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第52話
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エリザベスは訝しげに眉を顰めて男を観察し、何かに気付くと驚きで彼の名を叫ぼうとした。
「ア……ッ、ルフレッド様!その恰好どうしましたの?」
彼が人差し指を己の唇に当てて止め、咄嗟にエリザベスは偽名を口にする。
あまり驚いた顔を表に見せないよう教育されてきた彼女だが、これにはびっくり仰天してしまう。
アルベールは襟足まであった髪をバッサリ切ってベリーショートにし、メイクで眉を太く描いてソバカスまで散りばめていた。
今の彼はよくよく見れば目鼻立ちが整っていると分かるが、パッと見は野暮ったさが目立つ。前やっていた変装は正体を上手く隠しつつもハンサムだったが、今回はガラッと変えていた。
「そんなに隠さなくてもよろしいですのに……」
エリザベスは付き合いがある彼を文化祭に招待しないのは気が引けたので、行けたらで構わないからと手紙に同封してチケットを送っていた。
学校の敷地内に入るには受付が必要だが、チケットを所持していれば受付をパスできるのだ。
彼は他国の王子だし、その上今はお忍びでこの国に来ている。だから来なかったとしても仕方ないと思っていたのだが、まさか来てくれるとは。しかもかなり本格的な変装までして。
「実は君が言ってた女に変装を見破られてな。だから変装の仕方を変えた」
「あの後会ってたんですか!?危険だと申し上げましたのに!」
「あぁ、だから正体を見破られて以来会っていない」
彼はあの後もなぜ特定の貴族や王族を狙うのか調べようと、あえて彼女と接触し続けていたらしい。何て大胆な。
このまま入口で話していたら周囲に変な目で見られてしまう。彼女は取り敢えず会話の続きをしやすいようにチェスに誘った。
駒を動かしながら先程の会話を続ける。
「もう……心臓が縮むかと思いましたよ……」
「あぁ、もうやらないさ。アレは底が浅いだけの人間だと分かったしな」
バーナードの心を奪った彼女をアレと呼ぶ彼に、エリザベスは不謹慎だがホッとしてしまう。折角できた友人である彼も、もしテンセイシャの虜になってしまったらと考えただけで胸がシクシクとしてしまったから。
「そう言えばここに来る途中でアレにまた会ったけど、今度は見破られなかったな。今度からはこの変装にしよう」
「えっ?」
駒に伸ばす手が止まる。
「また会ったんですか……?」
「意図的じゃなかったがな。アレが幼い子どもを恫喝していたものだから止めなければと」
子どもを恫喝……。だが彼女ならやりかねない。彼女はこの国、いやこの世界の人間は取るに足らないものだと思っている。そんな人間に常識や良識を求めるだけ無駄だ。
なぜか自分に対しては異様な敵対心を抱いているみたいだが、生憎とこちらには見当もつかなかった。
「前の変装で接触していた時は随分媚を見せていたが、この姿の俺に何て言ったと思う?地味男だとさ」
「地味男……」
エリザベスは半ば絶句する。王族相手に何たる不敬……。彼女は正体を知らないから発言したのだろうけど、一般人相手だとしても酷い言葉だ。
「地味男呼ばわりは腹が立つが、アレの本性を知れたのは良かったのかもしれないな。」
彼はカラカラと笑うと「アレの対処については順調か?」と話題を変えて来る。
「はい、順調ですけれど……」
未だ終わりの日は見えないがサポートのお陰でなんとかなっている。できればそろそろ終わらせたいが、相手が決定的なことをしでかすまで待っている状態なので、中々歯痒いところではある。
「なら対処の日が来たらできれば俺もその場に招いてくれると嬉しいな」
「えっ!?」
そう言われても困ってしまう。他国でお忍びで来ている王子を招くのは難しいだろう。私的な場ならば可能だが、恐らくバーナードの名誉や王家の体面を少しでも回復させる為に、王は公的に裁きの場を用意するだろうし。
