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26.仔猫

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午後の授業は美術だった。
先生が外に出て風景画を描きましょうと言ったので、みんな建物を出てあちらこちらに散らばっていく。
大きな校舎の絵とか、大それた山の景色とか描けない私は、小さな花でも描こうと決めた。
中庭に行けばひとつかふたつくらいは咲いてるかもしれないと思って、足を向ける。
足を踏み入れれば、「ニャア」と細く頼りなく鳴く声が聴こえた。
こ、これは?!
私は鳴き声が聴こえた方向に目を向けると、茂みに隠しきれずにのぞいている足首が見えた。
ゲームでもこれと同じシーンがあった。
ヒロインが職員室にプリントを出しにいったことで、授業に遅れて教室へと急いでいるときだ。仔猫の鳴き声が聴こえる。その声に惹かれ、見に行くと、そこでユーリウスを発見する。
ユーリウスとの初対面であり、仔猫と戯れるユーリウスの美麗なスチルが見れる場所。それが中庭である。
スチルのユーリウスは仔猫と戯れているけど、どこか寂しそうな表情だった。
貴族社会というものを疎んじているユーリウス。けれど、自分に近付いてくるのは、自分におもねる貴族の生徒たちばかり。常に周りに人はいるのに、誰にも心を開けない。仔猫たちはそんなユーリウスの慰めになるが、本当に求めているのは物言わぬ動物よりも、人のぬくもり。そんな寂しい心情をあのスチルの表情で表していた。
また何もしらないヒロインは、そんなユーリウスに平然と近付き、「仔猫かわいい~」と可愛がったあとに「授業さぼっちゃ駄目だよ」と注意するのだ。
今まで誰もユーリウスにそんな態度をとるものはいなかったし、おまけに叱られるしで、「変な女」と興味を持つのだ。
私は恐る恐る茂みに近寄った。
覗き込むと、果たして、ユーリウスの姿があった。
いたー!!
私は驚いて、ユーリウスをまじまじと見つめる。
ユーリウスは仰向けに寝っ転がりながら、仔猫を頭上に抱え、微笑んでいる。
その優しそうな笑顔は、天上の天使が慈悲の笑みを浮かべたらこんな笑みになりそうだなと思えるほど、美しかった。
スチルで見た寂しそうな影はどこにも見当たらない。
私はそんな彼を見て、暖かい気持ちになった。
彼はもう独りじゃない。頼れる祖父がいて、温かな愛情を注いでくれる母親と父親がいる。
じーんと感動していると、彼と目が合った。

「うわっ。びっくりした!」

ユーリウスが飛び起きる。
私は茂みの向こうから抜け出した。

「こら、こんなとこで何してるの」

問いかけに答えず、ユーリウスが座ったまま私を茫然と仰ぐ。

「なんでここに?」

急に現れたことに、まだ頭が追いついていないみたい。
私はスケッチブックを掲げた。

「写生しに来たの。今、美術の授業なの」

私はユーリウスの前に腰かけて、ユーリウスの足の間にいる仔猫に手をのばして近づいた。

「ちっちゃーい。可愛いー。どこで見つけたの?」

私が上から覗き込むと、ユーリウスがどこか焦ったように、視線を反らす。

「たまたま見つけた。親っぽいのもさっき見かけた」

一年後、ヒロインとの出会いも仔猫がきっかけだから、ここに代々住んでる野良猫かもしれない。

「そうなんだ。じゃあ、ちゃんと面倒見てくれる親がいるのね。良かった」

じゃれついてくる仔猫と微笑みながら戯れていると、視線を感じた。
ユーリウスが思いの外、真剣な表情でじっとこちらを見つめてくる。まるで余すことなく目の前でおきてることを見逃したくないみたいに。
この仔猫の可愛さの前なら、そんな熱い視線にもなっちゃうわよね。
私は仔猫のために折り曲げていた態勢を元に戻し、背筋を正す。

「それより、ここで何してるの? さぼってるの?」

ユーリウスがどこか楽しげに答える。

「当たり」

「当たりじゃないわよ。せっかくお祖父様が授業料を払ってくれてるんだもの。ちゃんと出なきゃ」

「あ、そうだ。そのことで思い出した。あんた、俺の祖父さんのこと知ってるのか」 

ずいと乗り出された態勢に押され、私は戸惑う。全然、人の話聞かないわね。

「どうして?」

「俺のこと、知ってただろ。どうして俺がフェレール家の人間だってすぐわかったんだ」

「そ、それは……」

うう。困ったわね。ゲームであなたを攻略しているうちに知りましたなんて言えないし。
ユーリウスとフェレール公爵がわだかまりを解く場面を回想ところで、閃いた。そうだ!

「あなたとお祖父様が似ていたからよ!」

ゲームではフェレール公爵も出ていた。大分白髪だったけど、赤味がかっていたし、ルビーのような赤い瞳はそっくりだった。

「たまたまあなたのお祖父様を見る機会があって――。それでピンときたのよ!」

ええい。騙すには勢いが大事よ。

「それだけでわかったなんて、すごいな……」

「でしょう!? 運が良かったのよ、運が!」

なんとか誤魔化せたみたい。はぁはぁと息を吐く。どっと疲れが押し寄せる。
早くこの会話を終わらせよう。

「それより、早く教室に戻ったら?」

「うーん。そんなに戻ってほしいなら戻ってもいいけど……」

ユーリウスが首を捻りながら腕を組む。

「けど?」

先を促す。

「ご褒美ちょうだい」

ユーリウスが表情を変え、ぱっと瞳を輝かせる。

「ご褒美?」

天下のフェレール家の嫡男が何を言うのかしら。あなたでも手に入らないものは私でも無理よ。

「何がほしいの」

一応聞いてみる。っていうか、なんで授業を出させるために私がご褒美あげなきゃいけないの。でも、私から授業出ろなんて言い出したから仕方ないのかしら。

「デートしてよ」

「デート?」

私は目を丸くする。苦節二十年、まだ誰ともそんな経験をしたことはない。
悪女とデートしたいなんて、ユーリウスも奇特な人間ね。
そもそもこの世界のデートってなにすればいいのかしら。ゲームではヒロイン、どうしてたっけ。ぴんと閃いた。
 
「じゃあ、放課後どこか行く?」

「放課後デートか。いいね」

ユーリウスが歯を見せて、顔をほころばせる。
うっ。イケメンの笑顔はいつ見ても眩しい!

「決まりね。じゃあ、帰りに門の前で待ってるわ」

「りょーかい。――じゃまた」

ユーリウスが二本指をこめかみに当て、さっと動かす。キザな仕草だけど、イケメンだから何をしても似合ってしまうのだから、仕方ない。立ち上がって、足取り軽く去っていく。

「にゃあ」

仔猫が寂しそうに鳴いた。

「ふふ。また相手してもらいなさい」

私は仔猫の額を撫でる。

「いけない。私もこうしてる場合じゃなかったわ。課題を終わらせなきゃ」

あたりをきょろきょろ見渡して、適当な花を探す。
仔猫を見守りつつ、チャイムが鳴りおわるまで、私は真剣にペンを走らせたのだった。

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