上 下
34 / 43
第4章 絶望、そして小さな希望へ〈ルル編〉

32話「小さな旅立ち」〈ルル編〉

しおりを挟む
 ゆっくりとベッドに降ろされた。

「大丈夫ですよ。さぁ、これに着替えて下さい」

 そう言ってルルの横に紫色の変わった服を置いた。メイド服じゃ……ない。
 ルルはクビ? もういらない?
 不安が募る。自然と涙が溢れてくる。

「大丈夫。私がここにいますよ」

 エスカノール様は優しくルルの頭を撫でる。
 ルルは用意された着替えに手をつけると、エスカノール様は背を向けて口を開く。

「ルル……お姉さんに、会いたいですか?」
「……え?」

 着替えが終わるとエスカノール様を見上げる。
 お姉……ちゃん? 会いたい。でも会えない。

「無理です。お姉ちゃんは知らない人に買われたです」

 するとエスカノール様は手帳を取り出した。
 それをルルに手渡す。

「……ルルのお姉さんの日記のようです。ルルを買った時にあの商人から買ったのです」

 ルルは日記に目を落とす。
 そこには――

『今日も奴隷としての私の人生が始まる。今日も私は奴隷商人に逆らえなかった。でも我慢しなくちゃ。私が逆らったら次はルルが私と同じ事を……それだけは絶対にダメ。我慢、しな……ちゃ』

 最後の方は滲んで読めない。
 お姉ちゃん……我慢してルルを守ってくれていた。
 涙が自然と溢れる。

 エスカノール様の大きくて温かい手が、ルルの頭を優しく包み込む。

「……辛かったんですね。お姉さんも……ルルも」

 エスカノール様は、ルルの頭を自分の胸に引き寄せた。
 その瞬間、詰まった水が一気に吹き出すように、ボロボロと涙が溢れ出てくる。
 ルルはエスカノール様の胸を濡らした。

 エスカノール様は、何も言わずただルルを抱きしめた。優しさと温もりを感じた。

「もう……大丈夫です」

 しばらくして、ルルはエスカノール様の胸の辺りが濡れて透けているのに気が付く。

「ごめん……です」

 濡れた胸を指して俯く。
 エスカノール様はニッコリと微笑んだ。

「大丈夫ですよ。ルルの気分が少しでも落ち着いたならこれくらい平気です」

 また溢れそうになる涙。
 でもルルは我慢した。
 その顔は酷かったと思う。

「ルル、お姉ちゃん探しに行くです」

 エスカノール様は、ルルの頭を優しく撫でると語りかける。

「では、明日にしましょうか」
「……?」
「今日はここでゆっくり休んで下さい」

 そう言ってエスカノール様はベッドから立ち上がった。

「……どうしましたか?」

 ルルは自然と、エスカノール様の大きくて男らしい腕を掴んでいた。
 行ってほしくない。今日で最後だから……。そう思ったら手が勝手に動いていた。

「……ここにいるです」

 ルルは俯きながらそう言った。急に恥ずかしくなってエスカノール様の顔をまともに見れなかった。

 エスカノール様は察したように、またベッドに座るとルルに安心感を与える。

「わかりました。私はここにいます。ルルはゆっくり眠って下さい」

 ルルは横になる。
 そして眠るまでずっと、エスカノール様の手を握っていた。

 起きるとエスカノール様の姿はなかった。
 ルルは洗面所で鏡を見ると、腫れて赤くなった目を冷やすように顔を洗った。
 そして部屋の扉がノックされる。

「ルル、準備が出来たら行きますよ」

 安心感のある優しい声がルルを呼ぶ。
 エスカノール様が待ってる。ルルはそそくさと準備すると部屋の扉を開けた。

「待たせたです」
「では、行きましょう」

 ルルの前を歩く大きな背中を見つめる。
 廊下には、トニスさんが見える。トニスさんはルルを睨み付け憎しみに溢れた顔をしていた。

 ルルは通り過ぎるまで目を逸らした。
 でも今はあまり怖くなかった。エスカノール様がいたから。

 外には、この屋敷に来た時と同じ馬車が止まっていた。

「さぁ、乗ってください」

 あの時と同じ。エスカノール様は馬車の扉を開けてルルが乗るのを待った。
 あの時と違うのは気持ち。ルルの心にかかっていた霧が晴れたような気分だった。

 ルルの後に続き、エスカノール様も馬車に乗る。
 扉を静かに閉めた。

「わっ……」

 ルルの頭に、ここに来た時に被っていた三角帽子を乗せる。

「ルルの帽子です。大切なんですよね」
「ありがとう……です」

 エスカノール様の微笑みに返すように、ルルもちょっとだけ笑顔になれた気がした。

「初めて笑ってくれました」
「……」

 ルルは笑顔を見せた事が恥ずかしくなって、横を向いた。
 それから街の出口に着くまでは口を開かなかった。最後だけど……何を話していいかわからなかった。ずっと窓の外を……流れる街の風景を眺めていた。
 初めてみるかもしれない。ずっと閉じ込められていたから。

