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暗雲立ち込める移動販売パン屋

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 次の商売に向けて話しが盛り上がると、今度は自らパンを売ろうということになり、直接リヤカーを使って、職場の前で販売をしに行ったりと、そうして、移動販売をすることが決まりました。

 人間、ある程度お金に余裕があると、簡単で便利な物を求めるようになるのです。人間の原則として、よほどのことが無いかぎり、遠くよりも近くの方が良いじゃんという心理が働くのです。

 ちなみにですが、モス●―ガーの最初は、おにぎりの移動販売が始まりだったって知ってますでしょうか?
 近くて便利。どこかで聞いたフレーズですね。

 ってそれファミ●やないかーい。

 いや、ちゃうそれセブ●だったわ

「なあ、規模を拡大して、もっと売ろうぜ!」

「そろそろ、規模を拡大した方がいいけど、誰を雇うかなー。なるべく信頼のおけるやつが良いんだが」

「俺は牛乳の販売があるから忙しかったけど、今は他に人雇って手が空いてるから俺も手伝えるぜ。しかもな。俺が商売で成功してるところを父ちゃんに褒められたんだ。まあ、全部お前のおかげなんだけど、それは黙ってる」

 そう言って、牛乳屋の兄ちゃんは、悪戯っぽく笑いました。

「まあ、俺は手柄なんか求めてないから気にしてないさ。もっと父ちゃんに良いところみせないとな」

「そういや、名前を聞いていなかったな。俺は、カイセル=ホフマンっていうんだ」

「あっ、そういや、ずっと名前も聞いてなかったな。俺は武田丈。改めてよろしくな」

 握手はしません。

「じゃあ、人を確保するために、友達に当たってみるよ」

「いや、それよりも、まずは資金残高を確認しないと、無計画な企業拡大は、倒産を起こす」

「そうか……。やっぱ経営って難しいんだな。まあ、なんかあったら言ってくれよ。ここまで大きくなったのも丈のおかげだもんな。何でも言うこと聞くぜ」

 カイセルは調子よくそう言いますが、この先のことなど、全く考えていないからそう言えるのでしょう。
 経営というのは、死ぬほど大変なことなのです。

 それに、調子が良いことを言う人間ほど失敗をします。大きな欲をかいて取り返しのつかない失敗を起こすのです。だからこそ、調子になり始めた今こそ慎重に動くべきなのです。まあ、失敗しても俺は死ねばいいだけなので関係ないんですけどねー!!

 さて、俺は俺で、店舗拡大の前に資金の確認をしなくてはなりません。

 今の資金は302800シニーあります。
 この街では人一人が一日生活するのに最低限必要なのがだいたい2000シニーです。つまり、最低、2000シニーが賃金に当たり、一日で、302人が雇えるということです。実際にはそれほど雇うことはありませんが、一日の牛乳の売り上げが大体100本の、12000シニーで、牛の餌代を含めて出した原価3600シニーを引いて、人件費を含まない8400シニーが本当の利益です。

 しかし、利益を出すにしても、元はカイセル一家の事業なので取り分を決めなくてはなりません。

「取り分はどうする?」

「別に今まで運んでたりしたのは全部お前だし、こっちは、ただ牛乳を分けて売らせただけだし、取り分も半分で良いんじゃないか?」

「親父さんは文句言わないのか?」

「まあ、親父には黙ってるし、俺がやると売れるもんだから、経営に関しては、今は殆ど俺がやってるぜ。だから、取り分もこっちで自由に決められる」

「後々問題になりそうだな」

「大丈夫だって。必要な経営資金だって言っとくからよ」

 まあ、その問題は置いておくとして、先に、従業員に払う給料は決めておかなければなりません。今までだって、2000シニ―は貰っていたわけですが、この先もこんな金額で工務店の仕事一緒にやっていくのは流石に俺でも無理があります。

