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真相

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その女が公爵邸に現れた時、アマリアはまだ昏睡状態だった。

屋敷にいた姉上が応対し、その場では毅然としていたそうだが、その女とついてきた男達に別邸の滞在を促し、馬車で送り出した後に倒れたそうだ。

ちょうど同じ日に、アマリアが目を覚ましたと連絡が来て、王宮から急遽戻った。

アマリアの無事を確認し、安堵し、喜びの中にいた。



再び眠りについたアマリアのそばに腰かけ、アマリアの美しい髪を撫でていたときだった。姉上から部屋に呼び出され、不審に思いながらも部屋に向かったた。



「ヘンドリック、今日、あなたを訪ねてきた女性がいたの」



「女性ですか?」



「平民の女よ。あなたのカフスボタンを持っていた」



全く記憶にないことを言われて、困惑した。姉上は表情を変えずに続けた。



「その女の腕には、男の子がいたわ。3か月になるそうよ」



「まさか、その子供が私の子供だというのではないでしょうね?」



いつもならば、くだらないと一刀両断して、姉上も鼻で笑ったに違いない。しかし、その眼差しは鋭かった。



「あなたが領地で土砂崩れに巻き込まれた事故があったでしょう。近くの村の宿屋で手当てを受けたわね。私達が送った医師達が到着する2日程の間、あなたは同行していた騎士達とそこで過ごしていたはず」



「はい、私の記憶はありませんが、そうだと聞いています」



「あの時、村の女達が総出で世話をしたと聞いているわ。恐らく、あなたが意識のない状態で行為をしたはずよ。あの女は娼婦だとすぐにわかったわ。そういう薬も手練手管もあるでしょう。私だって、散々家門の娘たちにその技を仕込んだんだもの、不能と言われた男まで性技で勃たせて性交して子を作らせたことだって何度もある。あんな事故の混乱に紛れるなんて…隙をつかれたわ」



「まさか…」



全く身に覚えのないところで、何が起きていたのかなど、わかるはずもない。しかし、沈着冷静な姉上の判断でも、その女が連れてきた子が俺の子だと疑っていないようだった。



「その時のことも詳しく話していたわ。時期も、宿の名前も、あなたの様子も正確だった。子供と引き換えにお金をくれって。子供を育てたくないなら自分達で育てるから養育費も加えてよこせとね」



吐き捨てるように言うと、姉上はため息をついた。



「吹聴されないように、別邸に送らせたわ。監視をつけてる。今頃は、そこで浴びるほどに高級なワインでも飲んでいるでしょうね」



姉上の言葉は耳には届いているものの、少しも自分の中に落ちてこなかった。理解することを拒んでいた。



「私とアマリアの息子は死んだのに、そんな、誰ともわからない女との子供が生きているというのですか」



膝の上で拳を握りしめた。皮膚がひきつれ、擦れる音がした。



「一目でわかったの。あぁ、この子はヘンドリックの子だと。亡くなったあの子にそっくりだったわ。あの子は目を開けたら青い目をしていたかもしれないけれど…」



姉上の目から一筋の涙がこぼれた。



「ごめんなさい、ヘンドリック。私、ずっと今まで、アマリアに公爵夫人の一番大切な役目は跡継ぎを産むことだと言い続けてきたの。もし、アマリアがもう子供は望めないと知ったら、あの子が死んだと知ったら…」



それは、姉上が口にする前から気づいていた。私達の息子が死んだ日から、私に警鐘を鳴らしてきたことだった。

私たちは、アマリアに公爵夫人としての役目として跡継ぎを産むことと滾々と解き続けてきた。

そして、アマリアはそれをまっすぐに受け止め、長男を産んでくれた。生まれたときには既に息をしていなかったが、同時にアマリアは意識を失い、そのまま昏睡状態になってしまったために、今でも息子の安否を知らない。

しかし、その事実を知れば、アマリアは公爵家から出て行こうとするだろう。離縁しなくとも、私に妾を設けろと言うだろう。愛を独占することより、自分の心を傷つけても、公爵家の血の存続を望むにちがいない。

しかし、決してそんなことはできない。アマリアがいるのに、他の女を抱くことなど、到底できない。

そして、地獄からの誘惑のような考えが俺の中に沸いた。



「私とアマリアの子に…すればいい…」



「ヘンドリック…?」



「私は他の女を抱くことはできない。ならば、生まれたというなら、その存在を利用します。その子はアマリアが生んだ子として育てます。その女たちは消してしまえばいい」



「それでも、その子はもう3か月なのよ。子供の年齢が」



「アマリアがこのまま体の調子を整えるまで、部屋を離し、乳母に育てさせます。決して近寄らせない。子供の成長も赤ん坊のときは大きな差ですが、1年、2年と経てばわからなくなりますよ。それまで、全員で隠し通せばいい」



俺の決断に、姉上は長い沈黙の後、頷いた。



「わかったわ。これは、公爵家全員の罪よ。アマリアを騙す罪。それを全員で背負うの。明日、みんなを集めるわ」



翌朝、主要となる使用人は全て集められた。

出産に合わせて、衛生管理のこともあり、通いの使用人は雇わず、住み込みの使用人だけに人数を絞っていたことも幸いした。元々、公爵家への忠誠心が強い者たちばかりだったこともあり、姉上と私の言葉に驚きの表情は浮かべたが、すぐに皆、真剣なまなざしでそれに応えた。

他言しないこと、それを破れば一族連座に値する罰を受けることを宣誓書に誓わせた。それにも全員が従った。

私は一人一人に頭を下げた。感謝の気持ちを表すにはそれ以外の方法はわからなかった。



その日から、公爵家全員でアマリアを騙し続けることになった。



少しずつ元気になるアマリアの様子はとても喜ばしいことだったが、眠りにつくと、アマリアが死ぬ夢から、アマリアに不貞をなじられる夢へと変化した。自分の元を去る夢も幾度となく見た。

