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17 日常
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王家と現王派閥を中心にした国を揺るがす襲撃事件は、捜査や処断、更に王位の譲位に至るまで解決に半年の時間がかかった。
しかし王宮の外では、早々に少しずつ日常を取り戻していた。
時を遡り、事件から一週間が経った後頃。
◇◆◇◆◇◆
クレシュの屋敷は、荒らされた箇所の修理や掃除が進み、大分平穏を取り戻していた。休みを貰っていた使用人も戻ってきた。
襲撃に巻き込まれた使用人達は、1週間の休暇と見舞金が与えられていた。
クレシュのような戦闘職ならともかく、一般人が命の危険に脅かされることは心に深い傷を残しかねない。ゆっくり休み、それでも辛い者にはここを辞めて余所で働けるよう紹介状を書くと伝えられた。
しかし彼らは襲撃を直接見ず、ヴェルディーンの庇護下で温かい心遣いを受けていたこともあり、幸いそうした苦しみを負う者はいなかった。
また、伯爵とその夫自らが先陣に立って使用人の心身を守りきったことから、むしろこれ程安心して心預けて働ける職場はないと、屋敷での勤務継続を希望した。
全く元気だしむしろ屋敷を荒れたままにしている方が気が滅入ると言って、半数以上の者が襲撃翌日を休んだだけですぐ職務についたので、屋敷は予定よりずっと早く整えられた。
休暇を消化しなかった者は、後日好きな時にその分を休めることにしたため、使用人達の主達への株は更に上がることとなった。
「クレシュ、熱くない?」
「あぁ、丁度いい」
クレシュの屋敷のリビングで、いつもの会話が繰り返される。
クレシュがソファに横たわって仰向けになり、その頭の傍に寄せたスツールにヴェルディーンが座っている。
ハーブを入れた湯に浸し軽く絞った布を、クレシュの顔の左半分に載せる。
初めてこの施術をしてから、数日おきの日課になっていた。最近は出張や事件の後始末で時間をとれなかったが、今日は久しぶりに行った。
古傷の改善のためだけなら、勿論使用人にやらせてもいい。でもこれは夫婦のコミュニケーションの時間でもあるので、今もヴェルディーン手ずから行っている。
「もう最近では殆ど痛まなくなった。ヴェルディーンのお陰だ。ありがとう。もうなくていいかもしれない」
クレシュが目を瞑ったまま礼を言う。
「それは良かった。でもまだ痛むなら続けよう?」
「でも手間だろう」
「いや、この時間は好きなんで、無くなるのはちょっと残念かな」
「そうなのか?」
クレシュは内心首を傾げる。面白いことなどないだろうに。
「クレシュの無防備な顔を間近で見ていられるし」
クレシュがカッと鋭い灰色の目を見開いた。怖い。
礼儀正しく椅子に座って見下ろすヴェルディーンの顔は不躾な程近くはないが、そんな言われ方をすると下心を感じてしまう。
「いや、ごめん。不埒な意味じゃなくて。好きな女性をじっと眺めていられるのはやっぱり嬉しくて。
クレシュは気配に敏いから、普段そっと見つめることもできないだろう?
貴重な時間だからいつも楽しみにしてたんだよ。…って、やっぱり不埒か。ごめん」
ヴェルディーンは素直に頭を下げた。
「いつも…?」
そんな前から、彼は自分を想ってくれていたのか……?
