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2章

27 対面

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「私がお手紙を差し上げたステファン・ホイトです」
「お返事を書いたアレクシス・リベラです」
「ハナ・セヤです」
 研究所の応接室で応対したステファン氏は、50歳前後の小太りの男性だった。少しよれよれした服を着ている。
 髪は金髪なのだろうか。涼しくなった頭はどこが肌色でどこが髪か今一つよく分からない。
 後任というからジョンより若いのかと思っていたが、そういう訳でもないようだ。

 私達を部屋に残しステファンは一度部屋を出、そして一人の男性と共に戻ってきた。
こちらは30代後半位の黒髪の男性で、明らかに仕立てのいいスーツを着ている。ステファンより背が高く、痩せている…というか不健康な感じだ。
「私がディラン・デイヴィスだ。お会いできて光栄だ」
 デイヴィス男爵は、弧を描いた口と裏腹に、細めた目は笑っていなかった。



「先般の火事は私にとっても痛手だったよ。出資を見直そうかとしていたところで色々行き違いがあってね。君らの申し出がずっと保留になっていたことを知ったのはつい先日なんだ。悪かったね」
「そうでしたか」
 本当かは分からない。話半分に受け止めておくことにする。
「私がこの研究所の出資者であることはあまり広く知られていないと思うが、君達は何故知ったのかね?」
 成程、そこが気になる所なのか。考えを巡らせる。
 アレクは手紙で『出資者のデイヴィス男爵は、ステファンによる実験再開を了解しているのか』と訊いた。
 男爵はそれを、『裏に男爵がいることも、男爵が予算認めないせいで実験再開がストップしてたことも知ってますよ』というメッセージと受け止めたのかもしれない。
 それで、自分は悪くないと主張し、何故知ったか探るために、男爵まで同席する対面を設定した。そう考えるとしっくり来る。
「たまたま、耳に挟む機会があっただけです」
 にっこり笑って流す。情報ソースのギブソン夫人に迷惑をかけないように。それに、こちらが何をどこまで知っているか、手持ちのカードを見せない方が有利になる。

 話を軌道修正する。
「本日伺ったのは、私を元の世界へ帰せそうだと、そのために確認したいことがあると聞いたためです」
「そうだったね。私も異世界と行き来するというのはにわかには信じがたいことだった。ジョンやステファンの話を聞いて、そして君という異世界人を見て、納得せざるを得なかった。素晴らしい技術だね」
 私の眉間に皺が寄った。その素晴らしい技術で、私をこちらの世界へ閉じ込めてしまった責任者が言う言葉じゃない。
 そしてアレクは子供の頃、その素晴らしい技術の実験体に使われたのだ。

「それで君達に聞きたいのだが、君達はジョンから何か預かっていないかね?」
「何か、といいますと?」
「生憎形は分からない。だがステファンが言うには、それはこの実験に不可欠なものだそうだ。だからおそらくジョンが隠し持っていたのではないかと」
 雲を掴むような話だ。
「今もジョンが持っているのでは?」
「ジョンは今も行方不明だ。彼の家も探したがなかった。今は誰かに託した可能性をあたっている」
 話の持って行き方が不自然だ。ジョンがそれを手放したと確信するような情報を握っているのか。ーー例えば、本当はジョンの行方を知っていて、連絡を取っているとか。
「心当たりはありません」
「考えてみてくれないかセヤ嬢。リベラ君、君は実験当日以外にもジョンと何度も接触した筈だ。どんな小さなものでも、些末なものでも、何かないかね?」
 考えてみても思い付かない。私がこちらの世界へ来た時、ジョンはむしろ私は眼中にない感じだった。私の移動と言う物理現象のデータ解析に夢中で放置された。アレクの方を見ても、私を見て困ったように首を振る。

 そういえば、ギブソン夫人は、デイヴィス男爵が質の悪い男達と接触して探し物をしていると言っていた。これがその『探し物』なのか。

 その後、デイヴィス男爵は自身のビジョンを語った。物理学の発展にこの国の未来があると期待しており、この研究所に投資することにしたそうで、長々と熱弁を振るった。
 こちらは、それに合わせて感心したような相槌を打つしかないが、そんな話のために呼ばれたのだろうか、と困惑する。
 私達は投資家でも新聞記者でもないので、個人的にこうした話をされても双方メリットはない気がする。

 長々とした話に辟易した頃、ステファンが口を挟んだ。
「すっかり遅くなってしまいましたが、実験室へ来て頂けますか。手紙でお話しした確認したい点が、他にもあるんです」
「いえ、もう遅いですし、長居はご迷惑でしょう。日を改めて出直します」
 もう陽が暮れ外が暗い。アウェーの『敵地』に夜に留まるのは避けたい。
 気遣わしげな風に窓の外へ視線をやって見せると、男爵が言った。
「出直させるのも申し訳ない。ステファンの用事を済ませてやってくれ。帰りは馬車を呼んであげよう。ご婦人をこんな暗い中歩いて帰す訳にいかないからね」
 慈悲深い笑みを浮かべる男爵に、あんたの長話のせいだ、と心でため息を吐く。
 
