上 下
78 / 105

77.再会

しおりを挟む
もう季節もすっかり夏に変わり、暑い日差しが降り注いでいる。
そんな中、私は孤児院を訪れていた。

「まあ、カレン様、こんにちは。いつもありがとうございます」

お菓子が入ったバスケットを受け取りながら、院長がにこやかに笑う。

「ちょうど私も子供たちのところへ行くところだったんです。ご一緒しますわ」

子供たちの部屋に向かって、一緒に廊下を歩き出す。

「実は今日、カレン様以外にもお客様がいるんですよ」

「それは珍しいですね」

私は目を丸くする。これまで孤児院を訪問した折に他の訪問客と鉢合わせすることなど一度としてなかった。

「ええ。最近ここに来るようになった方なんですけどね。これが本当に良いお方で、身なりは他の平民と変わらず、ご自分もそれほど、余裕があるわけでもないでしょうに、それでも少なくない額をご自分で稼いだお金のなかから寄付してくださるのです。なかなか立派でしょう」

「へえ。感心しますね」

そういえば前にアンナが孤児院は有志の寄付金で運営していると言ってたっけ。
廊下を進んでいる途中から、子供たちのはしゃぐ声が耳に届き始めた。

「それだけじゃなく、子供たちの遊び相手にもなってくれて。そんな方はカレン様くらいしかいないと思っていたので、私たちのほうでも本当に助かってますのよ。男手が必要なときも、手伝ってくれますしね。――ほら、あの方ですよ」

外の遊び場に面した入口に差し掛かったところで、院長が窓の向こうに目を向ける。
私も続いて目をやり――

「っ!?」

思わず目を疑った。
グラウンドには、小さな子供たちに混じって、ひときわ背の高い銀髪の男の姿があった。
小さな女の子と男の子を片方ずつ腕にぶら下げて、子供たちを喜ばせている。周りを囲んでいる子供たちはどうやらその順番待ちらしく、歓声をあげながら「次、僕!」「ずるい!!」なんて騒いでいる。

「ほら、あの通り、子供心を掴むのも長けているのか、これまでの二度の訪問ですっかり子供たちも懐いてしまいましたわ」

私の驚きをよそに、院長が和やかに目を細める。私たちふたりの視線に気づいたのか、男が顔をあげ視線を向けてくる。その珍しい目の色のせいか、それとも印象的な切れ長なせいなのか、会うのは二度目なのに、未だ目が合うと、その強い視線に戸惑う。

「あんた……」

なんでここにいるの? お互いの視線がそう言っている。でも、彼の裏の顔を知っている私はすぐに納得する。

「あ! お姉ちゃんだ!」

「ほんとだ!」

続いて子供たちが気づき、駆け寄ってくる。

「姉ちゃん、遅いよ! 何してんだよ、ったく。俺たちもうバルタ兄ちゃんから遊んでもらってるんだからな。仲間に入るなら、もっと早く来なきゃ」  

ジャックが憎まれ口を叩いてくる。

「あ、これクッキー? もーらい」

院長の手から早業で盗むと、グラウンドに面した扉から建物のなかに入っていく。

「こら! 独り占めせず、ちゃんと分けるのよ! その前に手を洗って!!」

「「「はーい!!」」」

院長の言葉を皮切りに他の子供たちがジャックのあとを追いかけるように眼の前を通り過ぎていく。さっきまで遊びに夢中になっていたのに、菓子の前ではげんきんなものだ。
子供たちに続いて、バルタザールが眼の前にやってくる。

「……」

「…………」
 
ここで会うとは思っていなかった予想外の展開にお互い口を開けずにいると、院長が口を開いた。

「この孤児院を支えてくれる高尚な心の持ち主のおふたりが偶然居合わせたのも、きっと神様のお導きですわね。おふたりを紹介できる栄誉を賜り、私感激も一潮ですわ。――カレン様、こちらがバルタザール・アムランさん。――バルタザールさん、こちらがカレン・ドロノア様です。ふたりとも、子供たちからとっても好かれてますし、色々共通点も多そうですわね。話したらきっと話が弾むに違いありませんわ」 

院長が私たちを邪気のない目で見比べてくる。同士を結びつけたという達成感が彼女の中で燃えてるような気がしないでもない。

「それでは私はちょっと、子供たちの様子を見て参りますわ」

院長が部屋のなかに入っていく。
一体何の話をすればいいのよ!?
残された私は心の中で叫んだ。これじゃせっかく関わらないようにした行動もパアだわ。
けれど、バルタザールには院長の言葉は途中から耳に入っていなかったようだった。私の顔をじっと見てくる。

「あんたがカレン・ドロノア?」

「そ、そうだけど?」

「最近、警備隊から表彰された?」

「え、ええ」

よく知ってるわね。
と言っても私は全然何もしてないけど。

「へえ――。院長から、ここに来たとき、『まだ成人も迎えてないのに感心する貴族の若いお嬢様がいる』って聞いてたけど、それもあんただったんだ」

バルタザールの冷めた目線が少し変わった。バルタザールが初めて私をひとりの人間として見ている気がした。

「俺の記憶の中では、そんなことする貴族の連中はいなかったけど」

何かを思い出すように目が遠くなる。でもそれも一瞬。私に目線を移して、口の端があがった。

「あんた、若いのにやるじゃん」

ドクン。その瞬間、私の心臓が跳ねた。
な、なに。この動悸。見目が恐ろしく整っているのに加え、普段はにこりともしない、危険な香り漂わせる男が笑うと逆に恐ろしい武器になるのだと身を持って体感する。

「そ、そんなことないわ。あなたほどではないわよ」

私はあなたがしていることは到底真似できないわ。
喉まで出かかった言葉を呑み込む。

「俺は自分ができることをやってるだけだ」

その淡々とした口調は、彼が裏でやっていることを考えるとあまりに軽くて、自分の命を投げ打つことさえなんでもないことのように聞こえた。

「……それだけで偉いと思うわ。思ってるだけなのと、実際行動に移すのじゃ雲泥の差があると思うもの。あなたの行動で、きっと何人ものひとが命を救われて、あなたに感謝してると思うわ」

「…………」

バルタザールが軽く目を瞠ったのが、わかった。
あっ。ちょっと彼の深いところを突きすぎたかしら。なんにも知らないはずの人間が言うには、大袈裟よね。
汗をたらりと流したところで、助けが入った。

「兄ちゃん、姉ちゃん、遊ぼう!」

お菓子を食べ終わった子供たちがやってくる。
私たちは一斉に囲まれ、そのまま運ばれるようにグラウンドへと突入した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

処理中です...