「口は禍の元だと、あぁいう輩には灸を据えてやらないとな。それに俺は舐められっぱなしは嫌なんだ」
「ですが、アルフレッドの滞在中にその機会が訪れるとほ限りませんし……」
本性を知っている者からの証言は心強いが、彼の他国の王子という肩書きがネックである。
いくらテンセイシャに唆されたとはいえ、自国の恥をわざわざ他国に晒すようなことができるだろうか。
「ま、無理なら諦めるさ。サポートしている人間に話すなりして考えておいてくれ」
「はあ……」
これは自分の一存では決められない案件だ。両親には話しておこうとエリザベスは頭に留めておいた。
「ええっ!?あの人の正体ってメルツァリオのアルベール殿下なんですか!?」
家に帰ってやっと説明されたアマーリエは素っ頓狂な声を挙げて驚く。親子を助けた若者が隣国の王子だなんてどこかの物語のようだ。
「でもどうして分かったんですか?アルベール殿下はハンサムだって噂を聞いていたんですけど?」
他人のことを悪くは言いたくないが、あの時の彼の姿は遠目からでは冴えない印象が強かった。だからこそアマーリエは、彼の正体がアルベールだと聞いて非常に驚いていたのだが。
「お兄様から聞いた魂の特徴を覚えてたからね」
魂が見えるリンブルクの人間に変装は効かない。人がいくら外見を変えようと魂までは誤魔化せない。
魂の形や特徴さえ覚えてしまえば、後は相手がどのような格好をしていようと正体を見破れてしまうのだ。
「私の魂も分かるんですか?」
「うん。アンタの魂は薄いピンクでスベスベしてる感じだね。触ると柔らかそう」
「触らないでくださいよぉ」
キャッキャと戯れる二人を見た使用人や部下達は、今日も平和だなと和みつつ仕事に励んでいた。
ヒヤリとした場面もありながら、今年の文化祭も無事に終了して教師達は肩の荷を下ろしたのだった。
しかしここで怒涛の展開が起きる。テンセイシャに付けていた部下から、彼女がエリザベスを婚約破棄させる計画を始動させたと報告がもたらされたのだ。
「ア……ッ、ルフレッド様!その恰好どうしましたの?」
彼が人差し指を己の唇に当てて止め、咄嗟にエリザベスは偽名を口にする。
あまり驚いた顔を表に見せないよう教育されてきた彼女だが、これにはびっくり仰天してしまう。
アルベールは襟足まであった髪をバッサリ切ってベリーショートにし、メイクで眉を太く描いてソバカスまで散りばめていた。
今の彼はよくよく見れば目鼻立ちが整っていると分かるが、パッと見は野暮ったさが目立つ。前やっていた変装は正体を上手く隠しつつもハンサムだったが、今回はガラッと変えていた。
「そんなに隠さなくてもよろしいですのに……」
エリザベスは付き合いがある彼を文化祭に招待しないのは気が引けたので、行けたらで構わないからと手紙に同封してチケットを送っていた。
学校の敷地内に入るには受付が必要だが、チケットを所持していれば受付をパスできるのだ。
彼は他国の王子だし、その上今はお忍びでこの国に来ている。だから来なかったとしても仕方ないと思っていたのだが、まさか来てくれるとは。しかもかなり本格的な変装までして。
「実は君が言ってた女に変装を見破られてな。だから変装の仕方を変えた」
「あの後会ってたんですか!?危険だと申し上げましたのに!」
「あぁ、だから正体を見破られて以来会っていない」
彼はあの後もなぜ特定の貴族や王族を狙うのか調べようと、あえて彼女と接触し続けていたらしい。何て大胆な。
このまま入口で話していたら周囲に変な目で見られてしまう。彼女は取り敢えず会話の続きをしやすいようにチェスに誘った。
駒を動かしながら先程の会話を続ける。
「もう……心臓が縮むかと思いましたよ……」
「あぁ、もうやらないさ。アレは底が浅いだけの人間だと分かったしな」
