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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース

ちりばめられた宝石

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翌日の昼、昼食を下げるときにブリジットが「後ほどお菓子と紅茶をお持ちします。その時にハサミも持ってきますが、よろしいですか」と声をかけてくれた。



「ありがとう、助かるわ」



この数日のやり取りで彼女との距離が確実に近づいていることを感じていた。

ここは閉ざされたところだけれど、何かできることがあるはずと動き続けてよかったと思っていた。



「その時はあなたの分のものも持ってきてね。少し時間がかかると思うから、お茶を飲んで待っていてほしいの」



「…わかりました」



そう答えたブリジットは紅茶とお菓子を運んできたが、トレーには一人分のお菓子しかなかった。

紅茶を一口飲んだ後、そっとお菓子のトレーを彼女のほうへ少しだけ押して、奥の部屋からドレスを持ってくるとソファに腰掛け、膝の上にドレスを置いた。



「ブリジット、ハサミを貸してもらえる?」



「何をなさるおつもりなんですか?」



「ほら、このドレス宝石がたくさんついているでしょう?どうせここで着ても誰も見ないのよ?それなら外してしまって、売ったほうがいいでしょう?宝石のままネックレスや指輪にしても構わないかもしれないけど」



そう言って、ドレスに縫い付けてある小さな宝石を一つ一つ外していく。ブリジットが持ってきていたトレーにそれをカランカランと置いていく。

とても静かで地味な作業だが、単純な繰り返しで無心になれるのに時間はかからなかった。

心が無防備になっている気もしたけれど、難しいことをなにも考えずに何かに没頭する時間が心地よかった。



「アマリア様はテオ様とご結婚なさるのですか?」



「え?」



唐突に話しかけられ、頭に内容が入ってくるまでに時間がかかってしまった。



「どうして?」



「テオ様から公爵と離縁なさったと伺ったものですから」



「ええ、離縁…確かにそう言って…」



その瞬間、頭が割れるように痛み、内臓が内側から押し上げられるような吐き気が走り抜けた。

思わず口元を抑え、持っていたハサミを手落とした。



「アマリア様?!」



ブリジットは駆け寄り、ハサミを手の届かないところまで滑らせた。

ぜぃぜぃと肩で息をして、涙でにじむ視界の中にブリジットの影を捉えた。そして、自分でもわからない笑みがこぼれた。



「…あなたは本当に聡明なのね…私、今ハサミを持っていたら、このまま喉を貫いていたもの…」



涙が溢れたおかげで困惑しているブリジットの表情をしっかりと見ることができた。



「あなたはあの子が誰なのかわかっているんでしょう?」



「…え?」



「あの子はテオなんかじゃない。コンラッドよ。私の息子。私がお腹を痛めて、命をかけて生んだ、ただ一人の息子よ」



そう、私はこの瞬間に全ての記憶を取り戻した。

私はアマリア・スタンリールであり、アマリア・アルバートンであり、フローラであるのだ。



「なぜ、それを知っていて、こんな茶番に付き合っているの。あの子が何をしようとしているのかわかっていて、なぜそれを止めなかったの」



私の体は震えていた。身の内からこみ上げる怒りに全身から熱が噴き出るようだった。こんな怒りを感じることは生まれて初めてだった。



「俺はあなたの子どもではありませんよ、アマリア」



扉が開くと同時に現れたコンラッドは何食わぬ顔で私の前までやってきた。



「あなたの息子は生まれた時すでに息はしていなかったそうですよ」



「…うそよ…」



「じゃあ、俺は誰だと思いますか?この黒い髪と黒い瞳、それにこの顔、正真正銘公爵の息子です」



「まさか…ヘンドリックが…そんな…」



アマリアの想いが混乱する胸の内で暴れ回る。ああ、そう。私はヘンドリックを想って、いつだってこうして思い悩み、それでも彼を心から愛していた。



「リアーナ、部屋から出ろ。鍵をかけるのを決して忘れるな。俺が出るまで、この部屋に誰一人立ち入らせることは許さない」



コンラッドが声をかけると、ブリジットは駆け出して行った。彼女もまた偽名だったのだとその時に気づいた。

扉に鍵がかけられた音がするとコンラッドはゆっくりと私に近づいて来た。



「いつ…いつ、それを知ったの…」



「あなた達が離縁する少し前のことですよ。街中の娼婦に声をかけられたんです。俺の父親違いの姉でした」



「ヘンドリックが父親だという確証があったというの」



「ええ、公爵家の家紋が施されたカフスボタンを持っていましたよ。それを見るまでは俺だって半信半疑でした」



体を引きちぎられる思いだった。私が全てをかけて愛していたヘンドリックが他の女性と子を持ったことも当然ショックだったが、それよりも実の子の死を今の今まで知らなかったことに血の気が引いた。

