テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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第54話

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「ですが、それだとヘスターさんが扮した娘と、本当の娘が違う場所で目撃されることになってしまいます」

 彼女の懸念を母が代弁してくれた。そう、自分が2人いることになってしまう。
 きっと学校中混乱するだろう。階段に居た自分と別の場所に居た自分、目撃者達は双方自分が見た方が正しいと譲らないだろうし、見ていなかった生徒はどっちの主張が正しいか迷ってしまうのは容易に想像できた。

「私もそれが気がかりで……。殿下達の主張の方が正しいと世論が流れてしまったらどうしようと……」

 人は権威ある人間の言葉に流されるものだ。私が彼女を階段から突き落としたと主張する人間は、この国の王子を始めとしてみんな有力な家の息子である。
 もしかしたら本当に私は関わっていないと知っている者が居たとしても、変に目を付けられるのが怖くて言えないかもしれない。もしくは言えたとしても押し切られてしまうかもしれない。

「そうです!それに殿下の誕生日が来るまでこの子は、きっと殿下達に責められてしまうでしょう。私は母として娘が傷付くのは見ていられません……!」
「お母様……」

 母が立ち上がりながら涙ぐむ。声色から心の底から自分を案じているのが感じられて、母も実はずっと戦っていたのだと気付かされた。
 どちらの言い分をみんなが信じるか、そればかり考えていて自分のことは二の次だった。でも母は決着の日が来るまでずっと自分が傷付かないかを案じてくれていた。

 真に自分を想ってくれている人はずっとここに居たのだ。バーナードと婚約しても、彼が離れて行っても。
 
 当主は思案するように顎に手を添えて「ならば」と口を開く。

「有力貴族の子女を巻き込みましょう。その者達も目撃者になれば勢力は二分されます。また私の娘をエリザベス嬢の代わりに授業に出席させることも可能です」
「それには及びません」

 エリザベスはきっぱりと断った。母が「どうして!?」と叫ぶが、母の姿を見て決めたのだ。自分には何があっても味方でいてくれる人が居る。それでだけで勇気づけられる。
 
 確かに彼女に代わりをしてもらった方が自分は安全な場所から見ていられるだろう。でも自分の中で彼や彼女と決着を付けるには、自分が対峙していないと終われない。終わらせられないだろうから。

 安全な場所に逃がしたい母とあえて対峙したい自分、しばらく見つめ合っていたが、先に溜息を吐いて諦めたのは母の方だった。

「まったくこの子ったら言い出したら聞かないんだから……。誰に似たのかしら……」

 今だ瞳に心配の色を覗かせる母に、当主は同じ子を持つ親として共感したのだろう。「助けになるかは分かりませんが」と別の提案をしてくれた。
 
「生徒に紛れ込ませた部下に『あれは不幸な事故だったのでは』と話を広めましょう。第三の意見が出て来ることで意見の二極化を防げます」

 やったやらないの二つに一つではどうしても時間が経つにつれて論争が激化してしまう。
 そこで本人に悪意は無かったが結果的にそうなってしまったという、思考と行動は必ずしも一致するとは限らないという意見を入れることで、お互いの主張の緩衝材となってもらうのだ。

 過去にダンスパーティーでエリザベス相手にテンセイシャが暴れようとした事件はまだ生徒達の記憶に新しい。
 エリザベスが抵抗しようとして突き飛ばす形になってしまった。あるいは暴れて足を滑らせたテンセイシャを助けようとして反って悪い結果となってしまった。
 あり得る説を入れれば目撃した人間もそちらの方が信憑性があると意見を変えるかもしれない。

 「またエリザベス嬢にはこれをお渡しします」

 当主から差し出された物を受け取る。それは小さな魔石が付いた指輪だった。

「娘には対となる物を持たせます。これは魔力を込めると対の物を付けた人間と入れ替わる指輪です。もし耐えられないのであれば使ってください。直ぐに娘が変わってくれるでしょう」

