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012 コボルト襲来(前編)

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 翌朝。
 今日はネネイよりも早く目を覚ました。

「むにゃむにゃぁなの」

 ネネイは、俺の右腕に抱き着いている。
 五歳児にしては強い力で、ぎゅーっと。
 相変わらずだ。

 先に起きたことだし少し意地悪をしてやろう。
 頬を触り、頭を撫で、最後にぷにぃ。
 喜ばせておいてからの叩き落しコース。
 そう思い、左腕を動かそうとした。

「むっ」

 ……が、動かない。
 何かがまとわりついている。
 いったい、なんだろう?
 恐る恐ると顔を左に向ける。

「ゴブゥ……ゴブゥ……」
「うぎゃああああああ!」
「ゴブーッ!?」

 なんとゴブちゃんが眠っていた。
 ネネイみたく、俺の左腕に抱き着いている。
 目と鼻の先に突如として現れる緑の顔に、俺は大絶叫。
 その声に反応して、ゴブちゃんが飛び起きた。

「な、なんだゴブ!?」
「それはこっちのセリフだよ!」
「ゴ、ゴブはただ寝ていただけゴブ」
「いやいや、おかしいだろ! なんでいるんだよ!」

 ゴブちゃんはいつも外で眠っている。
 ユニィの腹を枕代わりにしてゴブゴブ寝ているのだ。

「ゴブもフリードと一緒に寝たかったゴブ!」
「それで部屋に侵入し、隣に入ってきたのか」
「そうゴブ!」

 やれやれ、なんて奴だ。
 日に日に甘えん坊度が高まっているぞ。
 嫌ではないが、なかなかの困ったちゃんである。

「ふわぁ、なんだか、騒がしい、なの」

 ネネイが眉をひそめて起き出した。
 まだ眠いようで、目は全く開いていない。
 必死に寝ぼけ眼をこすり、目を起こしていく。

「うわぁ! ゴブちゃんが居るなの!」

 そして、ゴブちゃんに驚いた。
 俺と同じ反応だ。
 そりゃ、そうなるよ。

「ネネイ、おはようゴブ!」

 一方、当のゴブちゃんは平然としている。
 だが、ヤンチャなことをしたという自覚はあるみたい。
 すまし顔で口笛を吹こうとしている。
 しかし、まるで吹けずにスースーしていた。

「ゴブちゃんのせいですっかり目が覚めちゃったよ」
「ネネイもなの」
「ゴブはフリードの声で目が覚めたゴブ」

 これからは、こんな朝が続くのだろうか。
 そんなことを思いながら、ベッドを這い出た。
 大きく伸びを一つして、肩をゴリゴリと回す。
 その後、二人に向けて言った。

「起きたことだし、朝食にするか」
「さんせーなの!」
「ゴブブのブー!」

 二人もベッドからおりる。
 そして、当然のように俺と手を繋ぐ。
 左はゴブちゃん、右はネネイ。
 いつものポジションだ。

「行くか」

 そう言って歩き出そうとした。
 その時だ。
 ドドドド、と激しい音が聞こえてきた。
 誰かが猛ダッシュでこちらへ近づいている。
 なんだなんだ、と身構える俺達。
 やってきたのは――宿屋の主人だった。

「冒険者様! 大変です! 助けてください!」

 主人は血相を変えている。
 落ち着けと言って落ち着くようには見えない。
 だから、「何があったの?」と話を進めた。

「コボルトです! 大量のコボルトが村を包囲しています!」
「なん……だと……!」

 コボルトが村を包囲?
 そんなこと、ベアリスではなかったぞ。

 モンスターは決まった場所に棲息しているものだ。
 主に森や洞窟、それに山など。
 村や街の周囲にある草原には、一歩たりとも踏み出さない。
 そのはずだったのに。

「助けてください! お願いします、冒険者様!」
「とにかく見てみよう――行くぞ、二人とも!」
「はいなの!」
「ゴブッ!」

 予定変更、朝食は後回しだ。
 大急ぎで外に向かう。
 宿屋から出ると、村民達が目についた。
 皆が一堂に会している。
 表情は例外なく不安気に曇っていた。
 しかし、俺を見るなり明るく晴れていく。

「おお、冒険者様!」
「冒険者様が目覚められた!」
「これで……これで……村は救われる!」

 村民達が歓声を上げる。
 当の俺は、「いやいや」と苦笑いを浮かべた。

「これはさすがにいかんでしょ」

 村の全方位に、コボルトが居るのだ。
 完全に包囲されていて、その数は計り知れない。
 100や200、なんて可愛い数ではないのだ。
 もう一つ上の桁、数千単位。
 もしかすると一万を超えているかもしれない。
 それを俺が一人で対処するって?
 ハハハ、冗談はおよしなさいって感じだよ。

