DARK RADIANT

もつる

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チャプター10

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 アストルはダークに薬を飲ませた後、装備品や彼の残骸を可能な限り回収し、バイクに乗せてやる。
 サイドバッグに入っていたパラコードで己とダークとを結びつけると、艦との合流地点へ急いだ。

「しっかりしろダーク!」

 アストルの耳には、荒くも弱々しいダークの息が絶えず聞こえていた。
 彼人は地下歩道へとハンドルを切り、階段を駆け下りる。
 ガタガタと小刻みの振動が突き上げて、ダークの呻く声がした。

「すまんな、こっちが近道なのさ」

 アストルは地下歩道を走り、その途中に開いた手掘りのトンネルへ突っ込んだ。
 土煙を上げて闇の中を進む。
 再び地上に出ると、潮風のにおいが二人を迎えた。
 かつて港町であった地を、アストルは瓦礫と陥没を避けながら通り抜ける。
 そしてバイクを止めた。そこは海崖であった。


  ⦿


 ダークは、先ほどに比べれば意識がはっきりしてきているのを感じた。アストルが飲ませてくれた薬と、合流地点に至ったという事実のお蔭だろう。
 彼は、適当な高さの岩を枕に寝かされていた。
 すこし顔を横に向けると、海を見ているアストルの姿があった。
 ダークは唇を動かし、潮騒にかき消されないよう、腹に力を入れて名を呼ぶ。

「気がついたかい」

 アストルが振り向いた。
 ダークは小さく頷いて答える。

「ありがとう……」
「礼を言うのはまだ早いよ」

 間もなく、海のほうから内燃機関の鼓動が聞こえてきて、あの強襲揚陸艦が現れた。

「……偽装だったんですね……」ダークは言った。「あの艦……座礁してたように……」
「ああ。私としては、あの浜辺で余生を過ごさせてやりたかったが……」

 アストルは艦に手を振る。
 ダークは彼人に顔を向けた。

「でもどうやって……」
「ダイレクトランディングさ」アストルが答える。「戦車揚陸艦のスタイルを現代に蘇らせた、試験的な機構だよ。バルバスバウの表面装甲が前に伸びて、自力で離岸できる」

 二人の眼前に来た強襲揚陸艦は、完璧な姿勢制御で静止すると、艦首大門扉を開きながらランプウェイを伸ばした。それはほとんど水平に架かって、橋となる。
 ダークはアストルに抱き上げられ、橋を渡る。
 艦側にはストレッチャーと共に乗組員らが控えていた。
 ストレッチャーに乗せてもらったダークは、医務室へと運ばれる。
 そして、治療を受けた。
 サージカルガウンに身を包んだ一団が、彼の全身を大仰な機械に接続し、小難しい用語を交えてやりとりする。
 その中に、アストルがやってきた。彼人も医療の装いに改まっている。
 アストルはこちらを見て言った。

「安心したまえ。今まで以上に動けるようにしてやるさ。そして共にあの子たちを救い出すんだ」

 ダークはそこで一旦、深い眠りに落ちた。


  ⦿


 レイディアントは、カツェを閉じ込めている独房の扉を開けた。
 彼女は備えつけの椅子に、背筋を伸ばして座っていた。

「……私を処刑するんですね」

 カツェが、閉じていた目をすこしだけ開けて言う。
 こちらに向けた彼女の顔は、静かな笑みを浮かべていた。
 レイディアントはにわかに目を伏せ、言った。

「ブリッツが呼んでいる。来てくれ」

 そして二人は、屋上へと歩いてゆく。
 静まり返った廊下に、レイディアントの重く硬い足音と、カツェの高く柔らかい足音、それに枷の鎖が鳴らす無粋な金属音が立つ。
 屋上の扉を開けると、そよ風がレイディアントたちを迎えた。
 その先には、ブリッツが背を向けて立っている。脇のテーブルには、拳銃と二発の銃弾。
 ブリッツは振り返って、笑った。

