ガロンガラージュ正衝傳

もつる

文字の大きさ
上 下
7 / 12

チャプター7

しおりを挟む
  7


 エクスカリバーからの指定の場所、それは巨域四番街にあるブレード・ディフェンド本社――その跡地であった。そこは更地になっていて、灰色の空と黒い海が一望できる。社屋があったころは狭いと感じていたが、真っ平らなコンクリートの地面だけになってみると、思っていた以上に広大だったことを知る。
 バーキンは申し訳程度に設けられた柵を乗り越え、海の側に向かって歩く。

 懐かしいな。
 あの頃は、ここから見える蒼天と蒼海に、海から吹く風に心を洗われていたものだ。

 あの時の風を感じようとして、バーキンは胸いっぱいに空気を吸い込む。が、入ってくるのは肺を刺すような冷たい風ばかりで、彼は途中で息を吐いた。
 吐息が終わると同時に、靴音が後ろから聞こえてくる。

 あの人だ。

 バーキンはためらいを伴いながら振り向いた。
 黒革のコートに、暗黒色のスーツを着ている。ベルフェンの言っていた通り、伸ばした髪を後ろで結い、それは風になびいていた。
 ブレード・ディフェンドの創設者、ハイランダー<エクスカリバー>。

「ブランドン……」

 バーキンは言った。
 ブランドンはにこりと笑い、更地に目を向ける。

「世間というのは、存外狭いものなんだな。バーキン」

 彼はこちらをまた見る。

「仕事で動力教団の神殿に行ってるんだろう? 我々もさ」
「……おかげでひどい目に遭った」
「だが生き延びた。その事実を誇れ」

 ブランドンが言うと、バーキンは唇を噛んで目を逸らした。
 それから問う。

「なんでいまさら……おれを呼び出したんだ?」
「準備ができたからさ」
「なんの準備さ」
「動力教団を、私のものとする」

 バーキンは耳を疑った。
 ブランドンはそんな彼に、笑みを絶やすことなく続ける。

「テヤンの日も、ヴェラボの姪も、司教どもが恐怖に虚飾を施し、伝統の名を借りて正当化しただけに過ぎん。そんな腰抜けが昔から気に食わなくてね」
「恐怖? どういうことだ」

 バーキンの問いに、ブランドンは携帯端末を取り出して答える。
 彼はその画面に指を滑らせながら、バーキンのすぐ横に来て、手を取った。

「知っているか?」耳元でブランドンの声。「神殿の大礼拝堂に祀られているのが何者か……」

 端末がバーキンの掌に載り、ブランドンの指が画面を叩く。
 一本の動画が再生された。
 球状の大礼拝堂では大勢の信徒が祈りの言葉を唱え、御神像の周囲にはジョンディと五行宰の四人が控えている。その中にはフレーシもいた。
 そこからしばらく変わった動きはない。そう思いきや、御神像の顔にかかった布がゆらめいたように見えた。
 画面の下の方から、誰かが現れる。

「……カルバリか?」
「ああ、鉄面宰カルバリ。そして真相だ。……きみの仕事が何に使われているか」

 カルバリの後ろには、十数人分の料理が、見覚えのある台車に載っていた。
 バーキンはすぐわかった。これは自分が毎日運んでいる食糧だと。
 しかしいったい何のために? 供物にしてはあまりにも量が多すぎる。
 訝しんだ次の瞬間、御神像の顔から怪物が姿を現した。

「なんだコイツ……?!」

 怪物はグロテスクな体躯を蠢かせ、供物を食い始めた。
 バーキンは声を上げて驚き、食事を終えた怪物が満足そうな唸り声を上げて像の中に戻っていく様を見届ける。
 動画はここで終わり、ブランドンは、

「もう一本ある」

 と、端末を操作した。
 二本目の動画は、再生していきなり巨大人面像が目に飛び込んできた。人面像の首は蛇の形で、上へと反っている。薄暗く湿った空気の感じが、動画越しに伝わってきた。
 カメラが引いて、コンクリート張りの壁、床、天井が映し出された。巨大な貯蔵タンクと制御装置が見える。
 その空間内を、ヘルメットとツナギに安全靴で固めた作業員がせわしなく動いている。
 急に鐘が鳴ると、作業員たちは数本の極太ノズルを持って人面像下の大皿に集まった。
 人面像は地鳴りめいた音を立てて震え、まもなく青ざめた微光を放つ涙を流した。
 涙は数分かけて皿を満たし、作業員はノズルで吸引を始める。

