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015 チャレンジ失敗で不適切会計に

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 翌日。
 二日目の休みである今日。
 昼食を済ませた俺達は、家の三階に居た。

「今日はリアルで過ごさないか?」
「リアル? それはなんだ」

 提案したのは俺で、首を傾げるのはマリカ。
 彼女だけは、リアルのことを知らなかった。
 先日雇われたばかりなのだから、無理もない。

「リアルというのは――」

 隠すこともなく、ペラペラと説明した。
 元々、リアルのことを隠す気はない。
 それはマリカ以外の者に対してもそうだ。
 あえて話すことでもないから、話さないだけ。

「なるほど、マスターは異世界からの来訪者だったのか」
「思ったより驚かないのだな」
「販売している商品を見れば、普通じゃないことは分かる」
「それもそうか」

 ただ、リアルへ連れて行くとなれば、話は別である。
 こいつなら大丈夫と信頼できなければ、連れて行かない。
 リアルで暴れられて、悪影響を及ぼされたら困るからだ。
 その点、マリカは信頼できる。
 一緒に暮らしているし、何より、この数日でそう判断した。

「全く別の世界、リアル。なかなか面白そうだ」
「面白いかどうかは分からないが、新鮮だろうな」
「ネネイは動画が観たいなのー♪」
「私は競馬が観たいです」
「動画? 競馬? それはなんだ?」
「行けばわかるだろうよ」

 そんなわけで、今日はリアルで過ごすことに決まった。

「準備はいいか?」

 ネネイの両肩に手を置き、確認する。

「大丈夫なのー♪」

 ネネイが二人と手を繋ぐ。
 右手はリーネ、左手はマリカだ。

「よし、行くぜ――世界転移トランジション!」

 スキル名を口にする。
 実はもう、黙りながらでも固有スキルを発動出来る。
 それでもあえて口にしたのは、その方が気乗りするからだ。

「ここが……リアル」

 到着したのはマイルーム。
 ……ではなく、その隣の三〇一号室。
 倉庫代わりに借りている部屋だ。

「そっか、前回は箱を移していたんだった」

 俺の固有スキル『世界転移』は、転移前に居た場所へ移動する。
 つまり、前回は三〇一号室から転移を行ったのだ。
 なぜ三〇二号室ではなく、三〇一号室で転移したのか。
 それは、大量の剃刀セットを運んでいたからだ。

「何もないようだが、商品はここに召喚されるのか?」
「召喚はされないよ。この世界にそういう概念は存在しないから」
「む? すると、あれだけの商品はどうやって用意するのだ?」
「それは明日、実際にお見せして説明するよ」
「分かった」

 さて、どうしよう。
 家に戻るか、それとも、なんでもスーパー二十四に行くか。

「そういえば、リアルで何をするのですか?」

 尋ねてきたのはリーネだ。

「金策について考えようと思ってな」
「金策といいますと、エストラの?」
「どちらかといえばリアルの金策だ」

 現在、俺の所持金はどちらも潤沢だ。
 リアルは約八億、正確には七億九五二一万円。
 エストラは約一九億ゴールド。
 ただ、このまま進行すれば、いずれリアルが金欠に陥る。

「ネネイさんの未来透視を使えば、宝くじで簡単に調達できるのでは?」
「そうだけど、それは駄目だ。宝くじは二度と使いたくない」

 ロト七の購入は最終手段だ。
 現時点では、可能な限り避けたい。
 何度も宝くじに当選するなんて、不自然だからだ。
 リアルでは、どこからともなく情報が洩れる。
 目立ちすぎると、何が起きるか分かったものではない。
 だから、お金を稼ぐにしても『偶然』の範疇で済ませたいのだ。

