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54.占い
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「たのもおー!!」
私は思い切りドアを開け、再び占いの館へと足を踏み入れた。
もうここへ来ることはないと思っていたけど、まさかヒロインと同じ理由で来るとは想像もしていなかった。
「いらっしゃい」
奥に座っていたベールを被った占い師の唇が赤い弧を描く。
「久しぶりね。また来たのね」
どうやら数年前のあの短いやり取りを覚えているらしい。
あれから何年も経っているけど、声の高さも顎の線も、白魚のような指先も、以前となにひとつ変わっていないように見える。
この人、歳とらないの?
私はつかつかと歩み寄り、占い師が座るテーブルの前へと、バンと手を付いた。
「〈身代わり人形〉と〈ユニコーンの角笛〉! それから〈聖女の護符〉! どれでもいいから、私に売って!!」
ゲームではヒロインのステータスによって、購入できるものが違った。
一番上のアイテムは、やはり〈聖女の護符〉。
今、自分がどのくらいのレベルにいるのかわからない私はとりあえず、全部言ってみる。
「……〈身代わり人形〉、〈ユニコーンの角笛〉、〈聖女の護符〉、ねえ……」
私の勢いに反して、占い師はゆっくり言葉を紡ぐ。
「ありますか?!」
この世界に魔法は存在していないはず。自分で言ったにも関わらず、それらのアイテムの存在は私の中では未だ半信半疑。ゲームはあくまでゲーム。あれはやっぱりゲームならではの特別仕様で、現実世界となってしまった今ではそんな魔法みたいなアイテム、存在しないのでは!?やっぱりご都合主義でありえないのでは?!と思ってしまう。
「どこから聞いたか知らないけれど、どれも古代魔法の産物ね」
「古代魔法!?」
遥か昔に消えてしまったという魔法という不思議な力。向こうの世界からやってきた私からすれば、本当にあったかどうかも疑わしい。聖女の話も向こうの世界でいう古事記みたいなものだと思っていた。でもそれも今日まで。
不思議な力を発揮した秘密のアイテムが古代魔法のアイテムだと言われれば、その能力も辻褄が合う。
っていうか、あれ、古代魔法だったの?!
私が驚きで言葉も発せずにいると、目の前の女が口の端をあげる。
「なあに。知らなかったの。てっきり知ってて口にしてると思ったわ」
「知りませんでした。って言うか、神聖魔法とか古代魔法とか、色々種類があるんですね」
「古代魔法は全ての魔法を大まかに言ったに過ぎないわ。神聖魔法はその中のひとつ。魔法を扱う者が宿す性質によって、呼び方が変わるのよ。たとえば魔お――」
「で、その道具、あるんですか?」
占い師の言葉を遮って、私は口を開く。魔法の説明を受けたところで、私にはちんぷんかんぷん。理解できないことを聞いたってしょうがない。
私にとって、肝心なのはここからだ。
「言ったでしょう。古代魔法の産物だって。古代魔法は遥か昔に失われたもの……」
「じゃあ、ないんですね」
私はがっくりと肩を落とした。
「ふふ。慌てないで。……と世間では言われているけど、ここは別……」
「というと?」
「このお店はね、限られた者しか入ってこれないの」
「どういう意味?」
「これがなにかわかる?」
占い師が懐の中からそっと御守袋に似た形の物を取り出す。私の目が大きく見開かれた。古びて色褪せているけれど、見間違えるはずがない。ゲームで何度もお世話になったもの。
「〈聖女の護符〉!」
「そう。これは悪意ある者に対して作用する力が込められているの。邪な思いや害意を持つ人間はこのお店を見つけることさえできないわ」
謎がとけたわ。それで、ゲームでは占いの館の場所が明確に描かれていなかったのね。ヒロインが道に迷った末偶然見つけ出せたのも、純粋な心の持ち主だったから。あれ? じゃあ私は?