 そして馬車が止まった。

「着きましたよ」

 エスカノール様が笑顔を見せる。
 先に降りたエスカノール様の後を追い、ルルもゆっくりと外に出る。
 そしてエスカノール様は、出口まで先行すると口を開いた。

「では、気を付けて下さい」
「……」

 何を言えばいいのかわからなかった。

「ルルは強いです。これ、持っていって下さい」

 そう言って差し出したのはフクロウのようなものだった。

「フクロウ……」

 そう呟くとエスカノール様は笑顔で答える。

「これは、お姉さんを探すのに役に立つと思いますよ。名前はポポといいます。匂いを覚えて行方を追ってくれます。衝撃には弱いので取り扱い注意ですが」
「ありがとうです」

 エスカノール様からのプレゼント。そう思うとルルはポポを抱きしめた。
 するとポポはルルの肩に乗って、首を小刻みに動かしている。

「では、また……お会いしましょう」

 またいつか、会えるんだ。そう思ったらルルは口元が緩んで、エスカノール様に手を振った。
 そして振り向かず、街の外に向かう。
 ルルが見えなくなるまでずっと、エスカノール様は見守ってくれていた、ような気がする。
 振り向かなくてもわかる。エスカノール様はそういう人だから。

『ありがとうです』

 小さく呟くと自然と笑みが溢れた。そしてルルは、街の外に広がる砂漠の海に入って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル【コールセンター】では知識無双もできません。〜残念ヒロインとギルドシェア爆上げ旅〜

マルジン
ファンタジー
✩✩ファンタジー小説大賞✩✩ ✩✩✩✩参加中です!✩✩✩✩ 目次ページの、あらすじ上部(アプリは下部)に投票ボタンがありますので、何卒、ポチッとお願いします! 下ネタ(エロシーン含む)89%、ギャグ10%、残り1%は設定厨に贈る。 GL(百合)あり、BL(薔薇)あり、下ネタ満載のドちゃくそギャグファンタジーが花開く、アホのためのアホ物語。 〜あらすじ〜 残念すぎるヒロインたち。弱小ギルド。謎スキル。 召喚されたへたれ主人公が、世界の覇権を握る(ハーレムを作って童貞卒業)ために奔走する……。 けど、神の試練といたずらが、事あるごとに邪魔をする。 主人公は無事にご卒業できるのかッ!?(ムリ) ハーレムを作れるのかッ!?(笑) ちょっとグロめでそこそこエロめ。 百合やら薔薇やらSMやら。 なんでもござれのファンタジーギャグコメディ! ぜひぜひ読んでくださいよぉッ! 【投稿時間】 毎日、夕18時投稿です。 基本的に一話投稿です。 (タイトル「第◯ー△話」の◯部分が話数です) ✩✩8/30まで毎日3話投稿します!✩✩ ✩✩それ以降は毎日1話です!✩✩ ※タイトルの「第◯ー△話」は、文字数調整の都合で分割するためのナンバリングです。気にしないでください。 ※文字数1,500〜2,500ぐらいに調整してます。変な感とこで、1話がぶつ切りされるかもしれませんが、それはすみません。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿しています。 ※表紙画はAIで生成したものです。

婚約破棄を告げた俺は、幼なじみと一緒に新天地を目指す!~村も国も捨てて新しい土地でゆっくりと暮らしますね~

長尾 隆生
ファンタジー
「望み通り婚約を破棄してやるよ」 聖女として魔王討伐に出かけ、帰ってきた婚約者であるキュレナに村の青年ルキシオスはそう告げた。 かつてキュレナと共にありたいと勇者パーティの一員に自分も加えて欲しいと頼み込み、無下に断られた彼はいつか勇者を見返してやりたいと、勇者に捨てられた幼なじみの気弱な女の子エルモと共に死に戻りで無限に修行が出来る賢者のダンジョンに籠もった。 そのおかげで強大な力を手に入れた二人は魔王討伐を終え、凱旋パレードと称し戻ってきた勇者パーティ全員をたたきのめしてしまう。 国の英雄である勇者一行を倒してしまったからにはもう村にはいられない。 ルキシオスとエルモは二人で村を出て新たな新天地を目指し旅を始めたのだった。 鈍感朴念仁なルギーに、エルモの恋心はいつ届くのだろう……。届くよね?

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

秋津皇国興亡記

三笠 陣
ファンタジー
 東洋の端に浮かぶ島国「秋津皇国」。  戦国時代の末期から海洋進出を進めてきたこの国はその後の約二〇〇年間で、北は大陸の凍土から、南は泰平洋の島々を植民地とする広大な領土を持つに至っていた。  だが、国内では産業革命が進み近代化を成し遂げる一方、その支配体制は六大将家「六家」を中心とする諸侯が領国を支配する封建体制が敷かれ続けているという歪な形のままであった。  一方、国外では西洋列強による東洋進出が進み、皇国を取り巻く国際環境は徐々に緊張感を孕むものとなっていく。  六家の一つ、結城家の十七歳となる嫡男・景紀は、父である当主・景忠が病に倒れたため、国論が攘夷と経済振興に割れる中、結城家の政務全般を引き継ぐこととなった。  そして、彼に付き従うシキガミの少女・冬花と彼へと嫁いだ少女・宵姫。  やがて彼らは激動の時代へと呑み込まれていくこととなる。 ※表紙画像・キャラクターデザインはイラストレーターのSioN先生にお願いいたしました。 イラストの著作権はSioN先生に、独占的ライセンス権は筆者にありますので無断での転載・利用はご遠慮下さい。 (本作は、「小説家になろう」様にて連載中の作品を転載したものです。)

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

処理中です...