「そこまで考えているとは、流石です、ユートさん」
「マスターは思慮深いな」
「そんなことないさ」

 額はそれほど大きくなくていいから、安定した収入が必要だ。
 しかし、エストラと違い、リアルの金策はまるで分からない。

「ここでウダウダ考えていても決まらないし、スーパーに行くか」
「やったぁ! ワクワクなの! ワクワクなの!」

 家でPCに張り付くのも悪くないが、いかんせん狭すぎる。
 家具のある八畳の部屋に四人で詰めたら、窮屈でたまらない。

「スーパーが何かは分からないが、マスターに従おう」
「エストラにはないものがたくさんあって、楽しいところですよ」
「リーネの言う通りだ。いざ、出発!」
「出発なのー♪」

 俺達はなんでもスーパーへ行くことにした。
 家の扉を開けるなり見えるスーパーに、「おお」と驚くマリカ。
 その反応は、俺を含む三人が想定したものだった。

「こ、ここ、これが、リアル……!」
「私とネネイさんも、初めて見た時は驚きました」
「でっかいなのー! すごいなのー!」
「この様子だと、中に入ったら衝撃のあまり気絶するかもな」

 気分よく階段を下り、スーパーへ向かう。
 巨大な駐車場を越え、自動ドアをくぐって店内へ。
 眩しいほどに煌びやかな照明と、延々に続く商品群。

「今日は一階でお買い物ですか?」
「いや、本を見たいから上の階だな」

 なんでもスーパーは、各階がジャンル分けされている。
 前回訪れた家電フロアは五階だ。
 今回向かう書店フロアは七階にある。

「向かう途中に家電フロアを通るし、少し寄っていくか」
「賛成なのー! ネネイはマッサージするなのー!」
「いいですね、私もマッサージチェアを利用し――」
「いや、リーネはやめてくれ。喘ぎ声が凄まじいから」
「そ、そんなことありませんよ!」

 妙に強い口調で否定するリーネ。
 やや顔を赤らめていて、恥ずかしそうだ。

「さ、着いたぞ」

 エスカレーターでスイスイと進み、五階に到着する。
 食器洗い機や空気清浄機、それにテレビなどが目白押しだ。
 エストラに電力があれば、これらの品で荒稼ぎできるのに。

「おとーさん、やってもいいなの?」

 マッサージチェアの前を通るなり、ネネイが尋ねてきた。
 どうやら、マッサージを受けたいらしい。

「ああ、かまわないぞ」
「やったぁ! ありがとーなの!」

 ネネイはウキウキした表情でマッサージチェアへ座る。
 座ったのは、前回と同じ五〇万円クラスの高級機だ。
 よほど気に入っているらしい。
 家にスペースがあれば、いくらでも買ってやるのだが……。
 八畳間にマッサージチェアは、邪魔になって仕方がない。

「これがマッサージチェアか。見た目は革張りの椅子だな」

 そう言って、ネネイの隣に座るマリカ。
 それもまた、最新技術の詰まった高級機だ。

「む、座ってもマッサージが始まらないぞ、マスター」

 マリカが俺を見てくる。
 俺は近寄り「リモコン操作が必要なんだ」と答えた。
 そして、リモコンを手に持ち、自動スタートボタンを押す。
 それを押せば、勝手に全身もみほぐしコースが始まる。

「おお、なにやら動き出した」

 始まるマッサージに歓声を上げるマリカ。
 心地よさそうだが、常識の範囲内で楽しんでいる。

「たまらん! たまらん! たまらんんんッ!」

 ただ、ひたすらに「たまらん」と連呼しているが。
 少しうるさいけど、年齢を考慮すれば誰も気にしない。
 表情は普通だし、リーネと違って問題なさそうだ。

「あの、ユートさん」

 そんなことを思っていると、リーネが名前を呼んでくる。
 振り返ると、上目遣いでこちらを伺うリーネの姿があった。
 僅かに目をウルウルさせ、モジモジしながら俺を見ている。

「どうかした?」
「あの、あの、わ、私も……」

 リーネがチラリと視線を移す。
 移した先にあるのは、マッサージチェアだ。

 言いたいことは分かった。
 自分もあそこに座りたいということだ。
 どうしようか悩んだが、リーネの目にやられた。
 捨てられた子犬のような目をしているのだ。
 そんな目で訴えかけられては、断ることなど出来ない。