首を捻って考える間もなく、占い師が言葉を続ける。
「このお店は選ばれた者しか入ってこれない。だから今まで、ひっそりと、永くやってこれたの」
ひっそりと永く。このお店は古代魔法があった世からずっとあったってこと? ならこの女性も何代目かの女主人ということだよね。まさか、この女の人がずっとお店を守り続けたわけじゃないよね? いくら年齢不詳だからって、考えすぎよね。
まるで秘密を全部覆うようにベールを被った占い師の唇が魅惑的な弧を描く。
「残念ながら、〈聖女の護符〉はこのひとつだけなの。だから、あなたには譲ってあげられないわ」
「そうなんですか……」
「でも、ほかの物なら大丈夫。〈ユニコーンの角笛〉もあるし、〈身代わり人形〉も一つしかないけどあるわ」
「本当ですか?! ふたつともください!!」
肩を落とした次の瞬間にはもう身を乗り出していた。
「〈ユニコーンの角笛〉は乙女が持たないと効力を発揮しないわよ。あなた、乙女?」
「はい! もちろ乙女です!!」
実年齢は二十歳だけど、私はまだまだ乙女のつもりだ。ときめく心を持っていれば、歳は関係ない!……はず。もし、〈ユニコーンの角笛〉が私の本当の年齢を見抜いて力を発揮してくれなかったらどうしよう。
「あ、あの! 精神年齢は関係ないですよね?」
私が恐る恐る訊くと、女主人がくすりと笑った。
「そんなふうに勘違いするなら、あなたはまだまだれっきとした乙女ね」
ふう。良かった。ん? 勘違い?
首をひねったけど、女主人はそれ以上は説明してくれず、次の話題に入った。
「来たついでに占っていかない? 私、本業は占いなの。あなたがこのお店をみつけだせたのも、ただの偶然とは思えないのよね。何かのお導きかしら。興味深い結果になりそうな気がするの。私の勘だけど。どうかしら」
占いの館があるのをもともと知っていたから、事実確認のために探していたため偶然ではないと伝えたいけど通じるはずないわよね。
でも占ってくれるというのなら、甘えてみようかしら。
前回は恐ろしい結果を聞くのが嫌で、たまらず逃げてしまったけど、数年経った今なら、未来が変わっているかも。
そんな淡い希望が頭をもたげる。
ここに来るまでは占いなんてそんな不確かなものに縋るつもりは全然なかった。かつて私も、向こうの世界によくいる占いが好きな女子高生のうちのひとりだった。けどそれはあくまで娯楽であって、百パーセント当てにしてるわけじゃない。
だけど秘密のアイテムが実際存在しているとわかった今、案外占いも馬鹿にしてはいけないのかもしれない。
何を占ってくれるのかわからないけど、聞くだけなら損はない。
気が変わった私は、机の前に置かれた椅子に座った。
占い師が目の前の水晶に手をかざす。呪文らしき言葉を小さく唱えだす。
ゲームでこの場面、よく見たわ。
こうすると、このあと攻略対象者の情報や好感度なんかを教えてくれるのよね。
思わずその時のことを思い出して、わくわくして待っていると、占い師が口を開く。
「……白い光が見える。これはあなたね。それから、六つの光があなたの周りを漂っている」
「六つの光、ですか……」
「ええ。でも、……あとひとつ足りない。七つ揃えることが、重要ね」
「重要……ですか?」
「ええ。占いにはそう出てる。――あ、待って。暗闇に隠れてわからなかったわ。六つの光と同じく、黒い光が四つ、あなたに近付こうとしている。とても嫌な気配がする……」
かざす手のひらの指先に力が入る。その先を更に読み込もうと、手の動きが大きくなる。
「四つの黒い光の後ろになにかが繋がっているのが見える。ああ、でも……大きすぎてわからない。禍々しくて、恐ろしいものだわ。こんなのは初めて……」
相手の緊張感がこちらにも伝わり、私はごくりと唾を飲み込む。
なに? 危険なの?
「これが本格的に動き出せば、あなただけじゃなく、おそらく私たち、いえ、この世界全体が危うくなる……」
なに、そんな大事なの? その禍々しいものってなに? なんでそんな危険なものが私の近くにあるのよ。私が悪女だから?
類は友を呼んでしまうというわけ?
