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65.告白⑤
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「あれ? カレンじゃん」
私がへたり込んでると、いつの間にかフェリクスが近くに来ていた。
「どうしたの? そんなところに座って」
私の腕をとり、起き上がらせてくれる。
「べ、別に。なんでもないわ。ありがとう」
私は内心の動揺を隠して、服についた埃をはらう。
「ならいいけど。今帰り? 良かったら一緒に帰ろうぜ」
「うん。いいけど」
私が頷くと、フェリクスが嬉しそうに笑った。
「良かった。行こう」
そんな心からの笑みを見ると、自分がヒロインになった気分がしてくる。
ゲームのフェリクスはとにかく最初、ヒロインを邪険にしていた。女好きなのになんで?と最初は思ったけど、フェリクスはきっと相手を見て選んでいたのだと今ならなんとなくわかる。遊びと本気をきちんと分けられる子を選んでいたんだと思う。無駄に相手を傷つけないために。
ひと目で無垢で真っすぐな性根とわかるヒロインはその対象じゃなかったのだ。それでもめげずに近寄ってくるヒロイン。さすがのフェリクスも根負けして、ヒロインを徐々に受け入れるようになって、そうしたときにアルバートのイベントが起きる。
それを解決したら、今まで見たことのない活発的なフェリクスが誕生するのだ。それまでは退廃的で、気だるげで。女の子をしょっちゅう相手にしていたから、色気も加わって、相乗効果で、常に色気がだだ漏れだった。
でも、あれは悲しい過去が作り出したものだった。生来の彼は、ヒロインに対して完全に心を開いたあとの彼であり、そして、今目の前にいる彼。
ヒロインに向けるような笑顔を、当たり前のように振りまける彼を見て、なんだか心が暖かくなった。
「どうしたの? 黙り込んで」
「ううん。あなたがそうやって、誰にでも、笑顔が向けられるのっていいなって思ったの」
フェリクスがちょっと不満げに眉を寄せる。
「誰にでもってわけじゃないぜ。カレンだからこそ、って思わない?」
「またまた」
「本当だよ。君のためだったら、なんでもするよ」
心を開いたあとの彼と重なって、私はますますおかしくなる。ヒロインのことが好きになったあとの彼は、どこに隠していたのか熱血的な面も持っていた。もとの気だるげだった部分を知っているからこそ、そのギャップに乙女たちは萌えたものだ。「私のためにそこまで変わってくれるのね!」と、嬉しくて飛び上がった女子が何人もいた。
「ふふ。いくら私に恩義を感じてるからって言って、そこまでする必要ないわ」
「それだけじゃないんだけど。うーん、どうやったら伝わるかな、俺の気持ち」
「充分伝わってるわよ」
「いや、絶対伝わってない」
「また、ひとのこと鈍いっていうつもり?」
「ああ、あのセリフ、一応伝わってたのか」
「ひどい。どうせ私はあなたみたいに優秀じゃありませんよ」
「そんなことないよ。カレンのほうが――」
「いいの、慰めてくれなくても。あなたは私と違って、格好良いし、魅力的だし、強いし、責任感もあるし、弟思いだし、おまけに――」
そこにきて、じっと見つめてくるフェリクスの視線に気づくと、口をとめた。
「――何よ」
フェリクスが徐に首を傾げたまま、尋ねてくる。
「今、俺、告白されてる?」
「なっ!」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
「そんなわけないでしょう!? なんでそんなことになるのよ」
「そこは素直にうんって言ってくれなきゃ。俺、応える気満々だったんだぜ」
前言撤回。やっぱりタラシだった。
いつの間にか、ルベル家の馬車の前まで来ていた。
「送ってくよ。乗って」
フェリクスが扉を開ける。ちょっとからかわれたのが癪だけど、今更引き返すのも大人げない。
素直に乗り込むと、フェリクスが向かえに座る。
「アルがまたカレンに会えるの楽しみにしてるよ」
「うん。私も会いたい」
