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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース

温室の花

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目が覚めたとき、体を動かすことができないほどどこもかしこも痛かった。

うつぶせに身を投げていたことに、顔の下に敷かれた柔らかい枕の感触で気づいた。

辺りを確認しようと体を起こそうとするけれど、錆ついた蝶番のように骨がぎしぎしと音を立てた。なんとか上半身を起こそうとして体からシーツが滑り落ちていった。肌に風が当たり、自分が何も身に着けていないことに気づき、慌ててシーツを手繰り寄せようとして痛みに声を上げた。



「アマリア?気づいたんですか?」



少し低い声が聞こえ顔を上げると、黒髪の青年が立っていた。男性に美しいという表現は適さないのかもしれないけれど、それほどの美貌を持った青年だった。

青年は優しい笑顔を浮かべたまま私に近づいてくる。手から滑るシーツをなんとかつかもうと力を入れるが手の力もうまく調整できなかった。



「恥ずかしがらなくて大丈夫です。あなたの服を脱がせたのも、手当てをしたのも俺ですから」



ベッドに腰掛けるとそのまま私を抱きしめた。髪に唇を寄せ、口づける音がした。

一瞬その温もりに心地よさを覚えたが、記憶を失う前にこの声が言っていた言葉を思い出して身震いした。



「あなたは…誰なの…?どうして、私を連れ出したの…?」



私を抱きしめる腕の力は緩むことなく、青年は耳元でくすりと笑った。



「俺とあなたは恋人同士だったんですよ。あなたが公爵と離縁するのを待って一緒になろうと約束していたんです。ようやくそれが叶おうとしていたとき…あなたはあの日、俺との約束の場所には現れなかった。一緒にバルク国へ行くはずだったのに…」



両腕にぐっと力が込められ、その痛みに小さく喘いだ。



「1年も探し出せずにすみませんでした。記憶まで失っているとは残念ですが、これからは俺があなたと一緒にいます。安心してください」



優しく語りかけるように私にそっと囁き、髪を撫でる。



「そ…そんなこと…あのお屋敷では誰も…」



「誘拐されたと言われたんでしょう。かわいそうに、みんなに騙されて…。エインズワース領にいたときでも、あれは誘拐ではないと言われていたんじゃないですか?それなのに、記憶を失っているからといって誘拐だと吹き込むなんて…」



そっと体を離され、その青年はにこりと微笑むと頬に口づけた。



「公爵は今になってあなたを惜しむくらいなら、ずっと大切にしておけばよかったんです。でも、ずっと満たされない思いを持っていたあなたは私と恋に落ちた。それが真実です」



「私が…あなたと…?」



愛おしそうに私を見る目は嘘をついているようには見えなかった。でも、どう見てもまだ10代のこの青年とアマリアが恋に落ちるなんて考えられない。



「あなたはいくつなの?」



「アマリアはそんなこと気にしませんでしたよ。俺達の恋が運命でしたから」



「そんなっ…んんっ」



言葉を紡ごうと開いた唇に噛みつくように覆われてしまった。無遠慮に差し込まれた舌に上顎をくすぐられ、顔を反らそうとすると片手でいとも簡単に封じられた。

逃げようとする舌を執拗に追い回され、私の力が尽くのを執念深く待たれた。体を押し返す力さえ無くなると彼は満足気にべろりと口腔内を舐め上げて。ようやく離れた。口と口にかかる糸がぷつりと切れたとき、私の頬に涙がこぼれた。



「私を…帰して…」



「誰の元にですか?公爵?それとも辺境伯ですか?体をつなげるのは離縁してからとあなたの言葉に従っていたのに、とんだハゲタカがいたものですね。本当に許し難い」



今まで優しいだけの口調だった彼の声色も表情も一瞬にして変わってしまった。

恐怖で震える私に気づいたのか、再びにこりと微笑み、私を抱き寄せた。剥き出しの背中を温かい手のひらが滑り落ちていく。



「過ぎたことは忘れましょう。ゼロから俺達の記憶を作ればいいんですから。あなたは俺を愛していた。そして俺も変わらずあなたを愛している。それでいいんです」



震える体をゆっくりと撫で、頬をつたう涙を拭う仕草は慈愛に満ちていた。それでも、心に巣食う恐怖のほうが大きかった。



「さっき浴槽にお湯をためておいたんです。洗って差し上げますよ。二日も馬で移動して野宿までさせてすみませんでした。いくら急いでいたとはいえ、気を失うほど疲れさせてしまって。体は一度清めましたが、ゆっくりとお湯につかりましょう。その後は俺がマッサージしますよ」



青年は何の躊躇もなくシャツを脱ぎ始めた。

自分の置かれた状況にも、彼の存在にもついていけず、喉元を抑えたがロクに食べていなかったせいで吐き出すものさえなかった。



「ああ、すみません。まずはお水や軽食が必要でしたね。少々お待ちください。すぐに持って参ります」



脱いだシャツを肩にかけ、彼は部屋を出て行った。

一人になるとめまいがしてベッドに倒れこんだ。

彼が言うことが本当ならば、公爵様やお屋敷の侍女達が言っていたことはなんだったの…?

公爵様が深くアマリアを愛していたのではないの?

でも、少しだけ戻った記憶ではアマリアは馬車に自ら乗り込み、泣きながらどこかへ向かっていた。あれは公爵様と別れた後、あの青年と駆け落ちをしようとしていたの…?

けれど、離縁したなら、公爵様がアマリアを公爵夫人と呼ぶのはおかしい。1年も経とうとしているのにわざわざ辺境領まで迎えに来て、あんなお屋敷に閉じ込めることだってしなかったはず。

でも、あの青年の私を見る目や触れるときの熱の持ち方を私は知っている。ラウルも、公爵様もそうして私に触れていた。

彼もアマリアを愛していたというの…?アマリアも彼を…?

心はフローラのままのはずなのに、ラウルだけを見つめて、その熱い想いに応えていた頃がまるで夢物語のように儚くなっていく。目まぐるしく変わる状況に心がすり減り、私自身が消えてなくなってしまう不安が押し寄せてきた。



誰…誰…私を愛していたのは一体誰なの…



私が愛していたのは…愛しているのは…誰なの…
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