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丈が前向きになった日

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「さて、今日は引っ越し祝いなので、夜は全員、お腹を空かせておくように」
「はーい」

 待ちに待った引っ越し祝いに、夜には呼んでいたカイセルが、ワインを持ってきて、俺は久しぶりに気兼ねなく何でも話すことができた。

 俺が雇った専属のシェフに作ってもらった豪華な肉料理をテーブルで囲み、夕方の6時に、呼んでいたモナちゃんとそのご両親もやって来た。

 まあ、何を言われるか内心ヒヤヒヤしたが、モナちゃんは、ちゃんとご両親と話していたようで変なことは言われなかった。

 パーティーが終わる頃、モナちゃんとご両親を家に送り届けて、その帰りの道中にロレーヌが真剣な様子で話しかけてきました。

「丈さんの自殺を止めた時ってね。ちょうど、私の父さんが死んだ日だったんだ。最初、丈さんが自殺しようとしていた時、凄く怖かったのと、凄く怒ってたの。大事な命をそんな粗末にするなんてあり得ないって。今日はお父さんが生きていたかった一日なのにって……」

 そういうロレーヌはきっと、自分の心を開いてくれているのだろう。でないと、身内の話しなんて、することもないのだから。

 俺は、ロレーヌを抱きしめていた。

 ひゃっと驚いたロレーヌが、
「どうしたんですか!?」

「悪いな。あまりにも可愛くてな。これから何でも俺に甘えてくれ。これ少ないけど、お小遣いだから」

 俺がそう言って渡した大袋は、俺の所持金の全財産である10万シニーが入っている。

「また、こっ……! こんなに!」

「足りなくなったら、また言ってくれ。俺は君を甘やかしたいんだから」

「ありがとう……、ございます……」

「その……、頭を撫でても良いか……?」

「えっと……、良いですよ……?」

 俺がそぉーっとロレーヌの頭を撫でると、長いリボンが、動物の耳のように左右に揺れた。肝心のロレーヌはというと、気持ちよさそうに目を細めていた。

「カレンさん。ロレーヌちゃんのお世話もお願いします」

「はいはい。もちろんですよ」

 カレンさんがそう言って、ロレーヌを抱きしめると、なんだか俺の時よりも安心した様子で、少しだけ悔しかった。

 みんなと他愛もない話をして、ご飯が食べられて、それに怪我も病気もしていない。権威を求めたり、何か大きな力で無双するよりも、俺にはそっちの幸せの方がよっぽど好きなのかもしれない。
 金だけいくらあっても、満たされなかったように、俺は今まで、本当に馬鹿なことをやっていたのかもしれない。

「丈様? どうしたんです? 急に笑って?」

 とカレンさんが。

「いーや。今が楽しくなってきてさ」


 それから、俺は、18歳以下の全員を対象に食料や寝床の手配をすると、本格的に戦争に備えるために諜報部門の設立を行った。

 情報とは戦争において、武力と共に最重要のリソースである。

 めまぐるしく状況が変わる戦場において、部隊の把握、敵の動向を察知すること、それらを行うには情報が不可欠なのである。

 経営学においても、人、モノ、カネ、情報がリソースの定義とされるように、情報は常に相手の機先を制するのに必要なものなのである。

 ちなみにだが、初歩的な諜報には、外国の商人を通して、敵国の動向を得るというテクニックがある。

 かの有名なモンゴル帝国が情報において優位に立ったのは、国中を跨いで動き回る商人から情報を手に入れていたからなのである。

 諜報員は、敵の機密を盗むだけでなく、敵地の地形を把握するなど、沢山の仕事がある。

 それらの仕事をこなせるように俺が直接、諜報員の育成していると、タイミングが少し悪いことに、カレンさんの使役してる鳥から手紙が届いてしまった。ちなみに、使役と言っても、普通に伝書鳩である。

 どうやら、戦車開発の装甲に進展があったらしいので、諜報員の育成は、中断して、急いで研究所に向かうことにした。

「カレンさん。見せてください」

「早いですね。えっと、まず、戦車開発の進展をお話しますと、黒魔法に対する抵抗には、装甲に魔法をかけるのではなく、材質を変更して対応することになりました。早速見せますね」