アマリアの顔を見ることも辛くなり、逃げ続けた。

アマリアを裏切ったのに、アマリアを抱くことが許されるはずもないと、アマリアが元気になってからも、共に寝ることさえできなかった。

アマリアがあの憎らしい女が生んだ子供をかわいがることも、抱くことも、許せなかった。私達の息子を抱くはずだったその手があの子供に触れること自体、汚らわしいと思っていた。

私の思いを汲んで、使用人達がいつでも一足先にアマリアから子供を遠ざけてくれていた。

気が狂いそうになる日々から、あの子供を1日でも早くこの家から出したいと、寄宿学校に入れるまでに6年がかかった。

アマリアには辛い日々だったに違いない。母として何かしたいという心を押さえつけ、公爵夫人としての仕事を次から次へと与えた。領地のことまで任せて。それに必死に応えるアマリアの姿に罪悪感だけが募った。

しかし、コンラッドが屋敷にいなくなって、やっと私の心の平穏が訪れるようになった。



アマリアに微笑みかけることも、共に食事をとることも、昔を取り戻すように少しずつできるようになった。

共に寝るようになるにはそれから何年もかかった。



いっそ、コンラッドが私の子でなければいいと、あの娼婦が嘘をついていただけだと自分自身を騙し切りたかった。

コンラッドは、私とアマリアに全く関係のない子ならば、割り切って親子として育てられるはずだと思っていた。

しかし、コンラッドが成長するにつれて、自分の幼い頃と瓜二つになり、そのどこか達観したような、物事を冷たく見据えるようなまなざしまで、自分のものと同じだった。

私がアマリアではない女の中に子種を吐き出し、子供を作ったことは疑いようのない事実だった。



全ての真実をアマリアに打ち明けたい、私達からコンラッドを遠ざけたいと姉上に話したことがあった。

姉上は反対はされなかったが、賛成もされなかった。

そして、静かに哀しい目で語った。



「あの子が真実を知れば、コンラッドを決して手放さないはず。どんな形であれ、あなたの子なのだから。子供を二度と産めないという苦しみに耐えながら、コンラッドを育てるはずよ。自分の子供が死んだという悲しみも今から背負うことになる。私達があの子をこの欺瞞の世界に引き込んだのに、今更真実を明かして…アマリアが心を壊してしまうかもしれない…」



姉上は涙をこらえ、俺を見据えて「この罪は私達が負うべきもので、アマリアのものではないわ」と言った。

もはや、どこにも逃げ場はなかった。それでも、アマリアを愛し抜くと決めた以上、私が負わなければならない罪だった。



アマリアが純粋に私の愛を求めているのに、それにまっすぐに返せない罪悪感は私の心を蝕んだ。

そして、数年の後、限界を迎えた。アンドリューに、アマリアの夜飲む紅茶に入れる薬草を変えるよう指示した。深い眠りに入ったまま朝まで起きることがないほどの強いものに変えるように。



その要望がかなった日。私はアマリアを抱いた。意識のないアマリアを、欲望の赴くままに抱いた。

謝罪と愛を繰り返しながら、朝まで抱き続けた。

その青い瞳を見つめながら、アマリアに見つめられながら、互いに愛し、愛されていると感じながら求め合うことはもうできなかった。罪の意識に押しつぶされそうになりながら、それでもアマリアを離すことはできなかった。

誓いを破った自分を、アマリアに愛してほしいと以前のように求めることはできなかった。



アマリアの体を求めずにはいられないのに、何一つアマリアの心に応えられない苦しさから酒を飲むことも増えた。アマリアに出会う以前に戻ったように、夜会にも、淫らな仮面舞踏会にさえ足を運んで気を晴らそうとした。

しかし、どれだけ魅惑的な女に言い寄られようと、体が反応することさえなかった。

結局、私にとって、アマリアでなければ、誰であってもそれはただの肉塊に過ぎないのだと思い知らされただけだった。



そして、あの日、コンラッドが自分がアマリアの子供ではないとどこかで吹き込まれ、その女が持っていたカフスボタンの対になるものを見せた時、築き上げた嘘の世界が崩れる音がした。

どこからその情報を手に入れたのか、あいつの交友関係までしらみつぶしに調べさせたが、全く足がつかめなかった。

血は争えない。こいつは確かに俺の血を、一族の血を引いていると実感した。

そして、一人の者に執着する目と情欲を、俺が最もよく知っていた。その熱を、コンラッドの瞳は持っていた。

たとえコンラッドが望む相手がアマリアだとしても、アマリアは、誰にも渡さない。決して、誰にも。



アマリアを守るための最善の方法を最短で導き出し、それを実行しようとしていた矢先、アマリアは失踪した。

スタンリール侯爵家にも帰っていなかった。

侍女のハンナは公爵家を出て、その行方を追っている。元々ハンナはアマリアの侍女ではあったが、護衛と間諜もできるように訓練しただけあって、一人で真っ先に飛び出していった。

失踪当時の護衛の騎士達や御者のダンカンらも捜索のために公爵邸を離れた。

それでもまだ何の足取りすらつかめないでいる。



無事でいてほしい。どうか、私の元へ帰ってきてほしいと願うことしかできない。



「アマリア…アマリア…私を許せなくてもいい…遠くからでもいい…どうか無事を見守らせてくれ…」



主の帰りを静かに待ち続けるその居室で、今夜もまた、一人過ごすしかなかった。
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