えーん。私はただ平穏に暮らしたいだけなのに。
「まさか占いの結果がこんなことになるなんてね」
占い師が手を下ろす。
「とにかく言えることは、ひとつね。残りのあとひとつの光を早く見つけることね。そうすれば何かしらの解決策が見つかるかもしれない」
「その光ってなに? それから、残りのひとつはどこにあるの?」
「答えを自分で導き出すのも大切よ。私が今答えを教えてしまったら、そればかりに囚われ判断を誤ることもある。運命が味方するなら、あなた自身で答えを見つけるでしょう」
「はあ」
「とにかく気をつけなさい。本当はあげたくないけど、助けになるようなら〈聖女の護符〉も譲ってあげるわ」
「いいんですか?」
「ええ。この世界が暗闇に閉ざされるのは、私も本意じゃないから。ただし、この効果もあまり負の感情が強すぎる場合はその範囲ではないわ。何事も万能ではないということね」
ゲームの終盤において誰かの心を射止めている場合、〈聖女の護符〉を持っていても、カレンとライバル令嬢たちのうちのひとりが必ず襲いかかってきた。でもヒロインが死ぬことはない。必ず攻略対象者が助けにきてくれるからだ。セレナなら、ラインハルト。ガブリエラならエーリックといった具合に。盛り上げるための演出かと思ったけど、あれは彼女たちの想いが強かったから成せた技だったのね。なるほど。
確かに想い人を奪われるとなったら、――多分その辺をカレンは突いたに違いない――ヒロインを害してまで取り戻したいと頭をもたげてもおかしくない。
それが正しいとしたら、カレンがライバル令嬢と一緒に襲いかかってくるのが解せない。イリアスルートならともかく。
攻略対象者関係なしに、よっぽどヒロインを憎んでいたことになる。厚い友情を繰り広げていたならともかく、そこまで思い詰めるには、ちょっと無理がある。
イリアスルートでもそれは同じ。ヒロインがイリアスルートに少しでも突入すると、イリアスを攻略していてもいなくても、やっぱり最後には襲いかかってくる。攻略していなければ、ヒロインに恨みを持つのはお門違い。一度考えだすと、違和感を拭えなくなってきた。
もしかして、ヒロインが誰かを攻略してもしていなくても、結局はカレンは襲いかかってくるんだとしたら? それなら理由は別にあるはずだ。それこそ、ゲームの設定が真実で、悪魔と取引をしていたんだとしたら――。ヒロインの命を奪うそのものに意味があるんだとしたら――。
私は急いで首を振る。そんな馬鹿な。
占い師が急に黒い光だとか、禍々しいとか変なこというから、つい考えてしまっただけよ。
そうよ、考えすぎ。話をもとに戻そう。それより、今の私の状況、世界が絡むほど、ヤバいわけ? からかってるとか脅してるとかじゃなくて?
表情を伺いみるけど、残念ながらベールの奥は暗闇に包まれて見えなかった。
ゲームでは後半に〈聖女の護符〉をやっと手に入れることができた。
その時にこんなやり取りはなかった。
手に入れることができたのは、ヒロインのステータスがアップしたから商品項目に現れたと思っていたけど、本当は占い師がなにか占いで読み取って、ヒロインにあげていたとしたら?
なあんて。深読みし過ぎ? さきほどの勘ぐりがまだ影響してるみたい。
私は考えを取り払うように首を振ると、立ち上がって、お礼を言った。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「なにか訊きたいことがあったら、また来てちょうだい。私でできることなら協力するわ。それじゃあ、幸運を祈るわ」
占い師に見送られて、私は外に出た。街の喧騒が届かないひっそりとした占いの館を出ると、まるで世界に戻ってきたかのような感覚がする。
六つの光と黒い四つの光がなにかもわからなかったけど、わからないことをずっと考えていたってしょうがない。ひとまず二つのアイテムを手に入れた私はほっと息をついたのだった。
#################################
魔法に関しては、ゆるーい設定です。
最後の方にしか出てこないので、ご安心を。
あくまで、恋愛主体です。
ここから下はネタバレです。
占い師の人の正体が謎なのは、この世界に秘密のひとつくらい残したくて書きました。(解けない謎があったほうが面白いと思って)
作者でさえ、この人が何者なのかわかりません(^_^;)人間でさえあるのかもわかりません。未知のひとです。
今後出てくる予定もありません。
果たして、何年生きているのか!?