「来てくれたね。カツェ」

 カツェは夫の前まで歩きながら、言う。

「銃殺刑の場にしては、とても美しい景観ですね」

 統合保安局本部の屋上から見えるのは、幾重にも連なる山脈だった。
 山影の中には光の灯らぬビル群が緑をまとっている。
 ブリッツとカツェは、並んで西日に照らされた世界を見た。
 レイディアントは二人の背中を、何も言わずに眺める。
 やがて風が止むと、ブリッツが口を開く。

「銃殺刑と言うが、私はきみにチャンスをやりたい」
「必要ありません。リュイを解放し、マキュラへ帰してくだされば、私の命など安いものです」

 カツェはブリッツと向き合う。

「私はあなたに不実な行いをした……。その罪を取り繕う気はありません」
「……そうだな……だが――」

 彼はカツェの枷を外し、続ける。

「別にキィとの不貞を咎めるつもりは無いよ。厳密にはきみらは親子ではないし、私よりキィのほうがオスとして魅力的だったというだけの話だ」
「……ご存知でしたか……」

 カツェが目を逸らす。
 そんな彼女に対し、レイディアントは自分が眉をひそめているのを自覚した。
 ブリッツは言う。

「私が許せないのは、プロジェクト・ギガンテラの情報をリークし、邪魔をしたということだ。きみが変な気を起こさなければ、防げた損失はとても多い」

 ブリッツの言葉にカツェは頷き、レイディアントも言う。

「キィも死なずに済んだ」
「そうですね……」

 レイディアントはブリッツの拳銃を持ち、薬室を開放した。

「さて、カツェ」と、ブリッツ。「ここに二発の銃弾がある。一方は模擬弾だ。……好きなほうを選べ」
「あなたたちで弾が飛ぶほうを装填してください」

 カツェは言った。

「さっきも言ったとおり、私は死を覚悟しています。ですから私の命と引き換えに、リュイを――」
「まあ最後までルールを聴きなさい」

 ブリッツは弾を一発ずつ掌に載せる。

「これはトレードオフではない。オールオアナッシングだ」
「といいますと……?」
「実弾を選べばきみは死に、リュイもおしおきがてらプロジェクト・ギガンテラに協力してもらう。だが不発であれば――」
「私もリュイも自由の身……ですか」
「そういうことだ。どうだ? 確率は半々。希望にすがってみるのも悪くなかろう?」
「……わかりました」

 カツェは頷き、ブリッツの掌から銃弾を取った。
 それから、左手薬指のリングを外す。

「もし私が生き延びても、たぶんあなたとはここでお別れだと思います」

 リングはブリッツの空の掌に落ちて、冷ややかな光を放った。
 ブリッツがリングごと掌を握りしめる。

「……そうか……」

 彼は残ったほうの銃弾をテーブルに置くと、扉の前まで下がる。
 カツェがこちらの手を取り、銃弾を渡してきた。
 手袋越しにでも、彼女のひんやりとした手の温度を感じる。
 レイディアントは、またカツェを見やった。
 彼女は太陽を背にし、凛と立つ。
 レイディアントは、彼女から目を放さず、弾を装填した。
 銃を構え、呼吸を整える。
 引き金を引いた。
 銃声が轟き、カツェの心臓を穿つ。
 彼女は仰向けに倒れ、胸と背を血で染めた。
 その様は、真っ赤な大輪の花が咲いたようであった。
 レイディアントとブリッツは、カツェを見下ろす。
 力無く投げ出された四肢と、開ききった瞳孔。肌からは血の気が失せてゆき、虚ろな顔が天を仰いでいた。
 もう、彼女は何も言わない。指一本動かすことはない。
 一人の人間が、死体になった瞬間だった。

