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89、王宮へ

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 アレクシスはゆっくりと降りてくるクリスティーナを見つめた。

 レモンイエローのドレスがクリスティーナの白い肌に映え、一層白く輝いて見える。

 窓から差し込む光を浴びるその姿に、目を奪われる。アレクシスのもとに遣わされた天使だと言われたら、信じてしまいそうだ。

 いや、クリスティーナは、真実、アレクシスのもとに舞い降りたたったひとりの、愛の天使であった。

 男ものの服に隠されていた二の腕は細くたおやかで、すんなりと伸びている。

 華奢な肩にほっそりとした首筋。今すぐ抱き寄せて、囲ってしまいたい。

 薄っすらと赤く染まった頬に、潤んだ瞳、それからつややかに光る誘うような唇に、理性も焼き切られてしまいそうだ。何もかも捨て去って、このまま二人きりの世界へ連れ去ってしまいたかった。



 クリスティーナはアレクシスの目の前にすとんと降り立った。上目遣いでおずおずと口を開く。



「どうかな」



 アレクシスはその視線に耐えきれず、顔を勢いよく背けると、腕で覆った。

 何も言われず顔を背けられてしまったクリスティーナは、アレクシスを見上げた。

 表情は見えないが、耳は真っ赤に染まり、腕も小刻みに震えている。

 アレクシスただひとりを切り取り、全く知らない第三者から見れば、笑いをこらえているようにも映る。 

 本当は必死で理性を保っているのだが、クリスティーナにはアレクシスの心情などわからない。

 思わず、肩を下げた。



「やっぱり可笑しいよね。いつも男の格好してるから、男が女の格好してるみたいだよね。ごめん、似合わなくて。せっかくアレクが贈ってくれたのに――」



 顔をうつむかせれば、アレクシスが勢いよく振り返った。



「違う! 似合ってないわけない! すごく綺麗だ!!」



 クリスティーナが目を丸くして、顔を上げれば、アレクシスは顔を赤くしたまま、手で口を覆う。

 ぽつりと呟く。



「本当に綺麗だ――」



(自分が贈ったドレスで、好きな女が初めて、綺麗に変身したんだ。こんなに嬉しいことないだろ)



 アレクシスが内心で独占欲をさらしていることなど知らないクリスティーナは、褒め言葉に頬を赤くした。



「ありがとう――」



「うっ――!」



 またすぐ目線を逸らされてしまう。



(駄目だ、可愛すぎて直視できない。持つのか、俺の心臓――)



 今すぐ連れ去って、あれこれしたい衝動に駆られるが、今日は前もって決めていた大事な日だ。

 アレクシスは理性をかき集めて、咳払いをした。



「行こう、クリス――いやクリスティーナだな」



 クリスティーナにむけて、手を差し伸べる。



「クリスで良いよ。従者としての時間があったから、今こうしてアレクのそばにいられるんだもの。『クリス』は、わたしにとっては大事な名前だから、アレクにはそう呼ばれたいな」



「くっ!」



 手を差し伸べたまま、顔を赤くして再び顔を背けるアレクシスである。



(今日は可愛すぎる!! 俺の理性を試しているのか!?)



 クリスティーナは差し伸べられた手をとった。



「行こう――」



「ああ――」



 アレクシスはクリスティーナの手をぎゅっと握った。

 屋敷の門に待たせてある四頭立ての豪華な馬車にたどり着くと、アレクシスがクリスティーナを先に馬車に乗せるためエスコートする。

 クリスティーナはふふっと笑った。



「どうした?」



「従者になってから、きっと誰にもエスコートされないと思っていたから、不思議で」



「じゃあ、俺がクリスを初めてエスコートする男か?」



「そうなるね」



「そうか。俺も嬉しい。好きな女の手を誰にも握らせない。俺だけに握らせろ」



 クリスティーナの顔が真っ赤に染まった。



「はい! ――アレク」



 照れながら笑えば、アレクシスも微笑んだ。

 そんな二人を暖かく見送る三対の目があったことは言うまでもない。

 馬車が王宮に向かって、走り出した。

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