 男爵、私、アレク、ステファンの順に並び廊下を進む。従業員は帰ってしまったのか廊下の灯りが点いていないので、男爵とステファンはランタン(ランプ)を持っている。
 途中の枝道でステファンが立ち止まり、アレクに言う。
「旦那、倉庫から装置を運ぶのを手伝ってくれませんかね?」
 アレクが困惑した顔をする。男爵が声をかける。
「私も行った方がいいかね?」
「とんでもない、男爵の手を煩わせる訳には。ご婦人と先に部屋へ行ってください。すぐ追い付きます」
 階級が上の人と客人なら、客人に手伝わせるものなのだろうか。この辺の感覚は私には分からない。
 アレクは私に気遣うような目を向けた後、困ったように頷いてステファンと共に枝道へ入った。

 実験装置を作る関係で増改築を繰り返したそうで、ややこしい作りの建物を進み、更に階段を上り一つの部屋に案内された。理科室のような簡易な実験机と椅子がある部屋で、窓はカーテンがかけられていた。男爵の持っていたランタンはあまり明るくない上、棚の影に置かれたので、部屋は薄暗い。
 怪しい。すぐ部屋を出ようとしたら男爵に止められた。紳士的だけれど強引に。やがてステファンが現れた。しかし、一緒にいる筈のアレクがいない。

「アレクはどうしたの?」
「お嬢さん次第ですよ」
 男爵の口が弧を描いた。

◇◆◇◆◇◆

 アレクはステファンと共に階段を下りた。運んでほしい装置は地下の倉庫にあるという。
 ハナを男爵と残してきたのが不安だった。謂わばここは敵地だ。戦力を分断されたくない。しかし爵位持ちにむやみに反抗するのも禍根を残しかねない。早くハナの所へ戻ろう、とアレクは思う。

「その部屋です」
 ステファンの声に、廊下の奥へ目を向けた。
 その瞬間、アレクの頭に衝撃が走った。ふらついた所にもう一撃。膝を付き体勢を崩したところで、近くの部屋へ蹴り込まれ、ドアが閉まった。
 アレクはすぐドアに飛び付いたが、ガチャリ、と鍵が閉まる音がした。
「大男は丈夫過ぎていけねぇ」
 ドアの向こうからステファンが嗤う声がした。
「殴った位じゃ気絶してくれねぇか。2、3日して弱った頃来てやるよ」
 小走りの足音と、ドアの隙間から入るランタンの光が遠ざかり、アレクは暗闇に閉じ込められた。
 アレクがダンッ!とドアを叩く音は誰も聞かなかった。

◇◆◇◆◇◆

 正体出しやがった。
 先程までは一応紳士的な仮面を被っていた男爵とステファンを睨む。2人は今は、見下すような視線を隠しもしない。
 男爵は優雅な手つきでランタンに覆いをかけた。かろうじて互いの姿や部屋の椅子などの配置は見えるが、光量が小さいので、外からカーテンを透かして中に人がいるようには見えないだろう。やられた。
 応接室は一般に、庭の眺めがいいよう庭に面した2階で窓も大きめにしたりするので、外からも様子が見えやすい。さっきまでいた部屋もそうだった。
 歩いた感じだとこの部屋は4階の隅。きっと外から見えにくい立地の部屋を選んだのだろう。しかも予めカーテンを閉め、用意されていたのだ。

「脅しのように聞こえますが、男爵の立場の人がいいんでしょうか。私とアレクを家に帰してください。私達が帰らなければ、友人達や周囲の人が異常に気付いて騒ぎますよ」
 ステファンが歪んだ笑みを浮かべた。
「あんた達の店は死人を出したり、従業員があばずれだったり、惨々たる評判じゃないか。夜逃げしたり、恨まれてどこかで刺されて野垂れ死にしてても、誰も不思議に思わないだろ?多少騒ぐ人間がいても、失笑されるだけさ」
 頭の中でパズルがカチリとはまった。
「あの噂を流したのは、あんたか」
 ステファンの嗤い声が肯定の返事だった。

 怒りで血が煮えたぎった。
 中傷を流したのは、私とアレクが『失踪してもおかしくない』状況を作り上げるためだったのだ。
 そんなことのために……私達が大切に誇りをもって作り上げた仕事を、アレクや先代や私が守ってきた店を、アレクや私の人としての尊厳を、滅茶滅茶に踏みにじったのか。

「穏やかに話し合いたいんだ。協力的になってもらえないかね?リベラ君のためにも」
 穏やかと真逆の手段をとった男爵は、困ったような笑みを浮かべた。

 ……絶対殴ってやる。
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