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第51話
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二日目は朝からバーナードは馬達の世話と、障害競技で設置したハードルなどの片付けの手伝い。ベンジャミンは模擬試合に向けてウォーミングアップの真っ最中。
現在一緒に行動しているのは一日フリーのセオドアとマリアス、演奏会のリハーサルが午後から入っているアランだけだった。
「そろそろ試合が始まるね。何か買って行く?」
マリアスに聞かれたテンセイシャは数ある模擬店を見回して考える。
模擬試合の観客席は飲食自由で、見物客は自分の好きな食べ物を持って客席入りしている。模擬試合でも決着がつくまでに一時間以上かかるので、小腹を満たす物を持っておくのは重要なのだ。
「サンドイッチとジュースは絶対として、あとは片手で食べられるスイーツ系かな?」
「じゃあドーナツにしよっかぁ?アマーリエは何が良い?」
「オールドファッションが良いかなぁ?」
買う物が決まった彼らは手分けして購入しようと一旦離れる。その間、彼女はベンチに座って彼等が来るのを待っていた。
その時棒付きキャンディを持って走り回っていた子どもが滑って転び、テンセイシャにぶつかった。
慌てて後を追っていた母親が「申し訳ございません」と謝罪しながら子供を助け起こすと、子どもが持っていた棒付きキャンディはテンセイシャの制服のスカートにべったりとくっついてしまった。
「何するのよ!」
テンセイシャは激昂して立ち上がると、急いでキャンディを外す。しかしスカートは憐れにも目立つ汚れが残ってしまった。
彼女は怒りでキャンディを地面へと叩きつけると悪魔のような表情で、子どもを睨む。身なりからして比較的裕福のようだが、平民である限り自分より下だ。
「どうするのよ!コレ!こんなに汚して!」
「申し訳ございません!家で洗濯しますから!」
「できるわけないでしょ!この布自体が高級品なんだから!」
父親も駆けつけ、両親共に真っ青な顔で平謝りする。子どもは今にも泣き出しそうな顔しているが、泣きたいのはこっちの方だ。
たかがモブが、しかも平民がせっかくのデートを邪魔しておいて許される訳がないだろう。
高額の弁償を突きつけてやろうとしたが、横から無粋な声がかけられた。
「おい、子ども相手にそれはやり過ぎだ」
「はぁっ!?」
私のやることにケチつける気かと振り返ると、若い男が立っていた。いくら身なりはそれなりでも、顔は攻略キャラとは全然違うソバカスだらけの冴えない男だった。
女にモテない地味な根暗男が頑張ってイキっているような雰囲気に、彼女は「ハッ」とバカにしたように嗤った。
「部外者は黙ってろよ。それとも何?アンタがこの汚れをどうにかしてくれる気?」
どうせできないだろうと高を括っていたが、男は杖を取り出して一振りするとスカートの汚れは綺麗さっぱり無くなった。
(コイツ……!魔法が使えるのかよ……!)