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私は思い切りドアを開け、再び占いの館へと足を踏み入れた。
もうここへ来ることはないと思っていたけど、まさかヒロインと同じ理由で来るとは想像もしていなかった。
「いらっしゃい」
奥に座っていたベールを被った占い師の唇が赤い弧を描く。
「久しぶりね。また来たのね」
どうやら数年前のあの短いやり取りを覚えているらしい。
あれから何年も経っているけど、声の高さも顎の線も、白魚のような指先も、以前となにひとつ変わっていないように見える。
この人、歳とらないの?
私はつかつかと歩み寄り、占い師が座るテーブルの前へと、バンと手を付いた。
「〈身代わり人形〉と〈ユニコーンの角笛〉! それから〈聖女の護符〉! どれでもいいから、私に売って!!」
ゲームではヒロインのステータスによって、購入できるものが違った。
一番上のアイテムは、やはり〈聖女の護符〉。
今、自分がどのくらいのレベルにいるのかわからない私はとりあえず、全部言ってみる。
「……〈身代わり人形〉、〈ユニコーンの角笛〉、〈聖女の護符〉、ねえ……」
私の勢いに反して、占い師はゆっくり言葉を紡ぐ。
「ありますか?!」
この世界に魔法は存在していないはず。自分で言ったにも関わらず、それらのアイテムの存在は私の中では未だ半信半疑。ゲームはあくまでゲーム。あれはやっぱりゲームならではの特別仕様で、現実世界となってしまった今ではそんな魔法みたいなアイテム、存在しないのでは!?やっぱりご都合主義でありえないのでは?!と思ってしまう。
「どこから聞いたか知らないけれど、どれも古代魔法の産物ね」
「古代魔法!?」
遥か昔に消えてしまったという魔法という不思議な力。向こうの世界からやってきた私からすれば、本当にあったかどうかも疑わしい。聖女の話も向こうの世界でいう古事記みたいなものだと思っていた。でもそれも今日まで。
不思議な力を発揮した秘密のアイテムが古代魔法のアイテムだと言われれば、その能力も辻褄が合う。
っていうか、あれ、古代魔法だったの?!
私が驚きで言葉も発せずにいると、目の前の女が口の端をあげる。
「なあに。知らなかったの。てっきり知ってて口にしてると思ったわ」
「知りませんでした。って言うか、神聖魔法とか古代魔法とか、色々種類があるんですね」
「古代魔法は全ての魔法を大まかに言ったに過ぎないわ。神聖魔法はその中のひとつ。魔法を扱う者が宿す性質によって、呼び方が変わるのよ。たとえば魔お――」
「で、その道具、あるんですか?」
占い師の言葉を遮って、私は口を開く。魔法の説明を受けたところで、私にはちんぷんかんぷん。理解できないことを聞いたってしょうがない。
私にとって、肝心なのはここからだ。
「言ったでしょう。古代魔法の産物だって。古代魔法は遥か昔に失われたもの……」
「じゃあ、ないんですね」
私はがっくりと肩を落とした。
「ふふ。慌てないで。……と世間では言われているけど、ここは別……」
「というと?」
「このお店はね、限られた者しか入ってこれないの」
「どういう意味?」
「これがなにかわかる?」
占い師が懐の中からそっと御守袋に似た形の物を取り出す。私の目が大きく見開かれた。古びて色褪せているけれど、見間違えるはずがない。ゲームで何度もお世話になったもの。
「〈聖女の護符〉!」
「そう。これは悪意ある者に対して作用する力が込められているの。邪な思いや害意を持つ人間はこのお店を見つけることさえできないわ」
謎がとけたわ。それで、ゲームでは占いの館の場所が明確に描かれていなかったのね。ヒロインが道に迷った末偶然見つけ出せたのも、純粋な心の持ち主だったから。あれ? じゃあ私は?