ずっと、形だけの妻と認識されていると思っていたので、なんだか心がざわざわしてきてしまう。
「あと、こうしていると色々思い出して」
「何を?」
「初めて会った時も、クレシュはベッドに横たわっていて私は枕元に座っていたな、とか」
初めて…?とクレシュは記憶を探る。
魔物を討伐して目が覚めたら、目の前の綺麗な王子様に夫だと告げられたのだった。そうそうある出会いではない、と思い出す。
「貴女は瘴気にあてられた上大怪我をして、一ヶ月も目が覚めなくて。いつ命が消えてしまうかと、ずっとハラハラしながら寝顔を見つめていたんだよ。
だけど今は、健康そうな顔色で私の暢気な会話に付き合ってくれる。あぁ、生きてるんだなぁ、としみじみと幸せが胸に迫ってくる」
--目を覚ましてくれ。魔物を倒した貴女だ。死神をやっつけて帰ってきてくれ。一緒に怪物退治をしよう。私の勇者。--
あの時の血を吐くような祈りをヴェルディーンは思い出す。彼女は見事、死神も、王宮の遥か奥に巣喰う怪物までも討ち倒してくれた。何という奇跡だろう。
「……心配かけてしまったようだな。もう、早々あんなことはないと思う。……多分」
クレシュのやや的外れながら気遣う台詞に、愛おしさが募る。
ヴェルディーンはそっと、クレシュの眉の上の傷を指先で撫でる。彼女がこの傷を受けた戦いがなければ、自分達はこうして縁をもつことはなかった。--過去を否定している訳でも、彼女を縛りたい訳でもない。
「いや、昔がどうこうということじゃなくて。今が幸せだなぁという話だよ。さあ、布が冷めてしまったね。また温めるよ」
湯で濯いで絞った布をまたクレシュの顔に載せる。クレシュも大人しく目を閉じた。
やがて、クレシュの微かな寝息が聞こえてきた。
気配に敏感なクレシュが、ヴェルディーンの前では眠るようになったのだ。
ヴェルディーンはその特権を得た幸せを噛み締めて微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆
後日、クレシュが屋敷に栗色の髪の女性を連れてきた。
客間に呼ばれた執事とメイド長が怪訝な顔で部屋に入ると女性はかつらを取った。
二人は思わず、あっと声を上げる。行方不明だった赤い癖毛のメイドだった。
屋敷襲撃の反撃で協力してくれた赤い癖毛のメイド、ディアは白の騎士団の諜報部の者だった。
クレシュが当屋敷に移り住んだ当初から、白の騎士団のルーゼル団長の指示でハウスメイドとして潜入していた。
屋敷の使用人は半数が以前の持ち主の頃から勤務している者、半数は新規採用の者。その中に害意を持つ者や現王派閥の手の者がいないか、内部から調査するのが任務だった。
屋敷の外側の護衛は赤白青の騎士団でローテーションで行われたが、身中に虫がいては安全は担保できない。別に内部の安全確認が必要、とルーゼル団長は判断したのだった。
結果としては特に問題ある者は発見されず、彼女は近々任務を終え騎士団へ戻される予定だった。
そこにあの襲撃事件があり、メイドは外泊後そのまま行方を眩ましたことにした。
諜報部員は一般人に正体を知られては仕事にならない。正体を明かさず消えるにはそれが一番よい筈だったが……執事とメイド長が彼女の行方を心配した。
事件後一足先にディアの正体をクレシュに教えて貰ったヴェルディーンが、彼女は駆け落ちしたと二人に説明したが、責任感が強い二人の心配は晴れず、不遇の部下の行方を探そうとしたので、それ以上騙すに忍びず正体を伝えることにしたのだ。無論、他言無用として。
短い間だったが上司と部下だった者達は、最後の別れの挨拶をした。
使用人の採用は執事や家政のトップであるヴェルディーンの仕事である。
ディアの内偵により、採用された者に問題はなく彼らはよい仕事をしていたことが証明された訳ではあるが……執事は大変落ち込んだ。
「ディアの経歴も紹介状も偽物だったとは……見抜けなかった自分が不甲斐ないです」
クレシュは執事を慰めた。
「いや、お前が諜報部の工作を見抜けていたら、うちの諜報部へスカウトしていた。普通見抜けないさ。紹介状も文面はともかく印章は本物が使用されていたし」
実はクレシュは当初から、諜報員の存在をルーゼル団長から聞かされていた。よもや襲撃事件の最中に庭で会うとは思いもしなかったが。
ルーゼルも、黙って貴族の、しかも部下の家に諜報員を送り込む訳にもいかず、伯爵家当主たるクレシュには情報共有したのだ。
しかし諜報部の活動をその命令系統の外へ漏らす訳にもいかず、ヴェルディーンや執事達には話せなかった。
勿論、メイド長と執事を悩ませていたディアの「外泊」は、定期報告を連絡員に伝えるための夜間外出だった。