「いいけど、口はつぐむようにしろよー」
「ありがとうございます!」
「絶対だぞ。絶対に、前みたいな声は出すなよ」
「今回は、前がうるさいと感じるくらい、静かにします!」
「いや、前は静かじゃなかったから……まぁいい、行ってこい」
「はい!」

 リーネは嬉しそうに、スキップしながら駆けていく。
 そして、マッサージチェアに腰を下ろした。
 深く座り込み、靴を脱いで、足をセットする。
 念入りに座り直し、ポジションを調整。
 これで準備は万端だ。
 右手でリモコンを持ち、親指でボタンをポチッと。
 その瞬間――。

「ひぐぅぅぅっ! あぁぁぁぁっ! あっああっ!」

 喘ぎ声が響く。
 もちろん、表情は恍惚としている。
 酸素不足の金魚みたいに、口をパクパク。
 その端からは、涎がたらたらと垂れている。

「やっぱりこうなったか」

 やれやれ、俺は盛大なため息をついた。

 付近の棚から、獣の気配を感じる。
 商品を見るフリをして、聞き耳を立てる野郎共だ。
 他には、「変なメイドさんが居るよ」とママに言う子供。
 見ちゃいけません、と慌てて別の場所に移動するママ。

「リーネ、ネネイの面倒を――」
「ああっ、そこ、そこぉぉ! ひぐぅぅっ!」
「……。マリカ、ネネイの面倒を――」
「たまらん! たまらん! たまらん!」

 リーネは論外として、マリカも駄目だ。
 しばらく悩んだ後、俺はネネイに言った。

「ネネイ、狂った二人をよろしく頼む」
「任せてなの、おとーさん!」

 なんてこった、五歳児が一番まともである。
 このグループは、滅茶苦茶だ。

 ◇

 三人を五階に残し、俺は七階にやってきた。
 金策に役立ちそうな本を探すためだ。

 今ある手札で、どうにか稼ぐ方法を見つけたい。
 やれ資格の取得だの、やれ勉強だのはごめんだ。
 若かりし頃は、そういう努力をしたこともあった。
 でも、就活をした時に、そんなものは無意味と悟ったのだ。
 生まれもっての才能と優れたコミュ力が、全てを決定する。
 ここはそういう世界なのだ。だから、努力は不要。
 面倒なことは避け、現状の戦力でやりくりする。

「ネネイの力を活かせそうなもの……」

 俺の使える手段は、ネネイの『未来透視』だけだ。
 唯一無二にして、最強の手札。
 しかし、未来透視にも欠点はある。
 一週間から三カ月先までしか視ることができない点だ。
 この点を把握しながら、良い案を考えなければならない。

「どれもしっくりこないなぁ」

 資産運用に関する本を眺めてみる。
 どれも胡散臭く感じられた。
 プロが教える云々やら、誰でもできる云々やら。
 無知な初心者を釣ろうってな意思の感じられる本ばかりだ。
 かといって、シンプルな表紙の分厚い参考書も辛い。
 試しに開いた金融工学がどうたらいう本は、実に難解だった。
 三行読んだだけで眠気を催す。

「やっぱ、ネットで調べるか」

 怠け者だな、俺って奴は。
 そんなことは、自分でも分かっていた。
 しかし、二十九にもなってどうこうしようとは思わない。
 結局、また宝くじに頼ることとなりそうだ。
 それはそれで、まぁいいか。

 大した成果もないまま、五階に戻る。
 エスカレーターを降り、家電フロアに足を踏み入れる。

「あっ……あっ……」

 近づくまでもなく、遠くから喘ぎ声が聞こえる。
 リーネの声だ。耳を澄まさなくても分かった。

「先に店内を見ておくか」

 リーネのせいで、追い出されるのは時間の問題だ。
 そうなる前に、店内をぶらつくことにした。

「このパーツで、この価格か。値下がりしてるなぁ」

 ネトゲ廃人なだけあり、一直線に向かうのはPCコーナーだ。
 見るのは当然デスクトップPCで、ノートには目もくれない。
 メーカーはそれほど気にせず、性能と価格を注意深く見る。