首を捻って考える間もなく、占い師が言葉を続ける。
「このお店は選ばれた者しか入ってこれない。だから今まで、ひっそりと、永くやってこれたの」
ひっそりと永く。このお店は古代魔法があった世からずっとあったってこと? ならこの女性も何代目かの女主人ということだよね。まさか、この女の人がずっとお店を守り続けたわけじゃないよね? いくら年齢不詳だからって、考えすぎよね。
まるで秘密を全部覆うようにベールを被った占い師の唇が魅惑的な弧を描く。
「残念ながら、〈聖女の護符〉はこのひとつだけなの。だから、あなたには譲ってあげられないわ」
「そうなんですか……」
「でも、ほかの物なら大丈夫。〈ユニコーンの角笛〉もあるし、〈身代わり人形〉も一つしかないけどあるわ」
「本当ですか?! ふたつともください!!」
肩を落とした次の瞬間にはもう身を乗り出していた。
「〈ユニコーンの角笛〉は乙女が持たないと効力を発揮しないわよ。あなた、乙女?」
「はい! もちろ乙女です!!」
実年齢は二十歳だけど、私はまだまだ乙女のつもりだ。ときめく心を持っていれば、歳は関係ない!……はず。もし、〈ユニコーンの角笛〉が私の本当の年齢を見抜いて力を発揮してくれなかったらどうしよう。
「あ、あの! 精神年齢は関係ないですよね?」
私が恐る恐る訊くと、女主人がくすりと笑った。
「そんなふうに勘違いするなら、あなたはまだまだれっきとした乙女ね」
ふう。良かった。ん? 勘違い?
首をひねったけど、女主人はそれ以上は説明してくれず、次の話題に入った。
「来たついでに占っていかない? 私、本業は占いなの。あなたがこのお店をみつけだせたのも、ただの偶然とは思えないのよね。何かのお導きかしら。興味深い結果になりそうな気がするの。私の勘だけど。どうかしら」
占いの館があるのをもともと知っていたから、事実確認のために探していたため偶然ではないと伝えたいけど通じるはずないわよね。
でも占ってくれるというのなら、甘えてみようかしら。
前回は恐ろしい結果を聞くのが嫌で、たまらず逃げてしまったけど、数年経った今なら、未来が変わっているかも。
そんな淡い希望が頭をもたげる。
ここに来るまでは占いなんてそんな不確かなものに縋るつもりは全然なかった。かつて私も、向こうの世界によくいる占いが好きな女子高生のうちのひとりだった。けどそれはあくまで娯楽であって、百パーセント当てにしてるわけじゃない。
だけど秘密のアイテムが実際存在しているとわかった今、案外占いも馬鹿にしてはいけないのかもしれない。
何を占ってくれるのかわからないけど、聞くだけなら損はない。
気が変わった私は、机の前に置かれた椅子に座った。
占い師が目の前の水晶に手をかざす。呪文らしき言葉を小さく唱えだす。
ゲームでこの場面、よく見たわ。
こうすると、このあと攻略対象者の情報や好感度なんかを教えてくれるのよね。
思わずその時のことを思い出して、わくわくして待っていると、占い師が口を開く。
「……白い光が見える。これはあなたね。それから、六つの光があなたの周りを漂っている」
「六つの光、ですか……」
「ええ。でも、……あとひとつ足りない。七つ揃えることが、重要ね」
「重要……ですか?」
「ええ。占いにはそう出てる。――あ、待って。暗闇に隠れてわからなかったわ。六つの光と同じく、黒い光が四つ、あなたに近付こうとしている。とても嫌な気配がする……」
かざす手のひらの指先に力が入る。その先を更に読み込もうと、手の動きが大きくなる。
「四つの黒い光の後ろになにかが繋がっているのが見える。ああ、でも……大きすぎてわからない。禍々しくて、恐ろしいものだわ。こんなのは初めて……」
相手の緊張感がこちらにも伝わり、私はごくりと唾を飲み込む。
なに? 危険なの?
「これが本格的に動き出せば、あなただけじゃなく、おそらく私たち、いえ、この世界全体が危うくなる……」
なに、そんな大事なの? その禍々しいものってなに? なんでそんな危険なものが私の近くにあるのよ。私が悪女だから?
類は友を呼んでしまうというわけ?