まさか一瞬で解決できるとは思わず、ギョッとしてしまう。
「これで問題無いな」
地味で陰キャなくせに得意げに言った顔に腹が立つ。
だからといってこのガキがやったことが帳消しにされるわけじゃないし、魔法というのは自分のように選ばれた人間だけが使える特別な能力だ。こんな地味男が使えるなんて魔法の価値が下がるじゃないか。
何もかもがムシャクシャして思い通りにならなくて、怒りの吐き出す場所を無意識で探す。
「私はデート中だったのに服を汚されたの!傷付いたの!コイツの所為で!」
テンセイシャは勢いよく立ち竦んでいる子どもを指差す。子どもはとうとう彼女の剣幕に耐え切れずに泣き出してしまった。
「泣けば許してもらえると思うな!私の方が……!」
「いい加減にしないか!」
突然男に大声で一喝され肩をビクリと震わせる。その隙に男は今だ泣いている子どもを親に預けると、早く行けと目で示す。親は何度もお辞儀をしながらこの場から離れて行き、事なきを得た。
「君には寛容というものがないのか。あんな子ども相手に常識を疑うぞ?」
男はさっきとは声を抑えて、しかし言葉の端々から憤りを孕んで彼女を諫める。
何が常識だ。たかがゲームなのに常識もへったくれもないだろ。「何ですって!」と反論しようとして口を開きかけるが。
「また彼女よ……」
「あんな小さな子に大人気ないわね……」
生徒達の声が耳に入る。周りを見渡せばこの学校の人間が集まってヒソヒソと囁き合っていた。自分を見る視線はどう見ても好意的なものではない。
「しかも汚れは取れたっていうのに神経疑うわ……」
「さっきの子も可哀そうに……」
マズい。ここでまた問題起こしたら今度こそ退学になってしまうかもしれない。
ここを離れたらこの男に言いまかされたようでムカつくが、やむを得ない。これは逃げじゃなくて戦略的撤退だ。
彼女はそう言い聞かせながら、舌打ちを一つ吐くと「地味男のくせにイきがるんじゃねえよ」と嫌味を捨て台詞に足早にこの場から離れた。
(ムカつくムカつく!モブの地味男のくせに!私をコケにしてただで済むと思うなよ!)
本来は地味男ごときが美少女の私に話しかけるのさえリンチものなのに、その上怒鳴るとは。一体何様のつもりだ。バーナードと婚約したら必ず探し出して身ぐるみ全部引っぺがしてやる。
怒りを煮えたぎらせながらズンズンと進んでいると、後ろから「アマーリエ!」と声がかかる。
「離れたら駄目じゃないですか!俺達一瞬探しちゃいましたよ!」
人数分の飲食物を持った三人が焦った様子で駆け寄って来る。気不味くてあそこから離れてしまったけど、そういえば彼等を待っていたんだった。
でもそれもこれもあのクソ親子と地味男の所為だ。ガキンチョが迂闊に転ばなければ、親がちゃんとガキを見ていれば、地味男がイきがらずに黙ってビクビクしていれば、あの場から離れる必要も無かったんだから。
「ごめんなさい、興味惹かれたものがあったから、つい……」
「でも見つかって良かったぁ。早くしないと試合が始まっちゃうよぉ」
彼女は咄嗟にネコを被り直すと眉を下げて言い訳をする。
あの子ども連れも男もムカつくが、今は捨ておこう。せっかくキャラと一緒にいるのに、頭の中をあいつらで占めておくのは勿体ないから。
一方テンセイシャが立ち去った場では、男は「騒がせてすまない」と外見に似合わず洗練された仕草で周囲に一礼し、校舎の方へと静かに立ち去っていった。
張り詰められた空気が緩み、居合わせた者たちは胸を撫で下ろす。その中には奇しくもアマーリエとヘスターも居た。
テンセイシャと男の騒ぎ─彼女が一方的に騒いだだけだが─の場は、慈善委員会が開催しているチャリティーの売店の近くだった。そこでアマーリエは接客をしており、ヘスターは丁度客として来ていたのだ。
「びっくりしました……。止めてくれた人が居て良かったですね」
一時はどうなることかと思ったが、家族も男性も無事に済んで良かった。そう思っていると彼女は「そうだね」と同意する。
「でもあの人が心配です。もしかしたら逆恨みされるかもしれないし……」
自分以外を人間扱いしていない彼女の思考は危険だ。しかもバーナードを味方に付けているから、あの男性に処罰を下してもらうようおねだりするかもしれない。
心配だが自分にはどうすることもできないと心を痛めていると、目の前にいるヘスターから「それは大丈夫」と、妙に自信ありげな言葉が返ってきた。
「どうしてですか?」
「むしろアイツは今ので墓穴掘ったから」
頭の上で疑問符を浮かべるアマーリエに、ヘスターは「後で教えるから」としか説明してくれなかった。
校舎に入った男が向かった先はボードゲーム部が主催しているゲーム会場だった。
客が来たのでエリザベスが対応しようと近付くと、男は一枚の紙を彼女に差し出す。
「招待、ありがとう」