ばれないよう外泊でなく数時間で屋敷にちゃんと戻っていたのに気づかれていたとは、流石メイド長。あの人は厳しくも優秀な仮の上司だった、とディアは語った。
あの襲撃の日。深夜、執事が血相を変えて何事か指示を出していたので聞き耳を立て、護衛の不在を知った。
彼女の直接の任務は内部調査だが、大元の目的は屋敷の、ヴェルディーンの安全確保である。更に言えばこの事態の下で屋敷にいる唯一の騎士団員である。何もしない訳にはいくまい。
救助要請に走ろうとも思ったが、それはヴェルディーンが別途遣いを出したので屋敷に残ることにした。万一の際にはヴェルディーン一人だけでも救出を試みることにして。
行動の自由を確保するため、地下室へ集合を呼び掛ける者が来る前に自室から脱出した。
そして庭へ退避し侵入者の人数や行動を確認している時、クレシュと合流したのだった。
栗毛のかつらを被り直したディアは、申し訳なさそうな顔でクレシュを使用人用の隠し通路へ案内した。
「任務期間中に、この木枠を壊してしまいました…」
そこは半地下で薄暗く、指差されてみなければ気付かなかったが、石組みの壁にある明かり取りの窓に嵌められた木枠が壊れていた。
裂けた木材と錆びた釘がむき出しになった部分に板が接がれていたが、上手くいかなかったらしく外の雨水が滲み入った跡があった。
「任務中は目立つ訳にいかないからメイド長に相談もできなくて、自分でこっそり補修したんです。でもだんだん染みが大きくなってきてしまって。恐れ入りますが、職人を入れて修理し直してください」
「……なんでこんな所を壊したんだ?」
クレシュは素朴な疑問をぶつけた。
「蜘蛛がいたんです」
ディアは青ざめた顔を強ばらせて言った。
「ギャーッ!って回し蹴りしたら、丁度足が当たってしまって。あ、この通路がこんなに狭かったからですよ?! 普段なら、ちゃんと標的だけ撃破します!」
「……そうか」
襲撃者の頭にも綺麗な回し蹴りを決めてたな、とクレシュは思い出しつつ、繊細で勇猛なメイドの肩を叩いて労った。
しかし王宮の外では、早々に少しずつ日常を取り戻していた。
時を遡り、事件から一週間が経った後頃。
◇◆◇◆◇◆
クレシュの屋敷は、荒らされた箇所の修理や掃除が進み、大分平穏を取り戻していた。休みを貰っていた使用人も戻ってきた。
襲撃に巻き込まれた使用人達は、1週間の休暇と見舞金が与えられていた。
クレシュのような戦闘職ならともかく、一般人が命の危険に脅かされることは心に深い傷を残しかねない。ゆっくり休み、それでも辛い者にはここを辞めて余所で働けるよう紹介状を書くと伝えられた。
しかし彼らは襲撃を直接見ず、ヴェルディーンの庇護下で温かい心遣いを受けていたこともあり、幸いそうした苦しみを負う者はいなかった。
また、伯爵とその夫自らが先陣に立って使用人の心身を守りきったことから、むしろこれ程安心して心預けて働ける職場はないと、屋敷での勤務継続を希望した。
全く元気だしむしろ屋敷を荒れたままにしている方が気が滅入ると言って、半数以上の者が襲撃翌日を休んだだけですぐ職務についたので、屋敷は予定よりずっと早く整えられた。
休暇を消化しなかった者は、後日好きな時にその分を休めることにしたため、使用人達の主達への株は更に上がることとなった。
「クレシュ、熱くない?」
「あぁ、丁度いい」
クレシュの屋敷のリビングで、いつもの会話が繰り返される。
クレシュがソファに横たわって仰向けになり、その頭の傍に寄せたスツールにヴェルディーンが座っている。
ハーブを入れた湯に浸し軽く絞った布を、クレシュの顔の左半分に載せる。
初めてこの施術をしてから、数日おきの日課になっていた。最近は出張や事件の後始末で時間をとれなかったが、今日は久しぶりに行った。
古傷の改善のためだけなら、勿論使用人にやらせてもいい。でもこれは夫婦のコミュニケーションの時間でもあるので、今もヴェルディーン手ずから行っている。
「もう最近では殆ど痛まなくなった。ヴェルディーンのお陰だ。ありがとう。もうなくていいかもしれない」
クレシュが目を瞑ったまま礼を言う。
「それは良かった。でもまだ痛むなら続けよう?」
「でも手間だろう」
「いや、この時間は好きなんで、無くなるのはちょっと残念かな」
「そうなのか?」
クレシュは内心首を傾げる。面白いことなどないだろうに。
「クレシュの無防備な顔を間近で見ていられるし」
クレシュがカッと鋭い灰色の目を見開いた。怖い。
礼儀正しく椅子に座って見下ろすヴェルディーンの顔は不躾な程近くはないが、そんな言われ方をすると下心を感じてしまう。
「いや、ごめん。不埒な意味じゃなくて。好きな女性をじっと眺めていられるのはやっぱり嬉しくて。
クレシュは気配に敏いから、普段そっと見つめることもできないだろう?