えーん。私はただ平穏に暮らしたいだけなのに。
「まさか占いの結果がこんなことになるなんてね」
占い師が手を下ろす。
「とにかく言えることは、ひとつね。残りのあとひとつの光を早く見つけることね。そうすれば何かしらの解決策が見つかるかもしれない」
「その光ってなに? それから、残りのひとつはどこにあるの?」
「答えを自分で導き出すのも大切よ。私が今答えを教えてしまったら、そればかりに囚われ判断を誤ることもある。運命が味方するなら、あなた自身で答えを見つけるでしょう」
「はあ」
「とにかく気をつけなさい。本当はあげたくないけど、助けになるようなら〈聖女の護符〉も譲ってあげるわ」
「いいんですか?」
「ええ。この世界が暗闇に閉ざされるのは、私も本意じゃないから。ただし、この効果もあまり負の感情が強すぎる場合はその範囲ではないわ。何事も万能ではないということね」
ゲームの終盤において誰かの心を射止めている場合、〈聖女の護符〉を持っていても、カレンとライバル令嬢たちのうちのひとりが必ず襲いかかってきた。でもヒロインが死ぬことはない。必ず攻略対象者が助けにきてくれるからだ。セレナなら、ラインハルト。ガブリエラならエーリックといった具合に。盛り上げるための演出かと思ったけど、あれは彼女たちの想いが強かったから成せた技だったのね。なるほど。
確かに想い人を奪われるとなったら、――多分その辺をカレンは突いたに違いない――ヒロインを害してまで取り戻したいと頭をもたげてもおかしくない。
それが正しいとしたら、カレンがライバル令嬢と一緒に襲いかかってくるのが解せない。イリアスルートならともかく。
攻略対象者関係なしに、よっぽどヒロインを憎んでいたことになる。厚い友情を繰り広げていたならともかく、そこまで思い詰めるには、ちょっと無理がある。
イリアスルートでもそれは同じ。ヒロインがイリアスルートに少しでも突入すると、イリアスを攻略していてもいなくても、やっぱり最後には襲いかかってくる。攻略していなければ、ヒロインに恨みを持つのはお門違い。一度考えだすと、違和感を拭えなくなってきた。
もしかして、ヒロインが誰かを攻略してもしていなくても、結局はカレンは襲いかかってくるんだとしたら? それなら理由は別にあるはずだ。それこそ、ゲームの設定が真実で、悪魔と取引をしていたんだとしたら――。ヒロインの命を奪うそのものに意味があるんだとしたら――。
私は急いで首を振る。そんな馬鹿な。
占い師が急に黒い光だとか、禍々しいとか変なこというから、つい考えてしまっただけよ。
そうよ、考えすぎ。話をもとに戻そう。それより、今の私の状況、世界が絡むほど、ヤバいわけ? からかってるとか脅してるとかじゃなくて?
表情を伺いみるけど、残念ながらベールの奥は暗闇に包まれて見えなかった。
ゲームでは後半に〈聖女の護符〉をやっと手に入れることができた。
その時にこんなやり取りはなかった。
手に入れることができたのは、ヒロインのステータスがアップしたから商品項目に現れたと思っていたけど、本当は占い師がなにか占いで読み取って、ヒロインにあげていたとしたら?
なあんて。深読みし過ぎ? さきほどの勘ぐりがまだ影響してるみたい。
私は考えを取り払うように首を振ると、立ち上がって、お礼を言った。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「なにか訊きたいことがあったら、また来てちょうだい。私でできることなら協力するわ。それじゃあ、幸運を祈るわ」
占い師に見送られて、私は外に出た。街の喧騒が届かないひっそりとした占いの館を出ると、まるで世界に戻ってきたかのような感覚がする。
六つの光と黒い四つの光がなにかもわからなかったけど、わからないことをずっと考えていたってしょうがない。ひとまず二つのアイテムを手に入れた私はほっと息をついたのだった。
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魔法に関しては、ゆるーい設定です。
最後の方にしか出てこないので、ご安心を。
あくまで、恋愛主体です。
ここから下はネタバレです。
占い師の人の正体が謎なのは、この世界に秘密のひとつくらい残したくて書きました。(解けない謎があったほうが面白いと思って)
作者でさえ、この人が何者なのかわかりません(^_^;)人間でさえあるのかもわかりません。未知のひとです。
今後出てくる予定もありません。
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