バーナードの心を奪った彼女をアレと呼ぶ彼に、エリザベスは不謹慎だがホッとしてしまう。折角できた友人である彼も、もしテンセイシャの虜になってしまったらと考えただけで胸がシクシクとしてしまったから。
「そう言えばここに来る途中でアレにまた会ったけど、今度は見破られなかったな。今度からはこの変装にしよう」
「えっ?」
駒に伸ばす手が止まる。
「また会ったんですか……?」
「意図的じゃなかったがな。アレが幼い子どもを恫喝していたものだから止めなければと」
子どもを恫喝……。だが彼女ならやりかねない。彼女はこの国、いやこの世界の人間は取るに足らないものだと思っている。そんな人間に常識や良識を求めるだけ無駄だ。
なぜか自分に対しては異様な敵対心を抱いているみたいだが、生憎とこちらには見当もつかなかった。
「前の変装で接触していた時は随分媚を見せていたが、この姿の俺に何て言ったと思う?地味男だとさ」
「地味男……」
エリザベスは半ば絶句する。王族相手に何たる不敬……。彼女は正体を知らないから発言したのだろうけど、一般人相手だとしても酷い言葉だ。
「地味男呼ばわりは腹が立つが、アレの本性を知れたのは良かったのかもしれないな。」
彼はカラカラと笑うと「アレの対処については順調か?」と話題を変えて来る。
「はい、順調ですけれど……」
未だ終わりの日は見えないがサポートのお陰でなんとかなっている。できればそろそろ終わらせたいが、相手が決定的なことをしでかすまで待っている状態なので、中々歯痒いところではある。
「なら対処の日が来たらできれば俺もその場に招いてくれると嬉しいな」
「えっ!?」
そう言われても困ってしまう。他国でお忍びで来ている王子を招くのは難しいだろう。私的な場ならば可能だが、恐らくバーナードの名誉や王家の体面を少しでも回復させる為に、王は公的に裁きの場を用意するだろうし。
「口は禍の元だと、あぁいう輩には灸を据えてやらないとな。それに俺は舐められっぱなしは嫌なんだ」
「ですが、アルフレッドの滞在中にその機会が訪れるとほ限りませんし……」
本性を知っている者からの証言は心強いが、彼の他国の王子という肩書きがネックである。
いくらテンセイシャに唆されたとはいえ、自国の恥をわざわざ他国に晒すようなことができるだろうか。
「ま、無理なら諦めるさ。サポートしている人間に話すなりして考えておいてくれ」
「はあ……」
これは自分の一存では決められない案件だ。両親には話しておこうとエリザベスは頭に留めておいた。
「ええっ!?あの人の正体ってメルツァリオのアルベール殿下なんですか!?」
家に帰ってやっと説明されたアマーリエは素っ頓狂な声を挙げて驚く。親子を助けた若者が隣国の王子だなんてどこかの物語のようだ。
「でもどうして分かったんですか?アルベール殿下はハンサムだって噂を聞いていたんですけど?」
他人のことを悪くは言いたくないが、あの時の彼の姿は遠目からでは冴えない印象が強かった。だからこそアマーリエは、彼の正体がアルベールだと聞いて非常に驚いていたのだが。
「お兄様から聞いた魂の特徴を覚えてたからね」
魂が見えるリンブルクの人間に変装は効かない。人がいくら外見を変えようと魂までは誤魔化せない。
魂の形や特徴さえ覚えてしまえば、後は相手がどのような格好をしていようと正体を見破れてしまうのだ。
「私の魂も分かるんですか?」
「うん。アンタの魂は薄いピンクでスベスベしてる感じだね。触ると柔らかそう」
「触らないでくださいよぉ」
キャッキャと戯れる二人を見た使用人や部下達は、今日も平和だなと和みつつ仕事に励んでいた。
ヒヤリとした場面もありながら、今年の文化祭も無事に終了して教師達は肩の荷を下ろしたのだった。
しかしここで怒涛の展開が起きる。テンセイシャに付けていた部下から、彼女がエリザベスを婚約破棄させる計画を始動させたと報告がもたらされたのだ。
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