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032 新時代への第一歩

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 まずは顔合わせということで、杏子と共に我が家へ向かう。
 俺としては、初対面の女性を家に連れ込むのはどうかと思った。

「気にしないでいいよ! 他の三人も最初から家でしょ!」
「まぁ、それもそうだけど」

 というわけで、家に到着。
 杏子の反応は「スーパーの前じゃん!」だった。

「ネトゲ時代は世話になったものだ」
「まさに聖地だね!」

 俺を先頭に階段を上がっていく。
 その最中で、チラリと視線を後ろに向ける。
 杏子は上機嫌で鼻歌を歌っていた。
 いまだに信じられない。
 ネトゲで唯一の友が、美人税理士だったとは。

「着いた、ここだ」
「ここがユート君の秘密基地かぁ!」

 三〇二号室の前に到着した。

「クソ狭い八畳のワンルームだけどな」
「狭い方が秘密基地っぽくてグッド!」
「ポジティブだなぁ。まぁ、開けるぞ」

 扉を開ける。
 中の三人はこちらを見ていた。

「おかえりなの、おとーさん!」
「おかえりなさいませ、ユートさん」

「マスター、その御仁が税理士なる者か」

 ネネイが駆け寄ってくる。
 リーネとマリカは座ったままだ。
 俺に飛びついてきたネネイの頭を撫でながら説明する。

「そう、この人が税理士の杏野杏子さん。税金関係の面倒な業務を一手に引き受けてくれる。あと、追加条件で仲間にしてほしいと言われて、承諾した。だから、これからは杏子も俺達の仲間だよ」

 対する三人の反応は、想定通りのものだった。

「よろしくなの、杏子お姉ちゃん!」
「よろしくお願いします、杏子さん」
「共にマスターを支えよう」

 杏子も「よろしく!」と答え、お辞儀する。
 その後、俺に向かって言った。

「どうせだから私に自己紹介させてよ!」
「オーケー」

 俺と杏子は、部屋の中に入った。
 八畳のワンルームに五人が詰める。
 極めて窮屈だ。

「では改めまして!」

 杏子が「えっへん!」と咳払いをする。
 それを、俺達は座って拝聴した。
 俺の左にマリカ、右にリーネが座っている。
 ネネイは、胡坐をかく俺の脚にちょこんと。

「私の名前は杏野杏子! エストラでは『アンズ』と名乗るから、皆もこれからはアンズと呼んでね! 簡単に自己PRをすると、税理士なので税法の全般に強い! あと、八ヵ国語をマスターしているから、異文化交流もお手の物! エストラでは、ユート君の商売を手伝う傍らで、ガンガンレベルを上げて強い女を目指す予定! 以上、よろしくお願いしまっす!」

 アンズは満面な笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げる。
 就活生のお手本みたいな、非の打ちどころのない自己紹介だ。
 俺達は「おお!」と歓声をあげ、拍手を送った。
 中でも一際反応を示したのはマリカだ。

「アンズはレベル上げに興味があるのか?」
「うん! ネトゲ時代はユート君の次に強かったから!」
「それは楽しみだ。なら、狩りを教えてやろう」
「やったー! ありがとね、マリカちゃん!」
「うむ。ところで、どうして私の名前を知っている?」
「ユート君に聞いたからだよ! リーネさんとネネイちゃんのことも!」
「なるほど」

 あっという間に仲間と打ち解けていくアンズ。
 それを見た俺は、安堵すると同時に深く絶望した。
 自分とアンズとの間にある、絶対的なコミュ力の差。
 逆の立場だったら、全身汗まみれで噛み噛みだろう。
 これは、心強い人間が仲間になった。

「ところで、八ヵ国語をマスターしているというのは本当なのか?」

 自己PR用に盛った嘘ではないか、と笑いながら訝しがる俺。
 アンズは「ふっふっふ」と含み笑いを浮かべる。

「それが本当なんだなぁ! 母国語である日本語に加えて、英語、フランス語、スペイン語、アラビア語、中国語、ロシア語、ポーランド語が達者なのだ!」

 なんなら実際に話してみようか、とドヤ顔のアンズ。
 本当に八ヵ国語をマスターしているらしい。
 関西の漫才師が居たら「天才やんけ!」と突っ込むだろう。
 感心していると、リーネが手を挙げた。

「アンズさん、以前テレビに出ていませんでしたか?」
「出ていたよ! 実は各局に引っ張りだこの人気者!」

 そう言ったところで、アンズは「あっ」と声をあげる。
 何かを思い出したようだ。

「皆と一緒に行動する為の準備をするから、今日は帰るね!」
「オーケー、連絡はスカですればいいのか?」
「そうだね! それじゃ、また!」

 アンズは皆に挨拶すると、足早に出て行った。

 ◇

 翌日。
 俺はニュースサイトを見て愕然とした。

『杏野杏子、休業を発表! 事務所も閉鎖、各局に衝撃走る!』

 そんな見出しがトップに大きく出ている。
 クリックして開くと、詳細が表示された。
 内容はタイトルの通りだ。
 タレント業を休業し、自身の運営する税理士事務所を閉鎖する。
 その理由は『一身上の都合』によるもの。ド定番の理由だ。
 それによると、アンズは大人気のタレントらしい。

「すごい仕事の数だな……」

 長々とした説明の後には、現在のレギュラー番組が書かれていた。
 番組の数は三〇本にも及ぶ。これはテレビ史上最多数らしい。
 情報番組からバラエティまで、何でも対応出来るそうだ。
 匿名の業界関係者は『業界の至宝が消えた』と嘆いている。
 引っ張りだこの人気者という本人談は、誇張ではなかったのだ。

 ピコン♪

 そんな時、スカイブの通知が来た。
 相手は、戦うシマウマ君こと杏野杏子だ。

==========
戦うシマウマ君の発言:
 ニュースは見たか!
 我がマンションの前に報道陣がいっぱいだ!