「滅多に来ない客人だからさ、アルにとっては本当にカレンみたいなひとは貴重なんだ。勿論俺たちにとっても」
アルバートにとっては数少ない楽しみ。そんなアルバートを誰よりも大事なフェリクスたち家族にとってもそれは何よりも優先されるもの。
家族を大事に思う気持ちは、無下には絶対したくない。それに私自身もアルバートのことが既に大好きだ。
「じゃあ、今週の土曜日が空いてるけど、どうかな?」
「大丈夫。伝えておくよ」
フェリクスがぱっと顔を輝かせた。本当に弟思いなのが、顔にでるわね。
「なら、うちに泊まってく?」
「え?」
「次の日も休みだしさ」
「だめよ。お父様がお許しにならないわ」
「ちぇ。残念。アルも喜んだのに」
フェリクスが唇を尖らせて、頬杖をつく。
妙齢の令嬢が同じ年頃の男性がいる家に泊まりにいくなんて、言語道断よ。いくら弟のためだからと言って、それはやりすぎ。
でもお泊りか。可愛いアルバート相手だったら、夜絵本を読んだり、子守唄歌ったりして、一緒に休んだら癒やされそう。
はっ。駄目よ駄目よ。いくら自分勝手の悪女だからといって、それは許されないわ。慌てて首を振る。変な噂がたったらどうするの。
全くとんでもない提案するんだから。
軽く睨んでいると、窓辺を見つめていたフェリクスが振り返る。
「じゃあさ、どっか寄ってかない」
何が「じゃあさ」なのかわからないけど、でもこのまま真っ直ぐ帰れば、さっきのレコの告白を延々と考えそう。
エーリック、ユーリウスに続き、レコまで。
ヒロインが現れたら、どうなっちゃうのかしら。番狂わせもいいところよね。
はあと溜め息をついたところで、フェリクスが既に御者に伝えて方向転換していた。
全く強引なんだから。
でもまあ、ちょっと頭を冷やすにはちょうどいいかも。
しばらくすると、大通りに着いたようだ。
まだ日は高く、人通りもそれなりにある。
「あっちに行こう」
フェリクスが私の手を握り、移動する。手を繋いで歩くなんて、まるでデートね。なんでみんな、悪女のわたしなんかと手を繋ぎたがるのかしら。
「おや、この前のお嬢さんじゃないかい」
気づけば、マルシェの主人マリサの屋台の前まで来ていた。
「こんにちは」
「知り合い?」
「うん、ちょっとね」
「今日も新鮮なものばかりさ。どうぞ見てって。これなんかおすすめだよ」
マリサがグレープフルーツに似た食べ物を差し出す。
「今がちょうど旬。齧ると溢れるくらいの甘酸っぱい果汁が出て美味しいよ。――どうだい兄さん。彼女におひとつ」
「『彼女』か。嬉しいね。じゃあ、それふたつと、これもらおうかな。あ、あと、こっちも。うーん、これも美味しそうだな」
「毎度あり!」
「ちょっとフェリクス。そんなに食べれないわよ」
「いいの。今、機嫌いいから。他に買ってほしいものある? カレンが欲しいなら何でも買ってあげるよ」
「お嬢さん、愛されてるね」
マリサから茶目っ気のあるウインクを送られ、慌てて首を振る。
「そんなんじゃありません」
「照れることないさ。青春は楽しまないと勿体ないよ。――兄さん、ほらお釣り」
「どうも」
支払いを済ませたフェリクスの手に紙袋いっぱいに入った果物が渡される。それを片手で持って、もう反対の手で私の腰を引き寄せる。
「ほら、行こう、カレン」
「またのお越しを!」
まるで意気投合したふたりに、私だけ振り回された気分。
「あなたもあのひとも、ひとの話全然聞かないんだから。あれじゃ誤解されちゃうわ」
フェリクスを見上げれば、私の言ったことなんて耳に入っていないのかあらぬ所を見ている。こうして身近にいると、改めて私より背が高い男の子なんだと認識する。痩身だけど、程よく筋肉がついた胸や腕が制服越しに伝わってくる。
「あそこ」
フェリクスが一点を指差す。
「ベンチがある。あそこに座ろ。座りながらゆっくり食べれるじゃん」
フェリクスが指した場所はちょっとした広場になっていて、中央に噴水も置かれている。
あ、あそこゲームで見たことあるわ。ヒロインが学校帰りに寄り道すると出てきた場所。同じく寄り道している攻略対象者とあそこで出会ったり、噴水と写る特定の攻略対象者のスチルをゲットできたりもした。
