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001 プロローグ

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「もしかしたら俺は死ぬのかもしれない」

 そう言ったところ、5歳になる妹のアーシャは声を上げて笑った。
 ぴょんぴょん飛び跳ね、栗色の長い髪を踊らせて、愉快げに首を振る。

「にぃーにが死ぬわけないじゃん! だって、すごく元気だよ?」

「たしかに体調は悪くない。年だってまだ15歳と若い。でも、なんだか最近、ちょっとおかしいんだ」

「おかしい?」

 アーシャの顔が不安そうになる。

「連日にわたって変な夢を見ているんだ」

 俺は視線を移す。
 視界の中心がアーシャから、部屋の中のベッドになった。
 何の変哲もないただのベッドだ。
 純白だったシーツが全体的に黄ばんできているが。

「へんな夢ぇ? それってどんな夢ぇ?」

「ここじゃない別の世界……日本って国の夢さ」

 夢を見るようになったのは15歳になった直後から。
 つまり約1ヶ月前から、日本という国の夢を見ている。

 日本があるのは、凄く文明の発達した世界だ。
 この世界じゃ信じられない程に進化した機械がたくさん存在する。
 魔物は棲息していないが、その代わりに人間同士の争いが活発だ。
 大小様々な「兵器」と呼ばれる武器を使い、国同士で争っている。
 日本はそれほど強くない国だが、強力な同盟国と組んで平和を築いていた。

 娯楽も発展している。
 ゲーム、アニメ、漫画、パソコン、等々……その量は膨大だ。
 人生を丸々費やしても消費しきれない。

 この世界にあるものの大半が、日本のある世界に存在する。
 だが、必ずしも全てが存在するかと言えば違っていた。
 嬉しいことに魔物が存在しないし、悲しいことに魔法やスキルも存在しない。
 魔法の代わりに科学の力を使い、魔法と同じような効果を生み出している。

「アーシャ、日本に行ってみたい!」

 夢の話をすると、アーシャは目を輝かせた。
 鼻からフンガフンガと息を吐きながら喚いてくる。

「俺も行ってみたいけど、所詮は夢の世界だからな」

「いいなぁー! にぃにはたくさん日本の夢を見られて!」

「微妙だよ。なんか、夢っていうか、もう一人の自分って感じで気持ち悪い」

 普通、夢といえば断片的なものだ。
 それでいて冷静になって考えると整合性が乱れていたりする。
 ところが日本に関する夢だけは、どうも現実味に満ちていた。
 まるで本当に存在する世界のように……んなわけないのにな。

 また、日本に関する夢で抱く違和感は他にもある。
 何もかもが新鮮で知らない世界なのに、妙な懐かしさを抱くのだ。
 例えば前に見た夢だと、一世代前のゲームで遊んだ。
 一世代前といえども、俺がプレイするのは初めてである。
 なのに俺は「懐かしいなぁ」と呟き、慣れた様子で進めたのだ。
 初プレイのゲームなのに、攻略法まで知っていた。

「にぃに、考えすぎない方がいーよっ!」

 アーシャが笑顔で右手を挙げて背伸びしている。
 何をしたいのか分かったので、俺は黙って腰を屈めた。
 目線の位置がアーシャと同じになる。
 するとアーシャが頭を撫でてきた。

「これで、元気!」

「体調はもとから悪くないけどな」

「えへへっ。あっ! にぃに、そろそろ薬草のお時間!」

「あー、そうだったな」

 俺達は竹の籠を担ぎ、早足で家を出た。

 ◇

 俺とアーシャは、辺境の山奥にある家で暮らしている。
 両親は既に他界しており、この場に居るのは俺達のみ。
 父は兵士として魔物と戦って殉職し、母は病気で死んだ。

 魔物との戦争に明け暮れている世界だが、この辺りは平和だ。
 目立った資源のない田舎過ぎるが故に、魔物が寄りつかない。
 その分、豪華な生活とは縁が遠かった。

 俺達の資産は、この小さな山と家だけだ。
 遥か遠い先祖の代から受け継がれている私有地だが、金銭的な価値はない。
 とはいえ、俺達の衣食住を担う場所なので、手放しでありがたかった。

 俺達は薬草を売って生活している。
 山頂の家から出て、山腹の薬草畑で薬草を採取し、下ってすぐの村で売却。
 稼いだお金で食料を調達し、家に帰って料理する。
 そんな日々だ。

「今日もたくさんの薬草を採取するのーっ!」

 薬草畑が見えてくると、アーシャは駆けだした。
 薬草の前に到着すると、腰を屈めて、両手で薬草を引っこ抜く。
 家に小さなスコップがあるけど、彼女は素手の作業に拘っていた。

「これだけあれば明日は働かずに済みそうだなぁ」

 笑顔を浮かべてそう言った時だった。

「ゴッブゥー!」

 アーシャのすぐ隣から魔物が現れた。
 薬草畑の中に身を伏せていたのだ。
 背丈はアーシャと同じくらいで、全身の色が緑。
 四肢は俺よりも太くて、鼻と耳が尖っている。
 ゴブリンだ。

「きゃーっ」

 アーシャがゴブリンに押し倒された。
 背負っていた竹の籠が盛大に吹き飛んでいく。

「そんな、どうしてここにゴブリンが……いや、それどころじゃない」

 魔物が現れた以上、対処するしかない。
 ゴブリンは雑魚扱いの魔物だが、それでも俺達には強敵だ。
 なにせ俺とアーシャには戦闘経験がない。
 魔物を見たこと自体、人生の中で数回しかなかった。

「まず、武器は、武器は……!?」

 竹の籠を置き、その中に手を突っ込む。
 中には小さな鉄のスコップがあるだけだった。

「これで勝てるのか……?」

 不安になるが、迷っている暇はない。
 ゴブリンはアーシャの上に跨がり、両手を振り上げていた。
 このままではアーシャがやられてしまう。

「うおおおおおおお!」

 俺はがむしゃらに突っ込む。
 右手にスコップを持ち、一直線にゴブリンを目指す。
 だが、しかし。

「あっ……!」

 突然、視界がぐるりんと回転した。
 何かに足が引っかかり、盛大に転んだのだ。
 一体、何に……。

「「ゴッブゥウウウウウウ!」」

 正体は他のゴブリンだった。
 ゴブリンは他にも伏せていたのだ。
 数は2体。

「ゴッブゥウウウウ!」

 転んだ俺を2体のゴブリンが協力して強引に起こしてくる。

「な、なにをする、やめっ――――うわぁあああ!」

 ゴブリン共は俺を思いっきり放り投げた。
 小さな身体とは思えぬ凄まじい力だ。
 俺の身体が軽々と宙に浮く。

「ゴッブゥウ」

「ゴブブゥ!」

 2体のゴブリンがアーシャを囲む。
 こいつらの狙いは俺ではなくアーシャだ。
 ゴブリンは人間の女を犯すと言う。
 こいつら、まだ5歳のアーシャを犯すつもりだ。

「うがっ……!」

 宙を舞った身体は勢いよく木に激突した。
 頭からぶつかったせいで、凄まじい脳震盪に見舞われる。
 だが、その衝撃が、俺に奇跡を起こした。

「この力は……! そして、この記憶は……!」

 自身に秘めた力が覚醒し、前世の記憶が蘇ったのだ。
 前世の記憶とは――夢だとばかり思っていた日本人だった頃の記憶だ。
 その記憶は、秘めた力を行使するのに、この上なく都合の良いものだった。
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