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30.好きなタイプ①

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翌日、例のごとく私は学園の中を探検をしていると、キンキン声が耳にはいってきた。

「イリアス様、わたくし、今度、新しくオープンしたジュエリーショップに参りますの。近頃評判の新進気鋭のデザイナーに直にデザインを頼むんですのよ。予約ももうお済みですわ。イリアス様もぜひご一緒にいかが! そのときにはイリアス様に似合いそうなネクタイピンかカフリンクスでもプレゼントさせてくださいませ」

「今をときめくデザイナーに直接注文できるなんて羨ましいですわ」

「あそこは今、予約がいっぱいでなかなかとれないんだとか。さすがミレイア様っ」

私は二階を歩いていたので、声が聴こえた方を窓から覗き込む。見れば、建物の下にイリアスを囲んで、ミレイアとその取り巻き一行が並んで立っていた。
多分イリアスが歩いている所を、ミレイアたちが押し寄せたのだろう。
イリアスの冷めた表情を見れば、一目瞭然である。
あの令嬢もよくやるわね。普通ならめげるでしょうに。

「悪いが、君が誘うものに、俺は一切興味がない。そこを通してくれないか」

軽くブリザードが後ろで吹き荒れてるのが見えないのだろうか。ゲームの序盤でも、ヒロインが選択肢を間違えると、あんな感じだった。その都度、ただの画面上だというのに肝が冷えた気がする。あんなの実際目にしたら普通の精神なら逃げ帰るところだが、ミレイアは違った。毎回毎回断られてるせいか、ぐぬぬと拳を固める。

「では、何になら頷いてくれますの!?」

イリアスに向け、一歩踏み込む。

「いえ、それ以外のことも教えてくださいませ。イリアス様のことを知りたいんですの。――そうだわ!」

そこで思いついたように、パチリと手のひらを打つ。

「イリアス様の好きな女性のタイプを教えてくださいませ! わたくし、それに倣って、自分を磨いてみせますわ」

周りも「知りたーい」「ぜひ!」と顔を赤くして、賛同する。
あ、私も知りたいかも。大体なことには動じない氷の表情をはりつかせたイリアスがどんな子に心動かされるか興味あるもの。なーんて、ほんとは知ってるけど。好きなタイプはどうせヒロインでしょ。
イリアスはしばらく無言だったけど、女子たちが引かないのを見ると、ため息を吐いた。

「……それを教えたら、そこを退いてくれるか」

「ええ! お約束いたしますわ」

「――服や宝石の店に足繁く通わない子。それから無駄に着飾っていない子」

イリアスの口からするりと言葉が出た。少しは悩む素振りを見せるかと思ってたのに、初めから答えが決まってたみたいにためらいがない。無駄なことを嫌うイリアスが、普段好きなタイプの女性について考えることなんてないと思っていたから、意外だった。
それにしても、「子」って柔らかい言い方ね。イリアスなら「人間」って冷たい言い方すると思ってたのに。
「人間」って言い方よりも「子」って言ったほうが限定されてる気がするけど、やっぱりイリアスもまだ見ぬ好きな相手、イコールヒロインを想って、想像したりするのかしら。
なんだかんだ言っても、やっぱり男の子なのね。
へえ、あのイリアスがねえ。
私は窓辺に寄りかかりながら、ニマニマする。
確かに元庶民のヒロインは、宝石をじゃらじゃら付けたり、ド派手なドレスは着なかった。服装はいつも素朴で可愛らしいワンピース姿。元庶民という設定に合わせたのと、現代人の私達がプレイしやすいようにという制作陣の配慮があったんじゃないかな。
ミレイアは残念ながら、その部類に入らなさそう。ブレザーの下に着ているブラウスはひらひらと大振りな華美なフリルに、襟元には制服のリボンと一緒にでっかい宝石が付いている。
ミレイアが一歩たじろいだ。