興味が引かれた私はさっきの小言は、もうすっかり頭の中から消えてしまった。
フェリクスがベンチに座ると、果物を寄越してくる。私も隣に座った。
「ありがと」
もらった果実を早速齧る。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
「良かった」
それから私たちは果物を口に運びながら、無言で周りの景色を楽しんだ。
目の前で踊る噴水の水が太陽の光を浴びて、とても綺麗。広場で遊ぶ子供たちの声が聴こえる。どこからか演奏しているのか、遠くで弦楽器の音が喧騒に紛れ、流れてくる。
ゆったりした時間が過ぎていく。どこか心地よくて穏やかな空間。
「俺さ、こんな平和で何でもない日常がすごく大切なんだって、最近気付いたんだ」
フェリクスがぽつりと話し始める。
両膝に両肘を当てたまま前かがみになって、どこか遠くを見つめている表情。でも、その横顔は思いの外真剣だ。
「アルが今も攫われたままで行方不明だったら、こんなのんびりした時間も持てなかったし、心もすごく荒んでたと思う」
「フェリクス……」
前を向いていたフェリクスが、顔を横に向け、私を見る。
「カレンにすごく感謝してる。俺、あの時ひどいこと言ったのに、君はそれでも迷わず、危険を承知で動いてくれた」
「誰だって、同じことをしたわ」
フェリクスの手が動き、私の両手を握る。
「それだけじゃなく、君はアルも受け入れてくれた」
「え?」
フェリクスの手がぎゅっと握られる。
「『光の聖人』なんて呼ばれるアルを、赤ん坊の時から普通に見てくれるやつなんていなかった。大体は不躾にじろじろ見たり、中には過度な期待を寄せて、狂信するやつも。そんなやつばかりだった」
フェリクスの目が真っすぐ私を見つめてくる。
「でも君は初めて会ったときから、アルを普通のひととしてあつかってくれた。驚きもしないし、壊れ物として見ることもない。ごく普通の人間として、接してくれたんだ。俺たち家族にとって、それがどんなにすごいことか、君にはわかんないだろうな」
フェリクスが今まで見たこともないほど、柔らかく微笑む。
「俺があのとき、どんなに驚き、感動してたか、知らないだろ?」
「ええ?」
アルバートを抱きしめていたときのことだろうか。あのとき、しゃがんでいたから、フェリクスの表情はわからなかった。
フェリクスがいつの間にか体もこちらに向けていた。
私の手から手を離し、私の髪を手に取る。
灰色の目が、まるで世界に私しかいないように見つめてくる。
「君がいてくれたから、この世界を信じようと思えた。もう迷ったりしない。君じゃないとだめなんだ」
その瞬間、私もフェリクスの瞳しか目に入らなくなった。太陽の光をあびて、灰色の瞳が銀色に輝いて見える。
『君がいてくれたら、俺はもう迷わない。君じゃないとだめだから』
切なそうに呟く彼の声が、私の耳に響く。
身じろぎをひとつもできずにいると、フェリクスが顔を伏せた。
太陽の下、噴水の水が煌めく中、フェリクスが私の髪にキスをした。
##################################
フェリクスの台詞、微妙に変わりました。まあ、アルバートも見世物にならずに済んだし、ヒロインとカレンじゃやっぱり違うので(無理矢理)
フェリクスのイベントに関しては、イリアスも一緒に加わったことにより、ちょっと彼の印象が薄くなってしまったかなと思って、そこだけちょっと心残りです。(^_^;)
彼も他の攻略対象者と同じくらい魅力的なんですけどね。(弟想いだし、好きになったらとことん一途だしマメになるので)
ちなみにバッドエンドでライバル令嬢と結婚する攻略対象者はフェリクスです。おそらくオリビアが強引に迫ったんでしょう(^_^;)(自暴自棄のフェリクスにとって相手は誰でも良かったのだと思います。アルバートが見つかってない状態で無気力なので、結婚したとしても、きっとふたりは幸せになれなかったのではないかなと思います(TT))