プリン大好き君の発言:
 見たぞ、どうするんだ?

戦うシマウマ君の発言:
 大丈夫! もう抜け出した!
 コッソリそちらへ向かっている!
 これはスマホからのスカだ!
 あと数分で到着する!
 到着したら入れてくれ!

プリン大好き君の発言:
 OK
==========

 その言葉通り、数分後にインターホンが鳴った。
 声を聴いてアンズであることを確認し、中へ通す。
 扉がトントンとノックされたので、すぐに開けた。

「誰だ、あんた?」

 思わず首を傾げる。
 目の前に居たのは、アンズではなかった。
 赤のジャージに赤のパーカーを着た知らない女だ。
 大きなボストンバッグを背負っている。
 ボサボサの長い白い髪に、皺だらけの老けた顔。
 アンズとは似ても似つかない。
 唯一の共通点では、大きな胸だけである。
 あとは一六〇後半の高めの背丈だけ。
 女は口元に笑みを浮かべた。

「私だよ! アンズ!」

 たしかにアンズの声だ。
 しかし、どう見ても見た目が違う。

「どういうことだ?」
「中で説明するよ!」
「お、おう」

 言われるがままに、俺は女を中へ通す。
 部屋に入ると、女は「ふぅ」と息をついた。
 その様子を、俺や仲間達が怪訝そうに見つめる。

「種明かしの時間です! じゃじゃーん!」

 女は自分の顎に手を当てると、ベリベリと皮をめくった。
 その後、髪の毛を鷲掴みにして、ポンッと持ち上げる。
 そうして現れたのは、美人過ぎる税理士の顔だ。

「ふっふっふ! 特殊メイクで変装していたのだ!」

 アンズは、人肌にしか見えないマスクとカツラを床に置いた。
 そして、ドヤ顔でこちらに向かって胸を張る。

「すごいなの! アンズお姉ちゃん、すごいなの!」
「これもリアルの技術なのか。驚嘆に値する」
「驚きました。恐ろしい変装術ですね、アンズさん」

 三人が拍手する。
 俺は口をあんぐりとさせていた。

「これで報道陣はまいた!」
「それはいいけど、これからどうするんだ?」
「出来れば隣の部屋で暮らしたい!」
「それはダメだ、品が置けなくなる」

 アンズは「大丈夫!」と親指を立てる。

「三〇四から三〇六も契約すればいい!」
「その三つも空きなのか」
「というか、ユート君以外は誰も住んでいないよ!」
「え、本当?」
「マジのマジの大マジのガチのマジ!」
「実際に聴くと変なセリフだな」
「ほっとけー!」

 俺の住んでいるマンションは、各階に六つの部屋がある。
 五階建てだから、全部で三〇部屋だ。
 その内、俺以外が入居していないというのは驚きである。
 主に大学生向けのマンションだが、近くの大学が潰れたのだろうか。

「なら大家に電話するか。それにしても、よく空室状況を知っていたな」
「昨日、大家さんに聞いたからね。電話して部屋を契約させてほしいと言ったら、もう新規は受け付けていないと返されたの。その時に色々話して、三部屋も契約している奇特な人間以外は残っていないと知ったわけ」
「その奇特な人間というのが俺なわけか」
「その通り!」

 事情は把握した。
 そういう状況なら――。

「三階だけとは言わず、全部の階を契約するか」
「おおー! ユート君、太っ腹!」
「倉庫の数は多くて困ることはないからな」

 承諾するかは大家次第だ。
 大家が首を横に振れば、机上の空論で終わる。
 早速、俺は大家に電話を掛けた。

「大家さん、実は他の部屋も契約したくて――」
「ええ、空き部屋を全てお願いしたくて――」
「用途ですか? 倉庫として使いたくて――」
「はい、はい、はい、どうも、はい、お願いします、では」

 一時間程で、通話が終了した。
 アンズが「どうだった?」と訊いてくる。

「無事に全部の部屋を契約できたよ」

 そう、大家は承諾したのだ。
 アンズが「やった!」とガッツポーズする。

「三〇三号室は私が貰ってもいいよね!?」
「いいぞ」
「じゃあ、早速スーパーで家具の調達だ!」
「オーケー」

 全部屋の契約は、俺にとっても嬉しい収穫だ。
 なにせ、倉庫の数が十倍以上になったのだから。
 これで、リアルのスペースは確保できた。
 今後、商品の数が増えても問題はない。

 俺の目標である資金力ランキングのトップ。
 そこを目指すには、まだいくつかの課題がある。
 だが、今はその内の一つが解決されたことを喜ぼう。

 こうして、更なる高みを目指す為の狼煙が上げられた。
 新たな仲間を加え、俺の資金力ブーストは新次元に突入する。
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