「……さらばだ……我が妻、カツェ……」

 ブリッツは、その言葉を残して立ち去る。
 レイディアントは、無言でカツェの死体を見つめていた。
 やがて彼は、ブリッツの置いていった銃弾を横目で見る。
 それを拾い上げ、薬室に装填すると、己の下顎に銃口を突きつけて引き金を引く。
 撃鉄の音がした。
 レイディアントは銃を下ろし、わずかに俯く。
 すると、不意に<彼>のことが頭に浮かんだ。
 自分の模倣者――ダーク・レイディアントのことが。


  ⦿


 リュイは、独房めいた個室内で銃声を聞いた。
 それが何を意味するのか、彼は察してしまう。
 肩を落とし、俯く。廊下から足音がして、扉が開いたのはそれからしばらくしてからだった。
 横目で扉のほうを見ると、ブリッツが立っていた。
 逆光のせいで表情はよくわからないが、笑っていないのは確かだ。
 リュイは彼に背を向け、言った。

「ぼく……男の人が好きなんだ。それに、野菜しか食べたくない」
「そうか……。それは本当かい?」
「こういうのって、異端民になって人権を失うんでしょ?」

 彼はブリッツに顔を向ける。
 ブリッツは、ため息をついてから一歩室内に踏み入った。

「リュイ……きみは悪い子だ……おしおきをしなければな」
「なら、ぼくを殺して――」
「それではダメなんだよ、リュイ。きみは間違いを反省しなければならない」

 彼が言うと、手術着の男たちが現れ、リュイを取り囲んだ。
 リュイはびくついたが、動く前に彼は注射を打たれ、体の自由を失った。


  ⦿


 ダークは眠りの中で、焼け跡に立っていた。手には器。周囲には人々。
 人々は、向こうに見えるテントへと向かっている。
 彼もその流れに乗り、やがて列に並んだ。
 テントからは感謝の言葉と、激励の言葉が交わされていた。
 前の人に食べ物を与える男――レイディアントが、笑顔で言う。

「ありがとう! また来るよ。それまで気をつけて!」

 爽やかな声だった。
 自分の番が来た。
 レイディアントが、にこやかな表情を見せる。
 ダークはすこし緊張しながらも、

「おねがいします」

 と、器を渡した。
 レイディアントが器に、温かいスープを注ぎ込む。

「さあ、どうぞ」

 ダークはレイディアントから器を受け取り、笑顔を浮かべる。
 彼は思わず、レイディアントに向けて手を差し出した。


 ――低く轟く機関の音が、ダークの耳に入ってくる。
 彼は目を覚まし、眼球だけを動かして外界の様子を見た。
 そこは、船室だった。
 ダークは思い出す。アストルとマキュラの皆に強襲揚陸艦へ運び込まれたことを。
 自己診断モードを起動し、視界に自体の状態を表示する。
 ――サイボーグボディーに損傷なし。
 額には裂傷があるが、処置済みであった。
 彼は右腕を持ち上げ、掌を見つめる。
 すると、

「お目覚めかい」

 と声がかかった。
 そちらに向き直ると、アストルがいた。彼人は診療台に腰掛けて腕をさすっていた。その横に、点滴スタンドに吊るした充填用循環フルードのパックが見える。

「……夢を見ていました……。昔の……幸せな――」

 ダークは答えながら上体を起こす。

「ありがとうございます……」
「かまわんさ」と、アストル。「私の予備パーツを使ったが、違和感は無いかい?」
「はい。何も問題なく」
「よかった。大丈夫そうだね」
「ええ。体のほうは……」

 ため息が出てきた。
 アストルが言う。

「気を落とすんじゃないよ。あのレイディアント相手に両腕だけで済んだんだ。たいしたものさ」
「けれどリュイを護れなかったのは事実です」

 ダークは拳を固く握る。

「リュイは……わたしを愛してくれた……。その愛に応えられなかったのが……情けない……」
「そうか……」と、アストル。「だがね、一人でできることなど限られている。いかに優秀な者でもね」
「……おっしゃるとおりです……」
「きみはまだ生きている。体も動くようになった。そして我々という味方がいる」

