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奴隷商人と皇太子

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目が覚めると少しばかり目元に違和感を感じた。久しぶりに昨日、泣いたからだろうか。起きたくない衝動に駆られながらも、無理矢理身体を起こす。

今日で子ども達とはお別れだ。午前中に6名全ての子どもを送り出すことになっている。

玲於だけは、彼の遠縁の親戚が迎えに来る予定だ。街で買い物している際に、偶然、玲於の肖像画を持って彼のことを探している尋ね人を見かけたのだ。

宿まで跡をつけ帰宅してから玲於に彼のことを尋ねたら遠縁だと答えたので、次の日には尋ね人の元へ訪れた。そして、話し合った結果、今日、玲於のことを迎えに来てもらうことになったのだ。

空杜くうとは身支度を整えると彼らと食べる最後の食事を用意した。

時間が経つたびに寂しさを覚えるが、時間は刻一刻と進んでいく。それぞれの新しい親が迎えに来る時間になると、子どもを連れて別れる。そして、これが子ども達の最後の送り出しとなる。

「なあ、空杜?」
「最後まで呼び捨てかよ」

もう半ば諦めたように言うとかけるは繋いでいた手を力一杯に握り締める。

「俺、残ってやっても良いよ?」

立ち止まった翔に空杜は恒例となってしまった軽い手刀をくらわせる。

「バーカ。何、生意気なこと言ってんだよ。せっかく、苦労して良い人を見つけたのにそれを台無しにするのかよ。」

涙目になっている翔の頭を撫でてやると小さな瞳からポロリと涙が溢れる。目元を拭ってやると、翔は小さな手で抱き締めてきた。

「俺、空杜が大好きだよっ!翔って初めてくれた名前もっ」
「ああ。でも、もうその名前は今後口にしちゃだめだよ。これからは家族から貰った名前を大切にしないと」
「っ、分かってるよ。それが空杜との最後の約束だもん」
「おお、さすがだな」

そう褒めてやると、翔は手を離して調子に乗ったように身体をふんぞり返る。

「ほら、行くぞ」

再び手を差し出してやると、翔は寂しさを含んだまま満面の笑みを浮かべてくれる。こうして、俺の家族は1人残して旅立っていった。

最後の約束。それは、俺がつけた名前を名乗らないこと、そしてここでの生活のことを誰にも言わないということだ。
もし、ここで奴隷としての扱いをしてなかったことがバレてしまえばこれまで準備してきたことが無駄になってしまう。
だから、名前なんかなくて彼らを人扱いをしていないことをアピールするためにも、俺がつけた名前を口にすることを禁じた。
どこから漏れてしまうのか分からないので、ここから出たら一切名乗らないことを約束という形で強制した。

♦︎

空杜が来た道を戻っていると何やら防衛壁の上から誰かが飛び降りているのが見えた。

「なんだ?」

目を凝らして見ると胸の中央に大きく十字架の装飾を施しているのが見える。それに気付いた瞬間、空杜は急いで家に向かって走った。

「玲於っ!」

家の扉を勢い良く開けると、玲於は驚いたように視線を向けてくる。

「どうした?」
「いいから早く来て!」

玲於の手を無理矢理引っ張ると急いで外に飛び出る。

想定外だ!まさから先に騎士が来るなんてっ…せめて、玲於を逃さないと…

そう思って走っていたが、急に玲於が立ち止まってしまう。彼もどうやら騎士達に気付いたようだ。

「玲於、早く逃げないとっ!」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫なわけあるか!玲於がっ、玲於まで捕まっちゃうっ…」

こっちはこんなに焦ってるのに、玲於は冷静で自分に落ち着くように宥めてくる。どうして言うことを聞いてくれないのかと苛立ちが募る。これでは玲於まで俺の仲間だと勘違いされてしまうかもしれないのに。

そうしているうちに、自分の目の前に乱入して来た騎士達が辿り着いてしまう。終わった…そう絶望したと同時に、10名ほどの騎士は膝を地面につけると一斉に頭を下げ出した。

「へっ?」

思わず間抜けな声が漏れる。騎士に属する者は身分が高い。それなのに、こうやって全員が揃って頭を下げていることは違和感があった。

硬まっていると、少し遅れてこちらに駆け寄ってくる者が視界の端に映る。一眼見ただけでも、高級感漂う服装を身に付けている者が3人近付いてくる。しかもそのうちの1人が、尋ね人として出会った白色の髪を持つ人。

玲於と同い年くらいだろうか?目の前で息を乱す男達は自分よりも少しだけ年上のように思えた。

戸惑って玲於に視線を向けると背後から抱き締められて、頬にキスをされる。

「ふぇ?」

先程よりも間抜けな声が出てしまい、慌てて口を塞ぐと玲於はクスリと笑みを浮かべる。

呑気な態度にムカついて脛を蹴ってやりたがったが、さすがにそんな勇気はなかった。だって、どう見てもここにいる者達は玲於に用事がありそうだったから。

「あのさ、まず目の前でイチャイチャしないでくれない?」

頭を抱えた茶髪の青年に言われて、カァと頬が染まっていく感じがする。

「あっ、顔赤くなった。可愛い」

この場の緊迫した雰囲気とは反対に呑気にそんなことを言う背後の男。そして、彼の言葉に反応するように集中する視線。

うん、逃げたい…

「…とりあえず、報告します」

咳払いをして白色の髪をした青年がそう言うと、騎士達はハッとしたように視線を下げる。

「先程、命令された2名の奴隷商人を捕まえました。彼らの部下も投獄済みです。また、隠されていた武器だけでなく、新たに麻薬も見つけました。奴隷商に滞在していた敵国の兵も捕らえました」
「そうか。これから忙しくなりそうだな」

玲於が一つ溜息を吐く。そして、首元に顔を埋めると腕の力を強めた。

「嫌だな。空杜、一緒にどっか行かない?」
「は?」
「「ダメです!」」

すぐさま茶髪と白髪の貴族の人が止めてくる。いや、こっちも行く気は更々ないけどさ…

「セスはどう思う?」

顔を上げるとセスと呼ばれたグレイの髪の男は首を横に振る。

「ダメ。皇太子の仕事をしないと」

こ、うたいし…皇太子?!

驚いたように視線を向けると玲於は「ん?」と不思議そうに見つめてくる。

「え、玲於って皇太子なの?」
「「「玲於?」」」

貴族達は眉間に皺を寄せる。

「そうだよ。俺、この国の皇太子。名前はリアム・ログナートって言うの。あっ、空杜は玲於って呼んでね」
「いや、無理だろ」

ズバッと否定をすると周囲はざわっと一瞬だけ騒がしくなる。その反応でしまったと思った。皇太子の命令を背いたことになるんだ…。玲於の表情を伺うと特に何も気にしてない様子だったので内心、凄くほっとした。

「とりあえず、城に戻りませんか?」

白髪がそう言うと玲於も頷いて身体を起こす。もちろん、俺の手を握り締めて逃げないようにして…

力強い手に引かれながら玲於の後ろを歩く。その背を見ているとどんどん疑問が頭を占めて混乱してきた。

玲於、いや皇太子様は何で奴隷になったんだ?…何で、俺の傍に居たいって言ってくれた?証拠を掴んで俺達を潰すため…?ああ!もう意味分かんねえ!
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