次はようやくの彼のイベントです(^_^;)
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私がへたり込んでると、いつの間にかフェリクスが近くに来ていた。
「どうしたの? そんなところに座って」
私の腕をとり、起き上がらせてくれる。
「べ、別に。なんでもないわ。ありがとう」
私は内心の動揺を隠して、服についた埃をはらう。
「ならいいけど。今帰り? 良かったら一緒に帰ろうぜ」
「うん。いいけど」
私が頷くと、フェリクスが嬉しそうに笑った。
「良かった。行こう」
そんな心からの笑みを見ると、自分がヒロインになった気分がしてくる。
ゲームのフェリクスはとにかく最初、ヒロインを邪険にしていた。女好きなのになんで?と最初は思ったけど、フェリクスはきっと相手を見て選んでいたのだと今ならなんとなくわかる。遊びと本気をきちんと分けられる子を選んでいたんだと思う。無駄に相手を傷つけないために。
ひと目で無垢で真っすぐな性根とわかるヒロインはその対象じゃなかったのだ。それでもめげずに近寄ってくるヒロイン。さすがのフェリクスも根負けして、ヒロインを徐々に受け入れるようになって、そうしたときにアルバートのイベントが起きる。
それを解決したら、今まで見たことのない活発的なフェリクスが誕生するのだ。それまでは退廃的で、気だるげで。女の子をしょっちゅう相手にしていたから、色気も加わって、相乗効果で、常に色気がだだ漏れだった。
でも、あれは悲しい過去が作り出したものだった。生来の彼は、ヒロインに対して完全に心を開いたあとの彼であり、そして、今目の前にいる彼。
ヒロインに向けるような笑顔を、当たり前のように振りまける彼を見て、なんだか心が暖かくなった。
「どうしたの? 黙り込んで」
「ううん。あなたがそうやって、誰にでも、笑顔が向けられるのっていいなって思ったの」
フェリクスがちょっと不満げに眉を寄せる。
「誰にでもってわけじゃないぜ。カレンだからこそ、って思わない?」
「またまた」
「本当だよ。君のためだったら、なんでもするよ」
心を開いたあとの彼と重なって、私はますますおかしくなる。ヒロインのことが好きになったあとの彼は、どこに隠していたのか熱血的な面も持っていた。もとの気だるげだった部分を知っているからこそ、そのギャップに乙女たちは萌えたものだ。「私のためにそこまで変わってくれるのね!」と、嬉しくて飛び上がった女子が何人もいた。
「ふふ。いくら私に恩義を感じてるからって言って、そこまでする必要ないわ」
「それだけじゃないんだけど。うーん、どうやったら伝わるかな、俺の気持ち」
「充分伝わってるわよ」
「いや、絶対伝わってない」
「また、ひとのこと鈍いっていうつもり?」
「ああ、あのセリフ、一応伝わってたのか」
「ひどい。どうせ私はあなたみたいに優秀じゃありませんよ」
「そんなことないよ。カレンのほうが――」
「いいの、慰めてくれなくても。あなたは私と違って、格好良いし、魅力的だし、強いし、責任感もあるし、弟思いだし、おまけに――」
そこにきて、じっと見つめてくるフェリクスの視線に気づくと、口をとめた。
「――何よ」
フェリクスが徐に首を傾げたまま、尋ねてくる。
「今、俺、告白されてる?」
「なっ!」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
「そんなわけないでしょう!? なんでそんなことになるのよ」
「そこは素直にうんって言ってくれなきゃ。俺、応える気満々だったんだぜ」
前言撤回。やっぱりタラシだった。
いつの間にか、ルベル家の馬車の前まで来ていた。
「送ってくよ。乗って」
フェリクスが扉を開ける。ちょっとからかわれたのが癪だけど、今更引き返すのも大人げない。
素直に乗り込むと、フェリクスが向かえに座る。
「アルがまたカレンに会えるの楽しみにしてるよ」
「うん。私も会いたい」
「滅多に来ない客人だからさ、アルにとっては本当にカレンみたいなひとは貴重なんだ。勿論俺たちにとっても」