男の手にはエリザベスの名前入りのチケットがあった。
現在一緒に行動しているのは一日フリーのセオドアとマリアス、演奏会のリハーサルが午後から入っているアランだけだった。
「そろそろ試合が始まるね。何か買って行く?」
マリアスに聞かれたテンセイシャは数ある模擬店を見回して考える。
模擬試合の観客席は飲食自由で、見物客は自分の好きな食べ物を持って客席入りしている。模擬試合でも決着がつくまでに一時間以上かかるので、小腹を満たす物を持っておくのは重要なのだ。
「サンドイッチとジュースは絶対として、あとは片手で食べられるスイーツ系かな?」
「じゃあドーナツにしよっかぁ?アマーリエは何が良い?」
「オールドファッションが良いかなぁ?」
買う物が決まった彼らは手分けして購入しようと一旦離れる。その間、彼女はベンチに座って彼等が来るのを待っていた。
その時棒付きキャンディを持って走り回っていた子どもが滑って転び、テンセイシャにぶつかった。
慌てて後を追っていた母親が「申し訳ございません」と謝罪しながら子供を助け起こすと、子どもが持っていた棒付きキャンディはテンセイシャの制服のスカートにべったりとくっついてしまった。
「何するのよ!」
テンセイシャは激昂して立ち上がると、急いでキャンディを外す。しかしスカートは憐れにも目立つ汚れが残ってしまった。
彼女は怒りでキャンディを地面へと叩きつけると悪魔のような表情で、子どもを睨む。身なりからして比較的裕福のようだが、平民である限り自分より下だ。
「どうするのよ!コレ!こんなに汚して!」
「申し訳ございません!家で洗濯しますから!」
「できるわけないでしょ!この布自体が高級品なんだから!」
父親も駆けつけ、両親共に真っ青な顔で平謝りする。子どもは今にも泣き出しそうな顔しているが、泣きたいのはこっちの方だ。
たかがモブが、しかも平民がせっかくのデートを邪魔しておいて許される訳がないだろう。
高額の弁償を突きつけてやろうとしたが、横から無粋な声がかけられた。
「おい、子ども相手にそれはやり過ぎだ」
「はぁっ!?」
私のやることにケチつける気かと振り返ると、若い男が立っていた。いくら身なりはそれなりでも、顔は攻略キャラとは全然違うソバカスだらけの冴えない男だった。
女にモテない地味な根暗男が頑張ってイキっているような雰囲気に、彼女は「ハッ」とバカにしたように嗤った。
「部外者は黙ってろよ。それとも何?アンタがこの汚れをどうにかしてくれる気?」
どうせできないだろうと高を括っていたが、男は杖を取り出して一振りするとスカートの汚れは綺麗さっぱり無くなった。
(コイツ……!魔法が使えるのかよ……!)
まさか一瞬で解決できるとは思わず、ギョッとしてしまう。
「これで問題無いな」
地味で陰キャなくせに得意げに言った顔に腹が立つ。
だからといってこのガキがやったことが帳消しにされるわけじゃないし、魔法というのは自分のように選ばれた人間だけが使える特別な能力だ。こんな地味男が使えるなんて魔法の価値が下がるじゃないか。
何もかもがムシャクシャして思い通りにならなくて、怒りの吐き出す場所を無意識で探す。
「私はデート中だったのに服を汚されたの!傷付いたの!コイツの所為で!」
テンセイシャは勢いよく立ち竦んでいる子どもを指差す。子どもはとうとう彼女の剣幕に耐え切れずに泣き出してしまった。
「泣けば許してもらえると思うな!私の方が……!」
「いい加減にしないか!」
突然男に大声で一喝され肩をビクリと震わせる。その隙に男は今だ泣いている子どもを親に預けると、早く行けと目で示す。親は何度もお辞儀をしながらこの場から離れて行き、事なきを得た。
「君には寛容というものがないのか。あんな子ども相手に常識を疑うぞ?」
男はさっきとは声を抑えて、しかし言葉の端々から憤りを孕んで彼女を諫める。
何が常識だ。たかがゲームなのに常識もへったくれもないだろ。「何ですって!」と反論しようとして口を開きかけるが。
「また彼女よ……」
「あんな小さな子に大人気ないわね……」
生徒達の声が耳に入る。周りを見渡せばこの学校の人間が集まってヒソヒソと囁き合っていた。自分を見る視線はどう見ても好意的なものではない。
「しかも汚れは取れたっていうのに神経疑うわ……」
「さっきの子も可哀そうに……」
マズい。ここでまた問題起こしたら今度こそ退学になってしまうかもしれない。
ここを離れたらこの男に言いまかされたようでムカつくが、やむを得ない。これは逃げじゃなくて戦略的撤退だ。
彼女はそう言い聞かせながら、舌打ちを一つ吐くと「地味男のくせにイきがるんじゃねえよ」と嫌味を捨て台詞に足早にこの場から離れた。
(ムカつくムカつく!モブの地味男のくせに!私をコケにしてただで済むと思うなよ!)
