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恋するビスクドール
しおりを挟むフランス人のおじいちゃんは知る人ぞ知る有名なビスクドールの職人だった。
おじいちゃんの手で生み出される陶器でできた美しい少年少女は見るものを圧倒し、魅了してやまなかったそうだ。
孫である私もその1人だった。
私の5歳の誕生日におじいちゃんは1体の美しいビスクドールをプレゼントにくれた。
そのビスクドールはおじいちゃん曰く最高傑作との事だ。
職人であるおじいちゃんがそこまで言い切るほどそのドールの完成度は高かった。
陶器でできた肌は白くきめ細やかでずっと見ていたくなるほどだ。
頬はほんのり色づき、薄桃色の花びらの色をそのまま塗ったかのようだ。
つりめのアーモンドアイには淡い青紫色の瞳が嵌め込まれている。夕暮れで日が沈み切った一瞬を切り取ったような空の色をした瞳は神秘的な雰囲気をたたえている。
そしてその目を縁取るように生えた髪の毛と同じ色の濡羽色のまつ毛は長くて濃く目元の華やかさを際立たせている。
漆黒の癖のない黒髪は耳が隠れるくらいの長さで形のいい輪郭に沿って流れていいる。
薄い唇はほのかな赤に色づき、上質な果実の如く鮮やかで艶がある。
性別を感じさせない中性的な顔立ちはまるで天使のようでまた神秘性を際立たせる。
その人形は私が知る限りで最も美しく可憐だった。
大きさは某有名着せ替え人形と同じくらいだ。
おじいちゃんがくれたビスクドールは5歳の女の子のおもちゃとしてはあまりにも持て余すものだった。
最高の職人が最高の素材と技術を注ぎ込んで作り上げた傑作である。
しかし当時の私は1つだけ不満があった。
それはその人形は可愛らしいドレスではなく、シルクのシャツに天鵞絨のベスト、そして細く華奢な脚を覆うのはふわりと広がるスカートではなく上質な素材でできたズボンだった。
そのビスクドールは男の子だったのだ。
当時の私は女の子のお人形が欲しかったのにどうしておじいちゃんは男の子のお人形を作ったのかと泣きじゃくった。
だけど最初こそ違和感を感じたもののそのドールの美貌に魅了された私はすぐにこのお人形がお気に入りになった。
それにおじいちゃんが丹精込めて作ったビスクドールが気に入らないわけがなかった。
名前はかぐやと名付けた。
由来はかぐや姫のように美しい容姿のドールだったからだ。
男なのにかぐやって名前が変なのはわかっていたけど女の子よりも綺麗な容姿だし、月が似合う美少年だったのだ。
そしてこの人形は私の宝物となった。
私はいつもかぐやに声をかけて、家にいる時は常にそばに置いておくようになった。
私の1番の友達はかぐやになった。
正確に言えば引っ込み思案で他人と喋ることが苦手な私の唯一の友人がかぐやだった。
***
「光月(みつき)ちゃんっていつまでお人形さん遊びしてるの? もう6年生なのにお人形さんが好きなんて変なの」
私の部屋に遊びに来た友達がかぐやを指さして笑う。
小学校最終学年になっても私はかぐやを大事に飾っていた。
人形用のアクリルケースに入ったかぐやはベッドのサイドテーブルの上で佇んでいる。
高貴な雰囲気を漂わせるビスクドールは子供部屋に似つかわしくない。
「この子はおじいちゃんが誕生日にくれたもので……」
「光月ちゃん、そろそろ卒業した方がいいよ。それよりもみんなとプリクラ撮ったり、お買い物したりした方が絶対楽しいよ。そうだ。今度みんなでプリ撮りに行こうよ。光月ちゃんも一緒だよ」
彼女は悪気はないのだろう。実際に人見知りで友達のいなかった私と唯一仲良くしてくれている女の子なのだ。
きっと内側に引きこもりがちな私のためのアドバイスなのだろう。
「ありがとう」
彼女の言葉をきっかけに私はお人形遊びから卒業することに決めた。せっかくできた友達を捨てたくなかったのだ。
そしてかぐやを人形用の収納ケースに入れて部屋の奥にしまい込んだ。
その日の夜の事だった。
ベッドで眠っていると聞いたことのない声が聞こえた。
高い男の子の声だ。鈴を鳴らしたような透明感のあるボーイソプラノが印象的だった。
「ひどい! 光月はあんな子の言うことを聞くの⁉︎」
そして私をベッドの上から踏みつける感覚に襲われる。
驚いて目を覚まし、布団をめくるとそこには美しい人形の姿が視界に入り込んだ。
「かぐや⁈ 」
「そうだよ。俺と光月はずっと友達だったのに! 俺が光月の1番の友達だと思ったのに。部屋の奥は暗くて寒くて嫌だよ。ねえ光月、お願い。俺を側に置いて」
そう言ってかぐやはベッドに入り込んで泣き出してしまう。
人形であるはずのかぐやは藤色の宝石でできたような瞳を涙で潤ませる。
涙を流すかぐやがとても可哀想で綺麗でそっと抱きしめてごめんねと伝える。