「冒険者様、あいつらを倒してください!」
「村を救ってください、冒険者様!」
「お願いします、冒険者様!」

 村民達が切実に訴えてくる。
 これは「きついっす」なんて言えない雰囲気だ。
 普段崇められている分、ここで断れば後が怖い。
 こういう時の「冒険者様」なのだから。
 覚悟を決めるしかない。

「勝利の確約は出来ないけど、可能な限り頑張るよ」
「流石は冒険者様!」
「カッコイイ、私のプリンス様……!」
「きゃー、冒険者様ァ!」

 村民達の心に希望の火が灯った。
 俺の心はドス黒い絶望に染まっているけどね。
 でも、たまにはこういうのもいいかもしれない。
 ゲームの主人公になった気分だ。
 がむしゃらに敵と戦うなんて柄じゃないけどさ。

「レベル1でありますように!」

 そう強く願い、コボルトを眺める。

==========
【名前】コボルト
【Lv】1
【HP】5
==========

 ふぅぅぅぅ、良かった!
 心の底から安堵の息がこぼれる。
 数は多いが、ただの雑魚コボルトだ。
 これなら、万に一つも負けることはない。

 レベル差補正で、攻撃がまるで効かないからね。
 彼我のレベル差は9。
 つまり、コボルトの攻撃は1のダメージだ。
 さらに、俺にはバッシブスキル『オートヒール』がある。
 敵を倒すごとにHPが10回復するものだ。
 これなら、暴れ続ける限りHPは減らない。

「ユニィ、こっちに来い」
「はい!」

 ユニィが近づいてくる。
 俺を囲む村民達が、ユニィの通り道を開けた。

「お前は南のコボルトを蹴散らすんだ」
「南ですね、わかりました」
「では合図をするまで待機していてくれ」
「はい、フリード様」

 ユニィに指示を出し終える。
 次はゴブちゃんだ。
 我が軍のお調子者戦士。
 小さな小さな戦闘要員。

「ゴブちゃんは北を頼む」
「分かったゴブ! 目に物を見せてやるゴブ!」
「うむ。手当たり次第にゴブゴブしてやってくれ」
「ゴブッ! ゴブゴブしてやるゴブ!」

 命令はこれで終了だ。
 あとは二人の活躍に任せるだけ。
 この時、「レベル20まで上げておけば」と後悔した。
 召喚士レベルが20になると、新たな従者が追加されるのだ。

「危険だから、村の皆は中央に集まってくれ」
「分かりました、冒険者様!」

 村民達を村の真ん中に固める。
 その後、念を押して言っておいた。

「数が多いから、村が無傷で済むとは限らない。いや、たぶんそれは厳しい。でも、出来る限り頑張るからね。戦闘後、村がボロボロになったら復興にも協力するから、心を強く保ってくれ」

 村民達が歓声を上げ、拍手をくれる。
 かつてない拍手喝采だ。
 ネネイは俺にギュッと抱き着いてきた。

「おとーさん、カッコイイなの!」

 はっはっはと笑い、ネネイの頭を撫でる。
 嬉しくて、なんだか奮い立ってきた。

「ネネイは村の人とここに残ってね」
「おとーさんはどうするなの?」
「俺は足止めに出るよ」

 召喚士は従者に依存する職業だ。
 本体の攻撃は、強制的に1ダメとなる仕様。
 だから、相手がコボルトでも大した戦力にはならない。
 それでも、壁として機能することは出来る。
 あと1レベル上がったら、俺も出陣だ。
 レベル差が10だと、完全なノーダメージだからね。
 タコ殴りにされても無傷で済む。
 もちろん痛いけれど、死ぬことはない!

「ゴブちゃん、ユニィ、敵を駆逐しろ!」
「ゴブーッ!」
「はい! フリード様!」

 ユニィが南に駆けだす。
 ゴブちゃんは北だ。
 二人の動きにコボルトが反応する。

「キィイイイイイイイイイ!」
「キィイイイイイイイイイ!」
「キィイイイイイイイイイ!」

 耳が痛くなるほどの鳴き声を上げて突っ込んできた。
 そこら中から響くコボルトの鳴き声。
 これは結構不気味で、十分に恐怖を植え付けられた。
 死なない俺はまだしも、村民達の心は一瞬で揺らぐ。
 活気に満ち溢れた顔が一転、恐怖で青く染まった。

「むふふんがあったとしても、割にあわない仕事だよ」

 空を見上げて呟く。
 こうして、村の防衛戦が始まった。
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