 カレンさんが研究員たちに指示を出して、3号戦車に向けて黒魔法の電撃を放たせた。

 耳をつんざくような音がして、電撃が収まってからしばらくすると、元気そうな乗員が戦車の上部ハッチから顔を出して手を振って見せた。

「戦車の乗員の周りや弾倉に、土と樹液を使って固め、電気が下に通りやすいように構造を電線を通したのです。樹液はゴムというものなのですが、それにより、軽い電気に対しては凄まじい耐性が生じたのです。強力な電撃に対してはまだ、耐性はできませんが、平均的な常備軍が使うような電撃には、完全に耐える結果となりました」

 そうカレンさんが胸を張って言いました。

 俺も技術改革の進捗に感心していました。

「素晴らしい技術ですね。皆さん。ありがとうございます。追加で資金を用意します」

 俺はそう言って研究員たちに向けて頭を下げます。

 研究員たちも、嬉しいようで、お互いに握手を求めました。

「丈様。ありがとうございます。あと、砲塔のことなのですが、これまでは砲弾発射時の反動で、大きく戦車が動いてしまっていたのですが、バネを入れることで、砲だけが後退しやすいように作りました。これによって、完全に静止した射撃が可能となりました。この仕組みは、研究員のヘランが考えたのです。装甲に関してもヘランが仕組みを作ってくれたのですよ」

「ヘランさんは優秀なのですね。これは、ますます戦力に期待できます。あとでヘランさんの給料を上げておきますので伝えておいてください」

「分かりました」

 戦車も実用化も進んでいる最中、ヘランの給料を手配し終えていると、ちょうど、領主である伯爵から呼び出しが来たので、俺はまた、急いで城に向かった。

 部屋に入ると、伯爵が早速、
「反乱した魔族の国力が増えているとの情報が入り、諸外国も、早く統一をして抵抗をしようと戦争が活発化している。軍備はどの程度進んでいるだろうか?」

「滞りなく。それと、反乱した魔族というのは?」

「以前、この国は、転生者である国王様によって統一されていた。数々の戦争に勝利し魔族の国でさえも下し、世界を統治下にしていたのだ。だが、しかし、国王様が死んでから、各国が独立し、混乱の状況の中、魔族の国も独立してしまい、今の我々を襲っているのだ」

「なるほど。分かりました。ですが、それなら、なおさら人間同士で争っている場合ではないのでは? はやく誰かが指揮を執って魔族と戦うべきです」

「国王様は、より強い者が王位を継承するようにと言ったのだ。だから、それはできない」

「でしたら、私が国を統一します。この国を守るためにはそれしかありませんから」

「できるのか?」

「やってみなければ分かりません。他に方法がありませんから。それに、魔族に対抗するためにも、今の兵器開発を進めるためにも、実戦による経験知が必要不可欠な状況です。そろそろ実践が必要です。それと、傭兵などを殺したくはないので、全ての戦争は奇襲によって行いたいのですが」

「奇襲は騎士の恥だ」

「……、分かりました。それと、各国を統治するためにも駐屯軍が欲しいので、戦争が起きるまでには傭兵に募集をかけておいてください」

「分かった。それとだが、近くの国が魔族によって陥落したので、この国も魔族の影響を免れないことを覚えておいてくれ。今は一番の実力者であるハンブルク帝国が魔族を抑えているが、ここ百年で状況は少しずつ変わっている。万が一、ハンブルク帝国が陥落した時には、我々も魔族の影響を免れなくなる」

「分かりました。しかし、それでしたら、私たちの戦闘部隊にも実戦経験を積ませたいので、義勇兵として戦力をハンブルク帝国に戦力を貸与したいのですが、可能ですか?」

「打診はしておく」

「ありがとうございます」

 伯爵との話が済むと、俺は早速戦闘部隊の組織編制を行った。
 
 既に訓練を積ませてはいるが、より、実戦向きに整えるための行為だ。特に指揮官の育成が最重要課題である。戦車の運用には、現場の判断が一番重要になってくるからだ。

 基本は、電撃戦ドクトリンに沿って、戦車による突破と歩兵による包囲殲滅を主体とする。

 ちなみに、ドイツの電撃戦が未完成であったのは、それを支える工業力と補給の観点、歩兵や砲兵の少なさからくる突破口の少なさなどが影響していた。

 そのため、俺は、完成形であるソ連による大量突撃ドクトリンを目指していく。

 当時のソ連は、アメリカさえも凌駕する陸軍戦力を誇っていた。
 アメリカとソ連が戦った場合、アメリカがヨーロッパから追い出される可能性も多いにあったのだ。

 まずは、戦車を中心に、歩兵を運搬するための歩兵戦闘車を随伴させ、機動力を持たせていく。
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