めまいがして倒れそうになる体を足を強く踏みしめて耐えた。なんとか息を整えることに集中した。



「あなたの…母親は…?」



「さあ。殺されたんじゃないですか…姉と名乗った女も公爵家に行くと言い残した後、消息がわからなくなったと言っていましたよ」



「そんな…」



私の知らないところでとてつもない事が起きていたのだと今更ながらに悔いた。

私は幼過ぎた。何も知らず、何を知るべきかも気づくことができず。嘘で塗り固められた公爵家で、名ばかりの公爵夫人として過ごしていたのだ。



「俺もあなたに近づけない理由がわかってほっとしましたよ。ただの公爵の差し金だったのだと思えば、まだ許せた。それに、俺はあなたを自分のものにしたかった」



「何を…」



「俺が仕掛けたこれまでのことをあなたへの嫌がらせとでも思ったんですか?」



コンラッドがゆらりと動き、私の体を軽々と抱きあげた。



「離しなさいっ!コンラッド!」



「母親のように俺に声をかけるのをやめてもらえますか」



奥の寝室まで抱えられ、ベッドに放り投げられた。思わず身構えたが、コンラッドはそのまま壁にかけてあった絵画を外し、私の前まで持ってきた。

それをくるりと裏返すとそこには羊皮紙が貼り付けられていた。



「なんだと思いますか」



目を凝らしてみると、それは私の記憶の中で最も苦痛を伴ったものだった。思い出すだけでも涙がこみあげてくる。



「あなたと公爵の離縁宣誓書ですよ」



あの時の身を引き裂かれるような痛みが全身に走り抜けた。あれは、私の心を粉々に打ち砕いた瞬間だった。この身がばらばらになる感覚がして慌てて自分の体を抱きしめた。



「俺があの家を出たのはこれをようやく手に入れて、偽のものと差し替えることができたからです。あなたを探し回る公爵は日に日にぼろぼろになっていって、ようやく隙もできました」



「何が…望みなの…?」



「俺はわかっています。あなたは俺を選ばない。記憶がなくても、あなたは俺の手を取ることはない。だから、これを手に入れなければならなかった」



コンラッドは更に寝室のベッドサイドの引き出しを開け、底を外すとそこから1冊の本を取り出して私の元に投げた。その装丁だけで何の本なのかすぐにわかった。何度も手に取った『強き獅子と赤い薔薇』だった。ヘンドリックに愛されたいとこの本を読んで頬を染め、キスをせがんだあの日。ラウルが私が泣くのに気づいて慌てて抱き寄せてくれたあの日。私の記憶が次々と鮮明に甦ってくる。



「その人の元に帰りたいんでしょう。あの人の裏切りを知ればなおさら、あなたが縋りたいのはその人のはずだ」



「何が言いたいの…?」



「これを教会庁に出せば公爵との離縁は成立しますよ。そうすればあなたと辺境伯は再婚ができる。あの公爵があなたを解放することなど二度とない。だからこれが最初で最後の機会なんです。それはわかりますよね?」



本に伸ばしかけていた手を止めた。心の中で渦巻く想いをどう制御していいかさえわからなかった。

次々と追いつめるようなことを言い続ける目の前の存在が、私の記憶の中のコンラッドとかけ離れていて理解が追いつかなかった。



「これは元々あなたに渡すために奪ったものですよ。それにここに永遠にあなたを閉じ込めようとも思ってはいませんでした」



「…え?」



「でも、これを渡すには条件があります。」



「条件?」



「はい…今、ここで服を脱いでください」



「っっ」



どくんと心臓が跳ね、背中にじわりと汗がにじんだ。聞きたくない。それ以上の言葉を聞きたくはない。



「あなたの意思で俺に抱かれてください。それがこれをあなたに譲る条件です」
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