「最低でも、俺は4000シニーが欲しい。でないと、工務店と並行して仕事をするのは無理だ」

「そっか……。でも、そうすると、利益が減るからな……。経営規模を拡大するには金が必要だしな」

「いや、まだ、パン屋は街のそこら中にあるから、牛乳販売の規模を拡大すればまだまだ、金は手に入る。今は一人で売って8400シニーの利益なんだ。カイセルが昼間の移動販売についてくれれば、また、おそらく8400シニーの利益になる。それに、他の牛乳屋が減れば、こちらの利益も増える」

「それで?」

「一人雇うとして、2000シニーなので、今の費用は6400シニーになるが、経営が上手くいけば、利益は売り上げは三倍の36000シニ―になる。俺と、もう一人の人件費で6000シニーだが、経営拡大のために、乳牛用の牛だって増やさなければならない。だから、貯蓄も必要だ。つまり、取り分を半分に分けるだけというのは現実的な話ではないんだ」

「うーん。俺は親父からおこづかいみたいな形でもらってるから、ちょっと誤魔化すのに困るんだよなー。やっぱ、一度、丈のことを親父に話さないとダメか……」

 まあ、実際に話してみると、全く難しいことはなく、カイセルの親父さんは、「お前たちが売った分はお前たちの分だ好きにやってくれ!」と気前よく言ってくれました。

 更に、
「なんかあったら、俺が立て直すから若いうちに失敗しときな」
 という親父さんの言葉に背中を押され、俺とカイセルは、好きに事業ができるようになりましたとさ。

「ふうー。親父もよくあんなこと言ったよ。普段は、あんなこと絶対に言わないぜ」

「なんにしても、普通は、誰でも、好きにやってくれだなんて言えないぞ。心に響く何かがあったのかもな」

「かもなー……」

 とまあ、カイセルの友達に伝って臨時で雇うにしたのだが、誰も、普段の仕事の方が忙しいらしく、そうなると、無理にでも賃金を上げて雇わなければならない。そうなると、原価も自然と上がるわけで……。

「思い切って、人件費を上げよう」

「でも、そうすると、資金繰りも苦しくなるだろう?」

「元々、牛乳自体も原価率ギリギリだったんだ。それでも、ここまで規模を拡大させられたのだから、売れている今のうちに規模を拡大して利益を上げれば、乳牛の飼育頭数だって増やせるようになる。飼育頭数が増やせれば、規模の経済で、コストだって減らせる。そうすれば、自然と利益も伸びる。挑戦しなければ利益だって得られないし、少しでも利益が出るなら今のうちに出店すべきだ」

「まあ、俺は分からねえから、全部任せるぜ」

 さすがカイセルです。面倒なことは全部俺任せです。でも、それはそれで楽です。

 人手に関してですが、仕事の合間だけでもカイセルの友達に手伝ってもらうという形にしてもらい、他の時間帯は、暇なそうな奴を適当に探して雇うことにしました。
 
 しかし、少しでも日が暮れ始めると、適当に雇った奴らは、めんどくさがって、勝手に切り上げてしまうこということが度々おきました。

 これではまずいと、やはり、本格的に人を雇うことにしました。

 しかし、それでも、本気で雇った奴らが勝手に商品を飲んでしまったり、サボったりと、問題はおき続けました。

「さすがに勝手に飲まれるのは困るよ。しかも、こっちが本数と売り上げを数えてないって思ってたのがマジで腹立つ。あの馬鹿おっさん!」

「とりあえず、あいつは解雇だ。一度許されたと思って大胆に牛乳を盗むようになった。もう、アイツは使い物にならない」

「あいつに働いた分は払うのか?」

「とりあえず、盗まれた分を差し引いた分を払おう。後になって文句を言われるのは面倒くさすぎる。やはり、カイセルの友達に本格的に手伝ってもらった方が良いかもしれない。でないと、そのうち、売上全部を持ち逃げされる可能性だってあるからな」
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