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第006話 ペテンキー

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 翌日から俺のマヨネーズ販売が始まった。
 まずは手始めにということで、30本のマヨを<アンブロワーズ>に売却。価格は言い値でかまわないといったが、マリーは1万ゴールドも支払ってくれた。単純計算で1本につき約300ゴールドであり、これは俺が食べるビーフステーキの金額に相当する。日本であれば考えられない破格の好条件だ。俺にとって。

「お父さんね、ギルドで30万ゴールドも融資してもらったんだよ!」

 マリーがウキウキで言う。
 融資といえば聞こえがいいが、要するに借金である。

「マヨは言い値でかまわないと言ったじゃないか。どうして金を借りる必要があるんだよ。持ち合わせから出してくれたらいいのに」
「私もそう言ったよ! でもお父さん、『言い値にも限度がある』とか云って聞いてくれなかったの! まぁ私も問題ないかなって思っているよ! このマヨが30本で1万なら、料理に活かせなくても転売すれば大儲け出来るから♪」

 どう転んでも大丈夫というわけか。
 たしかにそれならば借金をしても問題あるまい。

「本当にありがとね! ヨウスケさん! すっごい感謝してる!」
「俺の懐事情には何の影響も及ぼさないから気にしないでいいよ」
「えへへ♪ ヨウスケさんのそういうクールなとこ、好きだよ♪」
「あざとい奴だぜ、まったく」

 <アンブロワーズ>の商売繁盛を祈りながら、俺は朝食を平らげた。

 ◇

 ギルドで先日の狩りにおける報酬を貰った後、狩りに向かった。
 今日からいよいよEランクエリアへ進出してみる。もっとも、今日に関しては様子見に過ぎない。軽く戦ってみて厳しいようならば、粘ることなく逃げてゴブリン狩りを続行だ。辛勝を重ねて苦難の成長を遂げることに意味はない。

「どうやらこの森みたいだな」
「グァァー!」

 やってきたのは<アーガマ>から徒歩30分の距離にある森だ。
 マップによれば<ペテンキーの森>というらしい。ギルドで他の冒険者から仕入れた情報によれば、名前の由来にもなっている“ペテンキー”という猿型モンスターが棲息しているそうだ。擬態が上手な奴だから気をつけろ、とのアドバイスを受けた。

「ペテンキーらしい奴はいないな……」

 森は結構な深さだ。
 大樹がゆったりとした間隔で乱立しており、生い茂る木の葉が薄暗さと不気味さを演出している。背筋がゾクッとしそうな冷たい空気も不快感を煽っていた。

「グァー! グァー!」

 エリオが呼んでくる。
 俺は「こんな時にマヨの催促か」と苦笑い。
 するとエリオは「グァー!」と首を横に振った。
 どうやら違うらしい。俺の警戒感が跳ね上がる。

「どうしたんだ? エリオ」

 俺が尋ねると、エリオはその場で立ち上がった。
 二足で立って、前足は左右にピンと伸ばす。
 その状態で「グァー! グァー!」と何度も激しく鳴いた。

「敵がいるのか!」

 仁王立ちに近い格好で激しく鳴き喚く。
 それはアリクイが警戒している時に見せる行動だ。
 自分を大きく見せ、相手の戦意を削ごうとしている。

「どこだ!? ペテンキー!」

 俺は周囲を見渡した。
 だが、まるで分からない。どこかに擬態しているようだ。しかし、俺の目には捉えられない。どこを見てもそれらしいものは見えなかった。ゴブリンの1ランク上とのことで高を括っていたが、難易度が急上昇ではないか。

「いや、でもエリオなら……」

 俺はエリオに「敵の場所が分かるのか?」と尋ねる。
 エリオは「グァー!」と頷いた。

「やっぱり分かるのか!」

 アリクイは嗅覚に依存する動物だ。
 人間と違って視覚からの情報はそれほど多くない。
 だから、擬態していようが敵の姿を捉えられるのだ。

「エリオ! 敵をぶちのめしてやれ!」
「グァー!」

 エリオが即座に動き出す。
 前方の木に抱きつくと、凄まじい速度で登っていく。
 アリクイの木登り技術は猿にも劣らない。流石だエリオ。

「グァー!」

 エリオが途中で登るのを辞めた。
 そして、幹を前足でベシッとしばく。

「ウキィー……!」

 エリオのしばいた場所から猿が現れた。
 猿は全身の色を変化させながら宙を舞う。
 幹に擬態化していたこいつがペテンキーのようだ。

「ウキィ! ウキィ!」

 猿はバランスを崩して地面に落下した。
 目の前におちたこともあり、俺はすかさず足で踏みつける。
 その間にエリオは樹から下りてきた。

「エリオ、やっちまえ!」
「グァァァー!」

 俺が猿から足を離すと同時に、エリオが猿をマウントする。
 ゴブリンの時と同じで、鋭く強烈な鉤爪を振り下ろして猿を殺した。

「擬態になって奇襲を狙うような奴は正面からだと雑魚だな」

 エリオが「グァァー♪」と嬉しそうに鳴く。
 死に絶えたペテンキーがプリン化したからだ。

「さぁ食べて強くなるんだ!」

 俺の声と共にエリオが食事を始めた。
 前足でプリンをすくい上げ、長い口吻でチュッチュする。
 綺麗に完食した時、エリオはパワーアップした。

===============
【名 前】エリオ
【種 族】ミナミコアリクイ
【H P】186
【攻撃力】78
【防御力】52
【敏 捷】29
===============

 攻撃力が一気に20も上昇した。
 ゴブリンの時は3~6しか上がらなかったのに。

「いい感じだな。エリオ、他のペテンキーもしばいてやれ!」

 エリオが「グァァー♪」と上機嫌で走り出す。
 そして、手当たり次第の山を登ってはペテンキーをしばき飛ばす。
 攻撃力が上がったことで、ペテンキーは一撃で死ぬようになった。
 いや、それよりも――。

「こんなにも居たのかよ!」

 そこら中にペテンキーが擬態化していたことが驚きだった。
 一掃し終えると、エリオが俺のもとに戻ってきて甘えてくる。

「仕方がないやつだなぁ!」

 俺は褒めてやるべく抱っこした。
 エリオは俺に抱きつき、しばらく甘い声で鳴き続ける。
 敵地だというのにこまった甘えん坊さんだ。
 と思いきや。

「グァー!」

 急に暴れて地面に降り立つ。
 そして「グァー! グァー!」と喚き出す。

「敵か!?」

 エリオは「グァー!」と首を横に振る。

「……メシか?」
「グァァァー♪」

 マヨネーズの催促でした。やれやれ。

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