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60、思わぬ敵

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 旅は順調に進んで行った。途中泊まった宿は人数の影響で、――当然、アレクシスとシルヴェストには一部屋ずつ与えられたが――騎士と二人組で泊まることになり、クリスティーナは少しだけ焦った。しかし、衝立が用意されているのを見て、ほっと息を吐いた。

 それ以外は別段困ることもなく、馬を進めていく。旅の途中、シルヴェストがしきりにアレクシスに話しかけるが、アレクシスは適当にあしらっているようだった。

 旅の行程は馬を疲れさせないようにゆっくりしたものだった。

 そして、五時間ほどかけて――途中休憩を挟み挟みしながら――ヴェステル山の頂上に到着した。

 一行は眼の前に広がる光景に、目を奪われた。



「うわあ」



 クリスティーナは感嘆の声をあげた。

 ヴェステル山を取り囲む、緑鮮やかな山々。その間から覗くスオネヴァン山脈の眩しいこと。

 天高く聳え立ち、一面雪に覆われていた。その雪が太陽の光を浴びて、更に白く輝いて見えた。その白さに目どころか、魂まで洗われていく気がした。緑と白、それから空の青色の対比が目に鮮やかだ。

 真っ白い雪肌を持つ山脈が険しく空をつく様子は、気高さに満ち、上を見上げれば、天空から神が降りてきそうな気配がする。

 人工物がひとつもない自然の美しさに目が離せなかった。

 馬を降りたシルヴェストが隣に並んだ。



「これは一見の価値があるな。来て良かった――」



「本当ですね――」



 クリスティーナも迷わず、同意の声をあげた。

 周りを見れば、アレクシスと騎士たちも馬を下りて、眼前の光景に見入っていた。

 山を登ったご褒美に目一杯、景色を堪能したあと、騎士たちが職務をまっとうすべく、アレクシスとシルヴェストに水を差し出す。



「ありがとう」



 隣にいたシルヴェストが水を受け取り、お礼を言った。

 騎士たちも各々馬につないだ荷物の中から、水を取り出し、飲みはじめた。

 クリスティーナも飲もうと、アイナのもとに行こうとしたとき――



(え?)



 クリスティーナたちとは少し離れた木の上に、人が乗っていることに気付いた。

 その人物が矢をつがえている。

 その狙った先――。

 わかると同時にクリスティーナの体は反射的に動いていた。



「殿下っ!」



 クリスティーナはシルヴェストの先に立ち、両腕を広げた。

 突然のクリスティーナの動きに一同目を丸くする。

 しかし、クリスティーナの見据える先に気づくとはっとする。



「クリスッ!」



 騎士たちよりも近くにいたアレクシスが剣を抜き取って、クリスティーナの前に出た。

 鋭い音を立てて、矢が迫りくる。

 構えた剣の刀身の脇にあたり、軌道がずれる。眼の前に当たった矢が勢いをころして迫ってくるのを、アレクシスは首をひねって避けた。しかし、肩までは防げず、服を切り裂きながら、通過する。

 シルヴェストの胸の真ん中にあたるはずだった矢は、クリスティーナの一歩横の地面に突き刺さった。

 クリスティーナは目を見開いたまま、身じろぎひとつできなかった。

 アレクシスが剣を柄におさめる。



「捕らえろ」



「はっ!」



 騎士が鋭い声を発し、賊のいる木の方に駆けていく。たどり着くより先に、賊が木から音をたてて滑り落ちる。

 弓を投げ捨て、腰に差した長剣を抜いた。その必死な形相から、相打ち覚悟と知れた。クリスティーナたちに向け突進してくる。

 しかし、その凶刃が届く前に、騎士が斬り伏せた。



「ぐっ!」



 鮮血が地面に飛び散った。

 賊が膝から崩れ落ちる。



「おう、たい、……し」



 手のひらを伸ばし、呟くも、力なく空をきって、地面に落ちる。男が絶命した。

 クリスティーナはその間、腕を広げたまま、一歩も動けなかった。眼の前で繰り広げられた出来事に、頭が追いつかない。呼吸することさえ、ままならない。



(今のはザヴィヤ語!? 王太子と言った!?)



「どうやら、わたしを狙ったみたいだね」



 後ろで呟かれた言葉に、クリスティーナは鋭く息を吸い、体を勢いよく振り向かせた。



「どうして、そんな――」



 シルヴェストを問い詰めようとしたところで、背後から苦しげな呻き声があがった。クリスティーナが振り返れば、アレクシスの体がぐらりと傾く。



「アレクッ!!」



 クリスティーナは悲鳴をあげ、駆け寄った。

 アレクシスが矢でかすめた肩を押さえ、苦しそうな息をあげる。目を閉じ、何かに懸命に堪えているようだ。顔から脂汗が滲みでていた。



「どうやら毒が塗られていたみたいだね」



 後ろから聞こえてきた言葉に、クリスティーナは勢いよく振りむく。



「毒っ!?」



 一気に血の気が引いた。



「――こういう時もあろうかと、いつも持っていて良かった」



 シルヴェストが胸ポケットから、紙で包まれた小さなものを取り出す。

 包みをひらいて、差し出した。



「毒消しだ。飲むといい。――水を」



 シルヴェストが近くの騎士に命じる。

 何故そんなものを持っているのか、問い詰めるのはあとだ。

 クリスティーナは、アレクシスを支えて座らせると、毒消しの薬をアレクシスの口元へと運んだ。



「アレク、口を開けて。薬だよ」



 アレクシスが苦しそうに眉を寄せ、ゆっくりと口を開いた。一粒もこぼすことがないように、慎重に口の中へと含ませる。続いて、急いで水を飲ませる。アレクシスが喉をごくりと鳴らし、水を飲みこんだ。



(良かった。これで一安心だよね)



 クリスティーナの肩から力が抜けた。



「まだ仲間がいるかもしれない。見てきてくれ」



「はっ」



 シルヴェストの言葉に、ふたりの騎士が二手に分かれて駆けていく。



「さあ、アレクシス殿下を休める場所に運ばないと。今日泊まる貴族の館は遠いのかい」



「いえ、ここから四半刻ほどくだった山の中腹にあります」



「ではそこまで行く必要があるな。――アレクシス殿下、そこまで耐えられそうかい」



「――俺を誰だと思ってる……」



 アレクシスの声音にはいつもの覇気がなかった。



「意識があるようなら、まず大丈夫だろう。手綱を引くのは騎士に任せ、ゆっくり行こう」



 そうして、クリスティーナたちは、アレクシスが馬から落ちないよう慎重に横たわらせ、貴族の館に向け、ゆっくり歩を進めたのだった。

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