 言いながらアストルは立ち上がり、ダークの肩に手を乗せた。

「まだまだ挽回できるさ」
「……ほんとうに……ありがとうございます……」

 ダークは頭を下げ、立ち上がる。
 そして訊ねた。

「艦はどこへ向かっているんです?」
「統合保安局に最も近い浜辺さ」

 アストルが答えた。

「そこにダイレクトランディングして――、総攻撃を仕掛ける」
「わたしもその作戦に参加しても?」
「もちろんだ。きみにはリュイくんの救出と――レイディアントの打倒を任せたい」

 言いながら、彼人はダークのジャケットと、装備ベルトを差し出す。

「ダーク・レイディアント、きみを傭兵としてマキュラに迎えよう」
「……よろしくおねがいします」

 ダークはそれらを受け取りながらも、けれど、と呟いて目を伏せた。

「……できるでしょうか……」
「たった一回でも交戦経験があるのと無いのでは大きな違いさ」
「……わかりました」

 ダークは頷く。
 そして誓った。
 今度こそ、リュイを助け出し、護り抜くと。


  ⦿


 レイディアントはガラス越しにリュイを見ていた。
 隣ではブリッツが彼に説教をしている。

「――この例え話がわかるかね? リュイ。左利き用のハサミしか置いていない店がどれほど多くの人に迷惑をかけるか。きみが生まれる前の世界は、そういったごく少数の、立場をわきまえない者たちのワガママに屈しつつあったんだ」

 だがリュイはおそらく聴いていない。
 聴けるような状態ではない。
 リュイは――。
 レイディアントは、腕を組むブリッツに一瞥をくれて、またリュイを見る。
 彼は全身を拘束され、髪を剃られ、開頭手術を受けていた。
 医師が脳を弄る度にリュイは喉から言葉にならない声を漏らし、痙攣した。
 ナースが涙や、鼻口から流れる体液を拭く。だがしばらくすると、また流れ出てきた。
 リュイは、痛みを感じないが意識は保つ程度の麻酔をかけられていた。
 これが、ブリッツの<おしおき>であった。
 ブリッツは言う。

「世界にはまだまだそんなワガママを押し通したい者たちがたくさんいる。きみもその一人だ。だからギガンテラとしてかれらを懲らしめ、自分を見直すんだ。いいね?」

 やがて医師たちはリュイの頭蓋を再度閉じ、縫合してゆく。
 それが終わると、レイディアントたちに向けて言った。

「ギガンテラ制御チップ改良モデル、埋設完了しました」
「ウム、ごくろう」ブリッツは言った。

 リュイはぐったりとして、拘束を外されても四肢を投げ出すばかりだ。
 医師とナースたちは彼の汗と体液をきれいに拭き取り、移動させる。
 ブリッツがこちらを見た。

「さて、これで一段落といったところか」
「……そうだな」

 レイディアントは病室へ連れて行かれるリュイを見送り、言った。

「夜明けと共にリュイをラボへ移送する」
「ずいぶん急だな」
「アストルたちの動きを案じているだけだ。今のマキュラは手負いの獣も同然だからな」
「それもそうだが、途中でリュイが衰弱死したりしないか?」
「そんなことを心配するなら、なぜ最初から眠らせてやらなかった?」
「……正論だな」ブリッツはばつの悪そうな笑顔を見せてくる。「そもそもリュイはきみのクローンだ。心配いらんか」

 レイディアントはきびすを返す。

「リュイの護送は私と直轄部隊で行う。いいな」
「そうしてくれ」
「私はもう休む……ダーク・レイディアントとの戦闘は思った以上に堪えた」
「なんだ。きみまであのフェイクレイディアントを気にかけるのか?」
「文句があるか?」
「いいや。無い」

 ブリッツがすこしだけ笑い声を上げた。

「おやすみ、友よ」

 その言葉を背中で受け、レイディアントは扉をくぐった。
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