本来は地味男ごときが美少女の私に話しかけるのさえリンチものなのに、その上怒鳴るとは。一体何様のつもりだ。バーナードと婚約したら必ず探し出して身ぐるみ全部引っぺがしてやる。
怒りを煮えたぎらせながらズンズンと進んでいると、後ろから「アマーリエ!」と声がかかる。
「離れたら駄目じゃないですか!俺達一瞬探しちゃいましたよ!」
人数分の飲食物を持った三人が焦った様子で駆け寄って来る。気不味くてあそこから離れてしまったけど、そういえば彼等を待っていたんだった。
でもそれもこれもあのクソ親子と地味男の所為だ。ガキンチョが迂闊に転ばなければ、親がちゃんとガキを見ていれば、地味男がイきがらずに黙ってビクビクしていれば、あの場から離れる必要も無かったんだから。
「ごめんなさい、興味惹かれたものがあったから、つい……」
「でも見つかって良かったぁ。早くしないと試合が始まっちゃうよぉ」
彼女は咄嗟にネコを被り直すと眉を下げて言い訳をする。
あの子ども連れも男もムカつくが、今は捨ておこう。せっかくキャラと一緒にいるのに、頭の中をあいつらで占めておくのは勿体ないから。
一方テンセイシャが立ち去った場では、男は「騒がせてすまない」と外見に似合わず洗練された仕草で周囲に一礼し、校舎の方へと静かに立ち去っていった。
張り詰められた空気が緩み、居合わせた者たちは胸を撫で下ろす。その中には奇しくもアマーリエとヘスターも居た。
テンセイシャと男の騒ぎ─彼女が一方的に騒いだだけだが─の場は、慈善委員会が開催しているチャリティーの売店の近くだった。そこでアマーリエは接客をしており、ヘスターは丁度客として来ていたのだ。
「びっくりしました……。止めてくれた人が居て良かったですね」
一時はどうなることかと思ったが、家族も男性も無事に済んで良かった。そう思っていると彼女は「そうだね」と同意する。
「でもあの人が心配です。もしかしたら逆恨みされるかもしれないし……」
自分以外を人間扱いしていない彼女の思考は危険だ。しかもバーナードを味方に付けているから、あの男性に処罰を下してもらうようおねだりするかもしれない。
心配だが自分にはどうすることもできないと心を痛めていると、目の前にいるヘスターから「それは大丈夫」と、妙に自信ありげな言葉が返ってきた。
「どうしてですか?」
「むしろアイツは今ので墓穴掘ったから」
頭の上で疑問符を浮かべるアマーリエに、ヘスターは「後で教えるから」としか説明してくれなかった。
校舎に入った男が向かった先はボードゲーム部が主催しているゲーム会場だった。
客が来たのでエリザベスが対応しようと近付くと、男は一枚の紙を彼女に差し出す。
「招待、ありがとう」
男の手にはエリザベスの名前入りのチケットがあった。
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