 それを聞いた母親がやっと心配の種が消えたと強張っていた肩を和らげる。父親の方も顔には出さないものの瞳には安堵が滲み出ていた。

「エリザベス様、私からも一つアドバイスを」

 大人達のやり取りをしばらく見ていたヘスターが口を開く。姿も声も自分と瓜二つの人間が話しているのは非常に奇妙な光景だった。

「教室に入ったら、恐らくあの方達が貴女に詰め寄るでしょう。その時の対処法をお教えします」

 不思議だが彼女は同い年くらいの筈なのに、その言葉と態度からは妙な貫禄があった。きっと画期的な方法を教えてくれるに違いない。そんな期待をして自然と胸が高鳴る。
 
「その対処法とは……?」
「怒れば良いんです」

 しかし至極単純なことを言われて肩透かしを食らってしまう。正直期待外れというか、その程度のことを勿体ぶらなくてもと、内心ガッカリしてしまった。

「エリザベス様は悪いように言われても冷静に対応しようとなさるでしょう?そうではなくて、もっと態度に出しても良いんです」
「態度に……?」

 エリザベスはそう言われても困惑するしかない。怒りを態度に表すのは淑女的ではないと、王妃教育で指導されてきた彼女にとっては、怒りは抑えるものであって出すものではないのだ。
 
「無実の人間は犯罪を疑われた時に怒るものです。大怪我さえ有り得ることをしたと疑われたら怒りをぶつけても良いんです。怒りとは上手く使えば自分を守る盾にもなるんです」

 自分を守る盾……そんなこと考えたこともなかった。将来王妃となるからこそ、怒りで相手をコントロールしようとしてはならない。怒りは悪であると言い聞かされてきた彼女にとってそれは目から鱗の言葉だった。

「ですが、感情的になってしまうと彼と同じになってしまうみたいで……」

 しかし彼女の中には今だ躊躇が残る。脳裏に浮かぶのはすっかり感情的に、衝動的に行動してしまうようになった元婚約者の姿。彼がそうだからと自分までそうなってしまっては、折角積み上げてきた品性が崩れ落ちて二度と元に戻れなくなってしまうようで怖かった。
 
「エリザベス様、怒ることと感情的になることは全く違いますよ?」
「え?」

 どうしても二の足を踏む彼女をヘスターの言葉が真っ向から否定する。
 
「怒るとは主張です。自分の考え方や価値観を否定するな、貶めるような言動はするな、嫌なことや面倒なことを押し付けようとはするな、と主張することです。感情的になるのはあくまで副次的なもので、怒りの主体ではありません」
「怒りは主張……」

 エリザベスは彼女の言葉を反芻する。そしていつかのありもしない罪を問われた際に、自分はどうやって怒るべきか、なぜ怒っているのかをどう伝えるべきかと頭の中で色々と想定してみる。
 
「確かに感情的になったら主張すべき言葉が飛んでしまうわね」
 
 成程、怒るとは単純なようで正しく使おうとすると奥が深い手段である。今思えば元婚約者の言動には、怒りよりも呆れの方が勝っていたが、あれは怒ることを無意識に避けようとした結果なのかもしれない。
 
「ですから言い返す際の注意点としましては、毅然とした態度で声を大きく。あと相手に何度も聞き返すのも効果的です。『今、何とおっしゃいましたか?』と」

 彼女の耳に手を添えてよく聞こうとするジェスチャーがおかしくて、堪え切れずに笑ってしまう。
 両親に窘められ慌てて謝罪すると、彼女も当主も特に気分を害した様子はなく、むしろ「娘が変なことをしてしまい申し訳ない」と逆に謝られてしまった。

 不思議なもので、彼女の話を聞いて以来、どう言い返してやろうかとあれこれと考えている自分が居た。それは先程抱いていた覚悟よりも高揚に近く、変かもしれないが対峙する時が俄然楽しみになっているのを自覚していた。
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