「そ、それではお洒落ができませんわ。お洒落をするのは、淑女の嗜みですわ。常に流行を追ってこそ、一流と呼ばれるに相応しい人間になれるんですのよ」

ミレイアをちらっと見て、イリアスが続ける。

「そういった店に誘う人間は嫌いだ」

「それでは、どこに誘えばよろしいんですの。王都ではそれ以外はあまり大したものはございませんわ。それとも、何もないつまらない郊外に誘えとおっしゃるの?」

「――俺も最初は嫌だった。けど――」

「けど?」

ミレイアが促すと、イリアスがごほんと咳払いした。上からだと、ほんのり耳が赤くなっているのが見えた。

「――とにかく、今のが質問の答えだ」

「それだけですか。ほかはありませんの?」

「それから、――動物に優しい」

うんうん。動物に優しいのは全ジャンル共通のヒロインの特徴だもんね。動物が嫌いなヒロインなんてまず存在しない。
それよりさっき、イリアス何を言いかけたのかしら。気になるわね。
イリアスが言葉を続ける。


「明るくて」

はい、必須条件ね。常に笑顔を絶やさず、周りを自然と明るくさせるのが、ヒロインの特技だもの。
言わなかったってことは大したことじゃないわね、きっと。

「ちょっとドジで」

はい、鉄則。ヒロインと呼ばれる種族の人たちにはかかせない必殺武器。ゲームでもちょっと天然だった。

「何にでも一生懸命で」

はい、王道。イコールヒロイン。文句なくヒロインだわ。

「俺を退屈させない子」

はい、来たー。
なんでもそつなくこなせるイリアスにとって、この世界は単調でつまらない世界――。けれど、突然現れたヒロインによって、その世界が変化し始める。

『この色のない世界に君が光を与えてくれた』

イリアスの告白のシーンの台詞。
イリアスは完璧だった。普通の人なら諸手をあげて喜びそうだけど、彼は違った。
この台詞にその思いが全て詰まっていると言っても過言ではない。
優秀な分、彼は自分でも気付かないうちに孤独だった。それをヒロインが気づかせてくれたのだ。もともとの性格もあるかもだけど、物事を完璧にこなしてしまう余り、感情をあまり揺り動かされなくなってしまったイリアス。明るく天真爛漫なヒロインが現れたことによって、徐々にその氷のような心が溶けていくのだ。
貴族のなかにあって、異分子のようなヒロイン。今までいた人間とは違う。違う感性の人間に出会って、イリアスの世界は色を与えられ、色とりどりに輝いていく。まさにヒロインはイリアスにとって退屈しない存在だった。
私が感傷に浸っている間に、下では会話が続いていた。
 
「答えたから、もう行かせてくれ」

「最後はあやふやで、わかりにくいですわ。結局どういった子がタイプなのか、全然わかりませんでしたわ」

「君にとってはそうでも、俺にとってはそうじゃない」

「え? どういう意味ですの?」

ミレイアの質問は意に介さず、イリアスが取り巻きたちに隙間を空けさせ、その間をぬって去っていく。
あとには答えを得られなかったミレイアが地団駄を踏む。

「ああ、もう。全然わからなかった」

だけど、すぐに開き直ったように前を向く。

「でも、まあいいわ。結局イリアス様の心を掴むのはわたくしですもの。この学園で、わたくしより上の貴族の令嬢は存在しないわ。つまり、わたくしが学園中の女子のトップということよ。イリアス様の隣に相応しいのはこのわたくししかいないということ。そうよね?!」

つり上がった目で取り巻きたちを見回す。

「ええ、もちろんですわ」

「ミレイア様が一番ですわ」

周りがすかさず同意する。

「そうよ。わかってるじゃない。おーほっほっほ」

ミレイアが周りを引き連れ、声高に笑って去っていく。
私はちょっと不安になる。
あの子、ヒロインが現れたとき、意地悪しないでしょうね?
そうなったら、最後は断罪される未来しか待っていないのよ。
私が意地悪するつもりなんてないから、ゲーム補正のためにあの子が現れたのかしら。
私じゃなくて、あの子が断罪されるの?
うーん、わからないわ。
仮にミレイアがヒロインを苛めたとしても、その罪を私が肩代わりする可能性もあるし。ミレイアと違って、私は婚約者だし、ゲームの悪役なんだから。油断してはいけないわよね。
まあそうならないとしても、誰かが自分の代わりに断罪されるのは見たくない。
私はちょっと心配になりながら、窓際から離れたのだった。

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