 といっても、パーツについて熟知しているわけではない。
 ネトゲ廃人が重視するのは、大量にあるパーツの内、三種類だけだ。
 CPU、グラフィックボード、メモリである。
 この三項目が、ゲームを円滑に遊べるかを決めるのだ。

「いらっしゃっせー!」

 真剣な眼差しで眺めていると、店員が近づいてきた。
 俺のことを「ひと押しすれば金を落とすカモ」と判断したのだろう。
 お生憎様、俺に買う気などありゃしない。
 なぜなら、今はネトゲに耽る時間がないからだ。
 店員が近づいてきたことをきっかけに、その場から離れた。

 続いてやってきたのはテレビコーナーだ。
 腰を抜かしそうなサイズの大型テレビがちらほら。
 こんなの誰が買うんだよと思いつつ、ぼんやりと眺める。

「三〇三にテレビ置くのもありかなぁ」

 俺の家にはテレビがない。
 置く為の場所もないし、置く気もなかった。
 テレビを見る暇があるなら、ネトゲをしていたからだ。

 しかし今では、ネネイやリーネ、それにマリカがいる。
 テレビを買えば、彼女らがより楽しく過ごせるのではないか。
 そう思うと、テレビを買っても良い気がした。
 三〇三号室をシアタールームにすれば、ウキウキで籠るはずだ。
 その間、俺はネトゲに耽ることも――いかんいかん、それは駄目だ。
 気を抜くと、ついネトゲをやろうとしてしまう。
 テレビを買うのは有りだけど、ネトゲをするのはもう少し後だ。

『ここで緊急速報が入ってきました』

 目の前にある大型テレビにて、アナウンサーがニュースを読み上げる。
 ほのぼのする話を打ち切り、突然、緊急速報を伝え始めたのだ。

『国内大手電機メーカーの西芝にししばで、過去数年間に及び不適切な会計があったと分かりました――』

 西芝……俺でも知っている大企業だ。
 学生が就職したい企業ベスト二〇の常連である。
 テレビや洗濯機などの家電を始め、色々な物を作っている企業だ。
 半導体の何かに強いらしいが、半導体が何かすら俺には分からない。

『社員の内部告発により問題が発覚したようです。それによりますと――』

 会計の問題といえば、粉飾決算という言葉をよく聞く。
 しかし、西芝で問題になっているのは不適切会計だ。
 どちらも会計上の問題だが、俺には違いが分からない。

 俺の様な素人でも分かるのは、とてつもなくまずい状況ということだ。
 手短に情報を伝えた後、画面は西芝の株価情報に切り替わった。
 当然のことながら、大暴落している。綺麗にストンと急降下だ。
 番組にて、専門家が「株主による集団訴訟は免れない」と解説している。

「あらあら、あの西芝がねぇ」
「チャレンジに失敗しちゃったのかねぇ」
「もしかしたら潰れちゃうんじゃないかねぇ」

 俺の背後で、どこぞの主婦たちもテレビを眺めている。
 心配するようなセリフとは裏腹に、表情はとても嬉しそうだ。
 他人の不幸は蜜の味ってやつだろう。

『これは明日・明後日もストップ安が続くでしょう』

 株価の情報を映しながら、専門家がそう締め括る。
 画面が切り替わり、西芝の重役達が映し出された。
 強烈なフラッシュが飛び交う中で、頭を下げて謝罪している。

「どうせ口だけでしょ」
「上の人はお金あるし気楽なものよね」
「ほんとその通りよ。私の主人なんか――」

 主婦達が本性を現す中、俺は考え事に耽っていた。
 テレビを観ていて浮かんだ金策手段を、脳内でまとめていく。
 いけるぞ、これはいける。

 降って湧いたような閃きに、俺は胸を躍らせた。
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