなりました。夜丸は訪ねました。君は変わっていると言われないかと。
「鬼と争うのではなく、手を取り合って共存したいと思うのはおかしなことでしょうか」
 夜丸は驚きました。自分と同じ考えを持つ人間が存在していたのです。夜丸は少女の名を聞きました。『麻子(あさこ)』と言う名前だそうです。
 
 それから夜丸と麻子はかすみ草畑で毎日会いました。何回も話すにつれ、お互い孤独を感じている者同士だということに気づきました。夜丸はだんだんと、麻子のことが好きになってきました。
 
 その気持ちは麻子も同じでした。二人はいつしか恋人関係になり、かすみ草畑の近くに掘っ建て小屋を作りました。二人が住む愛の巣です。誰にも邪魔されず、二人はしばらく幸せに過ごしました。
 月日が経つと、夜丸と麻子の間に子が産まれました。鬼と人間の間に産まれる子に不安がありましたが、すくすくと成長していきました。
 
 しかし、麻子の住む村では大混乱が起きていました。麻子が行方不明で、両親が血眼になって探しています。村の人達も少し心配そうにしていました。ですが両親は見つけてしまったのです。人里離れた山で、鬼と一緒に暮らしていることを。
 両親は怒りを覚えました。人を喰う鬼がそそのかして、娘を監禁しているのだと思ったのです。両親は村の人達に伝えると、みんなは鬼退治しなくてはならないと言いました。男衆はそれぞれ武器を作り、麻子たちの住むかすみ草畑へ向かいました。
 
 一方麻子たちは、沢山の足音が聞こえ恐怖を覚えていました。夜丸は言いました。
 
『きっと鬼か人間達が襲ってくるのだろう。君たちはこのまま逃げるんだ。私は大丈夫だ、後から君たちを追うよ』
 
 麻子は断りました。一緒に逃げればいいからです。

『逃げられたとしても、またいつか襲ってくる。今立ち向かった方が良いだろう。ほら、行くんだ』
 
 麻子は言い返そうとしましたが、夜丸に口を塞がれて言えませんでした。きっと帰ってくる。そう信じて子と共に逃げました。



——それで、夜丸と麻子はどうなったの?
 
 暖炉の光に包まれながら、一人の老婆は小さな子供に続きをせがまれます。老婆は微笑み、子供の頭をなでました。
 
——その後はね、まだ物語を書いている途中なのよ。
 子供は不服そうにしています。老婆はそれをなだめるように、一欠片のチョコレートを渡しました。
——わーい、ぼくこれだいすき!
 子供は嬉しそうにチョコレートにかじりつきます。
——食べ終わったら、手を洗ってきなさいね。
 子供は元気よく返事をし、部屋を出ていきました。
 
 老婆は分厚い本に、かすみ草の押し花を挟んでパタリと閉じたのでした。
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