貴重な時間だからいつも楽しみにしてたんだよ。…って、やっぱり不埒か。ごめん」
ヴェルディーンは素直に頭を下げた。
「いつも…?」
そんな前から、彼は自分を想ってくれていたのか……?
ずっと、形だけの妻と認識されていると思っていたので、なんだか心がざわざわしてきてしまう。
「あと、こうしていると色々思い出して」
「何を?」
「初めて会った時も、クレシュはベッドに横たわっていて私は枕元に座っていたな、とか」
初めて…?とクレシュは記憶を探る。
魔物を討伐して目が覚めたら、目の前の綺麗な王子様に夫だと告げられたのだった。そうそうある出会いではない、と思い出す。
「貴女は瘴気にあてられた上大怪我をして、一ヶ月も目が覚めなくて。いつ命が消えてしまうかと、ずっとハラハラしながら寝顔を見つめていたんだよ。
だけど今は、健康そうな顔色で私の暢気な会話に付き合ってくれる。あぁ、生きてるんだなぁ、としみじみと幸せが胸に迫ってくる」
--目を覚ましてくれ。魔物を倒した貴女だ。死神をやっつけて帰ってきてくれ。一緒に怪物退治をしよう。私の勇者。--
あの時の血を吐くような祈りをヴェルディーンは思い出す。彼女は見事、死神も、王宮の遥か奥に巣喰う怪物までも討ち倒してくれた。何という奇跡だろう。
「……心配かけてしまったようだな。もう、早々あんなことはないと思う。……多分」
クレシュのやや的外れながら気遣う台詞に、愛おしさが募る。
ヴェルディーンはそっと、クレシュの眉の上の傷を指先で撫でる。彼女がこの傷を受けた戦いがなければ、自分達はこうして縁をもつことはなかった。--過去を否定している訳でも、彼女を縛りたい訳でもない。
「いや、昔がどうこうということじゃなくて。今が幸せだなぁという話だよ。さあ、布が冷めてしまったね。また温めるよ」
湯で濯いで絞った布をまたクレシュの顔に載せる。クレシュも大人しく目を閉じた。
やがて、クレシュの微かな寝息が聞こえてきた。
気配に敏感なクレシュが、ヴェルディーンの前では眠るようになったのだ。
ヴェルディーンはその特権を得た幸せを噛み締めて微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆
後日、クレシュが屋敷に栗色の髪の女性を連れてきた。
客間に呼ばれた執事とメイド長が怪訝な顔で部屋に入ると女性はかつらを取った。
二人は思わず、あっと声を上げる。行方不明だった赤い癖毛のメイドだった。
屋敷襲撃の反撃で協力してくれた赤い癖毛のメイド、ディアは白の騎士団の諜報部の者だった。
クレシュが当屋敷に移り住んだ当初から、白の騎士団のルーゼル団長の指示でハウスメイドとして潜入していた。
屋敷の使用人は半数が以前の持ち主の頃から勤務している者、半数は新規採用の者。その中に害意を持つ者や現王派閥の手の者がいないか、内部から調査するのが任務だった。
屋敷の外側の護衛は赤白青の騎士団でローテーションで行われたが、身中に虫がいては安全は担保できない。別に内部の安全確認が必要、とルーゼル団長は判断したのだった。
結果としては特に問題ある者は発見されず、彼女は近々任務を終え騎士団へ戻される予定だった。
そこにあの襲撃事件があり、メイドは外泊後そのまま行方を眩ましたことにした。
諜報部員は一般人に正体を知られては仕事にならない。正体を明かさず消えるにはそれが一番よい筈だったが……執事とメイド長が彼女の行方を心配した。