するとかぐやはわかってくれればいいんだよと微笑んだ。
***
「夢?」
目を覚ますといつもの私の部屋だった。
昨日かぐやが動いて、私に語りかけてきたのは全て夢だったのだ。
安心した。昨日の夢はあまりにもリアルだった。しかし、私には安心は束の間だった。
「なんで? 私、昨日かぐやのことちゃんとしまったよね?」
昨日部屋の奥にしまい込んだはずのかぐやがサイドテーブルの上にあった。
しかもいつもいれているアクリルの人形ケースの中ではなく、剥き出しになっていた。
それともしまい込んだのは気のせいだったのだろうか。
きっと気のせいに違いない。しまいこんだと思っていたのだろう。
学校に行くと教室ではちょっと騒ぎになっていた。
昨日家に遊びに来た友達が原因不明の病気が発覚し、入院することになったのだ。
そしてその日以来、私の周りで奇妙な現象が起き続けた。
まず私に近づく人間は病気だったり、怪我だったりといった不幸に見舞われるようになった。
結局私は1人ぼっちになってしまい、友達は部屋に飾ってある美しい少年人形だけになってしまった。
そしてこの間はランドセルの中にかぐやが入っていた。
登校してランドセルを開けるとビスクドールのキラキラとした瞳と目があったので悲鳴をあげそうになった。
当然お人形をランドセルなんかには入れない。
あまりにも不気味な一件だった。それでも私は寝ぼけてかぐやをランドセルに入れてしまったと思い込むようにした。
さらに不気味だったのは日に日にかぐやが大きくなっているように思える事だった。
私が中学生になってからその違和感は見逃せないものとなった。
最近では某着せ替え人形サイズから一回り大きくなった気がするのだ。
部屋でかぐやを見れば見るほど少しずつ人間に近い大きさになっていっている気がする。
私は恐る恐ると前にかぐやをしまっていたアクリルケースを取り出し、かぐやをしまおうと試みる。
気のせいだと信じたかったのだ。
お願いだからケースに収まってと願いを込める。
しかしかぐやはケースに入らなかった。完全にかぐやの体の方がケースより大きかったのだ。
「なんで。どうなっているの?」
昔かぐやをしまっていたはずのケースが今のかぐやに合わない事に恐怖を覚える。
怖くなった私はこっそりとかぐやを近所のゴミ捨て場に捨てた。
おじいちゃんが精魂を込めて作ってくれた美しいビスクドールは一瞬で恐怖の象徴と化した。
しかし、何をしてもかぐやは私の側に戻ってきた。
ゴミ捨て場に捨てても、火をつけて燃やしても、かぐやは作られた時の壮絶な美貌を損なうことなく私の所に舞い戻ってくる。
そしてかぐやを捨てたときは、必ず私の夢の中でかぐやは自分を捨てたことを責め立てるのだ。
「光月、なんでひどいことするの? 光月に燃やされた時熱くて苦しかったよ。俺が人間じゃないからこんな事するの? 光月もうちょっとだけ待ってて。俺、光月の隣に立てるように頑張るから。もう少し、もう少しなんだ」
そう言って泣きながら私に語りかけてくる。
結局かぐやを手放す事はできずに私は高校生になった。
しかし私の高校進学と同時にかぐやは姿を消した。
どれだけ捨てても絶対に戻って来たかぐやなのに突然姿を消した事に驚いたがそれと同時に安堵していた。
もう不気味な現象に頭を悩まされずに済むのだと。
****
「そういえば光月、今日からうちに知り合いの男の子が住むからね」
「何それっ! お母さん全然聞いていないんだけど」
リビングで紅茶を飲んでいると母はとんでもないことを言い出す。
「だって光月にははじめて言ったことだもの。光月と同じ高校に進学するんだけど家が遠いからうちから通わせる事にしたのよ。すっごいイケメンなんだから。多分もうそろそろ来るわね」
母が呑気な事を言っているとインターホンが鳴る。
「もしかして来た⁉︎ 光月もあいさつに行くわよ」
母と一緒に玄関へ向かうと私は腰を抜かしてしまう。
現れた男の子はあまりにも美しく、幻想の存在かと思うほどの凄まじい美貌だった。
吹き出物もほくろもそばかすもない色白の陶器のような肌、何よりもタンザナイトのような青紫色の瞳、さらさらの濡羽色の髪の毛。
その美少年はかぐやにそっくりだった。
私と同じ高校の制服を着た美少年は大きなキャリーバッグを持ってニコニコと微笑んでいる。
絶世の美少年の登場に母は頬を赤らめている。
「名夜竹かぐやです。今日からお世話になります。よろしくお願いします」
朗らかに微笑んだ美少年は私に近づく。
「光月に会いたくて頑張ったんだよ。これからよろしくね。ずーっと一緒にいようね」
かぐやは私の耳元で嬉しそうに囁いた。
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