「――これが、動力教団の発電だ」ブランドンが言った。
「発電? これが?」
「地下の人面像が流した涙は……いわば排泄物で、それが肝さ」

 ブランドンは端末を取り、懐へ戻す。

「あの排泄物は、原子力以上の効率で電気エネルギーを生み出す」
「……だから神というわけか……あの怪物が」

 バーキンは眉をひそめた。

「その通りだ……」

 ブランドンは目を伏せて、またバーキンと向き合う位置に立った。

「何千年も前の話さ。あの怪物はある日突然現れ、村落を襲い人々を食い殺した。生半可な攻撃などものともしない、まさに不死身のモンスター……。……生き残った者たちはそいつと戦い、封印に成功したんだ。一旦はね」
「一旦? その後封印が解かれたのか? どうやって?」
「怪物自身が破壊したのさ。人々は怪物を衰弱死するまで封印しようとしたが、死の危険を察知した怪物は火事場の馬鹿力で封印を破った」
「……なるほど、それで二度目の封印は、定期的に給餌して生かさず殺さずの状態にしたわけだ」

 バーキンの言葉に、ブランドンは頷く。

「そして生殺しのための給餌行為に、いつしか信仰が加わり、科学の発達がやつの屎尿の価値を気づかせ、今の動力教団ができた」
「よく知ってるな」
「クライアントでもあるからな」

 ブランドンは肩をすくめて笑う。

「だけど、もともとが暴れさせないための餌付け習慣なら、テヤンの日とかいうのはなんのためにあるんだ? ヴェラボの姪の役目は?」
「あの神は定期的に人肉を食わなければ活力を失い、それが発電効率の低下をもたらす。――霊的活力さ。それを保つために、若く清い娘の……希少性の高い肉が要る」
「だからルカさんが狙われたのか……」

 ブランドンは頷き、語った。

「人の味を知った獣は厄介だ……それはヒグマの例でもわかるだろう……。あの怪物も同じだ。しかも、こともあろうにアルビノの味を気に入ってしまったらしくてな……」
「つくづく迷惑な話だな」
「ああ、私もそう思うよ。だが、司教ジョンディは街のためにと割り切っている」
「なら反対派が叫ぶように、ガロンガラージュの発電所を増やせばいい」
「それを私に言ってくれるな。教義に反するの一点張りで聞く耳を持たんのは察しがつくだろう?」

 ブランドンはまた笑い、続けた。

「ジョンディたちは結局のところ、怪物を神と持ち上げてご機嫌取りをしている臆病な連中だ。……そんな肝の小さい者どもが正しさだのなんだのとご高説を宣っている。街を委ねるに値する存在と思うか?」

 そう言って、ポケットに突っ込んだままの両手を出すと軽く広げた。

「ハイルダインを追い出すように仕向けたのも、そんな教団を――潰すためだ」

 ブランドンの語気が強まる。
 バーキンはまた目を逸らした。

「帰ってこい、カラドボルグ」ブランドンが言う。

 バーキンはすぐには答えなかった。拳を握り、目を閉ざし、唇の裏で歯を食いしばる。
 肩を上下させて深呼吸すると、目を開いて答えた。

「……断る」
「ほう?」

 ブランドンは片方の眉を吊り上げる。

「理由を伺っても?」
「……前ほどあんたらを信用できない。ベルフェンの件もあるし、ルカさんの身の安全も疑わしい。それに――」

 バーキンは自分が発しようとしている言葉が、口の中を乾かしているのを感じる。
 言ってしまえば、ほんとうに後戻りできないような気がした。
 けれど、彼は言う。

「あんたを見損なった」

 言ってしまった。と彼は思った。
 一方でブランドンはまるで動じていない。

「そうか……残念だ」

 直後、ブランドンが手刀を放ってきた。
 バーキンは肩口を打たれる。
 拳を突き出して反撃を試みた。
 が、受け流されて追撃を喰らう。
 裏拳が後頭部にヒットして、バーキンは大きく前に傾いた。
 背後から風を切る音。
 咄嗟に飛び退くと、ブランドンのストンピングが地面を砕く。
 一回転して間合いをとってから、バーキンは飛び散ったコンクリート片を手にする。
 ブランドン目掛けて礫を投げた。しかし彼は回避も防御もせず、頭部にそれを受ける。
 コンクリート片は粉々に砕け散った。しかし、ブランドンは無傷だった。
 それは想定内だ。
 バーキンは一気に距離を詰め、拳の連撃を繰り出す。
 その拳はブランドンの掌にことごとく受け止められた。
 ほどなくしてバーキンの両拳は鷲掴みにされる。
 ブランドンが動きを封じてきて、バーキンは彼の冷めた双眸を睨視するしかなくなった。