事件後一足先にディアの正体をクレシュに教えて貰ったヴェルディーンが、彼女は駆け落ちしたと二人に説明したが、責任感が強い二人の心配は晴れず、不遇の部下の行方を探そうとしたので、それ以上騙すに忍びず正体を伝えることにしたのだ。無論、他言無用として。
短い間だったが上司と部下だった者達は、最後の別れの挨拶をした。
使用人の採用は執事や家政のトップであるヴェルディーンの仕事である。
ディアの内偵により、採用された者に問題はなく彼らはよい仕事をしていたことが証明された訳ではあるが……執事は大変落ち込んだ。
「ディアの経歴も紹介状も偽物だったとは……見抜けなかった自分が不甲斐ないです」
クレシュは執事を慰めた。
「いや、お前が諜報部の工作を見抜けていたら、うちの諜報部へスカウトしていた。普通見抜けないさ。紹介状も文面はともかく印章は本物が使用されていたし」
実はクレシュは当初から、諜報員の存在をルーゼル団長から聞かされていた。よもや襲撃事件の最中に庭で会うとは思いもしなかったが。
ルーゼルも、黙って貴族の、しかも部下の家に諜報員を送り込む訳にもいかず、伯爵家当主たるクレシュには情報共有したのだ。
しかし諜報部の活動をその命令系統の外へ漏らす訳にもいかず、ヴェルディーンや執事達には話せなかった。
勿論、メイド長と執事を悩ませていたディアの「外泊」は、定期報告を連絡員に伝えるための夜間外出だった。
ばれないよう外泊でなく数時間で屋敷にちゃんと戻っていたのに気づかれていたとは、流石メイド長。あの人は厳しくも優秀な仮の上司だった、とディアは語った。
あの襲撃の日。深夜、執事が血相を変えて何事か指示を出していたので聞き耳を立て、護衛の不在を知った。
彼女の直接の任務は内部調査だが、大元の目的は屋敷の、ヴェルディーンの安全確保である。更に言えばこの事態の下で屋敷にいる唯一の騎士団員である。何もしない訳にはいくまい。
救助要請に走ろうとも思ったが、それはヴェルディーンが別途遣いを出したので屋敷に残ることにした。万一の際にはヴェルディーン一人だけでも救出を試みることにして。
行動の自由を確保するため、地下室へ集合を呼び掛ける者が来る前に自室から脱出した。
そして庭へ退避し侵入者の人数や行動を確認している時、クレシュと合流したのだった。
栗毛のかつらを被り直したディアは、申し訳なさそうな顔でクレシュを使用人用の隠し通路へ案内した。
「任務期間中に、この木枠を壊してしまいました…」
そこは半地下で薄暗く、指差されてみなければ気付かなかったが、石組みの壁にある明かり取りの窓に嵌められた木枠が壊れていた。
裂けた木材と錆びた釘がむき出しになった部分に板が接がれていたが、上手くいかなかったらしく外の雨水が滲み入った跡があった。
「任務中は目立つ訳にいかないからメイド長に相談もできなくて、自分でこっそり補修したんです。でもだんだん染みが大きくなってきてしまって。恐れ入りますが、職人を入れて修理し直してください」
「……なんでこんな所を壊したんだ?」
クレシュは素朴な疑問をぶつけた。
「蜘蛛がいたんです」
ディアは青ざめた顔を強ばらせて言った。
「ギャーッ!って回し蹴りしたら、丁度足が当たってしまって。あ、この通路がこんなに狭かったからですよ?! 普段なら、ちゃんと標的だけ撃破します!」
「……そうか」
襲撃者の頭にも綺麗な回し蹴りを決めてたな、とクレシュは思い出しつつ、繊細で勇猛なメイドの肩を叩いて労った。
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