アルバートにとっては数少ない楽しみ。そんなアルバートを誰よりも大事なフェリクスたち家族にとってもそれは何よりも優先されるもの。
家族を大事に思う気持ちは、無下には絶対したくない。それに私自身もアルバートのことが既に大好きだ。
「じゃあ、今週の土曜日が空いてるけど、どうかな?」
「大丈夫。伝えておくよ」
フェリクスがぱっと顔を輝かせた。本当に弟思いなのが、顔にでるわね。
「なら、うちに泊まってく?」
「え?」
「次の日も休みだしさ」
「だめよ。お父様がお許しにならないわ」
「ちぇ。残念。アルも喜んだのに」
フェリクスが唇を尖らせて、頬杖をつく。
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でもお泊りか。可愛いアルバート相手だったら、夜絵本を読んだり、子守唄歌ったりして、一緒に休んだら癒やされそう。
はっ。駄目よ駄目よ。いくら自分勝手の悪女だからといって、それは許されないわ。慌てて首を振る。変な噂がたったらどうするの。
全くとんでもない提案するんだから。
軽く睨んでいると、窓辺を見つめていたフェリクスが振り返る。
「じゃあさ、どっか寄ってかない」
何が「じゃあさ」なのかわからないけど、でもこのまま真っ直ぐ帰れば、さっきのレコの告白を延々と考えそう。
エーリック、ユーリウスに続き、レコまで。
ヒロインが現れたら、どうなっちゃうのかしら。番狂わせもいいところよね。
はあと溜め息をついたところで、フェリクスが既に御者に伝えて方向転換していた。
全く強引なんだから。
でもまあ、ちょっと頭を冷やすにはちょうどいいかも。
しばらくすると、大通りに着いたようだ。
まだ日は高く、人通りもそれなりにある。
「あっちに行こう」
フェリクスが私の手を握り、移動する。手を繋いで歩くなんて、まるでデートね。なんでみんな、悪女のわたしなんかと手を繋ぎたがるのかしら。
「おや、この前のお嬢さんじゃないかい」
気づけば、マルシェの主人マリサの屋台の前まで来ていた。
「こんにちは」
「知り合い?」
「うん、ちょっとね」
「今日も新鮮なものばかりさ。どうぞ見てって。これなんかおすすめだよ」
マリサがグレープフルーツに似た食べ物を差し出す。
「今がちょうど旬。齧ると溢れるくらいの甘酸っぱい果汁が出て美味しいよ。――どうだい兄さん。彼女におひとつ」
「『彼女』か。嬉しいね。じゃあ、それふたつと、これもらおうかな。あ、あと、こっちも。うーん、これも美味しそうだな」
「毎度あり!」
「ちょっとフェリクス。そんなに食べれないわよ」
「いいの。今、機嫌いいから。他に買ってほしいものある? カレンが欲しいなら何でも買ってあげるよ」
「お嬢さん、愛されてるね」
マリサから茶目っ気のあるウインクを送られ、慌てて首を振る。
「そんなんじゃありません」
「照れることないさ。青春は楽しまないと勿体ないよ。――兄さん、ほらお釣り」
「どうも」
支払いを済ませたフェリクスの手に紙袋いっぱいに入った果物が渡される。それを片手で持って、もう反対の手で私の腰を引き寄せる。
「ほら、行こう、カレン」
「またのお越しを!」
まるで意気投合したふたりに、私だけ振り回された気分。
「あなたもあのひとも、ひとの話全然聞かないんだから。あれじゃ誤解されちゃうわ」
フェリクスを見上げれば、私の言ったことなんて耳に入っていないのかあらぬ所を見ている。こうして身近にいると、改めて私より背が高い男の子なんだと認識する。痩身だけど、程よく筋肉がついた胸や腕が制服越しに伝わってくる。
「あそこ」
フェリクスが一点を指差す。
「ベンチがある。あそこに座ろ。座りながらゆっくり食べれるじゃん」
フェリクスが指した場所はちょっとした広場になっていて、中央に噴水も置かれている。
あ、あそこゲームで見たことあるわ。ヒロインが学校帰りに寄り道すると出てきた場所。同じく寄り道している攻略対象者とあそこで出会ったり、噴水と写る特定の攻略対象者のスチルをゲットできたりもした。
興味が引かれた私はさっきの小言は、もうすっかり頭の中から消えてしまった。