「感情に身を任せすぎているな」

 彼が言うのとほぼ同時に、バーキンは膝蹴りを喰らっていた。
 腹の内側で何かが裂ける音と感触がして、血を吐く。
 今度はブランドンが連撃を放ってきた。
 自分の拳よりも速い突きがバーキンを削ってゆく。
 だがそれはどこも急所を外していた。
 何十発と拳を喰らったバーキンは、片膝をついた。やがてもう片方の膝も地面につき、荒い息と地面を滴る己の血以外に意識を向ける余裕がなくなる。
 それでも、彼は残った力を振り絞って顔を上げ、拳を握りしめた。
 ブランドンはそんなバーキンを鼻で笑い、一旦背を向ける。
 そして、一本のナイフを取り出した。バタフライナイフだ。
 彼はそれをくるりと回して、手の中で躍らせ、刃を展開する。
 ブランドンの横目がバーキンを見据えた。
 バーキンはきしむ腕を持ち上げ、次の一手に対処しようとする。
 ブランドンがナイフを投げた。

 避けきれない。

 本能的に判断したが、避ける必要はなかった。
 ナイフはバーキンのすぐ手前に突き立つ。
 それに気を取られた瞬間、ブランドンの飛び蹴りが襲った。
 バーキンはまた後ろに飛ばされ、柵を突き破る。
 支柱が根本から抜けて、鋼線を留めるかすがいが舞い散った。
 背を歩道に打ちつけ、バーキンは痛みに悶える。
 ブランドンはナイフを抜き、こちらを見ていた。

「さあどうする? このまま幕引きか、それとも――」
「おれの答えは……変わらない……」

 バーキンは立ち上がりながら言う。 
 ブランドンは「ふむ」と小さく頷くと、姿勢を低めた。片膝をつき、こちらを見据える。
 その構えはクラウチングスタートにも似ていた。
 バーキンは彼が動く前に、車の方へ走る。
 ブランドンがこちらへ飛んできた。
 両者の距離は縮んでゆく。けれど車まであとすこしだ。
 その時、背後から風切り音がした。ナイフの投擲だ。
 間一髪で、バーキンはボンネットを跳び越えて避ける。
 運転席側に回るやいなや車内に逃げ込み、エンジン始動と同時に全速力で離脱した。


 バーキンはハイウェイに入って、他の車の中にブランドンやその仲間と思しき者がいないか探る。
 車通りはそこそこ多いが、ほとんどが休日を楽しんでいる様子で、敵意らしきものは感じない。
 ひとまず安心といきたいところだが、口の端からまた血が流れてきた。
 そんな状態に対して、この程度で済んでよかった。と彼は思う。
 強化薬の効き目がなければ全身が粉々だっただろう。
 しかし、痛みは時間経過と共に酷く、重くなっていった。

 ダメだ、これ以上の運転は危険だ。

 バーキンはそう判断し、最寄りの道の駅へと入った。


 道の駅に到着し、広い駐車場を埋める車の中にピックアップトラックは埋没する。
 降車し、助手席側に刺さったままのバタフライナイフを引き抜いて、すこし見つめると、刃を納めて内ポケットに突っ込んだ。
 それから彼はアリシアに電話する。

「アリシア……急で申し訳ないけど、今から会いたい。大事な話がある……」
「わかった。アタシもちょっと気になることができたんだ」

 彼女はそう言い、続けて訊ねてきた。

「……なんか苦しそうな声だけど、大丈夫?」
「死にはしない……けど、ちょっとひと悶着あってね……」
「そう……で、どこに行けばいい?」
「道の駅だ。場所は――」

 と、自らの所在を伝えてからアリシアとの通話を終える。
 続けて、コガワにも連絡した。

「おはようございます……ちょっと……教団関係で困りごとができましてね……」


 ボンネットに腰をかけて待っていると、アリシアとコガワはほとんど同時に来てくれた。
 ハーフカウルのカスタムバイクが入り口に見えて、こちらに頭を向けるとまっすぐ近づいてくる。その後ろを、流線的なクーペめいたボディの、ハイブリッドセダンが追うように進んだ。
 バイクとセダンが近くに停まり、乗り手が降りてくる。
 アリシアとコガワは互いに顔を見合わせた。
 コガワは穏やかな笑みを浮かべるが、アリシアはいささか警戒している面持ちだ。

