上 下
3 / 105

2.転生

しおりを挟む
目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
天蓋付きのベットに、暖かく柔らかな布団。

「ここ、どこ……?」

起きながら、頭を押さえる。その時、はらりと滑らかな黒髪が視界に入った。
瞬時にはっとする。

「そういえば、私、頭から血を流してたんじゃあ」

最後に見た事故の断片が蘇り、両手で頭をまさぐる。

「なんとも――ない?」

後頭部がずきずきと痛む感じはするが、血が出ている様子はない。
それに体も平気だ。
思い返せば、すごい衝撃だった。
あれ程の事故にあったのだから、骨折くらいしていてもおかしくないが、どこも痛くない。
両手を広げて見下ろしたところで、頭を傾げる。

「なんか、手小さくなってない?」

桜貝のような可愛らしい爪に、陶磁器のようにすべすべな小さな指先。
疑問符が頭の中で駆け巡ったところで、扉が開かれた。

「カ、カレン様、お目覚めになられたのですね」

見れば、お盆を抱えたメイド姿の少女が目を見開いてこちらを見ている。

「確かに私は花蓮だけど――」

どうして初対面のあなたが知ってるの?と、口に出そうとしたところで、『アンナ』という単語が突如頭の中に浮かんだ。
何故か眼の前の少女の名前だと、感覚が告げている。

「ア、アンナ?」

呆然と呟けば、アンナと呼ばれた少女はにっこり笑った。

「はい、カレン様」

そばかすが散った茶色の髪のアンナがこちらにやってくる。笑うと目尻が下がって、優しそうな感じがする。

「布と冷水をご用意してきました。打った頭は大丈夫ですか?」

ここにこうしていることも、見ず知らずの他人が親しげに近寄って来ることもわけがわからなくて、私は相手の言葉を鸚鵡返しにするしかなかった。

「打った?」

「はい。覚えていらっしゃいませんか? 町に出た折に、辻馬車の馬が暴れて、カレン様に向かって突進してきたんです。それに驚いたカレン様が転んで頭を打ったんです」

聞いているうちに、その時の様子が頭に蘇る。
な、なんで? 見たこともない景色が勝手に浮かびあがるの?
私が混乱しかけていると、アンナが心配そうに覗き込む。

「恐ろしかったですよね。打った場所に当てさせてください。冷やしますから」

布を差し伸べるアンナにむけて、とりあえず口を開く。

「あ、ありがとう」

するとアンナが息を呑んだ。

「申し訳ありません!!」

勢いよく頭を下げる。

「は?」

「何かご不快なことがありましたでしょうか? 直しますので、どうか、どうか、お怒りをお鎮めを!!」

「ちょっ、なに言って」

一体どうしたの。お礼を言っただけでしょ?
茫然と見下ろしている間にも、アンナの体が震えている。
その時、またもや記憶の断片が私の頭の中に突然浮かび上がった。

『ちょっと何してるのよ!!』
誰かの耳障りな金切り声。声は自分から発せられたかのように頭に響く。
『申し訳ありません!』
こちらに向かって頭を下げるアンナの姿――。

また違う場面が蘇った。

『こんなお茶、不味くて飲めないわ! 下げて!』
小さく細い腕がソーサーごとティーカップをアンナにぶつける。
真っ白なエプロンが茶色く汚れ、うなだれるアンナの姿。
ほかにも、この幼子の声を持った小さな悪魔みたいな子に、――視界に映る目線の高さや手の小ささからそう判じられる。まるで乗り移ったかのようだ――頭を下げ謝るアンナやほかのメイド姿の人が走馬灯のように駆け巡った。
使用人らしき人々を苛める数々の場面が過ぎ去れば、一気にそれ以外の場面が雪崩のように押し寄せてきた。
それらは全て、この『少女』の記憶だ。

そう、今私の意識が入り込んでいる、『この体』の持ち主の――。

私は蒼白になりながら、改めて、自分の手のひらを広げて眺めおろす。

ふらりと目眩が起きて、頭を押さえた。

「大丈夫ですか?! カレン様っ」

体を傾げた私に、アンナが肩を押さえる。

「ア、アンナ、か、鏡を持ってきてくれる?」

「で、でも――」

「お願い……」

はあはあと息を乱しながら真剣に見上げれば、アンナも戸惑いながらも鏡台の引き出しから、手鏡を取り出してくれた。
取っ手を持ち、私の方へと鏡を向ける。
私は目を見開いて、目の前に映し出された顔を見た。
恐る恐る頬に手をやる。
すると、鏡の中の少女も同じ動きをした。

闇を閉じ込めたような艷やかに光る黒髪。人形のような温かみのない白い頬。赤い血を滴らせたような唇。常夜を象徴するかのような紫の瞳。
幾分成長した姿が重なり、フラッシュバックした。

『煌めきのレイマリート学園物語』

通称『きらレイ』――乙女ゲームの中の悪役、カレン・ドロノア。
頭の中に浮かび上がった『自分』の、いや正確には『この少女』の記憶が、彼女だと告げていた。
私はあまりの衝撃に、もう一度、倒れ込むように気を失った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

悪役に好かれていますがどうやって逃げれますか!?

菟圃(うさぎはたけ)
BL
「ネヴィ、どうして私から逃げるのですか?」 冷ややかながらも、熱がこもった瞳で僕を見つめる物語最大の悪役。 それに詰められる子悪党令息の僕。 なんでこんなことになったの!? ーーーーーーーーーーー 前世で読んでいた恋愛小説【貴女の手を取るのは?】に登場していた子悪党令息ネヴィレント・ツェーリアに転生した僕。 子悪党令息なのに断罪は家での軟禁程度から死刑まで幅広い罰を受けるキャラに転生してしまった。 平凡な人生を生きるために奮闘した結果、あり得ない展開になっていき…

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

【R-18・完結】種付けサンタさん、どうかバレーサークル所属の長身彼女を寝取って下さい

ミズガメッシュ
恋愛
僕には誰にも言えない願望がある。一度でいいから他の男と交わって、よがり狂う彼女の姿を見てみたい。僕のその思いは、クリスマス・イブでも変わることはなかった。すると深夜、僕たちカップルの前に「種付けサンタさん」が現れた…

【完結】8私だけ本当の家族じゃないと、妹の身代わりで、辺境伯に嫁ぐことになった

華蓮
恋愛
次期辺境伯は、妹アリーサに求婚した。 でも、アリーサは、辺境伯に嫁ぎたいと父に頼み込んで、代わりに姉サマリーを、嫁がせた。  辺境伯に行くと、、、、、

【完結(続編)ほかに相手がいるのに】

もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。 遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。 理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。 拓海は空港まで迎えにくるというが… 男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。 こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。 よろしければそちらを先にご覧ください。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

処理中です...