フェリクスがベンチに座ると、果物を寄越してくる。私も隣に座った。
「ありがと」
もらった果実を早速齧る。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
「良かった」
それから私たちは果物を口に運びながら、無言で周りの景色を楽しんだ。
目の前で踊る噴水の水が太陽の光を浴びて、とても綺麗。広場で遊ぶ子供たちの声が聴こえる。どこからか演奏しているのか、遠くで弦楽器の音が喧騒に紛れ、流れてくる。
ゆったりした時間が過ぎていく。どこか心地よくて穏やかな空間。
「俺さ、こんな平和で何でもない日常がすごく大切なんだって、最近気付いたんだ」
フェリクスがぽつりと話し始める。
両膝に両肘を当てたまま前かがみになって、どこか遠くを見つめている表情。でも、その横顔は思いの外真剣だ。
「アルが今も攫われたままで行方不明だったら、こんなのんびりした時間も持てなかったし、心もすごく荒んでたと思う」
「フェリクス……」
前を向いていたフェリクスが、顔を横に向け、私を見る。
「カレンにすごく感謝してる。俺、あの時ひどいこと言ったのに、君はそれでも迷わず、危険を承知で動いてくれた」
「誰だって、同じことをしたわ」
フェリクスの手が動き、私の両手を握る。
「それだけじゃなく、君はアルも受け入れてくれた」
「え?」
フェリクスの手がぎゅっと握られる。
「『光の聖人』なんて呼ばれるアルを、赤ん坊の時から普通に見てくれるやつなんていなかった。大体は不躾にじろじろ見たり、中には過度な期待を寄せて、狂信するやつも。そんなやつばかりだった」
フェリクスの目が真っすぐ私を見つめてくる。
「でも君は初めて会ったときから、アルを普通のひととしてあつかってくれた。驚きもしないし、壊れ物として見ることもない。ごく普通の人間として、接してくれたんだ。俺たち家族にとって、それがどんなにすごいことか、君にはわかんないだろうな」
フェリクスが今まで見たこともないほど、柔らかく微笑む。
「俺があのとき、どんなに驚き、感動してたか、知らないだろ?」
「ええ?」
アルバートを抱きしめていたときのことだろうか。あのとき、しゃがんでいたから、フェリクスの表情はわからなかった。
フェリクスがいつの間にか体もこちらに向けていた。
私の手から手を離し、私の髪を手に取る。
灰色の目が、まるで世界に私しかいないように見つめてくる。
「君がいてくれたから、この世界を信じようと思えた。もう迷ったりしない。君じゃないとだめなんだ」
その瞬間、私もフェリクスの瞳しか目に入らなくなった。太陽の光をあびて、灰色の瞳が銀色に輝いて見える。
『君がいてくれたら、俺はもう迷わない。君じゃないとだめだから』
切なそうに呟く彼の声が、私の耳に響く。
身じろぎをひとつもできずにいると、フェリクスが顔を伏せた。
太陽の下、噴水の水が煌めく中、フェリクスが私の髪にキスをした。
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フェリクスの台詞、微妙に変わりました。まあ、アルバートも見世物にならずに済んだし、ヒロインとカレンじゃやっぱり違うので(無理矢理)
フェリクスのイベントに関しては、イリアスも一緒に加わったことにより、ちょっと彼の印象が薄くなってしまったかなと思って、そこだけちょっと心残りです。(^_^;)
彼も他の攻略対象者と同じくらい魅力的なんですけどね。(弟想いだし、好きになったらとことん一途だしマメになるので)
ちなみにバッドエンドでライバル令嬢と結婚する攻略対象者はフェリクスです。おそらくオリビアが強引に迫ったんでしょう(^_^;)(自暴自棄のフェリクスにとって相手は誰でも良かったのだと思います。アルバートが見つかってない状態で無気力なので、結婚したとしても、きっとふたりは幸せになれなかったのではないかなと思います(TT))
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