「大丈夫……彼は味方だ」バーキンは言った。
「はじめまして。バーキンから話はうかがっています」

 コガワは名刺を取り出した。

「あ、どうも……」

 アリシアは名刺を受け取り、彼の身元を確かめる。

「反・動力教団グループの支援者でもある……」

 バーキンは補足した。

「だから呼ばれたんです」コガワが言う。「――で、バーキン。ずいぶん苦しそうだが、いったい何があった?」
「……過去の因縁が、今度は直接おれを攻めてきたんですよ」

 それから彼は、先刻起こったこととブランドンのことを二人に説明する。
 アリシアはすこし顔をしかめ、コガワは顎に手を当てていた。

「フム……そのブランドンとやら、放っておくとジョンディよりも厄介なことになりそうだな」

 コガワが言った。

「教団のトップが誰になろうが、ルカに危害を加えるなら敵だ」
「しかし、教団で祀る神が未知の巨大生物というのはどうも信じられんな……」
「アタシは信じます。それに、バーキンがこんな状況で嘘や冗談を言う人じゃないのはコガワさんならわかるでしょう?」
「もちろん。妄想にとりつかれているようにも見えんしな」

 彼の言葉に、バーキンはすこし笑った。

「おれが知ったのはここまでだ……そっちでは何か?」
「ひとつ興味深い情報を仕入れた」

 コガワが言った。彼は車からラップトップPCを取り出す。

「ナハトム商会という名を聞いたことは?」
「……たしか第二次大戦後に闇市で成り上がった企業でしたよね」

 答えたのはアリシアだった。

「よく知ってるな」とバーキン。
「授業で習った」アリシアは鼻を鳴らし、コガワに問う。「で、そこが何か?」
「金の流れを調べたら……動力教団に多額の献金をしてることがわかった」
「……そういえばそこ、高額転売とか個人情報の売買とかの、裏ビジネスもしてるって噂が……」
「ああ。そこも気になるが、私が気がかりなのは現会長の次男、ブライレムだ」

 コガワはPCを操作し、商会の公式サイトに掲載してある、ブライレムの紹介ページをバーキンらに見せた。

「彼だけ妙に情報が少ない。他のご兄弟や重役はこれまでの実績が事細かに書かれているというのに」
「まさか教団に……。――ん? ちょっと待って」

 バーキンはブライレムの写真に注視する。贅肉のたっぷりついた老人で、縦にも横にも大きく、かなりの厚みがある男だ。

「……ブランドンの動画に似た感じの男が映ってた……遠くからだったんで、確証はないけど――」
「参考にはできるな」コガワは頷いた。

 バーキンはアリシアに向く。

「アリシアは何かあった?」
「教団とは直接関係ないんだけど」

 彼女は言いながら携帯端末を取り出し、SNSの投稿を見せる。
 そこにはこう書いてあった。

「コンビニ行ったら髪も肌も真っ白な女の子いてホレそうになった。アルビノっていうのかな? 初めて見たけどキレイだったな~……」

 投稿を読み、バーキンはアリシアに目を向ける。

「……これ、ルカのことじゃないかな……?」
「投稿者の所在は?」

 コガワの問いで、アリシアは投稿者のプロフィールにアクセスする。

「ここみたい」
「……ガロンガラージュの外か……商談で何度か行ったことがある」
「もし件の女の子がルカさんだとしたら……教団も特定に動くかもしれないな……」

 バーキンは言った。
 コガワは頷く。

「確かナハトム商会の事業所もあったはずだ」
「だとしたら急がないと……!」
「ああ……せっかく逃げてもらったって――」

 バーキンは言いかけて、激痛によろめいた。
 どくどくと心臓が脈打ち、血流に淀みを感じる。
 アリシアとコガワは彼の名を呼び、顔を覗き込んだ。

「くそ……ブランドンにやられた傷だ……思ったより深い……」
「……病院が先のようだな」

 コガワが言うと、バーキンはこう返す。

「いや……それには及ばない」
「痩せ我慢してると死んでしまうよ」
「ほんとうに大丈夫……昔、腹に.三十口径のライフル弾を受けたことがあるけど……半月で治った」

 その言葉に、さすがのコガワも顔をしかめる。が、アリシアは彼にこう言った。

「コガワさん。彼はたぶん本当に大丈夫。ブレード・ディフェンドの薬を飲んでるんです」
「薬……? まさか――」
「ラリるアレじゃないですよ」バーキンは笑う。「ブレード・ディフェンドが独自開発した、身体能力の強化薬です」
「……ならいいが……」
「ただ問題は」アリシアが言った。「ブレード・ディフェンドが動力教団に雇われたせいで、連中も同じ薬を服用してるはず。もし交戦するとなったら――」
「銃が絶対に効かないわけではないのでしょう? それに殺しが目的じゃない。やりようはいくらでもある」

