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033 ブライトの名前と御者不足

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「ヒヒィーン♪」
「ヒィンヒィン♪」

 動物小屋では、ルッチとブライトがイチャラブしていた。

 互いに身体を擦り合い、時には鼻と鼻をくっつける。

 角が当たらないように顔の角度を傾けるなど、芸が細かい。

「ブライト、こっちに来い」

「ヒヒィン!?」

 突然の名指しに驚くブライト。

 ルッチとのイチャイチャを中断し、俺の前にやってきた。

「よーし、いい子だ。動くなよ」

 そーっとブライトの生殖器を確認する。

 男なのか? 女なのか?

 完全に男と思い込んでこの名を付けたが、女ならどうしよう。

 しかし、男ならそれはそれで困るぞ。

 ルッチは間違いなく男なのだから、同性愛者ということになる。

 同性愛に忌避感はないが、それでは繁殖出来ない。

 牧場主としては、魔物の繁殖を行いたいと思うのは当然なわけで。

「ブライト、お前……!」

 生殖器を確認した。

 その結果、ブライトの性別は。

「すまなかった、確認せずに名前を付けてしまって……!」

 メスだった。

 牡馬ぼばではなく、牝馬ひんばだったのだ。

 これでは男の子にハナコと名付けるようなもの。

「ブライト、お前に相談がある」

「ヒヒィン?」

 首を傾げるブライト。

 少し離れた所から心配そうに見つめるルッチ。

「お前に付けた“ブライト”って名前は、オス向けの名前なんだ」

 ブライトは何も答えない。

 つぶらな瞳でジッと俺を見ている。

「しかしお前はメスだ」

 コクリと頷くブライト。

「お前が望むなら、メス用の名前を考えようと思う。
 どうだ? 名前を変えるか?」

 俺は名前に拘りがない。

 それはゴブリンやケットシー、ジャックランタンを見れば一目瞭然だ。

 しかし、皆が皆、俺と同じ感性だとは思っていない。

 もしブライトが今の名を残念に思うのなら、新たな名を考えてやろう。

「ヒヒィン」

 ブライトが首を横に振る。

「今の名前でいいのか?」

「ヒィン」

 今度は縦に振った。

 名前の変更は必要ないようだ。

「ヒヒィン! ヒヒィン!」

 なんとなく、ブライトの言いたいことが理解出来た。

「ブライトって名前、気に入っているんだな?」

「ヒィン!」

「そうか。それならよかった。
 ならお前の名前はこれからもブライトだ」

「ヒヒィーン!」

 ブライトがひときわ大きな声で鳴く。

 犬のように尻尾を激しく振りながら、頬ずりをしてきた。

 俺はブライトの首に腕を回し、首や頭を撫でてやる。

「ルッチとの楽しいひとときを邪魔して悪かったな」

 用事が済んだので、動物小屋を後にした。

 ◇

 夜、晩ご飯が済んだ頃にマチルダがやってきた。

 片付けの始まったダイニングテーブルで、座って話す。

「今日はいつもより遅かったな」

「嬉しいことに忙しかったからねー!」

「プリンの販売結果はどうだった?」

 直ちに本題へ入る。

 俺を含めて全員の関心がそこにあった。

 今日は300個のプリンを卸した初めての日だ。

 それも、1個800ゴールドという我が牧場史上最高の額で。

「なんとなんとぉ……!」

 マチルダがニヤニヤしながら焦らしてくる。

 その時点で結果は想像出来たが、口を挟まないで聴く。

「完売でございます!」

「「「おおー!」」」

 皆が拍手する。

「すっごい大反響!
 名だたる料理店がこぞって買ってくれたよ!
 中にはこちらの提示より多く払うって言う店もあったくらい!」

「最高じゃないか」

「そう! 最高だよ!
 でも、私が一番驚いたのはねー」

 マチルダの視線が、俺からルナに移った。

「ルナちゃんのお父様だよ!」

「えっ? 私のお父さんですか?」

 ルナの父親は料理長をしている。

 世界屈指の料理店〈リーガル・カールトン〉の。

「一口食べて当てたの!
 これを作ったのはウチの娘ではないかって!
 もちろん、こっちは何の前情報も出していないのにだよ!?」

「味で作った人間が分かるのかよ」

「すっご! なんぞそれー!」

「ルナおねーちゃんのおとーさん、すごいのー♪」

 俺達は感嘆した。

 流石は料理界でもトップクラスの人だ。

「あはは、お父さんらしいですね」

 一方、ルナの反応は何の変哲も無い様子だった。

 ルナからすれば想定に容易いことのようだ。

「お父さん、他には何か云っていましたか?」

「笑いながら云っていたよ。
 料理を作りたいならウチの副料理長スーシェフの座が空いているぞって」

 皆が声を出して笑う。

「ルナのお父さん、冗談が分かる人なんだな」

「今となってはそうですね。
 でも、私が店を去る時は色々と大変でしたよ。
 長時間説得され、泣き喚かれ、何故か怒られましたから」

 今度はみんなで苦笑い。

「今は応援しているみたいだったよ、ルナちゃんのこと」

「嬉しいです」

 ルナの親父の話を聞いていて、両親のことが頭によぎった。

 俺に牧場を押しつけて第二の人生を歩んで以来、音沙汰がない。

 今はどこでどのように過ごしているのだろうか。

「少し脱線しちゃったけど、プリンについてはこんな感じ!」

 マチルダが話を締めくくり、立ち上がる。

「あ、そうそう、薬草のことだけど」

 またしても席に座るマチルダ。

 話し忘れていたことがあるようだ。

「大口の仕入れ先を見つけてねー!
 数を10倍近くまで増やせるかもしれないの!」

「「「10倍!?」」」

 現時点で2000個だ。

 10倍といえば、単純計算で2万個になる。

 とんでもない数だ。

「10倍っていうのは最終的な数ね。
 段階を踏んでじわじわと増やしていく感じだよ」

「なんにせよ増えるわけだろ?
 だったらモーの数を更に増やす必要があるな」

「そうしてもらえると助かるかも。
 でも大丈夫? 休む余裕がなくない?」

「たしかに」

 家畜の数が増えれば、それだけ世話が大変になる。

 それに、商品を運搬する為の人手も必要だ。

 とくに問題なのは後者である。

 牧場の作業員に関してはペットで賄えるからだ。

 しかし、運搬担当に関しては、人でなければならない。

 ペットに単独で街を徘徊させることは、法律で禁止されているのだ。

 ペットに変装スキルを使って、人に見せかけるという奥の手もある

 まず間違いなくバレないだろう。

 しかし、脱法どころか堂々たる違法なので、やってはいけない。

「なんならウチから1人出向させようか?
 給料はタケル君が払うことになるけど」

 マチルダの店で働く従業員を借りる、という手。

 それならば急場を凌ぐことはできるだろう。

 悪くない案だが、俺は首を横に振った。

「今は余裕があるし、どうにか自分達で頑張るよ」

「りょーかい!
 何かあったらいつでも云ってねー!」

「はいよ」

 やれやれ、またしても労働力の問題だ。

 事業は順調だが、何かと課題が尽きない。

 それに、モンスターショーまでは1週間をきっている。

 ショーの競売に出すための【合体配合】も済んでいない。

 というか、まだテイムすら行っていない状態だ。

「やることが多すぎて頭がパンクしそうになるな」

「暇すぎて倒産するよりずっといいじゃない!」

「違いねぇ」

 新たな課題を見つけたところで、今日という日が終わった。
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