 コガワはラップトップを畳み、車に載せると自身も乗り込んだ。

「アリシアさん、名刺のアドレスにルカさんの情報をメールしてください。私はSNSにあった街へ向かいます」
「わかりました。お気をつけて」

 コガワは頷き、バーキンに言った。

「今はすこし休みなさい」
「……そうします……ありがとう」

 かくして、コガワの車が発進する。
 バーキンはアリシアの肩を借り、荷台に横になった。それだけでも、ずいぶんと楽になる。

「そんなんで大丈夫なの?」
「ひと眠りすれば細胞が回復に集中してくれる」
「……ホントにやばい代物だね」
「ああ……」

 バーキンはコートを掛け布団にして、曇天を仰いだ。
 その視界の端に、アリシアの浮かない顔が見える。
 彼女は小さい声で名を呼んだ。

「……教団がルカを狙うのは……街の電力確保のため……。でもアタシたちはそれを阻止しようとしてる……。だったら、この街は……」
「……わかってる。もしかしたら大停電が起こって、そのせいで……」
「……冷静に考えると、ほんとに正しいことなのかなって――」
「人としての正道だ」

 バーキンは言った。

「……後のことはコガワさんたちと考えよう。それに、教団もそういう場合に備えてエネルギー源の蓄えはあるみたいだし」
「……ありがとう」

 アリシアの笑顔に、バーキンも笑い返す。

「きみは……その正しさをずっと持っててくれ……。それはやさしさだ……」

 彼女は頷く。力強く。
 バーキンはそれを見届けると、目を閉じる。
 そして、彼はしばしの間、意識を手放した。


  ◇


 カルバリは急ぎ足に困惑と苛立ちを込めて、司教の間への廊下を進んでいた。
 もう傷は全快している。今度こそヘマはしない。鉄面も新調した。

 それなのに――。

 司教の間の前まで来たカルバリは扉を叩き、返事の直後に開けた。
 紅と金で彩られたカーテンと絨毯、中央に陣取る応接用のソファー、広いデスクの両脇には楕円形の大窓……何もかもが高級で、贅を凝らした空間がカルバリを迎える。そしてそこには、ジョンディ以外にあと三人いた。
 うち二人は、炎占宰ヒュシャンと、同じく回復した岩拳宰フレーシ。そして――。

「カルバリよ、紹介しよう」

 背を向け、大窓の外を見ていたジョンディが言う。

「そなたの後を引き継いでくれる、剣聖宰ブランドンだ」

 ブランドンと呼ばれた髪の長い男は、静かな、けれど自信満々の笑みをこちらに見せる。
 カルバリはそんな彼に軽い会釈をしてから言う。

「司教、わたしはこの通り完治しました。なのにどうして……!」
「心中お察しする……だが、そういう契約だ」
「契約? 確かにわたしは他の宰とは違い、傭兵上がりだ。しかし長年この教団の鉄面宰として、尽力してきたつもりです」
「わかっておる。それについては感謝している。……いままでご苦労であった」
「待ってください! わたしを切り捨てるつもりですか!?」
「落ち着いてくれ、鉄面……カルバリ」

 言ったのはフレーシだった。
 カルバリはフレーシの顔を見て、歯を食いしばる。

「司教のご判断だ……オレたちはそれに従うべきだ」
「……あなたは宰に復帰できたからそう言えるんだ。だがわたしは違う」 
「しかし、すでに我が教団の傭兵部隊はブレード・ディフェンドに一本化した。いまさら元には戻せん」

 フレーシがそう言うと、カルバリは炎占宰ヒュシャンに顔を振った。
 ヒュシャンは表情の無い顔を向ける。

「四番街に存在する、縁結びのご利益がある神社を知っています。そちらへ行って、新しい仕事に恵まれるよう祈願するのも有効かと――」
「ふざけているのか!」

 カルバリは怒鳴った。
 が、ヒュシャンの無表情はまるで変わらない。その近くでフレーシが気まずそうに目を逸らしていた。
 ジョンディが聖杖を床に強く叩きつけ、こちらに近づく。
 彼はカルバリの目の前まで来て、眼光を鋭くした。

「そなたが真の信徒であれば、私もフレーシと同じ処遇を与えていたであろう。しかし、我々とそなたはあくまで対等な立場……。してやれることはもはや何も無い」

 カルバリはジョンディと睨み合う。
 いつしか彼は拳を固く握りしめていた。
 その時、真横でぎらりと刃が輝く。
 剣聖宰ブランドンだった。彼は幅広の刀をこちらに突きつけている。
 カルバリは横目でブランドンを見ると、一歩退いた。

「……もはや……二度と会うことはないでしょう」

 そう言って、カルバリはジョンディに背を向け、去っていった。
しおりを挟む

処理中です...